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昨夜は就寝したのが3時だというのに8時過ぎには目を覚ましてしまった。今日から『おかあさんといっしょ』で歌のお姉さんとお兄さんが新しく代わるのだ。実際に見てみると・・・ん~・・・まだ慣れてないせいか2人とも声に特徴がない。しょうこお姉さんの伸びやかでクリアな声でするすんごいコスプレとかゆうぞうお兄さんのニヤけた顔で繰り出される優しい声と裏で何を考えているのかわからないたまに見せるちょっとしたキケンな香りとかそういったものを僕らも期待していたのに・・・。まぁ、肝心のみっちぃは見慣れない2人に少しとまどいながらもしばらく画面を眺めた後に小声で歌いながら踊ってた。この2人に個性と魅力を見いだせるのはいつの日か・・・?
Mar 31, 2008
昨日がいくらヒマな夜勤だったとはいえ明けて終日遊び歩いてたのが災いしてか非常に眠い。しかも外は結構本降りな雨。いくら寝てもちょっとしたスキを狙ってはまた眠る。出勤した準夜がこれまたさらにヒマヒマで良かったよ・・。でも明日からはまた平日。勤務&バイトと手続きに奔走する日々がまた始まる。
Mar 30, 2008
予想はしてたけどかつてないほど平和な夜勤を明けてそのまま不良オヤジは終日姫路の友達んとこで身の上話を聞いてもらってたりBMWの話で盛り上がったり。帰宅してみればまやがプラレールで珍しく立体的なレイアウトを組んでた。オークションで大量のレールや情景パーツはすでに揃ってるんだけど展開するスペースや後かたづけの事を考えるといつも無難で平坦なレイアウトを敷いてしまう。いっぺん休日を丸一日使って部屋じゅうを埋め尽くすほどの規模で複数の列車が同時に走れる完全なレイアウトを決めてみたいなぁ・・。
Mar 29, 2008
昨日は午前中にできることを全てやり終えて平和な事を確認して早退したのに午後から急にバタバタして急遽重症患者の転院が決まったり今日も平和だったのに午後から別件で1時間ほど抜けたらこれまたもう1人の重症患者の転院が決定・・。なんか僕が病棟からいなくなるとドタバタするらしい。おかげで今夜の夜勤はウチの病棟にしては珍しくヒマヒマ。夜間救急の当番日だけどこのまま平和な朝を迎えたいなぁ。
Mar 28, 2008
相続手続きを開始してからようやく最初の鍵が開いた。と言っても銀行の口座は法人である会社と平行しないといけないのでまずは貸金庫のみ。中身は大半が僕の所有する土地の権利書や売買に関する書類。その他は・・・これから調査開始。手続き上早く開けたかったけど、父が残してくれたものがどんどんとなくなってゆくのはそれはそれでちょっと寂しいような気もする。すでに書類とか準備はできててあとは提出だけっていう銀行も多いんだけどなんせプライベートな時間は育児を含めて何かとヒマがない。ずっと連なってる勤務が恨めしくも思える。そんな今日は業務が比較的落ち着いてたんで午後から有給もらったんだけどね。
Mar 27, 2008
バイトから帰ってきて急いでベビーバスを渡すべく友人との待ち合わせ場所へ出撃しようと慌ただしく準備してる最中にまやがみっちぃへ『おとうさん』って僕のほうを指さしながら言ったら突然みっちぃが『おとーしゃん』ってしゃべった!!!僕ら2人とも目を合わせて一瞬沈黙があった後、歓喜の雄叫びを上げた。その後も何回か喋らせようとして「おとーさんは?」って言ってみたけど略して『っさん』とか・・。でもちゃんと”おとうさん”を理解して笑顔で言ってくれるのがこの上なく嬉しい!むはーっ!!たまらん!!!♪
Mar 26, 2008
6月に出産を控えた友人夫妻へ使わなくなったベビーバスを譲ることにした。最初は必需品だったけど予想よりも早く一緒に風呂へ入るようになったからあっという間に使わなくなったような気がする・・。で、みっちぃの成長具合を確かめようとベビーバスに入れてみた。本人は嫌がってすぐに出ちゃうけど確かにベビーバスが小さい!!・・って当たり前か。
Mar 25, 2008
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午前中は遺族年金の請求手続きで社会保険事務所へ。もちろん激混みで午前中全て潰れる。しかも給付額低すぎ・・・あれでどうやって人1人生きてゆけと!?いったん帰宅して昼食後は冷蔵庫を買いにヤマダ電気へ家族揃ってお出かけ。昨日母から電話があって実家の2台ある冷蔵庫のうち1台が大きな機械音がして壊れたそうだ。そういやあの冷蔵庫たちって僕が実家にいた頃から買い換えた様子がないけどいったい何年モノなんだろう・・?そしてついでだからと我が家の冷蔵庫も一緒に買うことにした。最初はデザインの三菱か機能の日立で考えてたけど展示品見てるうちに東芝製が気に入った。ものすごく細かいところだけど、いっぺん「イイ!」って思えるともうそれしか見えない。で、ヤマダ電気の最安値価格をチェックしてから毎度お馴染みのケーズデンキへ連絡を入れた後に行ってみる。さすがにヤマダよりも安い額はムリだろうと思っていたら・・・一見さんではムリなんですが、最近勢いが留まることを知らないかのようにいろんなものを買い続けてる僕なんでとんでもなく良い条件で買うことができましたよ。最初はやや割高で買ってましたがこうなってくると良い買い物したな・・と。みっちぃも販促物のヘリウム風船もらって大喜び。我が家への納品は来月に入ってからですが、それまでに部屋とか古い冷蔵庫を片づけなくちゃ。 【送料無料】東芝 冷蔵庫 GR-W42FT (S) シルバー [GRW42FTS] GR-W42FT (S)
Mar 24, 2008
先日まやとみっちぃをプレイルームに降ろして僕は1人だけでお茶しに行っちゃったんだけど最近プレイルームでみっちぃはよそのお父さんばかりにコンタクトしてるのだとか。『きっとお父さんに飢えてるんやわ!』ってコトで今日は僕がみっちぃを連れてプレイルームへ。でも日曜のプレイルームってやたらと人が多い。みっちぃの好きなオモチャとかほとんどすでに取られちゃってるし・・。まぁ、しばらくは来る前に買ってきたガチャポンのカプセルを投げては取りに行ってを繰り返してましたわ。そしていつもまやから話だけは聞いてる仲良しさん親子2組とご対面。ん~・・まさしく聞いてたとおり。相変わらずよその子とはあんまり関わらないみっちぃだけどちょっとお友達を意識するようにはなってきたかな・・?
Mar 23, 2008
亡くなった父の会社へ自分がどう関わるかで非常に悩んでいた。社長に僕ではなく10年務めている社員さんになってもらうことになったけど僕自身は相続で受け継ぐであろう会社の株が残るくらい。でも上場企業ではないので株の価値なんて全然わからない。それよりも株を持ってるってことは会社のオーナーなわけでそのオーナーが自分の会社を放ったらかしにしてて把握できてないのも不安だし何より親父のやってきたことを少しでもわかっていたい。毎月の収入は安定してるけど定年までの給料が計算できてしまう病院務めとハイリスク・ハイリターンな会社経営。人生って本当に実力主義でギャンブル。
Mar 22, 2008
大きさは可愛らしいほど小さいのにその存在はとてつもなく大きい
Mar 21, 2008
最近みっちぃが特にお気に入りなプラレール。僕らの好みもあって今日は223系という僕も通勤でいつも乗ってる新快速電車を買ってみた。さすがにデフォルメしてるのと走行上の問題からカラーリングや形状で甘い部分はありまくるけどなんとか雰囲気は出てるんじゃないかな。まだ走行用の電池しか入れてないんで試せてないけどサウンドプラレールっていうやつで走行音とか警笛やメロディとかブレーキ音まで鳴るらしい。お次は普通電車の207系とか気づけば消えていた同じく普通電車の205系とかそのへんの生活に密着した車両を集めてみたいなどと妙な野心を燃やしてみる。で、帰宅して早速223系をレールにセット!ベビーチェアの下をくぐらせて行儀が悪いと知りながらもみっちぃのお昼ごはん中に走らせてみると食べる食べる!いつもの量+おかわりを遙かに超すくらい食べちゃいました。☆★【35%OFF】プラレール/S-42 サウンド223系新快速(タカラトミー)(鉄道模型)S-45 サウンド207系通勤電車 プラレールS-33 205系通勤電車スカイブルー プラレール
Mar 20, 2008
教えてないのに最近できるようになったことの1つに布団への潜り込みがある。なんか突然思い出したかのように枕元へ飛び込んできたと思ったら布団をめくって中に入っていっちょまえに頭を枕に乗せて寝てる。みっちぃにしても結構楽しいようで笑顔が安藤美姫みたいになってる・・・。
Mar 19, 2008
先日姉が実家へ来た時に託けてくれたのが姪からのプレゼント。袋を開けてみるとみっちぃがまだもっと小さかった頃トイザらスで見かけて妙にくいつきが良かったアヒルのハンドパペット。クチバシの中にあるスイッチを押すとグワグワ言いながら歌うやつ。もうちょっとみっちぃが大きくなったら買おうと思っててそのまま忘れてたけど言ってないのにこうやって姪からプレゼントされると妙に嬉しい。そして今日、まだ1つ目の銀行だけどやっと相続手続きの書類を提出することができた。これであとは待つだけ・・なんて思ってたら会社と手続きを平行して行わなければならないので完了するのはもうちょっとかかりそう。午後からは母の受診にまたもや付き合うことに。葬儀直後だった2週間前の受診時よりはまだしっかりしてるしまずまずの経過なんじゃないかな。結局午前は銀行、午後は受診で1日終わってしまったけれど仕事を休んだ甲斐はあったと思う。そして僕は大きな書店で経営や会社に関する本を2冊買ったのでした。
Mar 18, 2008
今日でみっちぃも1歳10ヶ月。1歳半検診の時に指さしができなかったため僕が用事をこなしている間に再度育児相談センターへまやが連れて行ったみたいだけど特に指さしを再テストされるわけでもなく発育状況の報告とアドバイスを受けただけみたい。でも、公園やプレイルームの育児仲間が勢揃いしていたようで結構お母さん方は遊び場としても活用してるみたい。そんなみっちぃも乗り込んだ10時から午前中最終の12時までフルに遊んでたらしい。ところで最近みっちぃをキッズカートに乗せるとすぐ飽きるのはもちろんのこと困ったことにストッパーを外してドアを勝手に開けちゃう。僕が閉めてもかえって喜んで開けてしまう。以前もこの状態から転げ落ちたこともあったしなんとかならないもんだろうか?今度行ったらサッカー台にあるセロハンテープ使って強固に固定してやる・・・。
Mar 17, 2008
昨日みっちぃをプレイルームに迎えに行った時から気づいてたんだけど遊んでた木製のレールを次から次へと箱に入れて元あった棚にその箱を持ち上げてしまいこんでる!いつの間に”ないない”できるようになったんだろう・・。そして今日もみっちぃはプラレールに夢中。さらに僕はオークションでレールなどを大量に落札しちゃうし・・。そんなみっちぃは家でもプラレールセットを入れてたコンテナに自分で線路をバラしてちゃんとないないしてた。ただ、本当の目的は遊び終わったオモチャを収納するためではなく単にないないが目的のようだ・・・。HusHusHKIDS/プラレールコラボレイヤード風Tシャツ[UNI](ブルー)200810w
Mar 16, 2008
意外と早く届いた親父の戸籍謄本。これによって手続き可能な事がグンと増えた。それはつまり僕やまやの忙しさへと直結する。職場復帰していきなり”日勤・深夜・バイト+準夜・準夜・準夜”なんていう精神的にもハードな勤務。月曜にやっと休みを迎えられるんだけど、すでにプライベートな時間なんてないことはすでに明白。それでも母の生活費に深く関わってくるので遺族年金の手続きは早くしとかないとね。だけど他はいったい何から手をつけて良いのやら・・・。
Mar 15, 2008
帝王切開で産まれたからかみっちぃの頭はデカイ。よくよそのお母さんから頭の大きさだけ見て『大きいわねぇ』って言われるらしい。おかげで体勢も不安定でよくコケたり回ったりして頭をぶつけてよく泣く。そして困ったことがもう1つ。肩にスナップのない服だと頭が通りにくいのだよ・・。
Mar 14, 2008
深夜明けで父の葬儀に参列してくれたお偉いさん方を訪ね回って挨拶してきた。最後に寄ったのが看護部長。「日曜でお休みのところを来て頂いて本当にありがとうございました。」って言ったら『いいえ~!あなたの悲しみに比べたらそんな事・・』思わず言葉が詰まった。今回突然訪れた父の死去で今後や家族の事を考えると心配や責任感があまりにも大きく、心ゆくまで悲しむこともままならないままずっと自分を抑えつけてたことに気付く。亡くなった父を偲んでもっと泣き叫びたかった。誰かにしがみついてとにかく悲しみたかった。ところが家族や会社のためにやるべき事が多すぎて残酷な時間の流れはすでに悲しみを回復させ始めている。
Mar 13, 2008
先月父が亡くなった29日の夜勤明けから10日以上経ってようやく出勤。やっぱり予想どおり結構な人手不足でみんなから『ゴメンなぁ・・人がおらへんから師長さんに出て来てくれるよう言われたんやろ?』といろんなスタッフから言われました。もちろん人手不足はわかってたけど休んででも手続きがそれほど進展しないことを説明した。それにしても仕事中は業務のことだけを考えれば良いので気は楽なんだけどやっぱり体がなまってるのか風呂当番をしたこともあって想像以上にキツイ。しかもイキナリ夜勤だし・・。
Mar 12, 2008
今日も午前中は市役所へ行って僕らが手続きしてる間みっちぃは保育ルームでゴキゲンなお留守番。社会保険事務所とか親父の会社とかを行き来してようやく母親の社会保険を国民保険に切り替えることができました。親父が亡くなってから社会保険が失効しているにも関わらず受診したり実費で医療費払ったりしてたんで相続関係の手続きよりもこちらが優先だったのですよ。他にも親父名義で契約して母親が使ってたドコモのケータイを僕が使ってるauの回線へ家族割を適応させて新規登録した。ちょうど3月1日から家族間は通話料無料なんで頻回に長話をしてくる母にも対応できる。ただ、問題は僕以外にどれだけ通話をしてくれるかなんだよね~・・・。会社から受け取ったドコモの料金明細見たら通話料だけで¥3000~¥10000とかなりバラつきが多いし、料金の高い番号案内も毎月使ってたみたいだし。そして親父の戸籍謄本が来週くらいになっちゃうと遠方の市役所から連絡があったのと相続に関する手続きは今年いっぱいがタイムリミットということで当初15日まで休みをもらってたけど早めに明日から出勤することにした。ウチの職場はスタッフが1人抜けただけで他の人にどんだけ迷惑かけちゃうか自分も身をもってよく知ってることだし。・・と職場に連絡した途端、『戸籍謄本ができあがりました』って(失笑)
Mar 11, 2008
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近所に新しくできたというJoshinへ行ってみた。オモチャも扱っててプラレールやトミカは大きなディスプレイケースの中に巨大なジオラマが広がって新幹線が走り回ってたりしてる。売り場も結構プラレール&トミカは充実してるんだけど価格はポイントを考慮してもトイザらスのほうが若干安め。そこで買ったのは新幹線をはじめいろんな在来線から蒸気機関車とか世界の超特急までが入ってる60分のDVD。定価¥2079がほぼ半額の¥1050だった。帰ってから早速PCで再生してみたら超かぶりつき!!じっとモニタを見ながら『なんなん なんなん』って言ってる。でも収録時間が長いのか最初のチャプターである新幹線を見終わったところで飽きたw今度は一緒に買った”世界のくるま”のDVDを見せてみよう。乗り物大好き! てつどう スペシャル100 【DVD】
Mar 10, 2008
父の葬儀があった先週にまやのお母様がみっちぃに持って来てくれたのがプラレール。日頃から車と電車という男の子の二大定番に両方とも感心を見せるみっちぃはこれもいたくお気に入り。せっかくなんで簡単な線路セットと単2電池を買って走らせてみた。そしたら実物の電車を見た時と同じく『なんなん なんなん』と言いながら興味深そうに走るプラレールを目で追っている。で、こうなると僕も興味が沸いてきて公式サイトなんて調べてみる。僕自身は鉄っちゃんではないんだけど色々と欲しいものなんかも出てきちゃう。特に我が家にある楕円形のレールに合わせてトミカの駐車場なんかを置くとNゲージのようなリアルさはないものの適度に想像力をかきたてられる。ただ問題は・・我が家に本格的なレールを敷くスペースがないということ。
Mar 9, 2008
会社の事務所だと部外者の目や耳もあるので次期社長を務めてくれることになった若い社員さんを夕食に誘ってじっくりと話をしてみることにした。彼はまだ30手前という若さ。にも関わらずとんでもない金額の取引をしなければならないウチの会社を継ぐという。サラリーマン生活しかしたことのない僕にとってはとてもじゃないけどマネのできない所行。でも、話をすればするほど誰かに似てる。それは亡くなった父の影。彼らは僕以上に父の息子だったのかもしれない。
Mar 8, 2008
明日から週末なんで関係機関の動いてる今日じゅうにできることはやっておかねば・・そう思って朝イチから信金へ行って相続の手続きに必要な書類もらってやっとこさ必要な戸籍謄本の数がおおまかにわかってきたので市役所へ行って父の住民票と僕らの印鑑証明を請求しに窓口へ。ところが初めて訪れる広い場所にみっちぃは大興奮で勝手にトコトコ歩いて行ってしまうしもう手に負えない状態。そこで利用したのが保育ルーム。全くの他人にみっちぃを預けるのは初めてだったんだけど申し込みしている間からすでに入室・・。預かってもらえる制限時間は1時間までなんだけど20分ほどで迎えに行ったらめちゃめちゃゴキゲンでミニスカートの保母さんと遊んでました。こんなことなら1時間目一杯まで預けてゆっくりお茶でもしてれば良かった。って市役所にはセブンイレブンしかないんですが・・。
Mar 7, 2008
まずは朝イチで近所の郵便局へ相続の手続き方法を聞いてくる。銀行では戸籍謄本を提出すれば勝手に読み取ってくれる要素をJPの場合は書き込む欄にこちらで記入しなければならない。ん~・・どっちが良いんだか。それからイズミヤで少し買い物。いろんな書類が増えてくるのでマルチポケットのドキュメントケースを3つに母がキチンと服薬できるように月~日曜日までの朝・昼・夕・寝る前それぞれが仕切りで分けられた服薬ケースを購入。そうこうしているうちにもう11時半。社会保険事務所にまやを降ろして僕はみっちぃといつものショッピングセンターへ。まやが帰ってくるまで買い物してみっちぃをプレイルームで遊ばせて・・なんだけど社会保険事務所が混んでてなかなかに時間がかかってる。すでに12時半とかになっちゃってるのでファーストフードコートに移動してみっちぃに昼食を食べさせる。それでもまだ帰って来ないもんだからベビーカー押してこちらも社会保険事務所へ移動。ショッピングセンターへ戻る途中、相続手続きしなくちゃいけない銀行があったんで今度はみっちぃをまやに預けて僕が銀行へ。ここでも結構な待ち時間で終わった・・というか時間がかかるのでまた後日にしようと後回しにしたのがすでに14時過ぎ。みっちぃの昼寝もあるのでこの時点で帰宅したけど昼寝からみっちぃと一緒に目覚めてみればすでに17時半・・・。それから「何か楽しい事を・・」と近所のSUZUKIへ軽を物色しに行ったり母親の様子を見に実家へ行ったり。単純にできた事を書くと・JPで相続手続きの書類をもらう・銀行で相続手続きの書類をもらう・社会保険事務所で年金の問い合わせと手続き方法を調べるの3つしか進んでない!しかもこれらの手続きはおろか用紙の記入もまだ全然できてない状態。あぁ・・時間だけがどんどんと過ぎてゆく(焦)
Mar 6, 2008
幸いなことに母から夜中に連絡・・ってのはなかったようだ。アサイチで電話してみるとちゃんと眠れて食事もして薬も飲んでるとのこと。ただ、時々反応が止まったりはしてる。まだまだ事後処理が終わらず明日も出勤できる状態にはないので職場に電話をしてみたら師長があの規模の葬儀を見て勘付いたのか15日までついてた僕の夜勤をみんな他の同僚に振り分けて休みにしてくれた。有給が減るのは痛いけど、意外に気が利いててありがたい。今日は父の会社と深い繋がりを持つ会社の人を交えての話し合い。父が持っていた会社の株を半分に分けて僕と母が相続するらしいけどそれに対して贈与税が課せられて、その額は法務局が会社の価値を考えて株に値段をつけるためいくらになるかわからないとのこと。それは株だけでなく全財産に対する算定なので余計にわからない。それと父が銀行に残した貸金庫の鍵があるので中身を確認して欲しいとのことだった。ところがこれも大変。亡くなった人の口座や貸金庫を開ける場合には戸籍謄本をはじめ相続人全員の署名と実印、それに所定の用紙が必要。しかもそういった手続きをしなくちゃいけない銀行は他にも数行・・。まやはまやで年金や生命保険の手続きを頼んでいるのでこれまた何かと忙しい。それよりも相続税や贈与税を払えるか?が心配になっている様子で僕以上に不安に思っているようだ。僕は現状の収入と財産があれば特に今のところは問題ないが母は今後の生活に関わってくる上に自身が今あんな状態なんで僕らがなんとかサポートしてもらえるものはガッチリともらっておかねば・・・。
Mar 5, 2008
実家の寒さで目を覚ましたら母も起きて自力でダイニングへ行き照明をつけたかと思えば洗顔して口紅を塗っている。「なんや、できてるやん・・」と思ったのもつかの間その他の事は全くできない。というよりも自力でできるのにしようとはしない。今日は社員さんたちと今後の会社についてを話し合う大切な日だ。母はこんな状態だけど僕と違って会社の事を社員以上によく知っているし置いては行けない状況だった。社員さんたちと話し合った結果、若い社員さんが父の意志を継いで社長となり今後も経営を続けて行きたいということだった。父の考えで会社がどう転んでも家族には迷惑がかからないように心がけていたらしいけど今ここで会社を畳んでしまっては残された社員さんたちの今後は・・?情けだけで会社が運営できないことは百も承知だけど断ることはできなかった。それよりも僕の闘いはここからである。話し合いが終わって母をかかりつけの心療内科へ診察してもらいに強制連行する。薬だけを他人に貰いに行ってもらうからと頑なに受診の拒否するのだけれど悪化した今の状態では薬の変更が必須なのは明白であった。今の母親が自分の現状をしっかりと医師に伝えられる見込みもなかったし。僕の休みは明日まで。それからは勤務も続くため今夜は予備日として母1人で夜を越してもらうことにした。
Mar 4, 2008
まずは父の会社へと足を運んだ。とにかく事務員さんにお礼を言いたかった。意外にも事務所のドアを開けると社員さん全員応接セットに座って何をするわけでもなくテレビを見てたりしてる。結局僕らも社員さんたちも事後処理をするにも何からして良いかわからずまずは何をすべきかを探すことから始まる。ええかげん疲れてたので今日は開き直って休息日にすることとした。なんだか激動の数日間で平和だった頃を偲ぶようにいつものショッピングセンターへ。何事もなかったかのようにフードコートでランチしたりしたけど毎日のように通ってたトイザらスさえも懐かしく感じてしまう・・。1時間だけ足ツボとマッサージを受けて実家へ姉を迎えに行った。なんでも実家では夜中に父が使っていた誰もいないはずの2階から足音や小さな女の子の泣くような声が聞こえて全く眠れなかったとか・・。そんな実家から母が夕方エマージェンシーコールを立て続けに4回もかけてきた。やはり1人では夜を越せないということだった。20時頃から実家へ行ったけど、やはり母の自立度は低く僕がいることによる依存心の増大も確認できる。風呂も入っておらず、食事もほとんどできていないし着替えも自力ではムリ。服薬もキチンとはできていなくて眠前薬と不眠時の頓服を同時に飲んだりしている。これから先が思いやられるけど姉は京都だし僕も毎日来ることはできない。母が自力で生活ができなければ僕の勤める病院にでも入院してもらうしか方法はなくなってしまう。今は父が亡くなった直後だから・・と甘やかしていてそれが普通になってもらっても困る。最大の悩みは予想どおり”母の今後について”となった。
Mar 3, 2008
通夜なのに一時帰宅していた僕。ただでさえ通夜にも不在な喪主なのに遅れては来ていただいている人たちに悪いと思い昨夜は0時過ぎからという遅い時間に寝始めたみっちぃを6時なんかに起こして準備。7時前に会館へ到着して静かに扉を開けると・・・全員寝てました。それからいったん帰宅するわけにもいかず、近所のコンビニで買い物して朝食が届く時間までロビーで家族3人だけの朝ご飯。7時半頃に朝食が到着して起きてきた姉とまやが昨夜の片づけをして朝食を皿に盛りつけて8時にみんなを起こす。ところがみんな結構スローで11時半に始まる葬儀の前にも予定が詰まっているのになかなか動こうとしない。牧羊犬のようにみんなを朝食へ誘導して準備開始の10時までしばし休憩。それにしても母の衰えが酷い。意欲の減退は当然のことながらパーキンソンのような仮面みたいな顔つき。完全に職場でよく見かける患者と何ひとつ変わらない。言ってる内容も無茶苦茶で頑固で意見を聞き入れなかったり逆にコロコロ変わったりもする。そうこうしているうちに葬儀が始まる時間になって式場のほうへと上がる。するとまた見覚えのある顔が・・。職場の庶務にいる古株の人が病院の弔旗を持ってきてくれた。他の人たちも何人か下で待っているとか。嬉しいと言っては妙な表現だけど、本当に有り難かった。しばらくすると通夜の時と同じように僕らは立礼へ。衆議院議員の代理で来た秘書さんとか市会議員たちも来てる。いったいドコまでビッグだったんだ・・親父?僕の職場からも驚いたことに看護部長をはじめ師長が数人と栄養士の重鎮まで来てくれてた。弔辞や弔電の読み上げとか少し長かったけど流れは通夜とそれほど変わらない。そして僕はまた最後に挨拶をする。前から見渡してみると通夜よりも少ないような気がする。参列者が退出した後、親族で出棺の用意。後ろのほうの席で眠るみっちぃを抱いててくれた叔母の手を引き僕は棺のもとへ連れて行った。叔母は遠慮していたが実の父親も送り出してくれた大切な人だ。誰よりも叔母にはちゃんと最後を見ていて欲しかった。そして父が亡くなるまで会いたがっていたみっちぃを抱きながら立派に育てて見せると父の前に約束した。僕は棺の中の父に会社の制服をひろげてかぶせ、その上に花が次々に置かれていく。蓋が閉められ、最後に割れんばかりの声で「ありがとうございました!!!」と父に最後の言葉をかけた。これで最後なのかと思うと闇より深い悲しみに襲われるしかなかった。参列者が見守る中、僕と棺は霊柩車に乗り込み火葬場へ。最後に顔を拝むまでもなく事務的に棺は水焼香を受けて窯の中へと運ばれていった。ここまで来るともう悲しさよりも虚しさを感じる・・。時間が来るまで控え室で昼食をとったり雑談をして過ごす。15時半に再び出発して火葬場へ戻り、変わり果てた姿の父と再会。大柄な人だったけど立派すぎる大腿骨などに驚く。とはいえあの親父がこんな姿になるなんて・・・そこに親父の特徴は見いだせなかった。再び会館の控え室に戻って初七日をした後、みんな帰り支度を始める。本当は皆さんをロビーまで送らないといけないんだろうけど部屋が片づかない。最後に実家へ向かう姉家族の車に母を乗せて連れて帰ってもらい、僕らは事務員さんを送って帰宅した。今夜は実家に姉が泊まってくれるらしい。葬儀が終わったらホっとするんだろうけど我が家の場合は違った。実家には年老いて衰えた母が1人残されるのみ・・。急に”介護”という二文字がリアルに僕を襲う。
Mar 2, 2008
昨夜は眠れないと思ってたけど夜勤明けだったせいもあって意外とよく寝た。会館へ行くとしばらくして叔父夫妻が駆けつけてきてくれた。実の父方の親類なんだけどこういう事には経験が深く世間知らずな僕にはとても心強い。ゆっくりと話をする間もなくほぼ徹夜で母の面倒を見てくれた姉がいったん京都まで帰るので駅まで送ってすぐに会館へ戻り、末期の義に僕1人で立ち会う。死体を洗うというのは年老いた母やまだ幼いみっちぃには見せないほうが良いだろうということになった。若い男女のスタッフに洗われる動かぬ父を見て涙が溢れ出す・・。それから昨日の検案書を書いてもらった医院へ。警察のミスで名前が正式な漢字ではなく略字になっていたのと誕生日を間違えて記入していたのだ。それだけで終わればもう昼過ぎ。会館へ戻れば父は親族控え室に移され、まやは叔母から色々と叩き込まれていて僕は次々出される指示に何度もスクランブル発進を余儀なくされる。その間もお供えの花や弔電とか食事の数とか決めなくてはならないことがテンコ盛り。それを心強くサポートしてくれたのが父の会社に勤める事務員さん。父の仕事には全くノータッチだった僕が取引先関係の処理なんてできるはずもなかった。いったん母を乗せて実家へ戻って必要な物を回収して無気力な母を美容室へ放り込む。そうやって僕が走りまわり、まやが英才教育を受けている間みっちぃは・・?と言うと叔父にすっかりなついて近所の公園で遊び回っていたようだ。気に入った遊びは繰り返して行うため非常に遊ばせやすくて良い子だと叔父は言っていた。夕方にちょっと時間があったけど、それからが来客ラッシュ。姉が今度は家族全員で京都から再び車でやってきた。さらに有明海や東京のほうからバラバラになっていたはずである亡くなった父の家族もやって来た。いろいろな打ち合わせがあり実際に式場を下見に行ってみる。本来の会場を2つ使ったかなりの広さと規模を持つ式場の正面には大きな父の遺影が飾られて想像以上に壮観な光景だった。まるでジオン公国で行われたガルマの国葬を連想させるほど。急遽僕が母に代わって喪主になったので、この前で僕は大観衆を目の前にギレン並の演説をしなくてはならないのか・・。そうこうしているうちに立礼をしなくてはならない時間となり、どんどん知らない人たちが入ってくる。その度に何度も頭を深く下げて心の中で「ありがとうございます」と呟く。通夜が始まり喪主として最初に教えられたとおり焼香を上げる。親族の焼香が終わって僕と母、まや、姉の4人が前に出て焼香を上げる人たちに頭を下げる。と、その時どこか見覚えのある人物が2人見えた。職場では自分の姉のような存在である僕の同僚だった。病院からマイクロバスを出そうか聞かれた時にお断りしていたのだが来てくれたみたいだった。同僚の顔を見た途端悲しみも後回しなほど極度の緊張や不安の中から急に涙が止まらなくなった。とにかく「ありがとう」「ありがとう」としか言えなかった・・・。そして通夜の最後に喪主の挨拶。あらかじめ手渡されていた定型文の紙を母の手に捨てて僕は前へ出た。本当に常識的な形式からはかけ離れた挨拶だったと思う。通夜が終わり、親族や会社の社員さんたちは控え室へと戻る。久しぶりに再会した親族たちが歓談しているのを横目に棺の横で泣いているまだ若い青年を見つける。ウチの社員さんだった。その隣に僕も座って父との思いで話をする。泣きながら笑顔でいろんな話をする彼もまた父の息子なのだ。こんな良い息子たちを残して急に逝ってしまうなんて本当に悪い父だ・・。
Mar 1, 2008
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