JEWEL

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海の花嫁 第1話



「ん・・」
シエル=ファントムハイヴは、潮風が頬を撫でる感触がして、目を覚ました。
ふと天井を見上げると、そこは白一色で、隅の方にシミのようなものがあった。
(ここは、何処だ?)
「まぁ、漸く意識を取り戻したのね。:
ドアの蝶番が軋む音がして、白衣の天使が入って来た。
「あの、ここは・・」
「病院ですよ。あなたは、近くの浜辺に打ち上げられていたのですよ。」
「そう・・ですか?」
「今、先生を呼んできますね。」
白衣の女性はそう言うと、そのまま部屋から出て行った。
シエルがふと病室の窓の外を見ると、一組の男女が言い争っていた。
(何だ?)
シエルが暫く彼らの様子を見ていると、女が男の頬を平手打ちにし浜辺から去っていった。
ただの痴話喧嘩か―シエルはそう思いながら窓から視線を外した。
「シエル君、気が付いたんだね!」
病室のドアが開き、一人の男が病室に入って来た。
艶やかな黒髪を揺らしながら、彼は紅茶色の瞳でシエルを見つめた後、シエルに抱き着いた。
「は?」
「あぁ、済まない・・君がここに運ばれた時、瀕死の重傷を負っていたからね。」
「そうだったんですか・・」
「あぁ、自己紹介が遅れたね、わたしはセバスチャン=ミカエリス、この病院で医師をしている。」
「そう・・ですか。」
シエルは、何故かこのミカエリス医師と初めて会ったような気がしなかった。
「暫く安静しておいてね、シエル君。じゃぁ、また様子を見に来るね。」
「は、はい・・」
やたらとハイテンションな様子で自分に話し掛けて来るミカエリス医師に少し面喰いながらも、シエルはいつの間にか眠ってしまった。
―シエル。
波の音と共に、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
―シエル。
そっとベッドから下り、病室から出たシエルは、謎の声に誘われるように海へと向かった。
「シエル、やっと来てくれた。」
「ミカエリス・・先生?」
海の中で自分に微笑んでいる男は、ミカエリス医師と瓜二つの顔をしていた。
「セバスチャン・・お前どうしてそんな所に居る?」
「シエル君!」
背後から声がしてシエルが振り向くと、そこには白衣の裾を翻したミカエリス医師の姿があった。
「こんな所に居たら風邪をひくよ。さぁ、帰ろう。」
「せ、先生・・」
ミカエリス医師はシエルに微笑みながらその華奢な手を掴み、自分の元へと引き寄せようとした。
「帰ろう、帰ろう、帰ろう・・」
「そうはさせませんよ。シエルはわたしの恋人です。」
「嫌だ、シエル!」
ミカエリス医師だった“もの”は、悲鳴を上げながら霧散していった。
「あれは、一体・・」
「魔物です。さぁシエル、参りましょう。」
「おい、待て!僕は泳げない・・」
シエルを半ば強引に自分の元へと引き寄せた謎の男は、そのまま海中へと身を投じた。
暫く悲鳴を上げ、水中で藻掻いていたシエルだったが、やがて己の身体の変化に気づいた。
白く長い足が、蒼銀色の美しい鰭へと変わってゆき、呼吸も苦しくなくなった。
「一体、どうして・・」
「シエル、あなたはわたしの“花嫁”となったのですよ。」
「“花嫁”?」
「さぁ、参りましょう。わたし達の“家”へ。」
セバスチャンと共に、シエルは海の底にある“家”へと向かった。
そこは、美しい珊瑚に囲まれた家だった。
「話せば長いのですが、わたしとあなたが会ったのは今から100年前なのです。」
「100年前!?」
「ええ・・」
セバスチャンは紅茶を飲みながら、シエルに自分達の“出会い”を話し始めた。
今から100年前、セバスチャンは海の王国を統べる王族の子供として生まれた。
人魚は、人間に乱獲された所為で、年々その生息数を減らしていた。
―これから、どうなるのかしら・・
―このまま数が減ったら・・
人魚達がそんな事を囁き合っていると、元気な産声が聞こえて来た。
100年振りの慶事に、王国は歓喜に沸いた。
 だが、もうひとつの問題が浮上した。
それは、結婚問題だった。
人魚は長寿で、一生涯に番を一匹しか作らない。
その上、繁殖力が低く、仮に産まれたとしても弱肉強食の世界で生き残れるのはほんの一握りだ。
なので、番探しをするのは非常に難しい問題だった。
そんな中、陸ではある神事が行われようとしていた。
それは、水害を鎮める為、“生贄”として少女を差し出すものだった。
だがその年、村には少女が居らず、代わりに“生贄”として差し出されたのは、シエルだった。
左右異色の瞳を持った彼は、両親と双子の兄亡き後、村の外れにあるあばら屋の中で暮らしていた。
―あの子なら、大丈夫だろう。
―誰も、あの子が居なくなっても困らぬだろう。
この日の為だけに用意された白無垢を纏い、シエルは世話役に手をひかれ、海の近くにある洞窟へと向かった。
そこは注連縄で囲まれ、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「それじゃぁ、わたしはこれで。」
世話役の村人は、シエルを洞窟に残して去っていった。
「おやおや、今年の“花嫁”は、随分と小さくて可愛らしい子だ。」
微かな水音と共に、洞窟に入って来たのは、羽織袴姿の男だった。
美しく艶やかな黒髪を流しながら、男は紅茶色の瞳でシエルを見た後、その身体を横抱きにし、海の中へと入っていった。
「やめろ!」
「大丈夫ですよ。」
シエルは男から逃れようとしたが、男はビクともしなかった。
やがて、二人は海の中へと沈んでいった。
その後、シエルが居た村は大津波に襲われ、一夜にして滅んだ。
「そんな事が・・」
「ここに居れば、安全です。」
「そうか。」
シエルは疲れていた所為か、そのまま家の中で眠ってしまった。
「ゆっくり休んで下さい、わたしの愛しい人。」

セバスチャンはそう呟いた後、眠っているシエルの額に唇を落とした。

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