JEWEL

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愛の華、咲く頃 第2話


表紙素材は、 湯弐様 からお借りしました。

「そうよ。原作者のH先生が、是非あなたに演って欲しいというオファーを受けたの。はい、これ。」
 火月のマネージャー、種香はそう言うと、ドラマの原作漫画を手渡した。
「長編だけど、面白いわよ。」
「ありがとうございます!」
 火月は早速、帰宅してすぐにドラマの原作漫画『火宵の月』文庫全巻を読破した。
(あ~、そう来るかぁ、あのラスト!また読み返したくなる!)
「火月ちゃん、おはよう。原作、もう読んだの?」
「はい。何か僕、初めてのドラマで主演なんて、緊張しちゃうなぁ・・」
「大丈夫よ、火月ちゃんなら出来るわよ。」
 テレビ局内のメイクルームで、種香がそう言って火月を励ましていると、そこにいつも火月を目の敵にしているモデルが入って来た。
「何で、あんたが主役なの?大した実力もない癖に!」
「すいません、台本に集中したいので、出て行って貰えます?」
「何よ、偉そうに!」
 モデルはそう叫ぶと、近くにあったゴミ箱を蹴ってメイクルームから出て行った。
「あんなの、気にする事ないわよ。」
「う、うん・・」
 火月はそう言いながら『火宵の月』の台本の一ページ目を見て、素っ頓狂な叫び声を上げた。
「何、どうしたの!?」
「おおおお姉さん、僕の相手役、土御門有匡様なんですか!?」
「あら、今更気づいたの?」
「僕、あの人の、奥さん役ぅ~!?」
「もう、そんなに驚く事ないじゃない。」
「プレッシャー、感じちゃうなぁ。」
「大丈夫よぉ、火月ちゃんならやれるわよ。自分に自信を持って!」
 メイクルームを種香と共に出た火月が向かったのは、都内某所にあるホテルで開かれたドラマ『火宵の月』の制作発表記者会見だった。
 そこには、沢山のマス=メディアが集まり、壇上には名だたる名優達の姿があった。
(ますます緊張しちゃうなぁ・・)
 火月がそんな事を思いながら周りを見渡していると、そこへ有匡が記者会見の会場であるホテルの宴会場に入って来た。
「有匡様だわ!」
「いつ見ても素敵だわ~!」
(圧倒的な気・・僕、この人の奥さん役、務まるのかなぁ・・)
 火月が遠目でマスコミに囲まれている有匡を眺めていると、急に彼が火月を見た。
(えっ!?こっちに来る?)
「また、会えたな。」
「え、僕の事を憶えて・・」
「共演者の顔は全て憶えるようにしている。それに、お前のような娘に会ったのは初めてだからな。」
 そう言って火月は、有匡に微笑んだ。
(顔、近い・・)
「まぁ殿、こちらにいらしたんですの?そろそろ会見が始まりますわよ。」
「わかった。」
 有匡はそう言うと、壇上へとあがっていった。
「ほら、火月ちゃんも。」
「え、あの、どうして僕の名前を知って・・」
「あらぁ、忘れちゃったのぉ?あたしよぉ、小里。」
「式神の、お姉さん!?」
「後でね。」
 小里はそう言って笑うと、火月の肩を叩いた。
 ほどなくして、『火宵の月』制作発表記者会見が始まった。
 司会のアナウンサーによるドラマの紹介と、原作者、脚本家の挨拶の後に、キャストの紹介と挨拶が行われた。
「土御門有匡です。陰陽師役は初めてなので、精一杯務めさせて頂きます。」
 有匡がそう言ってマイクを置くと、マスコミの方から盛大な拍手が彼に送られた。
「土御門火月役を演じさせて頂きます、高原火月です!初めてのドラマ主演で何かと至らない所があると思いますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します!」
 火月の声が大き過ぎ、マイクがハウリングを起こしてしまった。
「す、すいません・・」
「いやぁ~、元気が良くていいね!」
「そ、そうですか?」
 制作発表記者会見の後、火月達は竹本Pが予約した居酒屋で彼主催の飲み会に参加していた。
「あの、土御門さんは・・」
「殿なら、他のドラマの撮影があって遅れるって。結構、忙しいからねぇ、彼。」
「そうなんですか・・」
「あらヤダ、元気ない。“久しぶりに”会ったばかりなのに、もう会えないなんて寂しいわよねぇ~」
「お、お姉さん・・」
「火月ちゃん、飲んでる~?」
 そう小里と火月の間に割って入って来たのは、泥酔した小林Dだった。
 彼は、こういった場に顔を出しては、若い俳優やモデル、歌手などにしつこく絡む事で悪名高かった。
 そして小林Dは案の定、火月に絡んで来た。
「すいません、僕・・お酒、弱いんで・・」
「え~、そんな事言わないで飲みなよ~」
 彼はニヤニヤと笑いながら、火月の空のグラスに、ビールを注いだ。
「一気に飲んでよ~!」
「イッキ、イッキ~!」
 泥酔した男達に半ば煽られるような形で、火月はビールが入ったグラスに口をつけようとした時、それを誰かが掴んだのを見た。
「もう、小林さんったらうちの若い子を虐めないで下さいよ~」
 そう言いながらビールを一気飲みしたのは、妖艶な黒髪の美女だった。
「有子ママ、久し振り~!今日は忙しくて来てくれないのかと思ったよ~」
「そんな事ないじゃないですか~、小林さんはうちのお得意様なんですから~」
 そう言って笑う謎の美女と、火月は目が合った。
 彼女の、碧みがかった切れ長の黒い瞳に気づいた瞬間、火月は叫びそうになったが、その前に美女が人差し指を彼女の唇に押し当てた。
「うぇぇ~」
「ほらほら小林さん、タクシー来ましたよ。」
 美女との飲み比べに負けた小林Dを店の外まで送り出した美女―もとい有匡は、溜息を吐いて火月の方へと振り向いた。
「全く、世話が焼ける男だ。」
「すいません、ご迷惑をお掛けしてしまって・・」
「謝るな。あいつの酒乱ぶりは今に始まった事ではない。それに、ああいう輩はさっさと酒で潰すに限る。」
 有匡はそう言うと、長い黒髪を纏めていた簪を抜いた。
 美しく波打つ彼の黒髪を見た火月は、その姿を“誰か”と重ねていた。
「どうした?」
「あの、その髪、地毛ですか?」
「そうだが、それがどうし・・こら、髪を引っ張るな!」
「あ、すいまへ~ん。」
「きゃ~、火月ちゃ~ん!」
 泥酔した火月はキス魔と化し、有匡に抱きついたまま離れようとしなかった。
“火月”
(誰、僕を呼ぶのは?)
“こんな所で寝ていたら、風邪をひくぞ。”
 そう言って自分に優しく微笑んでいるのは、有匡と瓜二つの顔をした男だった。
(え・・)
「おい、起きろ。」
「う・・」
「水だ、飲め。」
「は、はい・・」
 有匡からペットボトルのミネラルウォーターを受け取った火月は、飲み口にストローをさしてその中身を少しだけ飲んだ。
「あの、ここは?」
「ここは、わたしの部屋だ。」
「え、え~!」
「叫ぶな。居酒屋で酔い潰れたお前をわたしがここまで連れて来た。あいつらは随分嬉しそうに騒いでいたがな。」
「すいません、迷惑をお掛けしてしまって・・」
「全く、世話が焼ける奴だ。ここで暫く休んでいろ。わたしはシャワーを浴びて来る。」
 有匡はそう言って火月を寝室に残し、浴室に入った。
(全く、調子が狂う・・)
 アルコールと煙草の臭いがしみついた髪を洗いながら、有匡は溜息を吐いた。
 彼女―火月と初めて会った時、火月と“何処か”であったような気がしてならないのだ。
 それに、火月と会ってから不思議な夢ばかり見る。
 その夢には、いつも彼女と瓜二つの顔をした女性と、自分と彼女にそれぞれ似た双子が出て来る。
“先生、もし生まれ変わっても、僕は・・”
 夢の内容は。よく憶えていない。
「あの~、すいません・・着替え、ここに置いておきますね。」
「わかった。」
 有匡がそう浴室の中から火月に向かって答えると、脱衣所の方から大きな物音と火月の悲鳴が聞こえた。
「おい、大丈夫か!?」
「すいません・・」
 濡れた髪をそのままにして、有匡が浴室から出ると、脱衣所では何故か自分のシルクのパジャマを着ている火月が、転んで擦り剥いてしまった膝小僧を擦っていた。
「何故、わたしのパジャマを着ている?」
「他に、着る物がなかったので・・あ、今から脱ぎますね。」
「脱ぐなっ!」
 パジャマのボタンを外そうとする火月を、有匡は慌てて止めた。
「ここで寝ろ。わたしは部屋で寝る。」
「は、はい・・」
 有匡が寝室へと消えてゆくのを見送った火月は、リビングのソファに横になると、そのまま眠った。
“先生、泣かないで・・”
 また、あの夢だ。
 骨まで凍えるような寒さの中、有匡は“誰か”の手を握っていた。
“また、会えるから・・”
 夢から覚めると、有匡は涙を流していた。
(何故、涙など・・)
 有匡が寝室から出てリビングへと向かうと、キッチンで火月がコーヒーを淹れていた。
「あ、すいません、勝手にキッチン使っちゃって・・」
 そう言った火月は、パジャマの裾から白く長い足を惜し気なく有匡の前に晒していた。
「さっさと寝室で着替えて来い。」
「あ、すいませ・・うわぁ!」
「殿~、おはようございます・・キャァァ~!」
 いつものように有匡を迎えに来た小里は、有匡の部屋の合鍵を使ってリビングに入った時、有匡が火月を押し倒している姿を見て、思わず悲鳴を上げてしまった。
「殿、まぁぁ~」
「誤解だっ!」

 気まずい空気が二人の間に流れる中、『火宵の月』撮影初日を彼らは迎えた。

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