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盂蘭盆会猫敷く道や蝉落つる
2009年08月14日
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つばくらめ番いて覚めしまなこかな
2008年07月15日
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じりじりと焦がれあくがる夕まだき
2008年07月12日
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子の刻に覚めて思いしグラスかな
2008年07月11日
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明日知れずと甘えてみたき文の月
2008年07月10日
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静脈のごと冬枯れし蔦のある
2008年01月31日
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夕さりてほとりほとほと青梅かな鳥落ちて甲州連山雨のなか
2007年08月03日
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加藤千蔭という人について調べたくなった。今までに調べたことをメモしてみたい。多くのHPに感謝いたします。履歴等、ご存知よりの方がいらっしゃったら情報をお寄せ頂けると有り難い次第です。加藤千蔭(かとう・ちかげ)1735~1808(享保20~文化5)父は加藤枝直(かとう・えなお)1692~1785(元禄5~天明5)。伊勢国松坂生まれで橘氏。江戸南町奉行大岡忠相越前守に与力として属す。賀茂真淵と親交し、居を自らの邸内に移して文学の教授を得た。若き日の青木昆陽も邸内の貸家にいたことがある。千蔭。枝直の三男。姓は橘、本名は佐芳、要人(かなめ)。字は徳与麿(とこよまろ)。通称は常太郎、又左衛門。号は芳宜園(はぎぞの)、うけら園、耳梨(みみなし)山人、逸楽窩(いつらくか)、江翁(ごうおう)、橘やちまた(狂歌)など。幼少から父に歌を学び、10歳から以後26年間、賀茂真淵門下。村田春海(はるみ)、楫取魚彦(かとりなひこ)、加藤宇万伎(美樹・うまき)らとともに県門(賀茂真淵門下)の四天王と呼ばれた。本居宣長との交友もある。著書は千蔭本として流布。父の跡を継いで吟味方与力となり、寛政の改革に当たる天明8年病により子に家督を譲り辞職。八丁堀で学徒に教授しつつ学問に専念。文化5年正月、「橘千蔭」と自筆した紙を両国の回向院の住持に託し、その年の9月2日に没す。本所深川の回向院に眠る。書画にも通じ、絵は建部綾足に学ぶ。書家としては千蔭流の開祖。能因法師の末裔だとも。上田秋成には「胆大小心録」で貶される。向島百花園(新梅屋敷)に梅の木を寄贈したりしている。「うけらが春」「万葉集略解」(将軍に献進され銀10枚を下賜された)「万葉新採百首」「香取日記」
2007年01月12日
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今日こそは明日からこそはと法師蝉何をするでもなく一日が過ぎ仕事に追われても一日が過ぎていく。
2006年08月21日
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今日の薔薇あすあさての薔薇こぞの薔薇
2006年05月18日
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影もなき花に託せし十三回忌
2006年05月15日
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去年の薔薇同じからむや今日の薔薇一時間、一日、一月、一年そんなタイムスパンで動いている自分がいるような気がした。世の中には一秒単位で気を回している人もいるらしいがその人にとって一秒の次の単位は一日だっりして?時計の単位無くしても世界は万物流転らしいが流転のそのスピードは時計の時間に回収されてしまい瞬間瞬間の変転を捉えつづけることは難しく人の意識は物事を映像的に処理してランダムに印象を掬い上げている。だから自分も世界もその時々においては不変のような気がして失調に出くわしてびっくりしてしまう。あるいは細やかな変化には気づかない。それが意識の健康でもあると感じる。
2006年05月13日
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鈴の音を路傍にて待つ風まだし
2006年05月12日
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初夏の風想いとともに吹き荒れる
2006年05月04日
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浅き深き夢と知るとも夢のうち
2006年05月03日
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ハナミズキ一日のながく短き
2006年05月01日
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やつでの実われに孫なく朋もなし
2006年04月27日
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十重二十重八重にかすみて春ゆけり
2006年04月26日
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蒲公英に紛れてなずなの咲きにけりせりなずな ごぎょうはこべら ほとけのざすずなすずしろ……とは言ってみても道野辺に見出せないものも多い。そこにないから というのではなく草花の名が名としてあるだけでその内実と結びつくことができないでいるためである。
2006年04月21日
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花々にいのちを寄せてみる春また一日自分と世界との戦いでは世界に味方すべきなんでしょうが、なかなか自分というものから抜け出せませんな。気持ちというものは成長遅々たること著し、ということなんでしょうか。
2006年04月09日
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信号機を青の方へと渡ってみる所在無さを装って信号ごとに青の方へと渡ってみた。「吾輩は猫である」の碑を過ぎて脚は淡路町から神田、秋葉原へ上野まで行って電車で仕事場へと戻った。
2006年04月08日
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金魚金魚溺れをれるや溺れなき 人は溺れても溺れないものもおりだからといって達観しても詮なきこと思い知る。
2006年04月06日
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木蓮や風たわわなり雨蕩々世界をひと言で言い尽くせることばを捜しつつその意思に抗ってみる。詩に加担するまいと思いつつ散文のことばを捜せないでいる。そして 世界が他者との関係性で成り立っていること他者との関係性が倫理を発動すること を形而上学的な苦笑をもって受け入れる。そこが たしかな地だと思う確信と信じることへの懐疑とが折り合いのつかないままに共存を否定して 共存する。
2006年04月05日
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繚乱てふ手触りたしか春を行く花陰に立つひとあるや風一陣多言なく過ごしたいと一方では思いつつも隠遁する生活のゆとりもなく種々の柵のなかでぽつぽつと ことばを紡ぐ
2006年04月04日
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払暁に祈ってねむる人のある平河天満宮。五メートルの鳥居は、銅製としては東京で最古とか。梅の香を包んで沈丁花の香り馥郁としておりました。
2006年03月25日
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辛夷白し胸がきゅんと音を立てる辛夷の花が咲いておりました。気がつけば、ブログを開いてから一年の歳月が経っていたのでした。一週間どころか、三日先の日々が先の見えない崖のように、意識されたりするのですが、そのことが周りの人の迷惑につながっているかと思うと、相変わらず忸怩たる日々のみが確かな手応えをもって、迫ってくるのでした。
2006年03月20日
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沈丁花の香りを飛ばし春の嵐いったんおさまったかにみえた嵐ですがちょうど中心を過ぎていたのでしょう。そのあともっとひどい北風が吹きつけてきました。テンパーの頭はそれはもう爆発しっぱなしでした。みなさま、よき宵を。
2006年03月17日
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花を愛で人をめでばや嵐ゆく四時を過ぎて春の嵐もよぎりました。
2006年03月16日
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にほひやかなり春の夕あてどなく歩くデータ検索がずんぶんと便利になりましたけど、有料情報は閉ざされているわけで、検索しても出てこないものはまだまだありますね。とはいえ、図書館に行く前にチェックできるのはなかなか便利。どうせなら収録作品なり論文なり章立てなりを入力しておいてくれるともっと便利なんだけど。図書館によってさまざまですね。
2006年03月15日
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春の蚊と戯れてつぶす三時七分ものすごい風が吹いております。頭が爆発して外に出るのが億劫なので部屋で仕事することにする。
2006年03月12日
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人にも月にも自分にも吼えた春の宵やさしさと計画性……ふむっ
2006年03月09日
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椿つばき夜暗に白く佇めりどうもラップトップはご機嫌を直してくれないようです。きちんと起ち上がるのにすぐにシャットダウンしてしまいます。やれやれ。
2006年03月06日
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寒天に呻ってみる人が避ける何か釈然としないですね。永田氏も平沢氏も只でメールを手に入れたとは考えにくく、それ相応の情報量を払っているでしょうに、メール詐欺にあった永田氏がニュースソースを詐欺で訴えることもせず、その詐欺メールの変型版としてのこれまた偽造だというメールが、永田氏メールの偽造性を暴くという、偽造が偽造を暴くなんて、変ないたちごっちではありませんか。メールは、永田氏のやらせなのか自民党が仕組んだものなのか本当にニュースソースがあったのかこの三点に尽きますね。それにしても訴えないってのがどうにも怪しい。裏でどんな取り引きがなされているんでしょうね。
2006年02月28日
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鳩を追う子を負う母に祖父母の眼PCを起ち上げたら、ウィンドウズはきちんと起ち上がるのに、長くて数分、短いときには数秒で、PCがシャットダウンしてしまう。こんな症状ってありなのでしょうか。急ぎの仕事もあり、泣く泣く新しいパソコンを購入しましたが、なんてこったいっ、です。家の中心に鎮座ましましていたテレビが、いつの間にか消費財、消耗品とみなされるようになってしまったように、パソコンもいまや消耗品と化しているのでしょうか。物に対する愛情なんて、そんなこと言ってるのはアナクロニズムなんでしょうかね。機械も数年内で壊れるように設定されているって噂も聞きますしね。やれやれ。
2006年02月27日
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満作咲いて病に伏せる人ありき万作の花が春の到来を告げ知らせる地域もあるそうな。人も自然の存在であってみれば、死への螺旋を刻まれつつ生きるしかないのだが、願わくは、それぞれの螺旋をそれぞれにまっとうできるといいと思う。
2006年02月21日
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蒲公英の鉄路の軋みや葉のふるへトリノ五輪は実力のうちなんでしょうかね。放送枠もあるんでしょうけどテレビは騒ぎすぎだなあと。それにしても、長浜の事件は、やるせないです。
2006年02月20日
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水仙花酔ひのまなこに揺らぎけり
2006年02月17日
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紅梅のまろく開きてそこにあり書きたくないときにも書くのがプロなんでしょうけどいやはやはるけき世界でござる。ばたばたと仕事にかまけているうちに紅梅が開いておりました。居酒屋甲子園みたいのがあったらしくテレビでやってましたが勝ち抜け勝ち抜けって勝ち組たらんとする教育がすごかった。商売は儲かってなんぼですからそれはそれでいいわけだけれどもやたら声がでかいばかりで元気を装い内実はマニュアルどおりの接客は嫌だな。それにしても勝ってなんぼっていう発想ばかりがはびこっていて拙者には辛い。負け犬の遠吠えにしかならないね。
2006年02月12日
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西瓜月と言ひたる息の白さかな
2006年02月06日
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寒風を孕んでみて河の流れを思う風を避けて歩いてみたり風になぶられて歩いてみたり。
2006年02月05日
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あるいは明日をかざし見る冬の手のひら憤懣をプライドにすり替えている奴がいて無力を罵声にすり替える。国のなんたるかを知らない奴が政治家になり国を自明視する奴が尻馬に乗る。大げさな愛はいらないからささやかな時にたゆたう。大きな声でしか届かないメッセージはやはり胡散臭いと疑ってみたい。
2006年02月02日
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年度末うりたきもなき媚ぞうれふる
2006年02月01日
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いさいなく涅槃の眠りを寝むらるや
2006年01月31日
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花を想ひて冬のみちをたどるなんか自分が無能に思えちゃうときってそれを受け入れて次の一歩へと踏み出していくことはなかなか辛いですね。でも がんばんないとね。
2006年01月29日
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あたら夜を無為に思はる寒の夜テレビで「北斎漫画」をやってますが、新藤兼人監督も勘違いしてないですかねえ。北斎の芸術性を破壊して、あるいは称揚して、おどろがましき生臭さを出そうという気持ちはわかりますが、いかにもつまらない。北斎の描き方はそれぞれあるでしょうが、芸術=反社会というステロタイプはつまんない。富岳36景+10景のダイナミズムがあるのでしょうに。いかにも、出版事情と結託したというような。江戸東京博物館にてご照覧あれ。ドラマはあまりにも芸術家としてのリアルにばかり焦点を合わせすぎでは?江戸時代の人間は、もっとおおざっぱで、それゆえにもっと、借金に追われていたし、おおらかでもあったような気がしてしまうのは、「私」だけでしょうか。芸術なんて観念はなかったようにも思えるのですが。もっと、風狂、物好き、好き勝手であったのかなあと。とにかく人を驚かせようなんていう、山っ気かも。そんなものを、後世の人が芸術なんてもちあげているだけなのかなと。因みに写真は、深川ぶっかけ丼の食後です。無残やな。
2006年01月19日
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行く春を追うて背筋を伸ばしけり日光奥州への出入り口だった千住宿。元禄2年(1689)、深川を出た芭蕉は門人曾良とともに、千住宿からみちのくに旅立ちました。芭蕉、松尾宗房が46歳のときでした。深川、千住、日光、蘆野、白河、福島、仙台、松島、平泉、立石寺、最上川、酒田、象潟、新潟、越後路、高田、直江津、高岡、金沢、那谷寺、福井、敦賀、大垣などを経巡る約2400キロ、5カ月を越える行程でした。「おくのほそ道」は後日書き記したものであり、虚構も混じっているわけですが、「そぞろ神の物につきて心を狂はせ」る風狂の心意気は、各地に芭蕉を慕い歓待する人々がいたとはいえ、思い切ったことをさせたものです。行く春や鳥啼き魚の目は泪
2006年01月19日
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滔々と風はらめるや隅田川世界と君との戦いではやっぱり自分に味方してしまいますよね。分単位、秒単位で時間をうまく消費できないのはやっぱりのんびりと育ってしまったからなんでしょうか。
2006年01月18日
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八幡宮面はゆくも青き松過ぎぬ阪神大震災のあった日ですね。その前年の同日に母が他界し、線香をあげに帰郷したときに、テレビで惨状を知りました。亡母香與妙林信女、犠牲者の方々に、合掌。
2006年01月17日
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みちのくに夢はせをるや風渡る大川に草の戸もなし白き風寒の家ひな無きままに偲びけりぶらり芭蕉庵に。桃青から芭蕉へと名を変えた場所だという、深川は芭蕉庵。長らく武家屋敷になっていたというから、その跡地は弟子たちの思い出のもとに復元されているらしい。芭蕉の愛玩した石の蛙が掘り出されたことも関係しているとか。石碑がひっそりと、小さな社に寄り添って建っていた。さまざまの事おもひ出す桜かなという句札が横手の樹に下がっていたが、どうもそれは桜の樹ではない。そんな気兼ねのなさが、歩き疲れた脚に、変にほほえましく思われたりもした。
2006年01月13日
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寝乱れてひねもす冬の陽射しかな
2006年01月08日
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