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パン屋がケーキ屋さんとか料理人とちがうところは
ひとことでいうと、「最後は神頼み」というところかもしれません。
それは何かというと、
パンは生きているとよく言われますが、
(料理だってケーキだって生きていますが)
特徴的に表現すると、パンは最終発酵が終わったあとは
釜(オーブン)に入れてしまえばあとはもう、作り手はどうにもできません。
結果はまさに神のみぞ知る。
これは陶芸なんかにも似ているかもしれません。
途中で出して手を加えたりすることはできません。フランスパンなんかは
途中で釜をあけると逆に出来が悪くなってしまいます。
釜に入れる前も、発酵の状態にあわせてパン職人が対応を変えるだけで
一度捏ね上げてしまったものを、根本的に修正することは実はできないのです。
だから、パンにあわせて職人が後からついていくという感じでしょうか。
「おいしいね」って言っていただいて、「どうしてこんな美味しいものができるの?」と聞かれたら
粉が、お塩が、水が、こうでああで、生地をこうやって練って、こうやって成形して
ここが難しくてあそこにこだわって、あーだこーだあーだこーだと
聞かれたことばの何倍も熱く答えるのですが、
最後の最後に思うのは、
なんでこんなおいしいパンができるのか(このセリフがややおめでたいですが)、、、
自分でもわからないのです。
僕たちがやることは、材料を入れてまぜ捏ねて形にして、焼くだけ。なんです。
発酵している間に勝手においしくなるのです。
焼いている間においしくなるのです。
だからそこには、「結果的においしくなった」という言葉がでてきます。
そうして、ありがたいことに時々お客様から喜びのお手紙なぞをいただき、
その中には、職人たちの努力をほめていただいたり誠実な仕事とか言ってもらえたりします。
ありがたくて涙があふれますが、
当の本人たちは、当たり前のことを当たり前にする毎日の繰り返しで
良い素材を使って、たんたんと仕事をしているにすぎません。
「結果的に」よいパン屋さん。と思っていただいているとも考えられます。
誤解をおそれず言ってしまうと、
パンは狙って出来るものではありません。
結果的にこういうパンになりました。というものかもしれません。
それが端からみれば、職人がこだわり抜いたパンに見えるということなんですが、
繰り返しますが、
「結果的にこんなのが出来ました♪」
という結果的世界観で僕はパン作りの世界をながめています。
おもしろいのはこの考えは、人生にも似ているようです。
幸福な人生というのは、狙って出来上がるものではなく
なにやらひとつ事を一所懸命やっていたら、
端からみたら幸せそうに見えたり、時として自分が幸福な気持ちになったりする
そういうものなのではないかしら。
当の本人はたんたんと実践をしながら生きていたら
うれしい楽しい幸せな人生が出来上がっていた。
だから、僕はそんなパン屋の人生が結構気に入ているのです。
どんなおいしいパン(人生)ができあがるかは、最後のお楽しみにとっておきます。
ありがとうございます。
朝バゲット普及委員会 2007年07月21日 コメント(55)
作り手の笑顔で味が変わります 2007年05月15日 コメント(15)