知らないと損するかもしれない

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2014年02月07日
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カテゴリ: 慰安婦問題
2009年1月8日のニューヨーク・タイムズの記事と産経新聞の記事です。


米ニューヨークタイムズ(電子版)は8日、韓国の元慰安婦のグループが、1960年代から80年代にわたって米兵との性的行為を強制されたとして、当時の政府指導者に謝罪と賠償を求めて告発したと報じた。

このグループは組織的な慰安施設の設置に直接的に関与したとして、米軍と韓国政府をあわせて告発した。

同紙によると、元慰安婦のグループは朝鮮戦争後、韓国に駐留していた米軍の基地近くにあった慰安施設で米兵を相手にした売春を強要されたと証言。

一帯では、米軍の憲兵隊と韓国当局者が施設を見回り、番号札を使って性病に感染したとみられる慰安婦を排除しており、性病が疑われた女性は警察当局が、窓に鉄格子がはまった「モンキーハウス」と呼ばれる施設に収容し、快復するまで治療が施された、と証言している。

同紙は、韓国の専門家が、当時の韓国政府は米軍の撤退を恐れており、それを防ぐために手段を選ばなかったと指摘しているとし「慰安施設には韓国政府と米軍の積極的な関与があった」とする別の専門家の談話を伝えた。
(2009.1.0815時57分配信 産経新聞 )

残念ながらこの記事は産経の記事だったが、2年前の記事ですので今は消されてない。


しかし、NYタイムズの記事は残っています。ので以下翻訳をアップしておきます。


連行され、大日本帝国のために売春宿で奴隷として働かされていた韓国女性たち。戦時中における、その醜い行いについて長年どれだけの責任を負うのかと、韓国は日本の言い訳に対して非難を行ってきた。

今、韓国の元売春婦のグループは異なる権利を悪用したとして、当時の政府指導者らを告発した。北朝鮮から韓国を守った米兵と性交渉するよう奨励し、1960年代から1980年代までの間、直接性風俗業界の手綱を取っていたとして過去の韓国政府と米軍を起訴したのである。両国は売春婦がアメリカ軍を相手にするとき、確実に性病もちでないようにするため、テストや処理システムも共同で構築していたという。

彼女らは、体面のためにアメリカ当局がそういったシステムの構築を強要していたという主張には全く耳を傾けず、自らの歴史については厳しい態度をとらずに日本には賠償金を求め続けている韓国政府を起訴したのである。


「わたし達の政府は、米軍の大きなポン引きの一人だったんです。」訴えた女性の一人、Kim Ae-ran(58)さんは最近のインタビューでこう話している。


売春を奨励していた問題の人々の動機のひとつに、韓国政府はアメリカ軍が撤退することを恐れており、それを防ぐためならなんでもすると考えていたことにもあるという。しかし、彼女らは、朝鮮戦争後数十年間の戦後経済を支えるために政府は売春婦たちを商品としてみなしていたと示唆している。


政府は官僚らを基礎英語とエチケットを売春婦たちに身に付けさせるといった後援(もちろん、より高く”売る”ために)だけではなく外貨不足で韓国が破綻していたときにも、 政府は官僚らを基礎英語とエチケットを売春婦たちに身に付けさせるといった後援(もちろん、より高く”売る”ために)だけではなく外貨不足で韓国が破綻していたときにも、ドルを獲得するために激励へ行かせていたという。


「彼らはわたし達をドルを得る愛国者だ”と褒め、出来るだけG.I(アメリカ兵)に体を売るように促したんです。」”

奨励者らはアメリカ軍が性感染症について懸念していたため、基地を囲んでいた売春街での”取引”を規制する試みにも関わるようになっていったという。

幾人かの女性が主張している最も扇動的なものの1つに、1960年代から1980年代までの間にアメリカの憲兵隊と韓国の当局が、性病を広げていると思われる女性を探してクラブを定期的に立ち入り検査をしていたというものだ。彼らは軍人たちが、簡単に性交渉の相手を決めれるように、売春宿によって無理やり付けられていた番号札を利用して女性を選別。

それから、韓国の警察が病気であると思われる売春婦を連行していった、と言う。そしていわゆるモンキーハウス(麻薬中毒者の隔離施設で窓には鉄格子がついている)に拘束し、回復するまで無理やり売春婦達は薬物療法を取らされた
という。

KimさんとMoonさんの二人は性病のコントロールが両国政府のために行われていたとする女性らの主張を支持している。彼女らはリチャード M. ニクソン大統領が1969年に米軍撤退のプランを発表したことで、米兵の数がさらに減少すると韓国は恐れ、政府によるコーディネートが特に著しくなったと言っている。

「お客が去っていくのを思いとどまるためには、売春街でどれだけ良く扱われたかと感じさせることだと考え、まず環境を整えることになりました。」と、Kimさんはテレビのインタビューで答えている。

Monnさん(ウェルズリー大学教授)によると、1970年代に米軍高官と韓国政府官僚の会談議事録に、両国で性病の流行を予防するための期間を示すものがあったという。

登録、または健康診断を受けなかった売春婦拘束し、売春婦として登録するためには処置を受けたことを保障する人や診断書が必要であるなどの政府努力や、1976年における共同巡回に関するレポートには”隔離”を勧める内容も含まれていた。

最近、売春街は存在しているものの韓国経済が急進したことで、フィリピンからの女性らが彼女らに取って代わり始めている。
多くの元売春婦は主流社会から隔離された売春町に住んでおり、大部分は貧しく社会からは忌避されいる。養子縁組のため、海外へと送り出した混血児の思い出にとり憑かれた者もいる。

Jeonさん(71歳。姓を明かすだけを条件に取材に同意してくれた)は1956年の18歳の時に戦災孤児になり、飢えに追い込まれて北朝鮮国境に近いDongduchonの売春街で働きはじまたという。1960年の時に男子を産んだが、アメリカのほうがより良い未来があるだろうと信じるようになり、息子が13歳のときに将来のため彼を手放した。

10年ほど前に米兵となった彼は彼女を訪ねてきてくれたが、もう自分のことは忘れるように言ったという。

「わたしは母親として過ちを犯してしまいました」と、Jeonさんは言う。現在、廃品回収業でわずかな収入を得て福祉援助を受け暮らしている彼女は「わたしが今、彼に頼れるような権利は全くないんです。」「そして、自分の人生について考えれば考えるほど、私や私のような女性たちは韓国とアメリカの同盟による最大の被害者だと思うようになりました。」と話す。

「振り替えると、私の体は自分のものではなく政府と米軍のものだったんだなと思います。」

NYタイムス原文
http://www.nytimes.com/2009/01/08/world/asia/08korea.html...






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最終更新日  2014年03月31日 14時42分59秒
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