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偶然にYoutubeで見つけました!すっごく懐かしかったです。https://www.youtube.com/watch?v=FxBbeGDiyHk
2016年11月20日
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2016年09月22日
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昨日は、熱が出たので、体調はちょっと悪かったです。友達は「拍手功治百病」の本を見せてくれました。へ!「拍手」も「気功」の一つか、初めて聞いたのです。早速やってみました。20分後、何とか、熱が治りました。ちょっと驚きました。こんな簡単だし、いい気功なので、みんなにも教えたいんです。拍手功の練習時間:食事前/後の30分程毎日2~3回毎回5分~30分(体調によって)場所:静かな公園(騒音は大きいから)方法:両手に力を込めて、拍手する(痛みを気にせずに)手掌は身体の穴道と関連あり、拍手は穴道を刺激し、血気は自動流れさせます。中国語の本なので、翻訳したいけど、日本語が下手なので、詳しいことは今度少しづつ日記に書く予定です。
2003年05月21日
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アダモさん、教えてくれて、ありがとう。私もこの日記を借りて、カンボジア(アンコール朝)の文明が「一瞬のうちに無くなったのは、なぜ?」という答えをここに来てくれた皆様に見せします。 12世紀から13世紀にかけて、カンボジアは東南アジア最大の経済発展国で先進国でした。当時、タイ・ビルマの一部・ラオス・ベトナムに至るまでカンボジアの領土で、すべての道はアンコールワット(首都)へ続いていました。 国家繁栄のカギは、雨期(9月~10月)に降る大量の雨水を人造湖に貯めたり、灌漑設備を充実させて三期作(三毛作)や四期作(四毛作)を可能にしていたことによります。 ところが今は三期作どころか年に1度しか米が取れません。 その理由は、15世紀の首都アンコール陥落によります。 占領したシャム(タイ)軍は、灌漑技術者や高度な知識を持ったカンボジアの民を30,000人もシャムへ虜囚として連れ去ったのでした。 カンボジアの歴史書によれば「連れ去られた」となっていますが、タイ側の歴史書によれば「困窮したカンボジアの民を慈悲深いシャム王は3万人も受け入れた」となっています。 では、なぜ栄えに栄えたカンボジアが外国の軍隊の侵入を許してしまったのか? ・・2つの理由が上げられます。 その一つは、当時、公共事業のやり過ぎで国庫は窮乏し、国民が重税や徴用により疲弊していったこと。 もう一つの理由は、国のリーダーである国王が、日本の様に「万世一系」では無く、ある時は実力のある将軍が、ある時には王族や貴族がというように、王位継承を巡って争いが絶えず、暗殺や虐殺が日常茶飯事のように行われ、王位を狙う人間は自分の地位を有利にするために進んでシャムやベトナムに支援を求め、両隣国はこれに乗じて侵略と干渉を行ったからでした。 私たちの住んでいる、この日本も、いつまでもアジアの先進国であると思ったら大間違いです。 国の指導者の過ちは国を滅亡させることもあるのです。 つい600年前の最先進国が今では最貧国になることだってあるのです。 文部科学省が『愛国心』教育を推し進める理由はそこにあります。 しかし、1世紀ほど前のような誤れる愛国心(他のアジア諸国を卑下するような)ではなく、真の愛国心を育てて行く教育が必要と思います。 それにはまず、自分の父母を敬うことから始めて、兄弟や祖父祖母、そして友人や地域の人々を愛することを学ばねばなりません。 お説教じみた日記になってしまいましたが、要は家族や郷土(ふるさと)を愛していれば、それは自然と祖国愛に繋がります。 大上段に構えて学校で「愛国心」教育をするよりも、まづ親が子どもを愛を持って育てれば、その子ども達は自然に愛国心のある子に育ちます。
2003年05月09日
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私のガブリ日記http://nikki.gaburi.com/n?jimmyong/1
2003年05月07日
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