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じんさん0219 @ Re[1]:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) 大悟の妹☆さん >“大悟”ですけどねー(  ̄▽…
大悟の妹☆@ Re:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) “大悟”ですけどねー(  ̄▽ ̄)
じんさん0219 @ Re:日本代表残念でしたね(o>Д<)o(06/15) プー&832さん 覚えとりますよ。 プーさん…
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じんさん0219 @ Re[1]:たどりついた...民間防衛。(02/07) たあくん1977さん >どうもです。 > >こ…
2006年03月28日
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長篠城にこもっていた奥平九八郎貞昌のもとへ本多平八郎忠勝の手の者が、岩伏せの渡しから救いの兵糧を運び込んできてくれたのは同じ日の暮れ方だった。

すでに一粒の米もなくなっていた城兵は、これを見ると歓声をあげてそのまわりに集まった。

「これこれ、はしたないぞ」
そう言いながら、九八郎はともすれば眼がかすんであたりが見えなくなりそうだった。

「敵は退いたとはいえ、油断があってはならぬ。かがり火を炊け。腹ごしらえはそのうえだ」

九八郎はただちに炊飯を命じたうえで、ふと一人のかついでいる旗に眼をつけた。

「はて、その旗は何としたのだ。それは八幡太郎義家から伝わったという武田家重代の源氏の白旗ではないか」

すると、忠勝の家臣で兵糧を宰領(さいりょう)して来た原田弥之助が、


と、事もなげに答えた。

九八郎は首をかしげた。
「その白旗をどうして、そちの組下が担いでいるのじゃ」

「この弥之助が拾ったのでござりまする」
「なに、重代の旗をそちが拾ったと」

「はい。それがしが拾ったとき、側におりました梶金平(かじきんぺい)が、敵の旗奉行にこう言いました。.....やあやあ勝頼、命おしさに逃げ出す途中と言いながら、先祖伝来の旗を敵に渡すとは何ごとじゃ」

「ふーむそのように慌(あわ)てていたかのう」

「慌てる段ではござりませぬ。それでもさすがに旗奉行は恥ずかしかったと見え.....愚か者よ。その旗は古物ゆえ捨てたのじゃわい。別に新しい旗がこのとおり、ここにあるぞと申しました。ところが金平も負けてはおらず.....なるほど武田家では古物はみな捨てるのじゃな。馬場、山県、内藤などの老臣も、みな古物ゆえ捨ててしまったのか.....と。すると、今度は聞こえぬふりをして逃げていきました」

そういって弥之助は面白そうに笑ったが、九八郎は、

「そうか。そのようにのう」
と、笑う代わりにため息した。



眼に見えない何者かがそれを厳しく裁いてゆく。
あまりに鮮やかな勝利が、九八郎にはかえって薄気味わるかった。

(いったいこの勝利から何を学べと言っているのであろう.....?)

「まったく勝頼という大将、どの面下げて甲州へ戻っていく気か。一万五千、ほとんど全部失ったげにござりまする」

「案ずるな。信州へ入って行けば海津の高坂弾正(こうさかだんじょう)だけでも八千の兵は持っているわい」



昨日までずらりと対岸へ陣取っていた敵のかがり火がなくなって、滝沢川の面にはチカチカと星が映っている。

九八郎はなぜか胸がつまって、呼吸が苦しくなって来た。
「鳥居強右衛門、戦は勝ったぞ。もはやどこにも敵は見えぬぞ」

九八郎は小声でつぶやくと、不意にはげしく、肩を揺すって男泣きに泣き出した。

(勝った戦にしてはこの淋しさは何事であろうか.....?)

と、九八郎は自分を叱った。死んでいった家臣のための悲嘆ならば、一万数千を失った勝頼の悲嘆の深さは計り知れまい。

戦っている間に感じたあの猛々しい憎悪と闘魂は消えうせて、今では悄然と山路に駒を急がせているであろう勝頼の姿が、強右衛門の次に妙に侘しく思い出されるのはなぜであろうか。

チラチラとまたたいているあちこちの星は、山路を落ちてゆく勝頼の位置からも、信長、家康の野陣からも、同じ星として眺めるのだということが今夜の九八郎には不思議に想えてならなかった。

間もなく城のあちこちに赤々とかがり火が焚(た)かれだした。

最初の炊き出しが配られたとみえ、そこここではじけるような笑い声が湧き上がった。中には、手を取り合って踊る者や歌う者が出て来ている。

九八郎はひとわたり炊き出しの行き渡ったと思うころに本丸の大台所の土間に入っていった。

そして、こうした手ひどい経験にはじめてあった亀姫が、きりりとした襷(たすき)がけで、味噌を焼いているのを見るとようやくホッとして、

(勝ったのだ.....)
と、自分にむかって微笑した。

「どこを歩いてでござりました。さ、召し上がりませ」

亀姫は九八郎の姿を見つけると姉のような母のような態度で、くり盆にのせた握り飯と焼き味噌を良人(おっと)の前へ運んで来た。

九八郎はゆっくりと上がり端(ばな)に腰をおろして、

「お方も食べるがよい」
ひとつつまんで、うやうやしくそれに頭を下げた。目の前にいる亀姫も、かまどの火の色も、握り飯も、味噌の匂いも、すべてが、初めてこの世に出会ったもののように新鮮に眼に映った。

「戦とはおかしなものよのう」
いつかかたわらにうずくまって、眼の合うたびに微笑しながら握り飯を食べだした亀姫にそういうと、

「いいえ、おかしなものではござりません」
と、亀姫ははっきりと割り切っていた。

「戦いとは強いものが勝ちます。辛抱(しんぼう)の強いものが」

九八郎はその夜。万一残敵の逆襲がないかどうかを警戒して夜明けまでに三度城内を見回った。

そして、そのたびに、自分は、武将としては、まだまだ臆病に、あれこれ考えすぎる質なのではなかろうかと思った。

しかし、それは翌日城内に、家康を迎えてみて、

(これが当然だったのだ.....)
と、自分の心の動きに納得できた。

あわてて敷かせた本丸の畳の上で、九八郎と対面した時の家康は、これも戦勝の喜びなどとはおよそうらはらの表情だった。

家康は、よく守ったと、むしろ沈痛に九八郎の労をねぎらったうえで、
「これで織田どのに大きな借りができた。いずれそれを変えさせられようでの」

小声でつぶやいて、それからじっと九八郎の心をのぞく眼つきになり、かすかに頬を崩しかけて、すぐまた笑いを納めてしまった。

戦はこれで終わったのではない.....その淋しさを噛みしめている顔に見えた。

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参考 山岡荘八・徳川家康第七巻/知略戦略より

おわり

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*この書き込みは営利目的としておりません。
個人的かつ純粋に一人でも多くの方に購読していただきたく
参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ





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Last updated  2006年03月28日 12時26分50秒
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