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トラブルにより一時的に引っ越しをさせていただきました我がブログは実家に戻りました。実家のアドレスはhttps://plaza.rakuten.co.jp/hitoshisan/です。今後ともご笑覧いただきご感想、ご意見等を書き込んでいただけると継続の力となりますのでよろしくお願いいたします。
2017.07.27
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今年も我が家の横の菜園で育てている「花オクラ」が花を付け出しました。 1〜2メートルほどに生長し、きれいな黄色い花を咲かせる花オクラ。花は、エディブルフラワーとして収穫して酢の物や天ぷら、おひたしなど色々な料理に活用して楽しむことができるのです。 トロロアオイ(黄蜀葵)という別名の通り、とろみのある花を食べて楽しむことができます。また、原産地の中国では漢方薬にも利用され、咳を鎮める効果もあるのだと。花オクラの花は、朝に咲くと夜にはしぼんでしまうのです。美しい花が1日で枯れてしまうことから、「知られぬ恋」という花言葉が。また「恋によって身が細る」と言う花言葉は、花の後に付く実がシュッと細長いことから付けられたとされているとのこと。 そして花オクラの花の大きさは、普通のオクラの花の2倍以上の大きさ。この花の特徴は、長い雌しべの花柱を雄しべが囲んでいること、そして雌しべの先が五つに分かれている所。 上部には多くの蕾が開花の準備中。 この日は6個ほどの花を収穫。 がくの部分には、細かいトゲがあるので、注意して花びらの部分だけを切り取りました。花だけを再度水で軽く洗いました。鍋にお湯を沸かし30秒ほど茹でました。 茹でた残り湯は見事な黄色。 昔は製紙用の糊の他にも、染料としても使われていたのでしょう。茹でた花は湯切りをして冷水に浸し、ポン酢をかけて完成。 この猛暑の夏にピッタリのさっぱり味の花おくら、そしてネバネバな歯ざわりを大いに楽しんだのです。 花は直ぐに萎れてしまうので、あまり市場には出回らないようですが、わいわい市や産直物産展などでは置いてあるところもあるのでゲットして楽しんでみてください。
2017.07.26
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ビーナスラインからメルヘン街道(299号線)に入り更に山を下る。メルヘン街道は急カーブの連続。いくつものヘアピンカーブも。480号線で松原湖方面に向かって進む。141号線(佐久甲州街道)からの八ヶ岳。そして清里駅近くまで辿り着く。右手奥のONE HAPPY PLAZA というショピングモール全体は既にCLOSEし今や過去の遺跡と。土産屋のピッコロ清里。「八ヶ岳の大自然に育まれた地域の食材や物づくり」にこだわった地域発信型のアンテナショプ&カフェのエイトマーケットであったが現在は?清里駅前はかつて清里が高原リゾート地として名をはせた全盛期の面影が色濃く残っていたが、閉鎖した店も所々に。清里 観光案内所。清里駅はJR小海線の駅で 駅の標高が1274mもあり、野辺山駅につづいて2番目に高い駅。駅前にSL「C56」が保存されていた。清里駅の純白の駅舎、雪をイメージしているのであろうか?駅舎内の壁には清里の観光スポットが写真で紹介されていた。駅の売店で「峠の釜めし」も販売されていたが、既に完売と。小諸・軽井沢・長野方面のホーム。 清里の美しい風景がのった表示板。そして 駅の標高が1274mであるとの表示柱も。清里駅前通りに人の姿は殆ど無し。1970年代から80年代にかけて『an・an』『non-no』に代表される女性誌が頻繁に取り上げたことにより、アンノン族が大挙して押し寄せることで、いわゆる「清里ブーム」が起こったが、平成時代に入る頃からブームが沈静化し、とくに清里駅周辺店舗の閉鎖が相次いだのであった。これぞ「盛者必衰」、「栄枯盛衰」そのものか。清里高原に残る「バブルの幻(まぼろし)」の現実を目の当たりにしたのであった。正面はミルクポットグリーンパークでこれも長く売り物件と。駅前でなんとか?営業中のレストランで昼食。この日の締めに「吐竜の滝」を訪ねる。清里の開拓者ポール・ラッシュの写真と、彼の言葉が書かれていた。「最善を尽くせ、そして、一流であれ」。山間高冷地で米作に適さなかった清里高原(山梨県北杜市)での酪農、西洋野菜の栽培促進による開拓支援を行った。また、立教大学の教授として経済学や英語の教育を行うとともに、アメリカンフットボールの日本での普及に尽力した人物。遺骨は現在、清里聖アンデレ教会納骨堂に安置されているとのこと。カエデ類やブナ、モミの木々が生い茂る樹林帯の中を野鳥のさえずりそして水の流れの音を楽しみながら遊歩道をゆっくりと歩いて行くと左手に清流が姿を現した。八ヶ岳から流れ出る川俣川の渓谷。そして前方に橋が。そして橋を渡ると「吐竜の滝」が目の前に。すでに周囲は滝の水音で満たされていた。。吐竜の滝は、落差10メートル、幅15メートル。滝が本来持つ激しいイメージと違い日本庭園のような趣があり、小さい滝が何段にもなって 落ちる姿が風情ある景色。2002年にNHKで放送された大河ドラマ、「利家とまつ~加賀百万石物語~」(唐沢寿明、松嶋菜々子 主演)のオープニングに登場したことでも有名 とのことであるが記憶に全くなし。下の流れをズームで。「吐竜の滝」。”とりゅう”ではなく”どりゅう”と読むらしい。緑に覆われた岩間から絹糸のように流れ落ちる神秘さから「竜の吐く滝」と名付けられたと。中央の滝。岩間から流れ出す上部。ズームで。大きな流れは2箇所に分かれ落下。向かって左側の滝。岩間から流れ落ちる様子は白糸の滝のようで、何段にも落ちる姿は見応えが。2段目。清里駅の西方向を流れる川俣川に沿ってある、いくつかの滝の中でも最も美しいと言われているのがこの吐竜の滝であると。向かって右側の滝。下部をズームで。白糸のように細く流れ出る姿は清楚で美しかった。帰路も川俣川の白き流を楽しみ遊歩道を戻る。いろいろと絞り、シャッタースピードを変えてみました。小海線(八ヶ岳高原線)の高架橋。いつまでも見ていたいマイナスイオンの溢れる光景。冬には氷結した岩肌と氷柱の間を流れ落ちる滝は薄青く輝き、 寒さの中でなんとも言えない清らかさを漂わせるのだと。こちらの流も「滝」を主張。。遊歩道は上流に向かって東沢大橋まで全長2.8km、約2時間30分ほど楽しめるとのことであるが、案内板には数カ所赤い「×」の表示がされており崖崩れ等で通行止めになっている様子。包み込むような癒やしの力を感じることが出来た潜流瀑(山からの伏流水がそのまま滝になったもの)なのであった。そしてこの滝の水は1年を通して清らかで冷たく、伏流水のため湧水量もほぼ一定していると。 我が記憶と知恵は加齢と共に日々湧水量を減らしつつあるのであるが・・・・・。『滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ』・・小倉百人一首? 「かくしもがも」と思うが、時すでに遅し なのである。 帰路は長坂ICから中央高速道路に。南アルプスの山々。須玉ICの先で前方に犬を乗せた車が。リアワイパーには袋がぶら下がっていた。袋には LUNCHI BAG と記載されていたが、その下には犬の催す姿も。犬の・・をお持ち帰りか。そして明野町付近からの山梨県甲府市と長野県南佐久郡川上村の境界にある標高2,599 mの山である金峰山の姿が。別名「甲州御岳山」と呼ばれる山。そして往路と同様に双葉SAで休憩し、妻への土産として桔梗信玄餅を購入し、渋滞も無くSさん宅経由で帰宅したのであった。
2017.07.25
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八島ヶ湿原を後にし白駒池へ向かう。途中、天候が回復した車山肩に再度立ち寄る。既に多くの野鳥撮りのカメラマンの姿はなかった。成果は如何に。 やはり黄色のニッコウキスゲに青空が似合うのであった。しかし雲が激しく動いていた。 レストラン チャップリンにて休憩。ソフトクリームを楽しみながらニッコウキスゲを楽しむ。 またまた「信州のはちみつ」 そして再びビーナスラインを下る。正面に蓼科山が見えて来た。蓼科山は八ヶ岳連峰の北端に位置する標高2,531mの火山。円錐形の美しい山容から諏訪富士とも呼ばれる山。 Sさんが展望台で車を停めてくれた。白樺湖と蓼科山の絶景スポット。白樺湖は周囲約3.8キロメートル、面積約36ヘクタールの人造湖で、湖面標高は1,416メートル。白樺リゾート「池の平ホテル」の横を通過。 299号線をひたすら走り、白駒池無料駐車場に車を駐め散策開始。麦草ヒュッテは北八ケ岳の麦草峠、2127mに位置した山小屋。そして案内に従い白駒池への山道を登る。 苔むした樹林帯の登山道を進む。 湖までの歩道の回りは樹齢数百年の時を刻んだコメツガ、トウヒ、シラビソの原生林で、地上はまるで緑のジュウタンを敷きつめたような苔が一面を覆っていた。様々な苔が美しかった。 500種類に近い苔が生息する「苔の森」。苔に包まれた原生林の神秘的な癒しの世界をゆっくり楽しんだのであった。 「白駒の奥庭」 と呼ばれる坪庭の如き世界。屋久島の如き世界であるとSさんが。白駒池周辺の森は、もののけの森とか黒曜の森とか名前が付けられていた。しかし二人とも屋久島は未制覇の島。 そして「青苔荘」という山小屋に到着。 長野県南佐久郡佐久穂町と小海町との境にある池。北八ヶ岳のふもとの八千穂高原にあり、紅葉の名所として知られるのだと。丸山と白駒峰との間、標高2,115メートルの地点に位置する池。白駒峰の噴火により大石川(信濃川水系)がせき止められて誕生した堰止湖。 池の大きさは面積0.11平方キロメートル、周囲長1.35キロメートルで、標高2,000メートル以上の高地にある湖としては日本一の大きさ。毎年11月下旬には全面結氷してしまうので、本州で最も早く湖面でスケートができる場所であると。 秋には水面に映る紅葉が絶景であると。 池を眺めながら一休みしていると、足下近くでトンボの羽化の瞬間を目撃。 そして帰路は遊歩道の入口方面に。 こちらには「白駒の池」との表示。調べてみると国土地理院の地図では、「白駒の池」ではなく「白駒池(しらこまいけ)」と表記されているとの情報が。500円の有料駐車場の一角に観光案内所、売店、トイレ、登山届ポストがあった。 観光案内所に入るとここにもハチミツが。5合=900ml=1200gで5000円と。吉永小百合さんの写真が壁に。現在放映中のCM「JR信州ディスティネーションキャンペーン」で吉永小百合さんが出演中の撮影地「白駒池の苔の森へ」がこの地であると。吉永小百合さんのサインも。 そして吉永小百合さんと別れての帰路は299号線・メルヘン街道を歩き麦草峠(むぎくさとうげ)を通過。標高は2,127mでありメルヘン街道の最高地点であると。この地点は、国道では渋峠に次いで2番目に標高の高い場所。群馬・長野県をまたぐ渋峠(標高2,172 m)が現在は国道の最高地点であるが、1992年に志賀草津道路が無料開放されるまでは麦草峠が日本の国道最高地点であったと。標高2000m以上の木道、登山道、国道を汗を流しながら、そして 息急き切って頑張り漸く駐車場で待つ車に辿り着いたのであった。
2017.07.24
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湿原の鎌ヶ池を過ぎると木道が終わり旧キャンプ場の三叉路。案内に従い右端(東南)へ我々も進む。旧キャンプ場を過ぎ進むと、鹿フェンスが通せんぼしていた。脇にある人間用の開閉扉を開け更に真っ直ぐ進む。 そして案内標識の八島ヶ原湿原方面に歩を進める。エゾカワラナデシコ(蝦夷河原撫子)。薄紅色の一重の五弁花を咲かせていました。イブキトラノオ(伊吹虎の尾)とミツバチ?。 特に伊吹山に多く、花穂を虎の尾に見立てたことからこの名がついたと。この日は八島ヶ原湿原の至る所で開花の真っ最中で、ミツバチ?がこの花と戯れていた。カラマツソウ(落葉松草、唐松草)に訪花するミツバチ?。 花弁はなく、萼片も早くに落下する。花のように見えるのは雄しべの花糸。ミツバチ?は花弁が無いため、容易に蜜に辿り着けるようであった。我が家と同じ種類のセイヨウミツバチではなさそう。縞模様の最上部が繋がっているので。気になりいろいろネットで調べてみると、ミツバチでは無く「ナミハナアブ」か。腹部前寄りに橙色の大きな三角斑があるのが特徴の一つであるとのことで間違いないであろう。ホソバノキリンソウ(細葉麒麟草)と吸蜜中のヒョウモンチョウ。葉の縁にはつけ根近くまでぎざぎざ(鋸歯)が。 チダゲサシ(乳茸刺 )。茎葉は少なく、この長い花茎に乳茸(チダケ)と呼ばれるキノコを刺して持ち帰ったので、チダケサシの名が付いたと。花弁はわずかに紫色を帯びており、葯も淡紫色を帯びているので、近寄ってみると花は淡紫色を帯びているように見える。ウツボグサ(靫草)。 花穂の形が矢を入れる靫(うつぼ)に似ているところからの命名。 別名はカコソウ(夏枯草)といい,花の後の枯れた穂を利尿薬として用いるとのこと。 シロニガナ(白苦菜)。ニガナの白花で頭花は白色の舌状花6個だけ。クサフジ(草藤)。名前の由来は、葉と花がフジに似ていることから。マメ科ソラマメ属のつる性の多年草。タカトウダイ(高燈台)。「トウダイ」の名は、黄色味を帯びる杯状花序を灯火に見立て、草姿を燈明(とうみょう)台に見立てた命名。「高」の名は、草丈が他の仲間よりも高いことから。有毒成分を含む多年草と。ヨツバヒヨドリ(四葉鵯)。キク科の花らしく筒状花が集まって咲いていた。ヨツバヒヨドリは名の通り4枚の葉が輪生する。コバキボウシ(小葉擬宝珠)の蕾。漏斗状の紫色の花をやや下向きに咲かせる キジカクシ目キジカクシ科ギボウシ属のギボウシ(擬宝珠)や オオバギボウシ(大葉擬宝珠)より小型のギボウシ。 アカバナシモツケ(赤花下野草)も開花直前。開花を始めた株を発見。ニガナ(苦菜、黄瓜菜)。 黄色の5弁花に見える舌状花を持つキク科の多年草。ヤマハッカ(山薄荷)?。 枝先に細長い花穂をだし、青紫色の小さな唇形花をつけていた。カワラマツバ(河原松葉)?の群生。和名は河原に生え、葉が松葉のようであることから。八島ヶ原湿原とゼブラ山・1766m。何故ゼブラ山の名?雪解け時にゼブラ状に雪が残る?シナノキンバイ(信濃金梅)いやキンバイソウ(金梅草)か。花は直径3~4cmのあざやかな黄色で萼片が5~7個ついており、花弁のように見える。ヤマツツジ(山躑躅)。八島ヶ原湿原一周散策完了後に「花ごよみ」に気がつく。そして開館したビジターセンター内へ。こちらにも八島ヶ原湿原の地図と咲いている花の場所まで示す案内が。そしてハチミツも販売されていた。百花蜜300gで1500円。我が家と同じ単価(笑)。
2017.07.23
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下諏訪町八島湿原の近くにある観光拠点である「八島ビジターセンターあざみ館」前の駐車場に車を駐め散策開始。八島ビジターセンターは早朝の為、未だ開館していなかった。「おいでなして下諏訪」と長野の方言で歓迎の言葉が。湿原入口の地下道の入口・出口には鹿除けのネットが全面に貼られていた。早速、野花菖蒲が迎えてくれた。そして何とカラマツ(唐松)の木のテッペンにウグイスが。「ホーホケキョ」と大きな声でさえずっていたのである。ウグイスの鳴き声は珍しくはないが、鳴いている姿を見たのは久しぶり。「ホーホケキョ、ホーホケキキョ、ケキョケキョケキョ……」とさえずるのは縄張り内を見張っているオスで、「ホーホケキョ」が他の鳥に対する縄張り宣言であり、巣にエサを運ぶメスに対する「縄張り内に危険なし」の合図でもあるのだと。「ここも「恋人の聖地」。ハート形の八島ヶ原湿原と。モニュメントは高さ1m、幅1.3mの黒御影石。八島ヶ原湿原には二つの大きな池と小さな鬼ガ泉水という池がある。島の数が多いことから七島八島(ななしまやしま)と呼ばれる標高1665mの湿原。「あざみの歌」の碑。「あざみの歌」ここの高原で作詞されたといわれ、碑が立っていました。そしてノアザミ。手前の八島ヶ池と八島高原。そして再び「ホーホケキョ」と鳴くウグイスの姿が。大きく口を開けて鳴いてくれました。画像容量を落として更にズームで。美しい歌声を聴かせてくれるウグイスの存在は、日本における平和の象徴といっても過言ではない。その鳴き声を聴くと気持ち穏やか、清々しく健やかな気分になるのであった。海外に旅行してもウグイスの鳴き声を聞いた記憶無し。日本以外の生息範囲は?そして1周約90分の八島ヶ原湿原散策をスタート。目の前に様々な花々が我々を迎えてくれた。まずはニッコウキスゲ。野花菖蒲の群落。イブキトラノオ(伊吹虎の尾)。茎先に長さ6cm前後の白色か淡紅色の花穂が。アカショウマ(赤升麻)。花序の形がサラシナショウマに似ていて、根茎が赤味を帯びているためについた名。花は白色で花弁は線状のさじ型、雄しべより短い。ハクサンフウロ(白山風露)。和名は石川・岐阜両県にまたがる白山にちなんでつけられた。白色に近いものから濃いピンク色までの花を咲かせます。花弁に縦の縞模様があるのが特徴。シシウド(猪独活)。茎先にたくさん枝が出て、先に1個つずつ花がついていた。まるで花火が開いた如く。「ノリウツギ」。アジサイ科アジサイ属の落葉低木。マムシグサの果実。トウモロコシに似た形状のこの果実は秋に熟し橙色から赤色に変化するのです。キオン(黄苑)。ヤナギラン(柳蘭)。和名の由来は、葉が柳に似ていて、花をランにたとえたことによる。カラマツソウ(落葉松草、唐松草)。和名は花の形態が、カラマツの葉を思わせることに由来する。ヒョウモンチョウが様々な花に訪花。ワタスゲか。鎌ヶ池(かまがいけ)。キバナノヤマオダマキ(黄花の山苧環)。和名の由来は、苧環(おだまき)という紡いだカラムシ(苧)や麻糸を丸く巻く道具が花の形に似ていて、深山に咲くことから付けられた。シロバナグンナイフウロ(白花郡内風露)。花の雄しべや雌しべが前に突き出ているのが特徴。キリンソウ(黄輪草)とヒョウモンチョウ(豹紋蝶)。ベンケイソウ科に属する多年草。
2017.07.22
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昨日は旅友のSさんの車で、長野・車山高原のニッコウキスゲ他湿原植物の花を楽しみに行って来ました。早朝に自宅を出て、4時前に高速に乗り中央高速で諏訪湖方面へ。途中、双葉SA(サービスエリア)でトイレ休憩。このSAは、多くの高速バスも休憩箇所に指定されているのです。 山梨県甲斐市竜地(旧北巨摩郡双葉町)にあるSA。中央自動車道は諏訪湖の先の岡谷JCTで南下し、長野自動車道が北上し上信越自動車道と合流するのです。 由布姫(ゆうひめ)と山本勘助の記念撮影パネル。由布姫は諏訪頼重の側室の娘で庶子。武田の侵攻によって父を失い、自害ができずにいるところを山本勘助が見つけ出したのだ。山本勘助は武田二十四将に含められ、武田の五名臣の一人にも数えられて、武田信玄の伝説的軍師。 山々の上空は朝焼けで赤く染まる。 そして諏訪南IC(インターチェンジ)で中央道を降りる。 諏訪南ICは自動車道のインターチェンジで最も標高の高い約950メートルにあると。車山高原へ向かってビーナスラインを利用して車を進める。 ビーナスラインは、長野県茅野市から、同県上田市の美ヶ原高原美術館に至る全長約76 kmの観光道路。一面緑の山が前方に。 富士見台駐車場で一時停車。八ヶ岳の一番北に位置する蓼科山から北八ヶ岳・南八ヶ岳・遠くに富士山・南アルプス・中央アルプス・遠くに御嶽山・北アルプスの大パノラマが広がる展望台であったがやはりここは『霧』ヶ峰なのであった。 そして当初の目的地の霧ヶ峰車山肩に到着。時間は7:20過ぎ。 車を無料駐車場に停め散策開始。バイオトイレは、便所の方式の一つ。英語ではComposting toiletというのが一般的。好気性微生物の活動によって排泄物を分解。水をまったく使わない、または、使う場合であっても少量のみ。水が使えない場所や、下水設備がない場所に設置する。スウェーデン、カナダ、アメリカ合衆国、イギリス、オーストラリアにおける沿道施設や国定自然公園などで多く使われている。同じくスウェーデンやフィンランドなどにおける山村・農村の別荘で多く使われていると。排泄物を木質材(ここでは木炭)と混ぜ合わることによって、(1)好気性微生物による分解、(2)水分吸収、(3)臭いの軽減,を行う。多くの場合、バイオトイレにおける微生物の有機物分解は、低速分解・低温分解によっておこなわれると。そして前方に一面黄色の景色が。 ニッコウキスゲ(日光黄萱)が自生する山。 ニッコウキスゲとはユリ目ユリ科ワスレグサ属の多年草。花が黄色で葉がカサスゲ(笠萓)に似ているため、地名を付けてニッコウキスゲと呼ばれだしたと。 夏に日本全国の野原の湿った場所で花茎の先に黄色い一重の花を咲かせます。日光地方に多いのでその名がありますが、正式名はゼンテイカ(禅庭花)。 山の遊歩道の脇には電線が張り巡らされていた。ラッパ状の筒状の花で先端は開き6裂。ニッコウキスゲは主に種子、株分けで増えると。多年草であるニッコウキスゲは地下茎(根茎)で冬を過ごし、初夏に細長い根出葉を叢生し、線状の細長い葉を2列に並んで付けると。電線を張り巡らし、鹿から守られたニッコウキスゲ。以然は車山肩周辺は一面が黄色いジュウタンだったのだが、鹿に食べられ今はこの部分くらいしか残っていないのだと旅友Sさんから。 高山植物保護の掲示板。 多くのカメラマンが巨大なレンズ搭載のカメラを三脚にセットし準備中。花畑に早朝に来る野鳥の撮影が目的らしい。 霧の中で神秘的に。 車山山頂の気象レーダーも霧の中に僅かに見えた。コロボックルヒュッテは開店前。 さとう宗幸作曲の『キスゲに寄す』の曲の石碑。 写真が小さすぎて歌詞が読めないので。 【http://www.kget.jp/lyric/211716/%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%B2% E3%81%AB%E5%AF%84%E3%81%99_%E3%81%95%E3%81%A8%E3%81%86%E5%AE%97%E5%B9%B8】より。コロボックルヒュッテの奥には『霧ヶ峰湿原植物群落』の説明板が。 山の裾野の石の上の雄の雉を発見。 よく見ると雌も。 雌をズームで。 別の山裾のニッコウキスゲ。 そして八島ヶ原湿原に向かう。 前方にもニッコウキスゲの花畑が拡がっていた。
2017.07.21
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久々の太陽光発電の報告です。東京電力さんから我が家のH29年7月の太陽光発電(京セラ、5.76kw)の 『電気ご使用量のお知らせ』が先日届きました。 期間:6月16日~7月18日(33日間) 電気使用量 昼 : 18KWH 朝晩 : 156KWH 夜 : 280KWH--------- 合計 : 454KWH 金額 : 8,869円 先月6月は399KWH、 7,582円でしたので、+55KWH⇒+1,287円の増額になりました。 そして『余剰購入電力量のお知らせ』。すなわち東京電力(株)さんに買ってもらった電気料金です。 購入電力量 :468KW金額 :22,464円の結果。今月は13,595円の大幅黒字となりました。 水力発電100%の電気を届ける新しい料金プランの紹介が裏面に。 ・ 全て東京電力グループの一般水力発電所で発電された電気。 ・FIT制度を利用していない、環境価値を有したままの“CO2排出量ゼロ”の電気。 ・多くの水力発電所から電気を調達するため、昼夜を問わず安定的な電気。とのこと。 再生可能エネルギー発電促進賦課金は現在は2.64円/kWh。再生可能エネルギー発電促進賦課金とは再生可能エネルギーが私たちの暮らしを支えるエネルギーの一つになることを目指し、電気利用の国民に再生可能エネルギー賦課金の負担をお願いする制度。また電気料金には、東電が一般送配電事業者の送配電設備を利用する際に発生する接続送電サービス利用料(以下「託送料金相当額」)を含んでいるのです。従量制契約における託送料金相当額の目安は使用量(KWH)×9.26円/KWHとなっているのです。
2017.07.20
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今年の我が農園のスイカは何故か早期に葉が枯れ出し、スイカの実の成長も止まり蔓も殆ど枯れてしまっています。この日もその内大きなものを収穫し自宅に持ち帰ってみました。果たして中が赤くなっているかは切って見てのお楽しみなのでした。なんと真っ赤に実り、外見は食べ頃でビックリ。種も殆どが黒くなっており想定外。ラップで包み取りあえずしばし冷蔵庫に。そして猛暑の中、塩を軽く掛けてこのスイカにかぶりついたのです。シャキシャキ感もあり甘みも十分。想定外の甘さ、美味しさに感激。さてさて、まだまだ5~6個ほど畑に転がっていますがどうなのでしょうか。
2017.07.19
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前方手前に陸奥湾が。この後飛行機はUターンして南下。 青森競輪場。青森県青森市新城にある競輪場。通称は「みちのく競輪」または「Jomon Bank」。縄文バンクは近くに三内丸山遺跡があることからと。メガソーラー。 積雪地帯の発電効率は?大きく蛇行して能代から日本海に流れ出る米代川。 旧雄物川。 大きく蛇行する雄物川と秋田空港。 鳥海山。 山形県と秋田県に跨がる標高2,236mの活火山。山頂に雪が積もった姿が富士山にそっくりなため、出羽富士(でわふじ)とも呼ばれ親しまれている。裏磐梯の桧原湖と小川原湖そして左に磐梯山。 夕日に水面が光る猪苗代湖。 牛久沼。牛久沼(うしくぬま)は、茨城県龍ケ崎市にある一級河川利根川水系の小貝川支流に含まれる沼。 小貝川・岡堰。江戸幕府が成立し、安定期に入り始めた寛永年間(1624から1644)、関東郡代となった伊奈半十郎忠治は、洪水を防ぐために鬼怒川と小貝川を分離。そして取手市戸田井付近の台地を切り開き、利根川と合流する今のような小貝川の流路が完成。小貝川は鬼怒川と切り離されることで川の流れがが安定し、寛永7年(1630)には岡堰が設けられた。岡堰にためられた水が用水となり、相馬二万石と呼ばれる広大な新田が誕生したと。 利根川。 手賀沼。手賀沼は、千葉県北部、柏市、我孫子市、白井市、印西市にまたがる利根川水系の湖沼。 八千代市内を流れる新川と神崎川。印旛沼に流れ込む川。 千葉市蘇我上空から東京湾へ。 ディズニーシー周辺。左手前にS.S.コロンビア号、SSはスチームシップ(蒸気船)の意味。右手にタワーオブテラー。東京ディズニーシーのアメリカンウォーターフロントに2006年9月4日に開業した、フリーフォールタイプのホラーアトラクション。東京ゲートブリッジ。恐竜が向かい合っているような特異な形状をしている事から恐竜橋とも呼ばれる橋。 そしてD滑走路に着陸。遠く東京スカイツリーが。 この日も政府専用機が駐機中。 バスにて空港ロビーへ。 新旧管制塔。 ブログの引っ越しを行いました。以前の『JINさんの陽蜂農遠日記』は下記にアクセスお願いします。https://plaza.rakuten.co.jp/hitoshisan/ Last updated 2017.07.18 10:41:16
2017.07.18
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利根大堰の上に架かる武蔵大橋を渡り群馬県に向かう。車道は片側1車線で車線幅は、大型車がミラーをたたまずになんとかすれ違いできる程度。歩行者、自転車用通路は狭く片側のみ。自転車の乗ったままのすれ違いは不可能? 利根川上流側。群馬県側からの利根大堰の姿。何故、利根大堰の上の武蔵大橋を渡る国道20号線は群馬県側でT字路の突き当たりになり左折しU字型の急カーブになっているのであろうか? そして茂林寺の駐車場に車を駐め総門に向かう。 他の観光客の姿は全く見えなかった。 茂林寺の総門。茂林寺は「分福茶釜」で有名な曹洞宗の寺。 青龍山茂林寺宝物縁起には、「元亀元年の夏、当山七世月舟和尚の代に千人法会があり、適当な湯釜がなく寺で困っていたとき、代々の住職に仕えた守鶴和尚が、一夜のうちにどこからか一つの茶釜を持って来て茶堂に備えたと。ところがいくら湯を汲んでも湯がなくなることはなく、この不思議な茶釜を守鶴和尚は自ら紫金銅分福茶釜と名付けられた。守鶴和尚はその後十世天南和尚の代まで百六十年間当山に降りましたが、天正十五年二月二十八日、漂然と寺を去り行方がわからなくなったと。後世、守鶴和尚を狸の化身と伝えるものがあり、現在のお伽話となった」と。そして現在の「お伽話」 総門から山門に向かう参道の左右には幾つものお狸様が並んでいた。これだけ並んでいるとちょっと異様。色々ユーモラスな表情をしたタヌキの像が両側に立って出迎えてくれたのであった。 茂林寺の山門(三門?=三解脱門)。 茂林寺らしく大きな狸の像が立っていた。さすが東武鉄道の寄進。 茂林寺のサワラ。 樹高 27m、目通り幹囲 5.3m、推定樹齢 伝承300年弱と。守鶴堂。茂林寺に功績のあった守鶴和尚を祀ったお堂。 茂林寺の本堂。曹洞宗なのでご本尊は釈迦牟尼仏。 境内の枝垂れ桜の老木も見事な姿であった。「茂林寺」と黄金色で書かれた扁額。本堂は 藁葺屋根の建物。応仁2年(1468)に建立され、享保12年(1728)に改修されたと。 客殿と社務所。 社務所には「木曜日はお休みです」の張り紙が。ご朱印もお休みしますと。残念!! 群馬県指定の天然記念物茂林寺ラカンマキ。高さは14m。ラカンマキは葉先がとがっているため、魔よけとしてヒイラギとともに1426年に植えられたもので、樹齢は591年。群馬県内では最大のラカンマキであると。 聖観音像。「聖観音」は、江戸神田鍋町の太田久右衛門(藤原正儀)が鋳造し、高瀬善兵衛が元禄三年三月二二日元禄3年(1690)に寄進したもの。上野国館林村大窪荘の高瀬善兵衛の娘が元禄元年(1688)に病没し、その供養の為に造られたのだと。参道の両側に並ぶタヌキたち、全部で11対22体並んでいた。それぞれ姿にちなんだ句がつけられていた。狸群像一体一句遊吟。 「これはこの濁酒の酔いの明るさに」「やや少し化けのこしたり安居前」 「春浅くなお化けきれぬ尾をかつぐ」 何と言ってもおみやげは陶製の狸。 茂林寺総門前の土産物屋には、店中にタヌキの置物がずらりと並んでいて壮観。狸は災いをよけ、子宝に恵まれ、「分福」の名の通りに幸福を分けると考えられ、会社や住宅の新築祝いに、候補に飾ってある高さ1メートル以上の品を購入する人もいると。参道沿いの別の店も。まん丸の目に、ふっくらした頬や誰かに似たお腹。2本足で立って笠をかぶり、とっくりを右手に握っていたり、狸が茶釜に化けて恩返しする昔話にちなんで茶釜に化けていたりと、どれも愛嬌たっぷり。 表通りからの入口付近に「青龍山 茂林寺」と刻まれた寺標。この右手は我々が車を駐めた駐車場。数軒の土産物屋さんが並んでいたがここにも観光客の姿は殆ど無し。 最後に久喜市のラベンダー堤を訪ねたが花は既に終わり、来年に向けた手入れが行われていた。そして帰路へ。国道122号線・昭和橋で利根川を渡り切った場所にあった道の駅「はにゅう」で遅い昼食を。 帰路は私の運転で、「白岡菖蒲」ICから首都圏中央連絡自動車道(圏央道)を利用しひたすら走り、約2時間で我が家に到着したのであった。ブログの引っ越しを行いました。以前の『JINさんの陽蜂農遠日記』は下記にアクセスお願いします。https://plaza.rakuten.co.jp/hitoshisan/
2017.07.17
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本日は私の67歳の誕生日です。2008年から始めたブログも9年以上になり、アクセスいただいた回数も250万回を超え、アップロードした写真の数も多くなった為、今日・2017.07.16をブログ引っ越しの日とさせて頂きました。以前の『JINさんの陽蜂農遠日記』は下記にアクセスお願いします。https://plaza.rakuten.co.jp/hitoshisan/ 今後も『継続は力なり』の精神で『つれづれなるままに、日くらしパソコンにむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ』に倣い暇人のつぶやきを表現していきたいと考えています。
2017.07.16
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