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2010.11.08
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カテゴリ: 迅速
日本に海外から、判子が渡ってきたのは、其れほど古くはなく、明治19年です。

外国で使われて居る鋳造判子より、美しく文字も自由に表現出来ます。
字体も自由ですし、好きなように彫れる等、外国人を驚かす言葉かりでした。

日本では東京で、判子の材料で有るゴム板を最初に作ったお店が佐々木商店であり、初代、佐々木浜太郎氏です。
佐々木氏は以前、浅草の雷門で印材商を営んでいました。
その後、日本に伝わってきた判子に着目、そして、家にあったゴム製の潜水服を使い、一部分を切り取りました。
これを板に貼り付け、判子の材料として、販売するようになりました。
当時はとっても貴重なものだったそうです。


これが鋳造判子だったのですが、その翌年には、彫刻判子を製造しました。
これが、日本で初の彫刻判子と言われて居ます。

さらにこの判子が星野氏によって進化します。
星野氏は明治27年、回転判子をアメリカから仕入れました。
そして、同じ物を日本で創り、これが、日本最初の回転判子でした。

その後、明治42年には「つぎめなしゴム帯」と言うものを発明、これで実用新案を取得しました。
そして、製品に「月星」回転判子と命名し、厚金貝を使った回転式判子を更に発明、特許を取得して居ます。
「月星印の回転判子」これが、日本中に使われることになったのでした。
この会社は現在も星野印版工業と言う同じ名前で、東京の荒川区南千住に存在する老舗です。

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最終更新日  2012.02.05 19:16:09


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