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昨日好きな人に「魔性の女だよね」って言われた!「・・・。」ショック(´Д`)!!いやでも、魔性の女の殿堂入りできてむしろ光栄だと強がっておきます。
2004年01月24日
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今日は成人の日。私のトモダチで、今年20になる人がいる。その人は私の好きな人であったりするんだけど(´∀`。)彼は浦安市民なので東京ディズニーランドで成人式なんだって!うらやましい。その彼が、成人の日を前にこう言っていた。「成人する自覚がないんだけど・・こんなんでいいのか」って。彼は、私の1歳上だけど、19歳に囲まれて生活している。浪人して人と同じような感じ。彼のトモダチは皆2年生でもう就職も決まっているし成人するっていうことはある種の区切りになるし、それなりの覚悟もできるらしい。でも、彼いわく、成人したからと言って何かが変わるわけじゃないし、「不安」らしい。私はそれを聞いていろいろ考えてしまった。ただ20歳になったからといっていきなり責任やら何か重いものがずーーんっとのしかかってくるのかあ。今まで誕生日を迎えたって、特に何が変わるというわけでもなかったし。荒れた成人式。今年もやはりあったらしい。市長にむかって「ハゲ!」と連呼したりクラッカーならしたり・・。「何で?!何がしたいの?」問い詰めたくなる。ほんとに意味のない行為を何でするのだろう?人の話を静かに聞くなんて小学生でもうできるはずのことなのに。そんな成人にはなりたくない。すごくそう思った。20歳になったからって、堂々と酒やタバコができるようになれる、ただそんなことだけしか考えていない人たちがいるけれど、成人するって気持ちが大切なのかなと思った。外から見える変化じゃなくて、気持ちの変化が必要な日。着物きて、式に参加して、懐かしいトモダチと会って、飲み会に行って、そんな成人の日もありだけど、私にとって成人の日はもっと大切な日にしたい。来年の私はどうなっているかわからない。でもきっと、あと1年で少なくとも何かは学習して、今よりは何かを得て成人したいと思った。
2004年01月12日
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「いい男はニュースを見て怒る。」この前読んだ本にそう書いてあった。政治について、戦争について、経済について、殺人事件について・・ニュースを見ていていちいち熱くなって怒り出す男がいい男・・。?「そんなニュースなんかで怒らないでよ。」と思っていた私は男を見る目がないらしい。たとえば、北朝鮮問題で拉致問題は誰もが腹立たしいことだと思う。でも、イイ男の怒りの観点は違う。北朝鮮では貧困で食べるものがなく、病気で治療を受けられない子供がたくさんいるのに、なんで国の偉い人達はあんなに太っていてふんぞり返っているのか。そのくせ、食料よこせ、金よこせと言ってくるということ。そうゆうことに怒る。そして、「もういいよ」とうんざり思うくらいに怒り出す。文句を言う。これは正義感らしい。社会悪と戦っているらしい。すごく男らしいことらしい。ふむ、なるほどねえ、と思った。確かに、ニュースに関心がなく、ニュースなんて自分の興味のあるスポーツしか見ない男はだめだなと思った。社会からにげている気がした。自分には関係のないこと、と思っているということになる。そんな男は男らしくないなあ。日経新聞のキャッチフレーズに「女は変わった。男はどうだ」ってあるけれど、社会や時事にすごく関心をもっている人はすごく頼りになるし男らしいと思う。たとえどんなに頭が悪くても、社会の動きについていっている人には何か魅力を感じるし。もしも、彼氏がニュースを見ていて、笑っているだけか、無関心だったら別れたほうがいいらしい笑考えることのできない、脳みその少ない男なんだって。そうだよねえ。納得納得!!イイ男か見分けるコツ☆「ニュースを見てどう反応するか!」ひとつ学習したぞ^^
2004年01月08日
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ついに2004年かぁ。そういえば、一時期1999年に地球が滅びる説があったっけ。ノストラダムスの大予言・・あの頃はすごく信じていて、死ぬ前に何しよう!!っていろいろかんがえていました。いん石で死ぬのはすごくイヤ!!って思ってた。結局地球は滅びないで今も広い宇宙に浮かんでいるわけだけれども、もう本当に地球が滅びないとは言い切れなくなってきていることは確か。しかもそれは人間自身が自ら導いているようなもの。わかっているけど、でも・・便利なものは便利だし、なかったら不便だし、、。私もそうだと思う。車だってエアコンだって、便利だし今からそんなもの使わない!なんて言えない。でも、私の子供の子供の子供の子供の・・・の世界はどうなっているのだろうと考えるときがある。未来なんて、結局は自分は存在しないんだからとても他人事だけれど、そこに自分の血を引き継いでいる人がいたらって考えるとどうだろう。たとえば、自分の孫の時代に地球滅亡の危機が訪れるとしたら、きっと私は便利な世の中に慣れ、そして何もしてこなかった自分を悔やむと思った。現在楽しく快適に過ごせればいいと環境問題を見てみぬフリしてきた自分を。未来なんて遠すぎて見えないなんて思っていてはだめなんだろうな。すでにもう、私たちにとって未来は今この瞬間からはじまっているということを忘れてはいけないと思った。たった今何事もなく穏やかに時が流れていたとしても、次の瞬間何が起こるかはわからないんだよね。「お前がいつか出会う災いは、おまえがおろそかにしたある時間の報いだ。」ってナポレオンが言っているけれど、そうかもしれないと思った。もしかしたら、私の生きている間は地球はトントン拍子に発展していくかもしれないけれど、いつか必ずそのリズムが崩れるときがくる・・。地球のどこかで一人でも地球のことを考えている人がいたら、それはいつかきっと大きな力になるんだと思う。1円だって1000枚集まれば1000円になる。気休めかもしれないけれど、希望になる。そう信じようと思った。みなさん今年もよろしくね♪
2004年01月05日
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