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January 17, 2008
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阪神大震災からもう13年だそうです。

13年前と言えば1994年。元々は大阪府下の某市に実家があった僕が、大阪よりも環境の良い場所に実家を、ということで芦屋市にマンションを購入し、そこに母と姉を住ませた始めたのが1993年の12月。それからわずか1年ちょっと後のことでした。

あの日の朝は今でも覚えています。朝、いつものように6時過ぎに起床してテレビ朝日のニュースをつけると、神戸で大震災とのニュースが。その時はそれほど深刻な地震だとは夢にも思わなかったけど、その後、ところどころで火災が発生し、さらには阪神高速が崩壊したりして、その被害の大きさを痛感しました。

当時、あの崩落した阪神高速から直線距離にして1キロもない場所のマンションに住んでいた親友は崩落の瞬間を、「凄い音とは表現できないほど、音というより衝撃だった」と後にそのときのことを語りました。

彼自身、震災の影響で散乱した食器を踏んで、ざっくりと足を切り、焦って病院に行き、震災の悲惨さを知ります。というのも、病院の中には、病室の中や外も関係なく、そこらへんの廊下や待合室や、色々な場所に、所狭しと遺体が並べられていたからです。地震によって亡くなった自分の家族の、その遺体を、とりあえずは病院に運ぶという人がたくさんいたからです。とにかく、病院に連れて行き、医者の口から亡くなったことを宣告されるまでは納得できないということで、たった今死を宣告された遺族が、そこここで泣いている、まさにこの世の地獄であったと彼は語りました。そんな中、足を切った程度で病院に来てしまった、場違いな自分を恥じたとも言っていました。普段はそれほど雄弁ではない彼が、震災のことを語ったときは、それこそ次から次へと語る。僕は彼の雄弁さから、彼が心に負った傷の大きさを感じました。

もっともっと生きたかった5,000名余りの人々の命が、ほとんど一瞬にして奪われた13年前の今日。

この13年間、愛する人を奪われた人々は、どうして死ななければならなかったのか、問いかけ続ける13年間だったと思う。

大災害の記憶は、いつも痛々しい。





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Last updated  January 17, 2008 09:27:29 PM
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