1993年07月05日
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「それじゃ俺のあとについてこいよ。」
 せつおさんは言った。どうやら奴の行進が再開されるようである。
 うなずくと、紙コップを渡された。中にはビールが入っている。

 行列が奏楽に合わせてゆっくりと歩きだす。せつおさんはその中で最高尾にいる。
 さらにその後をリュックを背負いながら僕が歩いて行く。
 まあ、なんとも妙な具合である。

 行列はところどころ休みながらゆく。
 せつおさんはそのたびに僕を町の人々に紹介してゆく。



 せつおさんはやはり酔っ払っている。
 それこそ片っ端から声をかけてゆくのである。
 まあそれでも狭い町の中のことだから皆、顔見知りなのだろう。
 僕も紹介されて、いったいどんな顔をしていいやらわからないので、
 どうもとかなんとか言って、ぺこりと頭を下げる。
 そうやって進んでゆくうちに、沿道からおばさんたちの会話が聞こえてきた。

「この人、東京から歩いてきたんですって。」
「まあ、そう。偉いわねぇ。」

 僕のリュックには住所が書いてある。そこには「東京」と書いてあるから、
 おばさんたちはどこかで仕入れてきた、「歩いてきた」という情報と「東京」というもう
 ひとつの情報とを結びつけて、「東京から歩いてきた」ということにしてしまったのだろう。


 行列はゆっくりと商店街を進む。せつおさんはこの祭り独特の動作で踊りながら訊いた。

「おまえ、学生か。」
「ええ、大学生ですけど。」

 と答えると、おまえ俺より黒いな、と言った。
 毎日、海に出ている俺より黒い、という意味なのだろう。


 行列の行進はしばらく続く。
 せつおさんはもうなんだかヘロヘロである。
 そうしている間に、奴の行列はこの町の神社の鳥居の前までやって来た。
 ここをくぐれば行進は終了ということになっているらしい。

 鳥居の前の広場を囲み、町の人びとが集まっている。
 僕は鳥居をくぐるのは遠慮して、見物人にまじって奴の神事の終わりを見届けることにした。
 さっきせつおさんに紹介された人もちらほらと見える。
 そのうちの男の人が

「今日はどうすんだい。」
 と訊いてきた。

「せつおさんの家に泊めてもらうことになってるんですよ。」
 と答えると、ほう、そうかい、と言った。

 奴が鳥居を通過して、せつおさんたちの役目は終了である。
 お互いに酒を酌み交わしている。
 その鳥居の横には天狗の格好をしている人が座っていて、
 さらに傍らには裃をつけた町のお偉いさんがたがビールを飲みながら語らっている。

「そうだ、あの天狗と写真を取ってもらぇ。」
 さっきの男の人が言った。
 僕はちょっとばかり気がひけたが、お祭りなので不粋もいけないと思い、
 そうさせてもらうことにした。
 男の人が天狗の横まで連れていってくれたが、お偉いさんたちも、
 おう、写してもらぇ、写してもらぇ、と、見も知らぬ僕にビールをコップについで渡してくれた。
 僕は、お祭りで練り歩く途中にもらったわらじを腰からぶら下げて、
 これももらい物の鉢巻を締め、天狗の横に立った。
 その位置を丸く囲んで、町の人々が僕を見ている。
 例の男の人が僕の「写るんです」で、その姿を写真に収めてくれた。

 そうこうするうちにせつおさんの姿が見えなくなってしまった。
 キョロキョロとその姿を探していると、そこに神輿が到着した。
 この神輿が鳥居をくぐって神事のすべてが終了するのだろう。
 ふと見ると、いつの間にせつおさんはその神輿を担ぐ中に加わっていた。
 そしてその神輿は鳥居をくぐるのかと思えば、右に左に行き、
 フラフラしながらなかなか中に入ろうとしない。見ていると危険ですらある。

 神輿はある一方向へダーッと駆けてゆくと電信柱や何か障害物を目の前にかろうじてとどまり、
 さらにその反動でもってまた別の方向へとダーッと走る。
 よくまあ死人が出ないものだと思う。
 神輿はそんな行動を繰り返すうちに、なぜか来た道をまた引き返し始めた。
 そしてどこかへ行ってしまったのだ。
 こうやって一度で鳥居に入らないのも、よくあることなのだろう。

 しかし今度こそ本当に、せつおさんはどこかへ行ってしまった。
 僕はせつおさんを見失っては大変と、あわててその神輿を追おうとした。
 すると傍らの男の人が、また帰ってくるから、と言った。
 その横にいた女の人も、ここにいた方がいいよと親切に言ってくれたので、
 とりあえずその場で待つことにした。

 そうして待っている間に、町の人は三々五々、帰ってゆく。
 だんだん日暮れ近くなり、太陽も西に沈もうとしている。
 町の裃さんたちはまだ残っていた。
 神輿が帰ってきて、神社に奉納されるまでは祭りは終わらないのだ。

 その神社は小高い丘の上にある。
 神輿は鳥居をくぐり、いっきに階段を駆け上がらなければならないのだそうだ。
 途中で休むことは許されない。

 まだしばらくはやって来ないだろうから頂上の神社で神輿を待とうということになり、
 その場に居合わせた人々は皆、階段を登ってゆく。
 僕もそうした中に混じって、なにごとか言葉をかわしながら登る。

 中腹のあたりは少し広くなっていて僕はそこに立ち止まり、
 ふと後ろをふりかえった。ここからは鬼鹿の町と海のすべてが見渡せた。

 太陽が海に沈もうとして、最後の力をふりしぼるように輝いている。
 日の降りそそぐ、その町の中をどことも知れず神輿が走り回っていると思うと、
 なかなか勇壮な眺めである。

 そうしてその場に立っているとやがて神輿がやって来た。
 鳥居をくぐり、本当にいっきに階段を駆け登ってくる。
 僕は邪魔にならないように避けてその神輿が通り過ぎるのを見送った。
 まだ夕陽を見ていたかったので、それ以上は登ってゆかず、皆さんが下りてくるのを待った。

 そして、しばらくすると大勢の人が下りてきて、その中にせつおさんの姿を見つけた。
 まったく迷子の子供が母親にめぐりあったようなもので、
 僕はフラフラとせつおさんのほうへ近寄っていった。

「おお、おまえか。」
 せつおさんは僕を見て上機嫌に声をあげた。そして、風呂に行くぞ、と言った。

 せつおさんと僕と神輿を担いでいた青年団のみなさんで一緒に歩いてゆく。
 公民館に行き、着替え終わると、そこから50mほどのところにある宴会場に向かった。
 ヘルスセンターのようなその建物の中に、
 なにがなんだかわからないくらいドヤドヤと大勢で入ってゆく。
 フロントがあったがほとんどフリーパスといった感じでお金を払っている形跡もない。
 お祭りだからいいんだろう。僕はあとをついてゆきながら思った。

 それから風呂に入ったが、日焼けのせいで、どうにも体中がヒリヒリと痛くて、
 湯船にゆったりと浸かっているどころではなかった。
 風呂から上がってお座敷に行き、いよいよ飯である。

 中には長机がふたつならんでいて、すでに何人かが座っていて、メニューを頼んでいた。

「おまえも何か頼め。」
 せつおさんが言う。
 さっき夕食はすませたばかりたが、タダ飯なら食っておこうと思い、
 その気になっていると上座にいた人がメニューは全部で六品ですのでと言って、
 その品目を黒板に書き始めた。僕はとんかつとラーメンを頼むことにした。

 やがて食事が届き、がやがやと皆で食べ始めた。僕も、がつがつと食い始めたが、
 そのうちふと名前も知らない人に囲まれてこうしてラーメンをすすっている自分が不
 思議でならない気がしてきた。

 なんで今、僕はこの人たちと一緒に飯を食っているんだろう。
 今朝、起きたときはどこにいたんだっけ。
 人生とはまったく何が起こるかわからない。

 せつおさんは、と見ると、グターっとなってどうやら眠っているらしい。疲れたのだろう。
 結局、せつおさんはこの後、何も食わずに帰途についた。

 せつおさんは家につくとすぐにヘタッとなってしまった。
 家では奥さんと小さな女の子が、その帰りを待っていた。
 奥さんは必死にせつおさんを起こそうとしている。
 女の子は僕のほうをじっと警戒するように見ている。
 しかし、ニッコリとほほえみかけると少しはにかみながらも笑顔になった。

「女の子がもうひとりいるんだけど、親戚の家に行ってんのさ。」
 その様子を見ていた奥さんが言った。

 この人とは昼間に会っている。それで泊めてもらうことについては了解ずみだった。
 それでも最初は冗談かなにかかと思ったそうである。
 無理もない。何しろせつおさんはヘベレケになっていたのだ。
 いきなり見知らぬ人間を泊めることについてリアリティがわかなかったのだろう。
 だが当方としてはそんな彼女のとまどいにはかまっていられない。
 多少、図々しくても遠慮はしない。喰らいついたら離さないピラニアの心境である。

「大学生だったっけ。」
 と奥さんが言った。

「ええ、そうです。」
 僕が答えると、彼女は腰掛けるように言った。
 荷物を玄関先に置くと、茶の間の椅子に腰掛けた。

「何を勉強しているの。」
「哲学をね、やっているんですよ。」
「ふーん、それで、なんで歩いているわけ。」
「なんででしょうかね。」
 僕自身にもよくわからない。

「明日はどのあたりまで行くの。」
 彼女がお茶を注ぎながら言った。

「留萌まで行って、そこのライダーズハウスに泊まろうと思っているんですよ。」
 そのライダーズハウスは無料である。ということを例の列島縦断男に聞いたのである。

 彼によれば、名前と住所さえ書きゃ、何日でも泊まれるしフトンもある。
 シャワーもついている、ということであった。これには、けっこう期待している。

「留萌まで25~26kmってとこかしら。」
 彼女はお茶をさしだした。

「ええ、そうですね。」
 僕は熱いお茶をすすった。

 その後、たわいない話をしてから眠りにつくときに思ったのだった。
 今晩、フトンの上で寝られるとは考えてもなかった。





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最終更新日  2004年07月05日 06時15分52秒 コメントを書く


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