2004年08月16日
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【真夏の邂逅】第50日目


 8/16

 夜更けに雨漏りがしだした。板で作られた立派なバス停なのにである。
 もっとも外の雨はひどいもので、雷は鳴るし、雨がダンダンと屋根に叩
 きつける音が聞こえる。少し雨にぬれながらも翌朝めざめるとなぜだか
 左頬が痛い。そのバス停から300mも行くと倉敷市の標識が立っていた。
 けっこう昨夜は歩いていたのである。9:30市内に入る。美観地区を見る。
 鶴形山公園で洗濯。謎の動物がいた。久々に太陽を見る。おばあさんふ

 もらう。新倉敷の駅まで歩き、バス停で寝る。夜更けに刑事が来る。職
 質、何事もなく帰る。





 倉敷という町はおもしろいところで、
 いわゆる都市としての機能を持つ地域と
 観光のための地域というのがはっきりと別れている。
 駅前のどこにでもあるようなビルの立ち並ぶところから
 商店街を抜けると突然、美観地区という観光スポットが出現する。

 その美観地区とやらをブラブラと歩いてみたが、
 ようするに古い家並みが続いているだけで何がおもしろいのだか、
 さっぱりわからない。

 鶴形山公園というところに行ってみることにした。

 この公園は美観地区と隣接してあった。
 公園とはいっても杜の中にところどころに
 座るためのベンチが置いてあるようなところである。

 こういうところのほうが落ち着くというものだ。

 何やら檻が置いてある。

 何事かと思えば簡易動物園といった趣向らしい。
 やることがいきなりである。
 何の前触れもない。

 まずは左手の一番大きな檻には猿がいる。
 ちゃんと猿と書いてある。

 そして右手にはいくつか檻が並んでいる。
 まず軍鶏。
 それからインドの鶴と書いてある檻。
 まったくインドならではの色彩感覚でやたら派手な鶴である。
 この檻には小さな池があり、
 そこから亀が顔をのぞかせていた。
 鶴と亀とはなかなか粋なはからいである。

 そして一番手前の檻にいる動物。
 奴らが何だかよくわからない。
 みたところ狸のようでもある。
 しかし狸なら見たことがある。
 どうもちがう。

 そして一番奇妙なことはこの檻にだけ何の説明書きもないことだった。
 その謎の小動物の正体を考えながら
 水道で洗濯をさせてもらい、
 洗い終わった服を陳列して乾かしていると、
 そこにカップルが現われた。

 彼らは檻の前で立ち止まり、あーっ猿だ、
 とかなんとか言っていちゃついたりしていたが、
 やはり最後の檻の前に来たときには絶句していた。

 これ何?と女が訊いた。
 男は狸じゃないか、と答えるのが精一杯であった。

 こりゃ、たぶん誰にだってわからない。
 なぜいちばんなじみのない動物にだけ
 何の説明も加えられていないのだろう。
 なにか秘められた意図があるのだろうか。
 ここの動物園を作った人間にぜひ訊いてみたいものである。


 さて、そんなことを考えながら時間をつぶしていたが
 髪を洗うことにした。
 今日はこれから女の子達と会うのである。
 やはりそれなりに清潔にしておきたいものである。

 洗濯のときと同様、公園の水道でバシャバシャ髪を洗う。
 シャンプーもまだ少し残っている。
 髪を洗ったら今度は体である。
 僕は石鹸を腕や足につけ、タオルでごしごし洗いはじめた。

 するとそこへ犬を連れた夫婦がやってきた。
 そしておじさんのほうが話しかけてくる。

 「自転車の旅ですか。」
 「いや、歩いてるんですけど」

 僕はゴシゴシしながら答えた。

 「へえ、今どき。たいへんですな」
 「はあ、」

 なるべくそちらのほうを見ないで返事をする。
 垢すりをしているところを人に見られることほど恥ずかしいことはない。
 なぜ見られるかというと、こんなところでやっているからである。

 まあ僕としては早くこの人達に立ち去ってもらいたかったのだが、
 この夫婦すっかり落ち着いてしまって、
 犬を遊ばせている。
 そして僕に話しかけるのだ。
 僕は早くこの作業を終えなければと思った。
 だが、こんどはそこにカップルがやって来た。
 彼らはなるべく僕のほうは見ないようにして行ってしまった。

 その夫婦が立ち去ったのと、
 僕が体を洗い終わったのがほとんど同時だった。
 太陽が久しぶりに顔をのぞかせていた。


 鶴形山公園で時間をつぶそうと思っていたのであるが、
 どうもここは薮蚊が多い。
 そうだ、アイビースクエアーの場所を確認しておこう、
 そう思い、僕は洗濯物が乾くとほどなくそこを離れた。

 ふたたび美観地区に戻る。
 ここではところどころに地図が設置してある。
 そこにアイビースクエアーの所在地もかいてあるのですぐに見つけることができた。

 このアイビースクエアーというのは
 倉敷の古い町並みにたいして洋風の建物と空間で構成され、
 ちょっとばかりおしゃれである。
 はっきり言って僕の今の格好でその場所をウロウロ歩き回るのには
 抵抗があるような場所である。
 建物の所在地はつかんだが、門をくぐるのは遠慮した。
 そこでまたそのあたりをブラブラと歩くことにした。

 駅のほうになんとなく歩いてゆく。
 するといきなり観光客があふれんばかりに出現した。

 小川がある。
 その小川にそって土産店などが並んでいる。
 僕はその観光地の真っ只中を行ってみることにした。

 なんだか時代劇のセットの中を歩いているようである。
 僕はその通りに置いてある縁台のようなところに腰をおろした。
 日が照って暑い。
 川をみると大きな錦鯉が泳いでいる。
 ここで釣りをしたら大変なことになるだろうな、ふと思った。

 目の前はそば屋である。
 観光客の数が多いため、店にはたくさん人が並んでいる。
 僕はこの縁台で昼飯を食うことにした。

 朝のうちに買っておいた焼きぶたチャーハンが
 ちょうどよい具合に溶けている。
 ぱくぱく食べ始めると、
 そこへおばあさんがやって来て僕のとなりに腰をおろした。

 「おや、真っ黒だね。」

 彼女は言った。

 「ええ、もう一月以上旅をして歩いているもので」
 「ふーん、えらいね」

 彼女は感心している様子だった。
 それから毎度のことで北海道から来て鹿児島まで行くという話になった。
 僕と彼女がそうして話していると、
 そこにもうひとりおばあさんが現われた。
 彼女が縁台の前で立っていると
 最初にいたおばあさんが、座んなさい、座んなさい、
 と言って彼女を座らせた。
 そしてこの人、北海道から歩いてきたんですってよ、と言った。

 僕はてっきりこのおばあさんの連れなのだと思った。
 彼女は、まあと言って僕のほうを見た。
 それから最初にいたおばあさんは
 彼女に僕のことをいろいろ説明しはじめた。
 僕は黙って彼女達の会話を聞いていた。

 最初のうちは僕のことを話していたはずである。
 ところが、だんだん話がヘビーなものになってきた。

 よく日本もここまで立ち直ったね、
 戦争中は大変でしたよね、
 などと観光地の賑わいを見ながら
 二人は感慨深げに話すのだった。
 そしてよくよく聞いていると
 彼女らはさっき出会ったばかりであるらしかった。

 やがてそれぞれの家族がふたりを迎えに来た。
 僕は縁台での食事を終え、これからどうしようかと考えた。


 まあここらをもう少し見てみるかと思った。
 そして川沿いを歩き始め、
 やがて疲れて暑くなったので資料館と無料休憩所を兼ねたようなところを見つけ、
 そこでしばらく涼む。
 ここはクーラーが効いている。
 時刻はそろそろ三時になろうとしていた。


 僕はもう一度アイビースクエアーに行ってみることにした。
 まだ少し早いがもう彼女達もチェックインしているかもしれない。

 僕はさっきはビビッて入らなかったアイビースクエアーに入ってみた。
 ここは宿泊施設だけでなく、
 いろいろなものが展示したコーナーもある。
 しかし有料のものは避けることにしたら
 どこも入るところがなくなってしまった。
 僕はしかたなく中庭の椅子に腰をおろした。
 ビアガーデンのように椅子と机が並んでいるのである。

 ここで少しばかり眠った。
 だが雨が降り出して寝ているどころではなくなった。

 時刻は四時である。
 僕は受付に行ってみることにした。
 建物の中に入り、フロントで訊いてみると
 大友様はもうチェックインされていますが外出中です、
 という返事だった。

 僕は中庭に面した廊下に置いてある椅子に腰掛けると、
 しばらく大友が帰ってくるのを待った。


 やがて僕の知らない女の子を連れて大友がやって来た。
 彼女は僕に気がつかなかった。

 「おおともさん」

 声をかけるとびっくりしていたが、やがて僕だと気がついた。

 「真っ黒だね」

 彼女はまずそう言った。
 それからもうひとりの女の子を紹介してくれた。

 「彼女は井野さん。会社の同僚なの」
 「あっ、どうも、猪早です。」

 僕が自己紹介をすると
 彼女は目を丸く、大きくさせてびっくりしていた。

 それからどこかに入ろうか、ということになり、
 アイビースクエアの一角にある喫茶店に入ることにした。
 当然ここもおしゃれで高級感あふれる場所である。

 テーブルにつき注文を済ませると僕は大友に訊いた。

 「今日どの辺にいたの」

 僕としてはてっきり倉敷の町のどこかで
 バッタリ会うものだとばかり思っていた。
 僕の『対人アポルツ能力』から絶対にそういう展開になると確信していたのだ。

 「美観地区とか回ってたんだよね」
 「あっ、そう。鶴形山公園とかは行ってないの。
  あそこにはあやしげな動物園があるんだぜ」

 僕はあの小動物を思い出して言った。
 だがふたりは公園には行っていないという。
 なんだ、あそこはなかなかわけわかんなくて面白いぜ、と僕は言った。
 もっとも行っていれば垢すりしているところを見られたかもしれない。

 「ところで、どういうところに泊まってるのよ。」

 大友が尋ねた。

 「無人駅とかバス停。それに海や川だね。」
 「じゃ野宿だね。」
 「まあ、ほとんどそうだね。でも時々親切な人に泊めてもらったりしてるからね。」

 それを訊いて大友が言った。

 「あぶない目にあったりしなかったの。」

 あぶない目か。あぶないにも色々あるわけで、
 貞操の危機という意味なら琵琶湖のホモおやじにあったことである。
 その話をしてやると彼女らは大喜びであった。


 さてふたりはこのアイビースクエアーに泊まるわけであるが
 僕はこの先、旅を続けなければならない身の上である。
 今日ももう少し歩こうと思っていた。
 そこでさんざん話をして、もう行くことにした。

 喫茶店の外では雨が降りだしていた。
 僕はポンチョを取りだし、タオルを頭に巻いて、
 いつもの雨対応型の姿となった。
 すると大友はこの格好がいたく気に入ったらしく、
 写真に取ろうと言い出した。

 まったくただでさえ僕はこの環境から浮いているのに、
 辺りにいる人に頼んで三人並んで写真に取ってもらった。


 彼女らと別れ、薄暗く、雨の降る中を歩き続け、
 新倉敷の駅で何とか眠れそうなバス停を見つけ横になった。
 夜中に刑事が来たこと以外は何事もなく眠った。





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最終更新日  2004年08月17日 00時08分41秒
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