2004年09月06日
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【真夏の邂逅】第70日目


 9/5

 朝早くパークロードの人々に別れを告げ、東京への帰途についた。
 今日の予定では鹿児島半島に渡って指宿に着き、それから池田湖まで行って
 イッシー君とご対面だ。

 できれば鹿児島市内までたどり着いて、状況によっては田所家に行くことにしよう。
 途中、ヒッチハイクなどを織りまぜて行けばこれくらいは移動できるにちがいない。
 止まってほしくもないのにあれだけ止まってくれたのだ。


 さて、向かいの鹿児島半島に渡るために根占町というところで
 フェリーに乗らねばならないのだが、ここまでがけっこう遠い。

 行きに来た道をひたすら引き返しているのだが、それがまたもどかしく感じる。
 ヒッチハイクなども試みるが、ほとんど車が通らないような有り様である。

 何とか根占町にたどり着いたが緊張の糸が切れるとこんなものかと思う。
 これぐらいの距離は昨日までなら何とも思わずに歩いていたのだが。

 フェリーに1時間も乗ると山川港という港に着く。
 そこからはバスで指宿に向かった。
 そこで有名な砂風呂なるものに入る。


 これは浴衣に着替えて指定された砂浜に行き、
 横たわるとおばちゃん達が砂をかけてくれるのである。


 それにやたら体が熱い。
 あまり長い間、がんばっていると体に悪そうである。
 むろんその後、ちゃんとした風呂に入って砂は洗い落とすのである。

 指宿から池田湖までは約20kmといったところだろうか。
 この湖までの道の途中、何度もヒッチハイクをしたのだが、


 ヒッチハイクとはこんな大変なものだったのかということをこの時、初めて知った。
 最初から歩くつもりであればそうでもないのだろうが、
 車に乗ることをあてにしながら歩いているのだから、これは辛い。
 こうやって行くうちに結局は池田湖まで歩いてしまった。

 さてこの池田湖はイッシーで有名なのだが、もうひとつ名物がある。
 大ウナギという奴である。

 こいつも見てみるかと思っていると、
 ふと見た看板に「大ウナギいます」と書いてある。
 オンボロの土産物屋である。

 こんなしみったれた所に本当に大ウナギなんているんだろうか。
 もう営業もしているのかどうかすら怪しい雰囲気のバラック小屋である。
 しかし、ここから湖沿いに歩いて行くとその手の看板が林立していた。

 僕はこの大ウナギというのは固有名詞なのかと思っていたのだ。
 一匹だけ伝説的にバカでかいウナギがいて、
 どこかの水族館のようなところにそいつがいるのだと思っていた。

 だがそうではないらしい。
 この池田湖に棲息する種類のウナギで、
 単に大きいウナギということなのだ。

 観光地の戦略としてはこうである。
 まずは大ウナギを見物するためだといって建物に観光客を入れる。
 しかし、その大ウナギの水槽は一番、奥に置いてある。

 そしてそこにたどり着くまでの間は土産物がこれでもかというぐらい置いてある。
 地元民にとってのメインはウナギなどではなく、この土産である。

 そういう次第であるので、
 このあたりの土産物屋は規模の大小に関係なく皆、
 大うなぎを水槽に入れて飼っている。

 なるほどそういうことかということが実際に土産物屋に入ってみてわかった。
 この建物は巧妙なことにあたかも水族館のごときたたずまいになっている。
 しかし、上記のような事情であるので入場料などは取らない。

 僕は団体の観光客の間に紛れこみ店の中を通って
 一番奥の大ウナギの鎮座する場所へと行ってみた。

 実際の大ウナギ様はどうもナマズのようであった。
 大きさは1mくらいだろう。
 胴回りは直径約15cm。
 なるほどウナギと思えば確かにデカイ。

 しかし、どうしてもその大きさからナマズを連想してしまって、
 素直にそうも思えないところである。
 まあ食ってみるとすればずいぶん食いでがあることだろう。
 しかし、味のほうはあまり良さそうにも思えない。

 土産などには目もくれずにまた店の中を通って外に出ようとしたのだが
 観光客がたくさんいてなかなか前に進まない。
 僕の荷物が大きいのでこれもしょうがないところである。

 そんなことで前に進むのに難渋していると
 その観光客のひとりが売り子のおばちゃんに声をかけるのが聞こえた。

 「おばちゃん、イッシー見たことあるの。」
 「はい、ありますよー。」

 おばちゃんは忙しそうに立ち振舞いながら穏やかな笑顔を見せて言った。
 おいおい、イッシーってそんな軽い存在なんかい、僕はそれを聞いていて思った。
 おばちゃんの答え方はまるで、たばこが置いてあるかと訊かれたときのように
 こともなげだったからである。


 さて肝心のイッシーだが、湖をつらつらと見てみるにつけ、
 こいつはいねえな、というかんじであった。

 九州最大ということらしいが、まあそれほど大きくもない湖である。
 さして神秘的でもないし、どうも大型水棲生物が棲息しているという話は眉唾である。
 ただし釣り人は面白いくらいに魚をボンボン釣り上げている。
 この辺りはさすがに原始性を垣間見せていると言えなくもない。


 池田湖の周りをそうして見て歩いているうちに夕方になってしまった。
 今日中に鹿児島市内に行きたいのだが、
 ちょっと難しいかもしれないと思いはじめていた。

 車はちっとも止まってくれないし、
 歩いていけばあとたっぷり二日間はかかる行程である。

 もっとも鹿児島市内に向かう国道226号はこの夏の集中豪雨や台風やらで
 道路が決壊していて歩いてはゆけない。
 一般道で市内まで行けるルートはそれしかなく、
 あとは指宿スカイラインという自動車専用の有料道路があるだけだ。
 列車は指宿枕崎線というのが走っているがこれも不通の状態である。

 とすればよくよく考えてみれば、
 この有料道路の入り口で車を捕まえなければ、
 この先には進めないということではないか。
 僕は初めて事の重大さに気がついた。

 道路の崩壊という物理的な障害によって前に進めないというのは
 どうにも閉塞感を煽りたてる。
 そこで今度は必死である。

 それが通じたというわけではないだろうが、
 二三台の車が通りすぎた後、やっと止まってくれる車があった。
 これでやっと一安心である。
 乗せてくれたのは結婚式に出席した帰りだというおじさんであった。
 この人のおかげで鹿児島市内にはあっという間に到着してしまった。

 車ってすごいな、
 僕は一瞬にしてあのどんよりとして寂しげなたたずまいの池田湖から
 この駅前のにぎやかな場所への移動を可能にしてしてしまった文明の利器の底力に
 心から感心した。
 今日中には着けないと覚悟していたのに、
 まだまだ日の高い明るいうちに来れてしまうのだ。

 考えてみれば車とはタイムマシーンのようなものである。
 歩けば二日はかかる距離をほんの数時間で済ましてしまうのだ。
 その分、時間を飛び越えてしまうのだ。

 いや待てよ。ちょっとちがうな。
 二日間の時間を短縮するといっても
 二日後にここに着いたときには自分はここにはいないわけで。

 何だか考えていると頭がおかしくなりそうである。
 まあ、それ以上は考えるのを止めた。

 さて駅前のボックスから旅を無事に終えられたことを言うために家に電話をした。
 懸案の引っ越しは9/17に決まったそうで、それまでには何とか帰宅できるだろう。 

 ここで今日の今後の予定を決定しなければならない。
 とりあえず鹿児島市へとやって来たものの
 田所氏の実家に立ち寄るかどうかの判断は先延ばしにしてきたのだ。

 今、そのたたずまいをみたところ何ともないように見えるが、
 この町はこの夏の記録的な大雨の影響をもろに受けるはめになった。
 とくに「平成五年八月豪雨」と名づけられた八月六日の集中豪雨は
 甲突川に架かる新上橋と武之橋を流し去り、市内を水浸しにしてしまった。

 そんな状況のところに僕のような得体の知れないものが
 いきなり訪ねていってもいいものなんだろうか。
 僕はさんざん迷ったが、結局、行くことにした。 

 田尻氏の実家はちいさな商店を営んでいる。
 途中、道に迷い、そこにたどり着くともう19:00になっていたが、
 この店の人々はいきなりの訪問者も快く迎え入れてくれた。

 田尻氏はちゃんと話をしておいてくれたようである。
 この店は夫婦で経営していて煙草やあんパンなどの日常生活品を売っている。
 おばさんのほうは見たところ目が細長く切れていて恐ろしげな感じの人であったが
 実際に話をしてみると、とてもよい人であることがわかった。
 一方、おじさんのほうはもう見た目も、それから実際もすこぶるよい人であった。 

 店を経営してゆくというのは大変なことである。
 ふたりの働く様を見ていてそれがよくわかった。

 商品が足りなくなれば、店の奥から運んできて並べなくてはならない。
 それ以外にもこまごまとした雑用がごまんとある。
 僕も遊んでいても悪いので、
 おじさんが自動販売機に煙草を補充するのを手伝うことにした。

 僕は煙草は吸わない。
 で、煙草というのは実に色々と種類があるもので、
 同じ商品名と思っていても後ろに「スーパーライト」「スリムライト」などとつくだけで
 もうちがう種類なのである。
 実に紛らわしい。

 それでその微妙な違いまではすぐにはわからない。
 間違ったところに入れてしまっては大変なので、
 いちいちこのおじさんに訊くのだが、
 この人は、すいません、すいませんと恐縮しながら入れる場所を教えてくれる。

 今朝起きたときにはこんなふうに煙草をつめている自分の姿なんて想像もしなかったな。
 僕は我が身のことながらおかしくなってしまった。
 見知らぬ土地の見知らぬ人と、よくわからないことをしているよな。

 しかし、そんな風にやってゆくので、
 作業そのものはあまり効率的ではなく、
 僕が手伝ったことはあまり役に立たなかったようである。 


 それから夕食のときには母屋のほうにあげてもらったのだが、
 よく見ると壁にスーっと定規で引いたような線が入っている。
 なんだろうと思っていると、これは浸水した跡なのだという。

 店をやっているので、商品も台無しになってしまったとおばさんは言った。
 彼女はそういう話をむしろ淡々とするので僕は思わず黙り込んでしまった。
 この人たちからは僕のような苦労知らずの小僧はいったいどんな風に見えるんだろう。


 近所の銭湯に行き、それから天文館という繁華街をひとり見て歩いた後、
 帰ってみると、ふたりはもう眠ってしまったらしく、
 二階にふとんが敷いてあるというメモが残っていた。
 まだ九時過ぎだったが、
 僕は二階に上がって、田所氏が使っていたという部屋で体を横たえた。

 今日は何だか疲れた。それで、すぐに眠りに落ちた。 





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最終更新日  2004年09月06日 18時28分20秒
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