mi chiamo jovanotti

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February 11, 2006
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カテゴリ: 日常の徒然
いつもオリンピックを見て特に開会式を見て思う事。ヨーロッパの自信って凄いなって事。2000年のシドニーから、2002ソルトレイク、2004アテネ、そして2006トリノと夏冬合計4回目のオリンピックだけど、

この傾向がぐっと強くなったのは、1992バルセロナと一般に思われているけど、実は同年にあった(これが冬夏同年開催最後のオリンピック)、1992アルベールビルからだと俺は思う。この1992の冬・夏の大会でそれぞれ非常に文化的背景を前面に押し出した開会式を執り行うようになった。
その後は1994リレハンメル、1996アトランタ、1998長野と来るんだけど、アトランタはいかにもジョージア州らしくマーチン・ルーサー・キング牧師とかモハメッド・アリとかそういう側面を押し出してたけど、ヨーロッパほど文化的には成熟しているわけでもなく、開会式の最後にはスティービー・ワンダーが出てきて延々深夜までドンチャカ騒ぐという実にしまりない終わり方。
もっと最悪だったのは、長野の開会式。まぁIOCへ莫大な放送権料を払ってるアメリカのテレビ局、NBCのおかげで協議の実施時間がアメリカ人がテレビ見やすい時間にアレンジされるという酷い状態だったから、開会式も昼間だったし。これだけで周りの白い雪を全く演出道具に使えないというハンデを負わされたうえに、出てきた出し物が御柱祭りなどの信州の祭りやらなにやらのデモンストレーションと力士を伴う入場行進とかで、世界に日本を発信する、底に平和のメッセージを込めるというレベルではもう、今回のトリノと比較すると…。あーもう駄目駄目である。当時(1998)開会式が終った瞬間から世界中のメディアに最悪だと酷評されたからなぁ。因みにその演出を担当したのはね、「浅利慶太」です。
なんで彼がやったのか、当時からものすごく不思議だったんだよな。
所詮輸入物のミュージカルというフォーマットで長くやってた人間に本当に日本から日本語の通じない海外の人間へ者が発信できるのか?
…で、案の定だもんな。
トリノを見た後、苦~い思い出として蘇った。

1998は斬新な最先端な部分全く無かったもんね。


そういえば、今回の開会式では入場行進で使っていた音楽、世界中の人のみ見覚えある曲を中心にって説明してたけど、本当にアメリカのポップ・ロックばっかりだったね。ジェームス・ブラウンとか、アレサ・フランクリンとか、ヴァン・ヘイレンとか。
そんな中開催国イタリアの入場の時に流れた曲といえば



jovanotti!!!

2曲使われたよ。「L'ombelico del mondo」(世界のヘソ→つまりは中心って事かな?)と「Ragazzo Fortunato」(幸運だった若者)*タイトル訳は多分あってるはず…。

さっすがjovanotti !
トリノの観客もイタリアの選手達もガンガン歌ってた。

それにしてもNHK、パバロッティが最後にばっちり歌ってるところで終るってなに考えてるのか編成?
あの後、ドッカンドッカン夜空に花火が上がって「炎」が全てを締めくくることであの開会式の「Passion Lives Here」全てがスタートするってのに。
他者の文化に尊敬ないから駄目なのね。
これじゃ、受信料収入の回復難しいかもなー。などとツラツラ面当てぇー。






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Last updated  September 25, 2007 04:16:39 AM
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