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16日に夫からメールで、仕事を早めに切り上げて帰ると連絡がありました。
私は慌てて実家とOA学校に電話
学校の21日に行われるExcel上級のテストの予約及び21日までの授業の予約をキャンセル。
喪服や数珠なんかを出し、お泊りの用意とお手伝いのためのエプロンを用意して、
夫の帰宅を待ちましたが、連絡なし&連絡つかず。困った
ここは、色々ごったがえしているだろうけど、手が欲しいなら一刻も早く行った方がいいと考え、
お義母さん(以下、母)に電話
お通夜が18日、葬儀が19日、家族葬であまり大げさにはしないからとの情報を入手。
やっと連絡がついた夫と翌日の17日から行くことに決め、再度、母に電話
くりによく言い聞かせ、17日からは、嫁やってきました。
しかし、 母はえらい。偉いです
彼女は、3年前に他界した父の両親と同居して介護をしつつも、
自分の母(今回亡くなった祖母)の介護もしていたのです。
晩年、痴呆が入ってからは、両方ともホームでお世話になっていたようですが
(母の義母は嫁ぐ前に他界、 今回亡くなった母の母は、母があまり人に会わせたく
なかったようで、こちらから言ってやっと2度ほど会うことができました。)、
それでも、平日は自宅から遠い施設まで電車とバスを乗り継いで、
父が在宅の休日は車で、出来る限り通っていたようです。
立場としては、長男の嫁であり、自分の実家では長女であるから当たり前と言われる
かもしれないけれど、実際、出来るか?と言われると、体力的にも状況的にも、
なかなかそこまで出来ることではないと思います。
だから、稚拙な言い方ですが、母は、 すごく偉かったし、とても頑張った
と思います。
祖母の年代の葬儀の花というと、「菊」いっぱいというイメージが強かったけど、
祭壇や棺や焼香台などにふんわりとしたレースがセンスの良く敷かれ、
その上に、工夫されたアレンジで、全て洋花でまとめられた花が載っており、
そこへ、おちゃめに微笑みつつ、ピースしている遺影が飾られていました。
親戚の方々とは、遠いということもあり、結式式以来会っていなかったのですが、
とても気さくに話してくださり、お式自体も、形式ばらす、少人数でのとてもあたたかい、
和やかな感じの家族葬になり、自分のときも、こんな感じでしてもらえたらと思うものでした。