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最近、縄文時代が脚光を浴びています。縄文時代はかなり長い期間続き、その後弥生時代、古墳時代と続いているわけですが、前日の NHK の TV 番組で、縄文から弥生と直線的に時代が移るのではなく、共存、交流の歴史もあったのではないかというが言われていました。縄文時代の最大の遺跡は青森県の「三内丸山遺跡」、弥生時代の大きな遺跡は佐賀県の「吉野ケ里遺跡」が有名です。時代の違いはあるのでしょうが、代表的な両遺跡が東西に分かれて発見されてというのも興味がわくところでもあります。歴史的には、日本において狩猟漁労の縄文時代に中国または朝鮮半島を通じて農耕文化が伝播し、農耕中心の社会が生まれ、コメを通じて富が蓄積され、それを巡って争いがおこった・・・、倭国の大乱から邪馬台国の卑弥呼の登場につながっていくのですね。

(青森県 縄文遺跡 三内丸山遺跡)

(佐賀県 弥生遺跡 吉野ケ里遺跡)
歴史はどの時代をとっても、深堀していくとそれぞれ魅力がありますが、わたしは日本にまだ文字のなかった邪馬台国が登場する弥生・古墳時代から空白の 5 世紀を経て聖徳太子が登場していく飛鳥時代、それに続き奈良時代、平安時代初期くらいまでが特にわからないところが多く、魅力ある時代です。最近、その時代の前、いわゆる縄文時代から、弥生時代がどうであったのかということのも興味がわいてきました。特に、その時代の 庶民の生活面 はどうだったのか知りたいところです。
<過去の古代日本の「特集」雑誌を整理した>
「いま蘇る縄文~日本人の心の奥底に眠る縄文の血を再確認する旅~」
( 2018
年 9
月 1
日発行、株式会社ダイアプレス)から抜粋し、整理してみました。

( 「縄文時代」が取り上げられている書籍 : 自己所有分)
<
縄文時代をフォーカスし、深堀する>
「縄文」が今、静かなブームを呼んでいる。それは、その特徴的な遺物と相まって、ミステリアスな光芒を放っている。ある人にとっては自然とのゆるやかな共生、そしてある人にとっては情念に、満ちた日本の低層・・・。とはいえ、縄文時代は決してユートピアであったわけではない。われわれと同じ、人間の苦労があったはずだ。より縄文を知ることによって、現代に生きるとはどういうことなのかを、たまには内省したいものだ。
〇 縄文ってなんだろう
石器時代と思われていた遺跡が、一躍脚光を浴びた。そもそも、「縄文時代」という呼び方が定着したのは比較的最近のことだ。それまでは「縄文」と「弥生」という概念そのものはあったが、先史時代の一過程としか認識されていなかった。それが、戦後、登呂の遺跡や岩宿遺跡の発掘など考古学上の大きな事件が続いたことも影響し、「縄文時代」が考古学界で定着したのだ。
〇 縄文時代の風景
過密な人口もなく、緩やかな時間が流れていた。縄文人たちは、小規模集落をつくることから始めた。それが、縄文時代中期にもなると、大規模集落に集うようになった。それは、いつでも分散できるフレキシブルな動きを伴ったムラだったかもしれない。体内時計をたよりに、自然と向き合った生活風景が、彼らの身上であった。
〇 縄文時代の交通と交易
翡翠や黒曜石などの素材は自らの交易圏で入手。縄文時代は決して閉鎖的な社会ではなかった。コミュニティによるルールはあったであろうが、排他的な意識では生活に不便をきたした。その証拠に、遠くから運ばれる石材が様々なところで発見されている。最低限、交易は行っていたことになる。
<縄文人の生活が息吹く遺跡群>
〇大湯環状列石 秋田県鹿角市
興味深い出土品があらわれる。日本最大の環状列石。後期前葉の大規模遺跡。万座と野中堂という 2
つの環状列石より構成。万座遺跡は日本最大。

〇三内丸山遺跡 青森県青森市
日本最大規模誇る六本柱建物が有名な遺跡。遺跡には竪穴住居、高床式倉庫の他に、大型竪穴住居が 10
棟、約 780
世帯の住居群に加えて祭祀用に使われたと思われる大型掘立柱建物が存在したと考えられている。


〇真脇遺跡 石川県鳳珠郡能登町
それは祭祀のためのものなのか日本最大規模の木列柱。晩期末葉の北陸に突如としてあらわれた環状木列柱。国内最大級の木列柱。

〇小牧野遺跡 青森県青森市
またの名を「小牧野式」複雑な環状列石を持つ。特徴は石の組み方で、石垣を思わせる煩雑な組み方で、全国でも珍しい遺跡だ。配石の中に大型壺型土器見られ、これも特徴的。

〇加曾利貝塚 千葉県千葉市
貝塚としての歴史的価値は世界レベルで研究対象。加曾利貝塚は、千葉県千葉市にある縄文時代の貝塚だ。 2017
年国の特別史跡に指定された。出土品でも有名で縄文時代中期後葉の加曾利 E
式、後期後葉の加曾利 B
式が知られている。また、イヌの骨が人間と一緒に葬られていたことから話題となった過去を持つ。ヒトとイヌとの関係が、現在のペット事情に相通ずるものがあると想像される。
※静岡県浜松市の蜆塚遺跡でもこのような断面の貝塚が見られます。

~あとがき~
縄文時代というと、少し時代の距離感があります。静岡県には静岡市に「登呂遺跡」 ( 弥生時代 ) や浜松の「蜆塚遺跡」 ( 縄文時代後期から晩期 ) があります。何回か行きましたが、あまりにも現代の生活と当時の生活には大きな変化があり、なかなか実感がわいてこないのも事実あります。ただ、想像をたくましくすると、竪穴の住居に家族が住んでいて、食事をしながらどんな話をしたのでろうか、親子のふれあいなどはどうだったのかなど興味はつきません。次回以降では縄文ライフについて、調べて投稿できればと考えています。 以上
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