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今回は縄文人の素顔、日常の生活などについて調べてみたいと思います。内容は「いま蘇る縄文」( 2018 年 9 月 1 日発行、株ダイアプレス)を引用、抜粋させていただいています。
<縄文人の素顔>
〇意外と長寿なことが判明してきた縄文人
遺跡から発掘された頭蓋骨から縄文人の姿かたちが復元されているが、いずれもがっしりとした体型と弥生人には見られない頭部の頑強さだ。彫りが深く、そして濃い。
頭部が大きく、いわゆるずんぐりむっくりな体型が確認されている。身体は狩猟漁撈で鍛えられかなり頑丈な体格であっただろう。
女性は約 153cm の平均身長を持っており、意外と現代の女性と変わらないことがわかる。顔つきも弥生人と比べて、丸顔でくっきりとした目鼻立ちを持っていたと推定されている。
歯はのちの列島人と比べてやや小さく、歯並びの形はきれいな U 字型をしており、上下がしっかり噛み合っている。遺骨を調べると歯の摩耗が激しく、硬い食物を噛むのみならず、皮なめしなどの道具としても利用したあとがみられる。
また、縄文人の寿命については、本来 30 歳くらいだと考えられていた。そもそも赤ん坊として生まれてから 15 歳くらいになるまでの生存率は 50% だったと考えられていた上、実際に乳幼児から成人に至るまでの遺骨を調査した結果がそうであったのだ。
実際には、平均年齢は 40 歳前後だったと考えられている。乳幼児からの生存率を考えると、その数字は上々の出来だ。医学の発達がない時代の病との戦いを考えると、意外な長寿といえるかもしれない。
縄文時代には編布(あんぎん)と呼ばれる布があり、これを動物の骨などでできた針で縫い衣類を製作していた。荒い目の衣類で、冬には重ね着や毛皮を羽織った。
靴は革靴、 1 枚皮で製作された足を覆うモカシシのようなものが推定される。よく冬の寒さをのり切ったものだ。
〇縄文人の道具箱
様々な造形を備えた道具群。縄文遺跡からはすばらしい埋蔵文化財がたくさん出土しているが、その中でも地味であるが、考えてみるとかなり実用的な道具類が縄文人の生活に密着した「実用品」だ。その生活必需品の精巧さ、美しさ、そして実用性に着目しよう。
(写真左上:多頭石斧、左下:ハンマー、右上:骨角製針・釣針、右下:石斧・耳飾り)
〇縄文人の四季
春夏秋冬、季節ごとの生活があった。狩りや植物採集、そして漁撈。季節ごとに人々の仕事は変化していった。海や山の豊かな幸に感謝しながら、労働を欠かさない縄文人の生活は、現代ならスローライフといえる。ただ、厳しい冬を乗り越えるには、独特の経験値がものをいったに違いない。

季節の移り変わりを円グラフで示した「縄文カレンダー」は小林達雄氏が考案した縄文時代の食糧変化の視覚的なグラフだ。春夏秋冬でいかに縄文人たちの食事が変化していったかわかる。質素ではあったが、かなりのグルメだったこともわかる。

~春の食材
春はフキやワラビ、ゼンマイなど山菜を採取し、また水が澄んだ海辺ではハマグリやアサリを採った。この時期は貝の採取が一番多くなる季節で、貝塚も大いに利用されたことだろう。
~夏の食材
マダイ、クロダイ、スズキを多く獲った。クロダイもマダイも産卵のため岸の近くに寄ってくるため、漁撈ははかどった。獲った魚は天日干しにして、保存した。
~秋の食材
どんぐり類、クリやクルミなどがたくさんの実をつける秋には、これらの堅果類を採取し保存した。また、ヤマイモなどの根菜類も掘り起こした。サケは燻製にして冬に備えたようだ。
~冬の食材
イノシシ、シカ、果てはサルまで狩って食していた。もちろん、獲物の毛皮類は衣類に利用され、骨は骨角器として使用した。まったく無駄のない狩猟文化が冬の縄文の光景だ。
~あとがき~
書籍を読みながら、整理をしていくとなぜか当時の風景が浮かんできます。ちょっと不思議な感じです。例えば、服装も現代と比べたら、機能性やファッション性には違いがありますが、服も着て、靴もはいて生活をしていたり、食事も今でも私たちが食しているものがたくさんあります。塩はあったでしょうが、味噌・醤油はなかったので、味つけはどうだったのか興味はつきません。自分がその時代に生活していたらどうだっただろうかと考えると、満足感があるのかどうか微妙なところですね。今回はまとめきれなかった食卓、食器類、縄文ライフの日常などを整理して次回投稿できればと考えています。 以上
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