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今年の夏も丹沢の黒部と呼ばれる玄倉川での水遊びに誘われた。今日は照りつける暑さはなかったが、蒸し暑い下界から山に入るとさすがに涼しい。そして沢を渡る風を受けるのは本当に気持ちよい。 最初は出てくる淵に体を入れるのに躊躇したが、一度入ってしまえば後は自然に水を求めるようになる。わざわざ泳がなくとも淵は通過できるのだが、泳いで突破しないとここに来た価値がない。面白い箇所は非常に短いが、蒼く澄んだ水と雪の塊のように見える白い岩との織り成す渓谷に身をおく贅沢な時間は素晴らしい。
2009.08.21
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雁坂トンネルを抜け、豆焼橋を秩父側に渡った先のある出会いの丘から国道を秩父方面に歩く。眼下には豆焼沢が流れているのだが、深い谷間の底は樹林で見えない。トンネルを抜けた先の釣り人への注意書きのある地点から急な踏み跡を沢に向かってた下りた。沢まで3分の2ほど下った場所で軌道跡と思われる広い水平道(中間道)に出た。ここから下には踏み跡が見つからない。下り易そうな斜面を下り、最後はフィクスロープに助けられて沢に下り立った。ちょうど深い釜を持つ滝の上だった。ここは豆焼沢と信じて疑わなかった。滝川本流に入るにはこの沢を下れば出合に辿れるはずだ。巻くのは大変そうだったし、固定ロープもあったので、迷わず懸垂で釜に飛び込んだ。 滝の下には釣り人がいた。同行者が下りる間に釣り人と言葉を交わした。どこへと聞かれたので豆焼沢出合まで下り滝川本流を遡行すると応えた。すると彼は怪訝な顔をした。「ここは豆焼沢ではなく滝川本流です」という彼の言葉に驚いた。豆焼沢出合に行くには今下った滝を登らなければならない。これは大変なので彼に国道と流れの間にある道を使った豆焼沢出合までのルートを教えてもらった。 滝川本流を下り始めたが、水量が多く流れは強い。一度渡渉で流された。少し下ると吊橋が横切っていた。ここで踏み跡を見つけ、わずかに登ると中間道に出た。この道は広く歩き易い。沢を横切る場所にはステンレスの立派な橋がかかっている。朝下った場所を通り過ぎると沢への明瞭な踏み跡があった。終始トラロープが張られていて簡単に沢に下りれた。ちょうど豆焼沢出合だった。1時間のロスだった。 豆焼沢出合から上流も水量が多かった。川幅一杯に瀬と淵を連続させる滝川は美しかった。しばしば限界的な渡渉があった。深い淵が連続し、淵の手前でははたして簡単に通過できるのかとの不安がよぎる。たいてい答えがすぐに見つかった。沢小屋沢出合まではなかなか距離が稼げなかった。ここを過ぎると行程がはかどった。一度巾1.5メートルくらいに狭まった川を飛び越える場所があった。同行者がトライしたが、対岸に移れず流された。曲沢出合からは平凡な渓相になった。そして金山沢出合付近で本流は1mほどの滝となっていて、その下は形のよい大きな釜となっていた。あわよくば吊橋小屋跡までと考えていたが、今日の遡行はここで終了とした。 ここから左岸に一段上がると焚き火の跡のある台地があった。ここで沢装備を解き、急な尾根をあえぎながら登ると吊橋小屋跡からの作業道に出た。ここからは歩き易い道となり出会いの丘に戻った。今日は今年一番の猛暑の日だった。そんな下界の暑さなんて関係ない1日が過ごせた山行だった。
2015.07.29
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2年前に土沢を遡行した時は林道からアプローチし入道滝から上を遡行した。この沢の魅力は水量豊富な沢を歩くことにあると感じたので、もう少し下部から遡行したいと思っていた。また若い人たちから読図を勉強したいという声と焚き火願望があることを知って今回の計画ができた。 湯船山の肩から北への尾根に入る。歩き易い尾根だった。ポイントは945地点で主尾根から支尾根に分かれる箇所だ。出だしがはっきりとした尾根になっていないので判断が難しい。雷沢の出合が見え、本流は釜を持つ滝になっている。この滝の上には歩いて下りられるが、釜に魅力を感じたので滝の下を目指して最後はロープを出して雷沢出合に下り立った。 最初こそ大きな淵があったが、その後はやや単調な沢歩きで入道滝に着く。ここはロープを出した。この日の予報はくもりで午後からは雨。しかし一面の青空で雨は降りそうもない。天気予報を信じて早めに焚き火をした。すぐに点火しコーヒーを淹れてのんびりとした。その後も深い淵や小滝を楽しみながら比較的ゆっくりと遡行を楽しんだ。一ノ沢橋で遡行を止めたが、最後の林道歩きも日陰で歩き易かった。避暑にはよい沢だと思った。雨は山の中では最後まで降らなかった。帰宅すると雨が降ったようで道が濡れていた。
2016.08.02
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静かな尾根歩きをと誘われて、丹沢の檜洞丸を北面から登った。尾根に取り付いたあたりでは不明瞭な道も登るに従ってはっきりとした道になった。ところどころ落ち葉で道が隠れているが、ただ尾根を上へたどれば何の問題もなかった。 もう紅葉の季節は終わっているが、木々の葉がすっかり落ちてしまった林は見通しがきいて何かすっきりしたような感じがする。折からの快晴に冬の低い日ざしが長い影を落ち葉の上に落としているのが季節を感じさせる。 尾根はやがてブナの純林になり、急登に一汗かいたところで傾斜が落ちた。周囲の稜線との比較でもう頂上が近いと思われるところで視界が開けた。はじめに八ヶ岳が、そして南アルプスが見えた。どちらも想像以上に白くなっていた。もちろん富士山もそこからしばらくしたところで見えた。 今回は3人の山行だったが、そのうちの一人は初めての檜洞丸だったようだ。またロープを使わない山行は久々と行っていた。全然期待していなかった山行だったようが、こんな山もたまにはいいねと言った。
2008.11.22
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世に幻のクライマーという人たちがいる。1970年代の後半に独自の山行スタイルで活躍した細貝栄氏などはその範疇に入るのではと思っている。 昨日は山岳会の集会があり、久々に外出した。時間があったので登山用具店に寄った。顔なじみの若いスタッフから、いきなり「○○さん(私のこと)、細貝栄って知っていますか」と聞かれた。私の思い出などを交えて彼の経歴を説明すると。へぇーと言う顔をされた。 なぜ急にこんなことを聞かれたかが分からないままに店内にある喫茶室に行くと、テーブルの上に「あるくみるきく147号」のコピーが置いてあった。この原典は近畿日本ツーリストの雑誌で、この号は細貝栄著「限りなき山行」特集の形となっている。後で聞くと、店のお客さんが好意で持ってきて置いて行ったとのことだった。実は私はこの本の存在を知っていたが、読んだことはなかった。そしてずっと読みたいと思っていた本だった。私に語りかけたスタッフは「貴重な本なのですね」と言った。 細貝栄氏は垂直と水平の両方で存在感を示した岳人である。私が始めて彼の記録を山岳雑誌で目にしたのは、一の倉のクラッシックルートを1日で何本も継続した山行である。その後冬期一の倉のルンゼの単独行、日高や知床の長期にわたる山行、1ヶ月もの夏の那須岳から浅間山までの山行などなど、すごい岳人がいるものと驚いたことを覚えている。 彼は単独行が多いが、仲間との山行も多く実行している。彼が自らベストパートナーと書いていたKさんと言う男がいる。Kさんも単独での大きな山を実践し、その記録を著書にしている男である。実は私は縁あってKさんと北海道の山を歩いたことがある。私にとっては気合の入った山だったが、この山行については彼の著書では何も触れていないので、彼にとってはどうってことのない山行だったと思っている。上の写真がその時のKさんである。彼は当時は東京に住んでいたが、北海道の出身である。この山行後私は彼の実家に泊めていただいた。細貝氏も彼の実家にはお世話になっていたらしく、彼の母親は私のすべての動作を細貝氏と比べていた。その経験やKさんの話から、私は会ったことのない細貝氏にはおおいに興味を持ち続けていた。 細貝氏の詳細な経歴やその後についてはここでは触れない。店では時間もなかったので、本にはざっと目を通しただけだった。40数ページという限られたページでは、彼の生い立ちとその後の山行について、足早とも思える簡素さで書かれていただけだった。長い間読みたい本だったが、ちょっとがっかりしたというのが偽らざる感想だった。もっと別の形で書いて欲しかったと思った。
2009.01.29
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急に思い立って八ヶ岳・ジョウゴ沢に沢登りに行った。ジョウゴ沢はアイスクライミングの場として冬にはお馴染みのルートだが、夏に行ったことのある人は少ないと思う。大滝以外は悪い箇所もないだろうと軽い気持ちで同行者を誘った。計画が決まってネットで調べると、夏はお花畑の中を流れる沢となるらしいと知った。 沢沿いに踏まれた明瞭な道をF1まで辿って、ここで沢装備に替えた。F2は巻いたが冬には雪の斜面と化しているところにも小滝があったりして、楽しく登れる滝が続く。沢は明るく開放的で癒し系の沢である。沢は草原状を流れるが、残念ながら花が咲き乱れる時期には少し早かったようだ。ゴルジュの中は小さな滝がいくつか懸かっていた。冬には雪の斜面だが、夏はこんな感じになっているのかと面白かった。F1から大滝下までは1時間程度だ。あわてて登ってもと思い、お湯を沸かしてコーヒーを飲むなどしてのんびりと休憩した。 大滝は右手にルートがとられているようだ。逆層でいやらしそうだったのと、途中でバンドを流芯にトラバースするので、ロープの流れも悪そうだった。ここは無理をせずに左岸を巻いた。いちど右股に出て本流左岸の尾根に戻った。最後はあえて岩場となるルートをとって縦走路に飛び出した。
2007.06.25
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