2004年10月03日
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秀吉の家系を決めたのは
これは、戦国史の大家 桑田(茶器鑑定でいくら儲けた)忠親氏の師匠
の渡辺センセイという方の 豊太閤の私的生活という本です。
だいたいの小説も、これを幼年期はベースにして書いてるので、太閤伝説というのは
この方が創作したといっても過言ではないとさえいえます。

秀吉の親爺はヤエモン 継父は、チクアミ 家業は農民の核家族で 立身出世の物語というように
なにかしろの政治的意図により創作されたのでしょう

なにしろ、この渡辺先生は、墨俣築城の創作伝説に大きな役割を果したり、蜂須賀家から先祖が夜盗といわれ
困りますと泣きつかれ、伝記を作成したこともある いわゆる?の方です。


また 秀吉の物語には、愛護の若という説教節の影響を受けている、また秀吉の政策運営はとても農民
の感覚ではないなどの 見直しが入り、80年代以降から始まりつつある、民俗学と歴史学の融合がそれに拍車
をかけています。

当然 桑田先生は、この風潮がお気にめさなかったようで、民俗学と歴史学?とお冠だったようですが
当然 桑田先生も、秀吉の戸籍について いろいろ発表はされていますが。裏の意味までみないと何の意味
があるのかとさえ感じます。

また秀吉の母には、知られていない子供がいたという噺ですが、まず女系家族と考え、また秀吉の出世に彼女の系譜が相当
貢献していたこと、2人の父の存在が薄いこと。大政所がこぶつきなのに、次の男ができたこと(意外に彼女が美人だったかも)
当時は女性の地位が意外に高く、また乱婚、雑婚だった点から、秀吉に含む意のある宣教師の報告であっても、かならずしも
ありえない噺ではないと私は思いますが。

民俗学的に考えるのは すべて正しいとはおもえませんが、歴史学(史実)を元に考えるというのも、在る意味 何かの意図にのるだけ






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最終更新日  2004年10月03日 13時17分48秒
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