2004年10月31日
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肖像画を見る限りでは、江戸時代の茶人のようなかつこうをしていますし、民俗学というと おとなしそうな学問のように 一般的には見えてしまいますが。

桃太郎という誕生の本では、昔話の講釈のつもりなんですが、どう考えても 応神天皇はいなかったということになっているようにしか聞こえません。当時としては どうだったんだろうと思います。

http://www.tabiken.com/history/doc/C/C172C200.HTM

また毛坊主考では 本願寺教団(当時の大谷家は皇室と親戚でした)で 親鸞の血脈の相対化(浄土真宗はいかにして誕生したかについて)で 当時としても かなり危ない論文のはずです。

他にも 政治的にかなり 危ない立場にあったので、性の問題を取り上げないでいただけでなく、後半はかなり無難な研究に取り組んだのでしょう。

そのために、民俗学自体が 矮小化された学問になってしまったようですが、60年?70年安保のころから 柳田さんのみなおしが始まり(ただ 冷静に見られる時代になった)、歴史学と民俗学の融合が試みられている時代になってきているわけです。





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最終更新日  2004年11月06日 21時15分24秒
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柳田センセイの政治的立場  
くれど  さん
保守反動の人とはとても思えない、データだけで文章をかいたから データを解釈すると、どのような姿にも見えてくるはずだが?

私の見方が可笑しいかな? (2004年10月31日 21時51分14秒)

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