2004年12月02日
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善光寺信仰に隠れているものとか

http://hon.web.infoseek.co.jp/krog/krog27.htm
エミシのこと

http://www.harimaya.com/kamon/column/aoi.html

本田善光の門から 賀茂神社の系列がこれには隠れている点が
あげられるようです。

http://www.asukanet.gr.jp/umayado/shotokutaishi/iwashimizu.html

以下は私の個人的な推論です。
南都大安寺は聖徳太子建立の熊凝精舎の後身です。

実は全国に広く分布する太子信仰の先駆けはこの地にもあったのでは?と思われます。
聖徳太子信仰の流布を考える時、
私は善光寺聖の全国行脚・浄土真宗の広まり・工人集団の信仰を考えていました。
しかしさらに古くは聖徳太子絵伝を伝える四天王寺からの天台系信仰、
南無仏太子(二歳)が手にしていた舎利の信仰が考えられるとのことです。
聖徳太子が手にしていたと言われる舎利は、法隆寺舎利殿に安置されています。
現在滋賀県国分には石清水八幡宮より移された聖徳太子二歳像が祀られています。
法隆寺の舎利信仰に関わる二歳像より14年しか下らない元亨元年(1321)の銘を持つ南無仏太子像が
石清水寺に安置されていたことは非常に気になるところです。


常陸の国に隠れているもの

系図に隠れているもの


 これは どう考えても 空海の伝承のパクリとしか思えない
 空海の伝承が 高野聖であるなら、真宗の最初も そこから であろうか?

そのへんで 親鸞をうまく相対化させたい。





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最終更新日  2004年12月04日 21時42分37秒
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