2006年03月05日
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平成元年(1989)11月7日、私は静岡県在住の南朝史研究家に同行して、山口県のとある駅に降り立った。目的地は地元の有名人の家だ。私たちはハイヤーに乗ると、さっそく目的地を告げた。「大室近祐さんのお宅までお願いします」しかし、運転手は首を傾げるばかりだ。その時、私は気づいた。「すみません、大室天皇の家まで――」かくしてハイヤーは走り出した。

とか

349-351の方が「大室天皇」のご親族なら、あの膨大な書き物をきちんと保管しておられるのでしょうか。鹿島さんの受け売りよりも、「大室天皇」ご宸筆の歴史論・宇宙論の方がはるかに面白いような気もします
(もっとも常人には理解不能かも知れませんが)。

というところから 実際には 大室天皇は どう見えていたかが推察できます。


なお、熊沢天皇が有名になった頃には、「我が家にくらべれば養子の寛道どころか、養父の大然さえ傍系にすぎない」という同姓の人物が4人も名乗り出ており、彼らと寛道とがお互い相手をニセモノ呼ばわりする騒ぎも生じている。

こんなところも面白いな(元ネタだから?)

まあ はっきりいえば 下記のような感じかな

例えば「自分は天皇陛下の隠し子である」という考えが頭の中にこびりついてしまうことを「血統妄想」と言います。「血統妄想」が出てくると、自分の本当の両親を「親」と思うことができずに、言うことを聞くのが馬鹿らしくなってきます。何度も皇居に行こう試みては家族に止められ、その度にイザコザが増えていきます。お金もいくらでも使えるような気がして、クレジットカードやサラ金を利用してどんどん買い物をしてしまいます。「天皇陛下の子供である」という考えが、その人の生活全般、家庭そのものに影響を与えていきます。しかし、一方で「妄想」の不思議なところは「天皇陛下の隠し子である」というこの点をとり除いてみれば、日常の生活には問題がなく、全くごく普通の人になってしまうことにあります。一般には誤解されがちですが、「妄想」と知能に直接的な関連性はありません。「妄想」があるからといって、すぐに生活機能が落ちたり、思考力が鈍るわけではないのです。同じような「血統妄想」を持っていても自分を「育ててくれた両親」に感謝して親孝行しようとする人もいますし、「隠し子」としてお迎えが来るまでひっそりと堪え忍んで暮らしている人もいます。わかりやすく極端な例にしましたが、妄想による影響が少なければ、個性の強い人間として(あるいは普通の人として)、仕事をして、家庭をもって暮らすことができます。妄想はどちらにしてもこの考えが非常に修正しがたい点で共通していて、修正しようとすればするほど事態がこじれる場合が多いようです。


継続していますが ご愁傷さまです。
大学中退ですか 大変ですね





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最終更新日  2006年03月05日 19時57分53秒
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