2007年12月31日
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特別審査局の活動とそこから伺える日本政府の戦争犯罪追及姿勢の欠如
 ここで特別審査局がいかなる機関であり、本来どのような目的を以て設立されたのかを検討しておこう。なお以下に関しては主として、荻野富士夫『戦後治安体制の確立』と同氏編『治安維持法関係資料集 第四巻』の「解説」、自治大学校『戦後自治史』、増田弘『公職追放論』によっている。
 戦後日本の民主的改革をめざした占領当局は、1945年10月4日「人権指令」を出し、治安維持法に代表される様々な治安法令を廃止すると共に、特高警察と思想検察機構を解体し、刑務所や予防拘禁施設に収容されていた思想犯を解放した。
翌1946年1月4日GHQは指令「公務従事ニ適サザルモノノ公職ヨリノ除去ニ関スル件」を出し、「公職追放」が開始された。これに対応して日本政府は指令の実施に関わる勅令案の検討に入り、GHQに実施計画書を提出する。そして一連の手続きを経て、勅令第101号が1946年2月22日に公布された。その名称は「昭和二十年勅令第五百四十二号『ポツダム宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ヅク政党、協会、其ノ他ノ団体ノ禁止ニ関スル件』」と言い、2月25日に出された内務省告示第19号、20号とともに、政党・団体などの結社禁止や公職追放の対象などを規程したものであった(この勅令は、もちろん占領当局の指令に基づくものであり、SCAPIN-54 8がそれである)。
この勅令の第一条は「『政党、協会其ノ他ノ団体ニシテ其ノ目的亦ハ行為ガ左ノ各号ノ一二該当スルモノ』ハ之ヲ結成スルコトヲ得ズ」として、その一に「占領軍に関する反抗または反対亦ハ日本国政府が連合国最高司令官ノ要求二基ヅキテ発シタル命令二対スル反対又ハ反抗」ガあげられている。そして第四条は、「左ノ各号ノ一ニ該当スル団体ハ内務大臣ノ特ニ定ムル場合ヲ除クノ外之ヲ第一条第一項ノ団体ト看做ス」として、以下具体的に列挙しているが、その一の(ロ)において次のものを挙げている。
「昭和五年一月一日以後現役ニアリタル陸海軍将校及相当官(短期現役将校及同相当官ニシテ志願ニヨリ服役ヲ延期セラレタル者ヲ含ム)又ハ特別志願予備役将校タリシ者」
本規程により、戦犯として拘束されなかった多くの将校が公職を追放されることとなった。
公職追放に関係した組織は様々であるが、日本政府の組織としては、首相-所轄大臣の下に中央公職適否審査委員会が置かれ、ここが公職適否の審査に当たった(公職追放が地方に拡大されてからは県知事の下に地方公職適否審査委員会が設置された)。ただし、増田弘によれば、個々の審査決定に当たって、GHQ中でも政治部門担当の民生局(GS)の事前あるいは事後の審査を必要としたと言いう。またGSの他、民間諜報局(CIS)や参謀第二部(G2)なども独自に情報を集めていたといわれる。

しかし調査局は必ずしも十分軍国主義的団体や超国家主義的団体の監視や解散を実施していなかったと考えられる。そのため、47年の4月11日に民生局のケーディス次長から、久山調査局長と小倉第三課長が呼び出しを受け、それまでの報告の遅延や虚偽、各地での共産主義者に対する暴行事件の発生について厳しい批判を受けている。さらに4月21日にも、民生局のマーカムは再度久山局長を呼び出し、調査局の報告が「余りにも遅く、不適切かつ不完全で、翻訳はひどく、しかも責任逃れ」に終始していると叱責した(増田著39頁)。旧内務省組織を改変した組織において、戦争犯罪追及の意識が極めて希薄であり、果たすべき任務に対してまったく消極的だったことが伺われる。
この後内務省解体に伴い12月17日付で法務庁法が公布された。ただし、新官庁の用意が整わなかったため、暫定的に総理庁のもとに内事局が48年1月1日に設けられ、内務省調査局は内事局第二局に移行する。
そして2月15日、内事局第二局は法務庁特別審査局に移行した。設置時の特別審査局には、総務課(人事・経理・庶務担当)、監察課(覚書該当者の監察)、調査課(勅令101号に基づく各種団体に関する業務担当)がおかれた。初代局長には、戦前司法官赤化事件で治安維持法違反にとわれ下獄した経験を持つ瀧内礼作がついた。この局長のもとで、軍国主義的団体などの調査・解散は精力的に進められたとされる。いわば本来の目的が追求されたのである。
しかしこの後特別審査局に大きな変化が生じる。占領当局が日本国内の労働運動や左翼勢力の拡大に危機感を強めるなか、これに呼応して日本側の陣容が変化するのである。1948年11月30日、吉田内閣成立に伴い法務総裁に殖田俊吉が就任すると、直ちに特別審査局長は吉河光貞に交代した。吉河は1950年10月に行った特別審査局の新人研修の講演「特別審査局の沿革と使命」の中で、48年末頃から「ようやく左翼もまた対象として取り上げられる」と述べたという(この点は竹前栄治『戦後労働改革』からの再引用)。冷戦構造の中で占領当局の姿勢が変化する中、それを利用して特別審査局の活動にも大きな変化が生じたのである。もっとも左翼に対する監視はもともと内務省調査局時代から業務の中に含まれてはいた。しかし、既に紹介したケーディスらの発言にあるとおり、本来求められていたのは軍国主義者などに対する調査や監察であり、左翼の活動については主たる任務とは程遠かったのである。
1950年9月の『中央公論』に藤井彰が書いた、「特別審査局を衝く」は、吉河が勅令第101号の第一条第1号第7号を根拠とする「占領軍に対する反抗反対、暴力的計画による政策の変更」を、左翼勢力に対しても適用しうると読み替えたとしている(増田著81頁)。いずれにせよ、占領当局の姿勢の変化を利用して、特別審査局の役割を大きく変更させていったことは間違いない。
そして1949年4月4日、団体等規制令の交付・施行にともない、5月に増員となり、本部も機構改革が行われるとこの傾向はきわめて顕著になっていく。このとき第四課課長に就任したのが、上記答弁に立っている吉橋敏雄である(前任は検事)。ちなみに本部には、第一から四課までの四課体制となり、第一課は旧軍人調査と人事・経理・庶務、第二課は公職追放該当者の登録と観察、そして第三課と第四課は旧調査課を受け継いだ。
 4月4日に制定された団体等規制令は勅令101号を改正し、GHQの指示に基づくポツダム政令である。本令は1952年廃止され、代わって破壊活動防止法が制定されたことから分かるとおり、特別審査局の役割に大きな変化をもたらすものとなった。第四課長であった吉橋はこの規制令の立案に直接従事したといわれるが、後に二つの論文を執筆し基本的な考えを明らかにしている(「団体等規制令逐条解説」『警察研究』49年5月、「団体等規制令について」『法律時報』50年10月)。
 そこでは勅令101号の不備を補うことが強調されたが、第一条、政令の目的については、説明を落としているのである。この第一条は、「この政令は、平和主義及民主主義の健全な育成発達を期するため、政治団体の内容を一般に公開し、秘密的、軍国主義的、極端な国家主義的、暴力主義的および反民主主義的団体の結成及指導並びに団体及個人のそのような行為を禁止することを目的とする」と述べている。このうち「反民主主義的団体」という文言は勅令101号にはなかったものであり、以後特別審査曲が共産党を初めとする左翼の活動などに力を入れていく、根拠となったのである。
 1950年になると特別審査局は拡充され、やがて朝鮮戦争の中で、レッドパージに大きな力を発揮するようになる。最終的には法務庁の法務府への変更に伴い、法務府特別審査局となった後、は会活動防止法の制定を経て、1952年7月21日に公安調査庁となる。
 以上のように特別審査極の変化の過程をみると、日本政府が保津ダム宣言にもとづき、本来しなければならなかった軍国主義者などへの追及に、特別審査局が当たった期間は1948年前半、瀧内局長時代に限られるといってよいほどである。以後は、冷戦の進行に伴う占領当局(アメリカ政府)の姿勢の変化を利用する形で、戦前以来の検事等が(検事は思想検事を含め、比較的追放などの処分が軽かった、荻野著)、勅令条文の読み替えや、やがては団体等規制令の制定を通じて、本来の戦争犯罪や軍国主義者の追及を放棄し、左翼活動や労働運動の抑圧に向かったのである。

このころになると次郎には確かな感触があった 向こうも手段を選ばない相手なのだからこちらも荒っぽい手を使った 次郎は久山内務省調査局長に依頼してケーデイスの身辺調査を行わせ 本国に送還するための材料を集めさせたのだ


白洲と 怖いオニイサンたちとの関係については いろんな面から語られていますが ここにでてくる 吉河光貞が 田中清玄とは 新人会の時からの友人で この関係は 国会でも追求されたことがあります  
 しかし この白洲が久山に依頼したとありますが ずいぶんおかしな関係ですね





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最終更新日  2007年12月31日 21時12分45秒
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