2009年03月27日
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軍部との関連が深いと言われる義一センセイですが
 情報力がフィクサーの力ですから それもあり 朝日新聞と縁が深かったようです
義一センセイの資料を集めきれないので 全貌などつかみ切れませんが こんな背景が浮かび上がってきました

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B5%A6%E7%BE%A9%E4%B8%80
財閥解体のさなか三井十三家を混乱から救い、三井に恩を売ると日本橋室町の三井ビルに事務所を構えたことから室町将軍と呼ばれるようになる。

ようするに 財閥解体の流れの中で 三井家に多少なりとも財産が残るようにしたものなんですが
猪野健治さんの 日本の右翼では これより三井弁蔵さんの未亡人が大きな役割をしたようなんですが

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%9D%82%E5%BE%B3%E4%B8%89%E9%83%8E
小坂 徳三郎(こさか とくさぶろう、1916年1月20日 - 1996年2月23日)は、日本の実業家、政治家。信越化学工業社長・会長、信濃毎日新聞社長、衆議院議員、運輸大臣。

長野県長野市出身。府立高等学校 (旧制)を経て、1939年に東京帝国大学経済学部を卒業後、朝日新聞社に入社する。10年間、経済畑で新聞記者として活動した後、戦後の1949年に信州に帰り、小坂財閥に復帰。
妻は三井十一家の1つである本村町家2代目・三井弁蔵と、日本の女子ゴルフ草分けの三井栄子との長女、旦子。

小坂はジローさんとも縁のあった方です

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E8%97%A4%E5%9F%BA%E5%A4%AB
後藤 基夫(ごとう もとお、1918年10月20日 - 1983年4月5日)は日本のジャーナリスト、朝日新聞社常務取締役。
東大在学中に昭和研究会の教育機関「昭和塾」に入り、三木清の影響を受けた。「室町将軍」と呼ばれた同郷の右翼の大物三浦義一(父親が元大分市長、衆議院議員)と親しく、政界の裏情報にも通じて「書かざる大記者」と呼ばれた。宮沢喜一は後藤を「一番親しい友人」と呼んでいる。「書かざる大記者」ゆえに敵対する政治家の双方から相談を持ち込まれることも多く、政治記者として読売新聞社の渡邉恒雄も一目置く存在だった。

全体の流れから考えると 個人的な関係とはちがうようにも見えます

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E9%83%A8%E9%95%B7%E8%81%B7
岡部 長職(おかべ ながもと、嘉永7年11月15日(1855年1月3日) - 大正14年(1925年)12月27日)は日本の武士・和泉岸和田藩の第13代(最後)の藩主。明治時代、大正時代の政治家・外交官。岸和田藩岡部家14代。
第11代藩主・岡部長発の長男。母は鳥居忠挙の娘。正室は青山幸哉の娘。継室は前田斉泰の娘。子は岡部長景(長男)、村山長挙(三男)、岡部長章(八男)。官位は正二位、子爵。
長景は加藤高明(三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の娘婿)の長女と結婚しており、長章は岩崎輝弥(岩崎弥之助の三男で日本における鉄道ファンのパイオニア)の長女・妙子と結婚したので、岡部家は三菱の創業者一族・岩崎家と二重の姻戚関係を持っている


どうも義一センセイというと 西山幸喜の昭和維新連盟という 総会屋のみなさん 豊田一夫の銀座警察のみなさんになりますが それだけではないようです





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最終更新日  2009年03月27日 20時53分20秒
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