2010年05月24日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
http://anarchist.seesaa.net/article/10731497.html
*住井* 『橋のない川・四部』を書いた段階で、今日初めて公表するんですが、「いい小説を書いてくれてありがとうございました」といってきたのは児玉誉士夫でした。それから私が東京に行くたびに、児玉誉士夫がみごとな外車を出して、「乗っかってくれ」と。しかし私は、右翼のお世話になる気はありませんから、もうそこにタクシーがたくさんあるから、私はそのタクシーで所用の所へでかけるわけです。すると、私の後ろから空車が護衛のつもりなんでしょう、ついてきて……。これは事実です。

それで、児玉誉士夫の弟子たちがね、三人で土産を持ってきましたよ。みなさん、本当ですかと不思議に思われるでしょうが、もうそれは本当。それで彼らをうちに一晩泊まらせて、もう徹底的に天皇制を批判したんです。それで明くる朝、帰るときに、「私の考えはもう話したとおりだ。ところが、あなたのところの大将は、天皇を肯定しているんでしょう」といったら、しばらく考えておって「いや、うちの先生も本当は住井先生と同じ意見です」といいました。

*永六輔* 本当に?でもそれはわからないことはないですね。

*住井* だから、うちへ親分が礼を尽くしてきて、車を回して世話しようなんていうくらいだから、土産は持ってくるけど、文句はいってこないですね。

*マルセ太郎* たしか児玉誉士夫は、早くから「天皇は退位しろ」ということはいっていましたよね。「戦争の責任を取ってやめろ」ということはいってました。

*住井* そうそう。あの人は苦労してね。笹川よりは物わかりいいような感じもしますね。笹川から土産をもらったことはないから悪くいうわけじゃないけども(笑)。

住井すゑ・永六輔共著『人間(じんかん)宣言』光文社より

http://plaza.rakuten.co.jp/junksai/diary/200703020000/

戦後西山は 社会党宮崎県本部青年部部長を務めたあと 社会党青年部の本部役員となり上京 新橋のツツミビルの党本部に詰めた 片山哲が委員長時代で 書記長は西尾末広 組織部長が浅沼稲次郎 会計は松本治一郎が担当していた。後に国会で活躍する只松祐治 楢崎弥之助 麻生良方とはこのころからの知り合いで 立場を超えて交流した。西山が社会党から一転して右翼運動に飛び込むのは、三浦義一を知ってからである。右翼には左翼からの転向社者が多く、一つの人脈を形成しているほどだが、戦後転向したのは、浅沼美知雄と西山くらいのものだろう。
しかし 西山の場合 社会党に投じたというより、松本英一や松本治一郎の人間性に引かれて 運動に入っていったという方が当たっている。^松本治一郎の周辺には、むしろ右翼イデオロギーに近いと見られる人がたくさんいた。差別と戦いながら苦難の道程を通過してきた松本には それだけの、包容力があったのであろう。だが、政党となるとそうはいかない。特に左翼政党には官僚的な統制や教条主義がついて回り 規律の名の元に しばしば 個人の情熱を摘み取ってしまう。だから 理論よりも人間関係を大切にして感性で行動するタイプには政党には向かない。
西山は、そのことを真剣に考え始めた時期に 藤井丙牛を介して 三浦義一を知る。興論社幹部として活動する中で 三浦邸を頻繁に訪れるようになった。三浦義一の手足となって動くのは 昭和36年3月 昭和維新連盟を結成して独立してからである。
日本の右翼 猪野健治 ちくま文庫 西山広喜の項より

http://plaza.rakuten.co.jp/junksai/diary/200702240000/
最後に 開店当初の代表取締役社長だった 父 山本平八郎である。父は戦後間もなくから、博多を中心に 九州各地で 水商売に手を染め、キャバレー上海 クラブ金馬車などの11軒の店を展開していた。そもそも父がキャバレー経営を手がけるようになったのは、地元福岡出身の政治家で 初代参議院副議長を務め 全国水平社を結成し部落解放運動に生涯を捧げた松本治一郎先生の力添えがあったからであった。
終戦直後 日本各地でアメリカ進駐軍兵士の慰安の為の施設をつくることは 急務だった。しかし 博多でそれだけの広さのキャバレーをやれる場所は限られている。そこで白羽の矢が立ったのは 松本先生が関係していた東公園近くの劇場の跡だった。これで場所は見つかったが、さて いったい誰が店をやるのかという段になったとき、山本の平ちゃんがよかろう。あれはよか男たいという松本先生の鶴の一声で父に任されることが決まったと聞いている。
東京アンダーナイト 山本信太郎 広済堂より

補足ですが 山本平八郎は 満州浪人の方であったようで この本には 笹川センセイと 同席した形での写真が出ています それなりの方のようです

イデオロギーというバカの壁にとらわれると見えにくい人脈ですが 
自分なりに この人脈を見ていこうと思います





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010年05月24日 21時12分12秒
コメント(1) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

くれど

くれど

コメント新着

aki@ Re:ザコン館跡地利用のことなど(11/26) 日本有事と急がれる改憲、大変恐縮とは存…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: