2010年08月19日
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http://www.shihoujournal.co.jp/member/colum/2010/100316_1.html

 岸本氏の応援者の中に原田政治氏という人がいた。小泉策太郎という戦前の政治家の秘書だった人で政財界に顔か広く、大野伴睦氏らと日韓条約締結に奔走していた。後に韓国から勲章も貰った。ある日の午後、原田氏に連れられて日本橋室町三井ビルの三浦義一氏を訪れた。三浦氏は室町将軍と崇められ、児玉誉士夫氏の兄貴分的存在だった。原田氏は「この青年は岸本の秘書だが、選挙に出たいそうだ。目をかけてやってくれ」と言った。三浦氏は事務机ではなく大きなテーブルの中央にあぐらをかいて座っていたが、「三浦だ、遊びに来るのはかまわんが、今、そういうことはみんな児玉がやっているんだ。児玉に言っておくから児玉を訪ねなさい」と私に向かって言ってくれた。その後、原田氏は三浦氏の事務所から日銀本店で三森良二郎理事に紹介した。

http://www.shihoujournal.co.jp/member/colum/2010/100401_1.html
 GSに協力する人がいた。右翼の三浦義一氏(1898年2月 - 1971年4月10日)である。三浦氏は児玉与士夫氏より13歳年長、大分市の出身、右翼の先輩である。71年(昭和46年)4月10日に73歳で亡くなっているから、昭和23年から46年までが黒幕としての活躍期ということになる。私が原田政治氏に連れられて三浦氏の事務所を訪ねたことは前に触れた。原田氏は大分県中津の人だった。
 原田氏によれば三浦氏の父親は大分市長、衆議院議員を務めた政治家だったという。

http://www.grips.ac.jp/profiles/ito,takashi/gyouseki.html

(19)素顔の北一輝-原田政治氏に聞く 昭和50年12月 中央公論 歴史と人物 12月号 (108-117頁)
いわゆる政界浪人として北等とも交流のあった原田政治氏から北との交わりについて聞き取りを行い,それを整理して簡単な解説を付けて紹介したもの。

http://www1.bbiq.jp/chikoshima.com/ningengaku/chimei-to-ritsumei/yuu-zon-sha.html

原田政治という人物があった。
原田氏は安岡先生と共に酒井伯爵の邸がある金鶏園の中に
東洋思想研究所を設立し、
当初は「東洋思想研究」誌の発行人となっている。
この原田氏は明治32年の生まれだから、先生より一つ年下だが、
当時、北一輝のもとに出入りしていた。
北は彼に益満(ますみつ)休之助(幕末薩摩の陰の橋渡し男)と
渾名(あだな)をつけたといわれ、
大正、昭和の政財界裏街道を遊泳した政治浪人ともいうべき人物であった。
晩年にはステッキを手にして、
しばしば東京・西新宿の師友会事務所に先生を訪ねていた。

いわゆる爾汝(じじょ)の交わりであった。
この原田氏が昭和58年1月に亡くなったときに、
臨終の際の故人のたっての希望が伝えられ、
先生が葬儀に駆けつけ、白布を除いて永訣された。
 葬儀のあと、間もなく『論策・饒舌余滴』という遺稿が刊行されている。

筆記者は『よみがえる北一輝』の著者・長谷川義記氏である。
その興味深い条(くだ)りを摘録してみると
--ここからは『論策・饒舌余滴』の引用です--
酒井忠正(伯爵)の邸内に
亜細亜文化研究所(このあと安岡先生主宰の東洋思想研究所となる)を
つくったことについて、
原田 「かねて、華族荒らしを考えていた私は、
早稲田の穴八幡の階段に座り込んでいると、
石本恵吉(男爵:加藤シヅエ女史の最初の夫君、師友会の同人)が
通りかかった。
そこで石本をつかまえて一席弁じたてたところ共鳴を得た。
私はアジア問題を吹き込んだわけだが、これから近衛公に紹介され、
そして酒井忠正伯に紹介された。
酒井邸の、あの小堀遠州がつくった広大な庭園を見てまわっていると、
一角に洋風建の空き家があった。
あとでここが私の事務所になったのだが、北一輝に話すと、
『原田が酒井雅楽頭(うたのかみ:雅楽寮の長官)の邸を乗っ取った』
と言って手を叩いたのをおぼえている。
それから北については安岡正篤のことで、
すず子夫人が一緒のときだったが
『安岡さんはおとうさん(北のこと)の若い頃にそっくり』だと言った。
両方とも天才だというのだろう」
--
築地吉兆で佐藤栄作と安岡正篤と一緒のとき、
原田は両者の面前で先生を指さし、
原田 「この人は泥田に入らず」というと、
佐藤 「帝王学の人だ」と答えたという。
--
ここでは、北一輝が安岡正篤を宮中へ入れようとした秘話について
言及があり、安岡先生は身を乗り出すようにして言った。
安岡 「沼波瓊音(ぬなみけいおん)を通して、安岡を宮中に入れ
杉浦重剛のようにしようとする話は確かにあった。
変革にはまず宮中に入れるものが必要ということだったろう、
牧野伸顕(しんけん)の意を受けて薩摩浪人小森雄介が内話にやってきた。
小森はあるとき島津ハル子氏を招(よ)び、私に会わせた。
そして二人だけにして自分は座をはずした。
島津ハル子氏は二人きりになると、
『この内話はおことわりになるのがよろしい』と言った。
私はかねてからこの話は承(う)けないことに決めていたので、
うけない立場を貫くことにした。
結局、北と大川が別れたとき、この計画はダメになった」
--
大川周明は牧野伸顕に近い。
北一輝は大川にもこのことを話していたのであろう。
後年、大川が仏魔一如から、北の天皇観について
熱心に弁護した筋は、このことを含んでのものだったと思われる。
安岡先生は泥田に入らないと言われるが、
実に炯眼(けいがん:慧眼)深慮の人物だった。
先生は北、大川の確執を知り、その帰趨もまた読んでいたに違いない。
--引用はここまでです--





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最終更新日  2010年08月19日 23時13分43秒
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Re:  
k_guncontrol さん
『総理を刺す』 より引用

------------------------------------
(大野伴睦は自民総裁選立候補辞退のすぐあと、ホテル・ニュージャパンの
 6Fにこもり、荒れる伴睦のそばには、ひとり荒牧退助だけが相手をしていた)
「荒牧くんは、何時来たんだね」と東五郎が尋ねた。
「児玉誉士夫くんが、様子ば見てこいと言われるので、朝から大野先生の傍に
 ついとるとです。今度の事は、大野先生だけでなく児玉くんにも泥ば投げら
れた事になりますばい」と、答えた。

(そして官邸で岸襲撃事件が発生)

「しかしあの老人(荒牧)が、本気でやるとは思わなかったぜ」
「じつのところ、おれもたかを括っていたんだ」

荒牧退助は、福岡県若松市出身で、昭和14年5月から右翼団体の大化会に
属している。(注:事件当時60歳)
大化界は児玉誉士夫の先輩の岩田富美夫らが創設した団体であろ。岩田は福岡
の侠客・梅津高次郎と親交があり、梅津の長男・良平の舎弟だった宮武実も大化会
のメンバーだった。荒巻も宮武らの仲間であろう。

戦後、彼は福岡や佐賀に在住していたが、昭和32年には東京へ移転し、事件を
起こしたときにはアパートに妻と会社員の長男が同居していた。
若干の収入はあったろうが、生活状態は貧しかったらしい。
------------------------------------ (2010年08月25日 12時38分56秒)

Re:  
k_guncontrol さん

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/036/0512/03610220512004a.html

刺した荒牧退助の調べから、自民党が昔の院外団に当たる団体、特に名を
秘しているが、この団体に活動資金を出していたことを突きとめた。
(略)
それを裏書きするように、当の荒牧は保釈金十万円也を払って出所し、事件前
にはその日の生活にも困っていた老人が、豊島区池袋にある福泉閣アパートに、
新品の家具、テレビを備え、新調のせびろまでととのえて、ぜいたくな生活を
送っているとのことである。

また、保釈金十万円は自民党の某氏から元尾崎咢堂氏の秘書横山老人の手を
経て渡されたとのことである。


http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/043/0488/04302260488005a.html
検察庁では、岸信介君に返すべき証拠品を荒巻(荒牧)退助君の方に全部返して
しまって、大失態でございましたなんて、こういう状態だからそんなことに
なるのです。

(2010年08月25日 12時40分18秒)

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