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10月26日サントリーホール、第519回読響名曲シリーズで、オール・メンデルスゾーン・プログラムを聴きました。指揮は先日の2番「賛歌」と同じく下野竜也、ピアノは小菅優。プログラムは メンデルスゾーン 交響曲第1番 メンデルスゾーン ピアノ協奏曲第1番 メンデルスゾーン 交響曲第5番「宗教改革」なおこれは、今年読響が行ったメンデルスゾーン生誕200年記念プログラムの第4弾、最後のものです。計4回で、第1番から5番までの交響曲が全部演奏されるわけです。ありがたい企画です。しかし交響曲第1番、この日当方はやや寝不足・疲労気味で、心地よいサウンドを聴きながらついつい睡眠の魔力に吸い込まれてしまい、ほとんど覚えていないうちに終わってしまいました。不覚。。。次のピアノ協奏曲第1番は、3楽章形式で、真ん中の緩徐楽章が聴きものでした。この楽章は、ヴァイオリンは最後の方までずっと休みで、ヴィオラとチェロを主とした弦に、ホルンや木管がときどき加わり、静かでやさしい音楽が奏でられ、その中にピアノの歌がとけ込んできて、たおやかな歌がしっとりと歌われ、しあわせなひとときでした。チェロもホルンも木管も良いですし、そしていつも思うことですが、読響のヴィオラセクションの響きは深く豊かで、ほれぼれとさせられます。小菅さんのピアノは、このようなところでの歌い回しに独特な魅力を感じました。いよいよ「宗教改革」。この曲の最初の方に出てくる「ドレスデン・アーメン」は、ワーグナーのパルシファルにも重要な動機として出てきますけど、それとは別に、個人的には、バッハ→メンデルスゾーン→ブルックナーという大きな流れのようなものを感じます。バッハとの関連は誰しも同感でしょう、終楽章で中心的な役割を果たすルターによる賛美歌「神は我がやぐら」のコラールを、バッハはカンタータ80番その他で使っています。曲全体的にも対位法的な書法が目立ち、メンデルスゾーンのバッハへの傾倒ぶりを強く感じます。(メンデルスゾーンがバッハのマタイ受難曲を復活蘇演したのは、この曲が完成する前年だそうです。)しかし一方ブルックナーとの関連は、あまり賛同は得られないかもしれません。「この曲を聴くと、この曲の延長方向かなたに、ブルックナーの第5、とくに終楽章の山並みが、遠くに浮かびあがってくるんです。」と言ったら、「それは君だけだね」と言われてしまうかもしれません。そもそもブルックナーはカトリックですし(汗)。でも僕はなんとなく、第一楽章序奏部の荘重な雰囲気とか、終楽章のコラールとフーガの重要性とか、音楽の基盤にある信仰心などに、両者の共通性を感じるのです。それで先日の第2番「賛歌」がマーラーになぞらえて「プチ千人」とすれば、第5番「宗教改革」は、僕にとっては「プチブル5」なのであります。さて演奏が始まりました。下野さんの丁寧な指揮は、古典的な様式感がきちっとしていて、その中に適度なしなやかさ、歌謡性があり、とても魅力的です。大袈裟な表現はせず、秩序がいつも整然としているというか、バランスがいつでもうまく保たれています。こういうアプローチが下野さんの持ち味なのでしょうか。一番最後のコラールのところも、スコアの指示がどうなっているのか知りませんが、大音量で堂々と鳴らすのでなく、音量はやや抑えめにして、音色の美しさ、響きの純粋さを優先した鳴らし方でした。そのようにして最後のコラールが美しく響き、聴後にあたたかい充実感が残りました。欲を言えば、これにさらに、対位法的な彫りの深さとか、胸が高ぶるような高揚感が加われば、さらにすごいだろうとは思いましたが、今夜の演奏、これはこれで充分にすばらしいです。メンデルスゾーンを堪能した一夜でした。下野さんと読響に感謝です。第5番「宗教改革」は、今来日中のシャイー/ゲバントハウス管弦楽団により、明日サントリーホールで演奏されます。この曲はベルリンで初演された後、次第に人気がすたれ忘れられていったそうです。作曲者の死後20年以上もたったとき、ライプツィヒで演奏されてから、この曲の魅力が認められ広まっていったということです。そういう意味で明日は、この曲の受容史に重要な役割を持つ、ご当地の人たちによる演奏です。下野さん&読響とまたどのように違った演奏になるのか、楽しみです。
2009.11.01
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1年ほど前から、NHK-FM土曜夜の番組「FMシアター」を頻繁に聴くようになりました。もともとラジオドラマは好きでしたが、この番組を以前はほとんど聞くことはありませんでした。 ラジオと言えば、通勤中に聴くとか、たまたまつけたときに面白そうな番組だったら聴く、という生活習慣で長年過ごしてきました。(唯一「きらクラ!」だけは、パソコンで録音して後から聞くという、積極的な聴取をしていました。)そのようなラジオとの付き合い方が大きく変わったのが、「聴き逃し配信サービス」という便利なものを知ってからです。自分の好きな番組を、自分の都合の良い時間に聴けるので、本当に便利です。それでいくつかのお気に入りの番組を聴くことが僕の中でルーチン化されて、1週間の中のどこかで聴くというライフスタイルになりました。「FMシアター」も、それらの番組の一つです。ここ1年ほどは、8~9割くらいを聴いています。毎回毎回、涙、笑い、さまざまな味わいのラジオドラマを聴くことは楽しいひと時ですし、とても感銘深い作品に出合うことも多いです。「はるかぜ、氷をとく」は、2021年3月に初回放送されたということですが、僕はこのときは聴いていませんでした。2021年10月に再放送されたものを、僕は初めて聴きました。この1年聴いてきた中で、僕の心にもっとも残る作品でした。福島の原発事故後、自主避難した姉と、避難しなかった妹。事故後10年を生きてきた、それぞれのつらさと、ふるさとへの思いが、それぞれの子供の思いとともに、日常生活のリアリティをもって、大げさでなく、声高でなく、そして前向きに、語られていました。この作品が、2022年3月19日土曜日に、再々放送されました。令和3年度文化庁芸術祭優秀賞を受賞したということです!今回もう一度聴き、感銘を新たにしました。脚本が素晴らしいですし、出演者の皆様の自然な語り口に聞き入ってしまいます。音楽に関しては、スピッツの「田舎の生活」という曲が実に印象的に使われています。また時々静かに流れるBGMも、目立たず、美しく、心に沁みます。今なら「聴き逃し配信サービス」で26日土曜日の夜まで聴けます。ご興味ある方お聞きになってみてください。「はるかぜ、氷をとく」【出演者】 酒井若菜 新山千春 三村和敬 中村天海 【作】 渡辺あや 【音楽】 岩崎太整 【スタッフ】制作統括:鹿野恵功 技術:大塚茂夫 音響効果:野村知成 演出:小林涼太 NHK福島放送局の番組特設サイトもあります。こちらです。https://www.nhk.or.jp/fukushima/harukaze/
2022.03.20
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2024年4月27日 アマオケのマーラー3番を聴きました。指揮者佐伯正則(さえき まさのり)さんのマーラー3番への大きな愛がひしひしと伝わってくる、大感動をいただいた演奏でした!「マーラー交響曲第3番特別演奏会」~~佐伯正則生誕50周年記念~~ 指揮 佐伯正則 メゾソプラノ 花房英里子 ポストホルン ヨウコ・ハルヤンネ 女声合唱 ESMT祝祭合唱団(合唱指揮 山神健志) 児童合唱 ゆりがおか児童合唱団 ESMT祝祭管弦楽団 2024年4月27日 調布市グリーンホール 指揮者佐伯正則さんという方が、ご自身の50歳の誕生日に、念願のマーラー3番を演奏する特別演奏会だそうです。佐伯さんを慕って集まった方々による演奏で、オケは全国沢山のアマオケから集まった臨時編成ということです。 春のあたたかな日、会場に行ってみました。舞台を見ると、オケは両翼配置で、コントラバスは下手側。ハープは上手側に2台で、ハープの奥にティンパニーです。 そして舞台奥には雛壇が何段かあります。チューブラーベルは、雛壇(最上段?)の上手側の端に設置されていたので、スコアの指定どおり高いところなのでうれしいです。これと対称の位置にあたる下手側の端には、譜面台が一つ置かれています。これは独唱者用の譜面台なのかどうか、この時点では不明でした。 オケが入場してきました。女性陣はさまざまなカラフルな衣装で、綺麗です。 演奏が始まりました。冒頭のホルン主題の途中(第5小節から)、上行音型を繰り返すところで、ややテンポを落とします。ここでテンポを落とすのはCDではセーゲルスタムがやっています。実演ではノット、アルミンク、大植さんなどがひところやっていて、私が勝手にギアダウンと名づけているやり方です。最近はあまりこの方法に遭遇することはなくて、久々でした。(再現部のホルンもややギアダウンしていました。)シンバルの数は、私の席が前すぎて、オケの後ろの方は全然見えず、確認できませんでした。 この第一楽章、とても魅力に満ちた演奏です。特に、美しくやさしい歌が奏でられるところで、テンポを落として、じっくりと歌うのが素晴らしいです。たとえば、練習番号39の直前、トランペットの信号音型(第490~491小節)あたりからぐっとテンポが落とされます。そして続く練習番号39,40, 41とホルンとソロヴァイオリンが織りなす美しい歌が、ソロチェロを経て、やがて低弦のメロディーに引き継がれていくところ、このあたりの美しさが、大切なものを慈しむかのようにやさしくあたたかく歌われ、本当に素晴らしいです。指揮者が3番に寄せる共感の強さがじんじんと伝わってきて、聴き惚れます。 それから弦が半分で弾くところ(練習番号21あたりから)も、斬新なアイデアがありました。コントラバスは見えなくてわからなかったので他の弦楽器についてだけ書きますが、最初は後方のプルトで弾かれはじめました。この後方プルト方式、近年はときどき見かけるようになっています。この方式、普通だと、このまま進んでいき、練習番号26から弦が全員で弾くという流れになります。しかし今回、練習番号26よりもだいぶ前から、気が付いたら前方プルトの奏者が弾いていて、あれっずいぶん早い弾き始めだなと思ったら、後方プルトは弾くのをやめていました。すなわち途中から、弾く奏者が後方半分から前方半分に交替していたのでした!そして練習番号26からは、弦全員が弾きはじめました。いろいろな3番に接して来たなかで、私が気がついた範囲では、同じパートでこのように途中で後方から前方に途中で切り替わる、という方式は初めてみました。夏が遠くから次第に近づいてくるというイメージをはっきりと示したいためと思います。佐伯さんの素晴らしいこだわりです。なお楽章後半での弦楽半分のところ(練習番号62~65)は、半分で弾く箇所が比較的短いためか、後方プルトの奏者がずっと弾き続け、途中で前方後方が交替することはなく、練習番号66から全員で弾く、という方式でした。 また再現部直前の小太鼓は、舞台裏でなく、舞台上でした。会場の都合で舞台裏の演奏に対応していないのか、あるいは人手の点などで指揮者が妥協したのでしょうか。 今回の演奏会では、第一楽章が終わったあと休憩20分がとられることがプログラムに明記されていたのを事前に目にしていました。聴いている途中から、この素晴らしい第一楽章が終わったら拍手ができたらいいなぁと漠然と思っていました。そうしたら幸いにも、第一楽章が終わってタクトが下りてから、ある程度の拍手が始まったので、私もそれに乗っかって、しばし拍手しました。指揮者もうれしそうに、こちらを向いて一礼したので拍手は結構強まり、指揮者が引っ込んだあともちょっとの間ですが拍手が続き、やがて治まりました。アルマの記述によれば3番初演時、第一楽章の終了後に拍手がわき起こったということですので、私かねがね、良い第一楽章の演奏終了のときにいつか拍手ができればいいと思っていました。過去に少し拍手が起こりかけたことは何回かあるのですが、今回は音楽内容が本当に素晴らしかったし、沸き起こった拍手の音量、時間ともにこれまでで一番充実した拍手となったので、うれしい気持ちになりました。 なおアマオケでは、このような第一楽章終了後の休憩は、かなり稀に見られます。私が経験した中では、2016年5月のオーケストラ・アンサンブル・バウムによる3番の時がそうでした。これも温かく素晴らしい3番演奏でした。 休憩のあと、合唱団が入場してきました。高いひな壇に児童合唱、その手前の低い雛壇に女声合唱が位置しました。すなわち高いところにチューブラーベルと児童合唱を配置するという、スコアの指示をしっかり守るやり方で、これもうれしいです。 第二楽章、第三楽章とも、やや遅めのテンポを基調にした落ち着いた演奏でした。ポストホルンは、私の席からは見えませんでしたが、明らかにホール内、舞台上で吹いている音だったので、おそらく雛壇最上段の下手側の端の譜面台のところで吹いたのだと思われます。舞台上で吹くと、同じ空気を共有してしまい、「遠くで」というマーラーの意図と大きくずれてしまいます。佐伯さんが3番を愛し、3番に並々ならぬ共感をお持ちということはこの演奏の随所から非常に良くわかるだけに、ポストホルンを舞台上に配置したという点だけは、いささか残念でした。 第三楽章最後近くの、トロンボーンからホルンに受け継がれる「神の顕現」のところは、テンポを落とし、実に深々とした素晴らしい音楽になっていました。 第四楽章、メゾソプラノの方は、舞台上手、ハープの手前(客席より)の位置で、歌いました。良い歌唱でしたし、指揮者の歌心が、この楽章でも良く現れていて、美しい、充実した味わいの第四楽章でした。 第四楽章の最後の音の響きが消えるとともに、合唱団がさっと立ち上がり、アタッカで第五楽章が始まりました。プログラムに記載されている人数をみると、女声合唱50数人に対して児童合唱は20数人と半分ほどの人数でしたが、児童合唱がしっかり歌っていました。この楽章も、良かったです。楽章途中の練習番号6、暗闇を束の間覗き見るように盛り上がる部分は、テンポをぐっと落として、深みがすごく出ていました。それから楽章の最後の方(第104~107小節)、歌詞の最後を歌うところも、いきなり大きくテンポを落として締めくくりを作っていました。この部分、スコアにはテンポに関する指示は何も書かれてないので、ほとんどの演奏はここをテンポをあまり変えずに軽やかな感じで進んでいくのですが、テンポを大きく落とすこのやり方は、斬新で、音楽に重みがつく、佐伯さん独自の解釈による、ひとつの素晴らしい方法と思います。 そして第五楽章終わりの児童合唱の座り方も秀逸でした。この楽章は120小節あって、児童合唱が歌うのは第119小節までで、最後の第120小節は、三声部の女声合唱のうち高声部のパートだけが「bimm----------」と歌い、オケのごくわずかな楽器とともに静かに消えていきます。児童合唱は、自分たちが歌い終わってすぐ、この第120小節(フェルマータがついているので長い)が演奏されているときに、着席していったのでした!(女声合唱は私の席からは良く見えず、いつ座ったか不明です。どなたかご存じの方がいらしたら教えていただけるとありがたいです。)この、楽章最後の小節の演奏中に児童合唱が座るという方式もユニークで、私は初めて見ました。これによって第六楽章がきちんとアタッカで開始されました。(着席によるノイズがごくわずかに発生しましたが、必要な静寂・緊張は十分に保たれた、素晴らしいアタッカだったと思います。) 結局第四、第五、第六楽章のアタッカの扱いに関しては、綿密に考えられ、一部独自の方法を用いた、必要十分なアタッカを実現していました。アタッカ、あるいは合唱の立ち座りのタイミングに関しては、以前シャイーがやっていた方式(私は勝手に「シャイー方式」と呼んでいます)がもっとも完璧な、妥協しない方法だと個人的には今でも思いますが、この「佐伯方式」も、なかなかに良い方法だと思いました。 そして始まった第六楽章、ゆっくりとした歩みを基調とし、ときどきテンポを落とし、大事な声部を丁寧に紡いでいく、その歌のすばらしさ、もう何も言うことはありません。佐伯さんが抱くこの曲への大きな愛がひしひしと伝わってきます。ただただその音楽に包み込まれ、落涙する幸せ。いよいよ金管コラールも、そしてその後も、ゆったりとした足取りはいささかも急ぐことなく、主題が高らかに歌われ、そしてティンパニーの歩みも悠然と進みます。このティンパニーの音も柔らかく温かく、素晴らしかったです。 オケの最後の和音の響きが消えて、会場からは拍手が起こり始めましたが、佐伯さんは両手を高々とあげたままおろしません。そのうちに拍手は止み、あらためてホールを静寂が包みました。貴重な静寂のひとときでした。そしてやおらタクトが下ろされ、あらためて拍手が始まりました。 しばしの拍手喝采が続きます。誕生日なのできっとハッピーバースデイソングをやるんだろうなと思っていましたが、なんと突然、ホルンが3番冒頭の主題を豪快に吹き始めました!それがしずまったとき、コンマスの指揮で、いよいよ合唱団とフルオケでバースディの歌が始まりました。転調もして盛り上がり、ついには会場全体も巻き込んで歌や拍手や雨あられ、そしてさらに驚きは、最後に第一楽章最後の部分が演奏されて締めくくられました。3番の第一楽章による、ハッピーバースデイソングのサンドイッチ!なんとも型破りで最高の祝福ソングです。 佐伯さんの長年の夢だったというマーラー3番演奏、50歳の誕生日の日に、愛に溢れた稀有な3番を聴かせていただきました。オケの方々も全国から集まっているということで、あまり練習時間が取れなかったことと思います。そんな中で佐伯さんの思いに共鳴して作り上げた素晴らしい3番演奏、大感動をいただきました。佐伯さんはじめ皆々様、本当にありがとうございました! 願わくば10年後の還暦3番、また聴かせていただければ、と思います。
2024.04.29
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連休の今日、ちょっと風邪気味で行動も限られるので、TSUTAYAからDVDを借りてきて、見ました。映画「シャッターアイランド」。実におもしろい!1950年代のアメリカの、とある孤島。ストーリーについてはネタバレになるので一切ふれませんが、実に面白かったです。そして、音楽がすごく良いのです!映画が始まって間もなく、主人公と相棒が入っていった部屋に、レコードがかかっています。憂いを帯びたピアノカルテットです。相棒が、「ブラームス?」と尋ねると、部屋の主は「いや」と答えます。少し間をおいて、主人公が考えつつ「マーラー」と。そう、マーラーのピアノ四重奏曲断章なのです!(一応マーラーファンとしてつっこみをいれておくと、1950年代にこの曲のレコードは出ていないと思いました。最近音楽の友社から出たマーラーのコンプリート・ディスコグラフィーを見てみると、この曲の草稿は1973年に発見され、初録音は1973年と記されています。やはり、これはありえないレコードでした。)しかしそんなことはどうでも良いのです、この曲が実に効果的に使われています。しかもこれだけではないんです。全編にわたって、音楽のセンスが実に良いんです。抑制のきいたしずかな音楽が、あるときは不気味に、あるときは悲しみをたたえて、鳴っています。これは本当にすばらしい。それで映画が終わって、エンドクレジットを注意して見ていると、映画に使われた音楽の曲名がずらずら出てきます、その選曲のマニアックなこと!ざざっとあげると、リゲティ:ロンターノ, Two Etudes から HarmoniesIngram Marshall:Fog Tropes, Prelude - the Bayペンデレツキ:交響曲第三番, Fluorescencesケージ:Music for Marcel Duchamp, Root of an UnfocusNam Jine Paik:ジョン・ケージへのオマージュシェルシ:Quattro Pezzi, Unaxuctumフェルドマン:Rothko Chapel 2シュニトケ:賛美歌第二番(チェロとコントラバスのための)ハリソン:Suite for Symphonic Strings から Noctureアダムズ:Christian Zeal and Activity, 「僕のお父さんはアイブスを知っていた」から The LakeRobert Erickson:Pacific SirensTim Hodgkinson:Fragorすごいですね。中にはまったく聞いたことのない名前もいますが、多分ここまでは皆さんクラシックの作曲家だと思います。さらに、ブライアン・イーノ他:The Last Day, Lizard PointChurchill Kohlman:CRYMax Richter:On the Nature of DaylightClyde Otis:This Bitter Earthなどなど、おそらくクラシック以外と思われる人たちの作品も使われていました。最後の「This Bitter Earth」という曲は、エンドクレジットの後半に、弦楽を伴奏にした女性ボーカルが、しずかな悲しみをたたえて歌っていて、とても印象的です。エンドクレジットには、Music Supervised by Robbie Robertsonと大きく出ましたので、このRobertsonさんが音楽の責任者と思われました。しかしさらに良くみていたら、あとの方でずっと小さく、Music Research by Jared Levineという名前も出てきました。良く知らないけど、普通 Music Research なんて出ないですよね。もしかしたらこのLevineさんが現代音楽マニアで、映画にあいそうな曲をいろいろと考えて、Robertsonさんに提言したのかも、などと想像しました。それにしてもこの選曲のセンス、ほんとにナイスです。マーラーファン必見とまでは言いませんが、上記のあたりの音楽が好きな方には、おすすめの映画です。---------------------------以下、追記です。マーラーのピアノ四重奏曲断章の出版年代ですが、上記した音楽之友社の「コンプリート・ディスコグラフィ・オブ グスタフ・マーラー」に、浅里公三氏によるさらに詳しい記述がありましたので、引用しておきます。(同書213ページ)”この曲は1964年にニューヨークでニューリン校訂版が出版、復活初演されるまで忘れられていた。広く知られるようになったのは、1973年にルツィチュカ校訂版がハンブルグで出版されてからである。最初に行われた録音も、同年に行われたサルヴァトーレ・アッカルドが主宰するナポリ国際音楽祭でのライブであった。”ということで、そもそもは1960年代だったようです。いずれにしても映画の設定よりはあとの時代であることは一緒です。僕の持っているこの曲のディスクは、浅里氏が紹介しているクレーメルらによるものと、エッシェンバッハのピアノ他による演奏(ライブ録音)です。映画をみたあとしばらくはまって、聴いていました。クレーメル盤が11分4秒、エッシェンバッハ盤が13分23秒!後者の緩急の幅の極端な広さも良いですが、やはりクレーメル盤はすばらしい。(2010年10月17日追記)
2010.10.11
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高関健/新交響楽団のマーラー7番を聴きました。7月18日 東京芸術劇場大ホール 新交響楽団第210回演奏会ドビュッシー 「管弦楽のための映像」よりイベリアマーラー 交響曲第7番輝かしい歴史と伝統を持つアマオケ、新交響楽団。このオケは、近年ではマーラーを、高関氏の指揮で、2007年に9番、2009年に6番、そして今回の7番と演奏しています。かねてから新響を聴いてみたいと思っていたもののなかなか都合がつかず、今回初めて聴けました。楽譜にこだわりを持つ高関さんは、今回もプログラムに特別寄稿を載せていて、7番に関して、数百箇所にわたる楽譜の疑問点を国際マーラー協会とやりとりして、きたるべき新校訂版に含まれるはずの訂正個所を盛り込み、さらに補筆した楽譜で本日演奏する、ということが書かれてありました。オケは定評どおり、うまくてきれいな音で、アマオケであることをほとんど忘れて聴いていました。こういう演奏を年4回も定期演奏会でやっているというのですから、本当にすごいオケです。高関さんは6月には京響で7番を演奏したということで、そのときにぐすたふさんがブログに書かれていた「庭師」らしさを、きょうも発揮していて、丁寧なマーラーでした。特に第2楽章ののびやかな歌と、終楽章のきっぷの良さが印象に残りました。そしてカウベルが良かったです。第二楽章の舞台裏のカウベルが、舞台の下手と上手の両方の扉をあけて、「舞台裏の両翼配置」で鳴らしていて、効果をあげていました。カウベルの音自体も、輪郭がはっきりした、どちらかというと明晰な音で、普通の田舎風のガランゴロンというものとは一線を画した、いい音でした。この「カウベルの舞台裏の両翼配置」は、昨年の井上喜惟/JMOの6番でもやっていて、非常に効果的だったことが思い出されます。今後この方式が普及することを期待してやみません(^^)。カウベルは、終楽章では舞台上で、なんと途中最大5人(多分)が手に持って、盛大に鳴らしていて、実に気持ちよい鳴らしっぷりでした。そしてそして終楽章の一番最後、鐘も加わったところがすごかった。鐘は普通のチューブラーベル1人でしたが、その他に、多分吊り下げたカウベルだか何かを乱打する人が、(僕の席からははっきりと確認できませんでしたが)多分2人いました。この他にもカウベル担当者がいたのかもしれませんが、ともかくこういった人たちが、一斉にそれはそれは派手にグワンゴワンと鳴らしたのです。吊り下げている台がぐらぐら揺れて倒れそうになったくらいです。ここの豪快な鳴らしぷりは本当に気持ちよいサウンドをもたらしてくれて、見事なフィニッシュの効果をあげていました。高関さんのナイスなこだわりでした。----------------------------------------以下は2010年8月30日の追記です。音楽の友の9月号に、マーラーの交響曲を聴くという特集が載っていたのでぱらぱらと見ていたら、ちょうど7月18日のこの新響の演奏会の日に行われたという高関さんのインタビュー記事があって、何枚か写真が載っていました。(63ページです。)この中に、吊り下げられた金属製のごつい板の写真がありました。これですこれです、これが曲の最後にグワンゴワンと鳴らされた諸打楽器のうちのひとつです。当日会場ではカウベルなのか金属板の鐘なのか良くわからなかったのですが、これで見て、板であることが明瞭にわかりました。ということは、曲の最後にチューブラーベルとともに板の鐘も乱打したということです!(このほかに手で持ったカウベルも乱打されたわけです。)マーラーのいろんな曲で鐘が出てきます。通常はチューブの鐘を用いますし、曲によっては板の鐘を使って効果を挙げている演奏もあります。しかしチューブの鐘と板の鐘の両方を同時に豪快に使うという方法に出くわしたのは、僕は初めてでした。あらためて高関さんのこだわりに感服したので、追記しておきます。
2010.07.28
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熊本地震、被災された方々に救援の手が早く届くこと、地震が収束することを願います。熊本の地震が起こる少し前、4月3日に放送されたNHKスペシャルは、シリーズ「巨大災害 日本に迫る脅威」の一つで、「地震列島 見えてきた新たなリスク」という番組でした。この番組を、録画しておいて見たのが、偶然にも今度の地震が起こる前日の4月13日でした。内容の一部がまさに今回の熊本地震のような直下型地震のリスク評価に関する新しい手法をわかりやすく解説するものでしたので、それを書いておこうと思います。いくつか紹介された新しい手法のうち、番組の中ほどで解説されたのが、人工衛星からGPSで観測して、地表の動きをリアルタイムでとらえる方法でした。これにより大地が今どう動いて、どうひずみがたまっているかをかなり評価できるということでした。日本では観測点が現在約1300箇所にあるそうです。そもそも図1に示されるように、西日本はユーラシアプレートの東端にあり、南海トラフの北西に位置しています。西日本は、図の右下のフィリピン海プレートの沈み込みのために、北西方向に常に押されています。図1その押された結果、大地がどのように動いているかが、GPSデータによって、最近詳しく明らかになっているということです。京都大学防災研究所の西村卓也准教授が解析した、西日本の動きを示したのが図2(2005年~2009年のデータ)です。図に矢印で示されたベクトルが、各地点の動きの大きさと方向を示します。硬いもの(西日本)が硬いもの(フィリピン海プレート)に無理やり押されて動いているわけですが、その動きが場所によってかなり異なります。図2例えば四国は、動きは大きいですが、どの地点もほぼ北西から西北西方向と、そろった方向に同じように動いています。しかし他の地域には、複雑な動きをする場所があります。番組では複雑な動きの一例として九州が解説されました。図3に示すように、九州では、大分あたりは西に動き、長崎あたりは南東に動き、鹿児島あたりは南に動いているということです。図3一方、これまでに九州で発生した地震の震源分布を示したのが、図4です。図には地表からの深さの情報も含まれています。比較的浅いところまでに、三本の線上に、驚くほど集中しています。深さを加味すれば、壁のように連なっているという感じです。図4図3と図4を重ねあわせたのが図5です。地表の動きの方向や大きさが異なる境界地域で、地震が多発しているということです。西村氏によると、地表というか地殻は、動き方の違いから異なるブロックにわけられ、ブロックとブロックの境界で歪みがたまりやすく、地震が発生しやすいと考えられる、ということでした。今回の熊本から大分にかけての地震の震源分布も、まさにこのブロックの境界に一致します。図5西村氏による、GPSデータから見た、西日本のブロックが、図6です。図61891年濃尾地震や、1995年阪神淡路大震災は、まさにブロックの境界で起こった大地震であり、その結果大きな活断層が生じたことが紹介されました(図7,8,9,10)。また2015年秋には鳥取で、これまで活断層の指摘されていないところに中規模地震が多発したことがあり、それもこのブロックの境界であったということです。図7,8 濃尾地震図9,10 阪神淡路大震災図11は、ハーバード大学のブレンダン・ミード教授による、日本全体のブロックわけだそうです。西日本をみると、西村氏のものとおおむね似ています。図11このような地殻のブロック化は世界の地震多発地帯についても同じようなことがあてはまること、日本は特にブロックが多くて地震が起こりやすいということが指摘されていました。番組を見て、活断層は、かつてそこに地震があったという証拠にはなるが、活断層が確認されていないからと言って安心はできないこと、その地点に活断層があるかないかをミクロ的に評価してもあまり意味がないこと、むしろこのようなブロックの視点から見ることが、直下型地震のリスクの本質的な評価に迫れる、と理解しました。ご興味ある方は、NHKオンデマンドでご覧ください。続きは、次の記事に書きます。
2016.04.19
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