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October 10, 2023
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生きているのか死んでいるのか、元顕正会員が顕正会をやめて、幸せなのか否か、気になっていた方も多いのではないかとアクセス数をみて反省してます。顕正会を離れて法華講員になり19年たちました。私が顕正会に入信したのが平成3年、区長になったのが平成6年。顕正会に疑問を持ち、顕正会活動をやめたのが平成13年。しばらく悶々とした辛い日を過ごしました。真実を確かめるため、大石寺に通い、ご授戒を受けたのが平成16年。法華講員となり除名処分を受けたのが平成16年。法華講員になってからの19年は、顕正会で止まってしまった時間や感覚、常識、人としてのあるべき姿など欠損している自分たちを取り戻すために夫婦で無我夢中で生きてきました。棚からぼたもちという言葉を信じて、顕正会活動さえしていれば大丈夫!罪障消滅して幸せになれる!なんて真っ赤な嘘に騙された事を恨んだり悲しんだり。いろいろな事を乗り越え、今、心から幸せを感じています。まだまだ、これから先も苦しい事や辛い事は人間ですから、当然あるのですが、何より人間らしい生活を送ることが出来ています。顕正会の言っている事に真実はありません。大嘘団体、ただの新興宗教と断言します。自分の人生、誰のものでもないです。人から聞いた事を信じるような、かつての私のように愚かな人間にならないで、自分の目で見て聞いて真実を確かめていただきたいと心から願っています。
June 25, 2023
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浅井さん、焦ってしくじりました。 嘘ばかりで、久しぶりに、こんなアホな団体に染まっていた自分は何と愚かだったのだろうかと...... 詳しくは流星雨さんが書いてくれることと思います。 登壇した方お二人...... 〇藤さん、 細井日達上人が入院されていた期間は2日半。 面会に行かれたのが3回ですか。 顕正会の嘘登壇原稿の罠にハマり、〇藤さん、うまく浅井に利用されてしまいましたね。 浅井さん 大事な血脈のこと、一講員だったあなたが口を出すことではないのですよ。 原稿を上手く作らせて 何が始めて聞くですか... 毎度毎度の茶番劇。 顕正会が思議を絶する?荘厳、崇高にして威厳に満ちた光景はこの地球上において、人類の史上において、どこにもない?などと気持ち良さげに話してますけど、あなたほど無様な人間を見たことがない。 アユ〇隊長、Hサワさんのことですよね? 本当のことを書かないと、これじゃまるで宗門が間違っているみたいではないですか。 Hサワさん、早く訂正したほうがよろしいと思いますよ。 嘘を書かされ、もう広宣流布を成すのは顕正会しか断じてあり得ないですか? あなたの行動があり得ないです。 久しぶりに不快になりました。 顕正会員は病気を患わないと思っていますね。 病気=罰と勘違いしていますね。 顕正会員は死なないと思っているのか、死ということは軽くみてますね。 人の臨終をあーだのコーダの、大切な人を失う悲しみが分からないのですね。 病気が罰だというのなら、加藤さんが歩いて自宅に帰れなくなった件の説明を浅井さん、どうぞ。 あの人も信心がなかったとでも言うのでしょうか、言うのでしょうね。
October 14, 2018
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ご無沙汰してしまい、ごめんなさい。 ここ数日、携帯電話にお問い合わせの連絡をたくさんいただいております。 私が更新を怠っているため、元気ですか?とご心配をいただいて‥‥申し訳ございません。 とても元気に大石寺に通わせていただいております。 顕正会で13年 法華講に来て14年がたちました。 顕正会に疑問を持っている方は、たくさんいらっしゃると思います。 もう頑張れないよと思っている方もたくさんいらっしゃると思います。 百貫坊信徒元顕正会員一丸となって全力で支えさせていただきます。 戒壇の大御本尊様にお目通りを叶えさせていただき私たちと残りの人生を悔いなく少しずつでも一緒に前に進んでいけたら・・・と思っております。 仕事中は電話を取ることが出来ませんが折り返しご連絡をさせていただきますので、よろしくお願いいたします。
May 15, 2018
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あの頃のままだったら、今の私はいるのだろうか。あの頃のままだったら、家族が笑顔で暮らせていただろうか。そんなことやこんなことを考えられる歳になりました。高校3年の夏、平成3年に私は顕正会員になり、20有余年で広宣流布するのであれば!大聖人様の御遺命は浅井センセイ率いる顕正会のみ。その使命を果たせるのであれば!こんな自分が日本国の一大事にお役にたてるのであれば!と顕正会活動に全ての時間をあてていました。高校生で国を思うとか、一国を救うとか、とても素敵だなと当時は思いました。かっこいいなと心から思っていました。浅井センセイを信じて。浅井センセイが仰せのことは実現する。浅井センセイが仰った通りに諸天は動くと思っていました。でも、浅井センセイ仰せの通りにはなりませんでした。浅井センセイが言葉を発しても諸天は動きませんでした。それが現実です。今の顕正会幹部は2030年を待たずに広宣流布をすると言ってます。顕正会が大聖人様の御遺命成就を2030年までにするそうなのです。20年前の私だったら、同じように熱くそんなふうに答えたのかもしれません。弟子の力足らずで、広宣流布が遅れています・・・と泣いたのかもしれません。でも、さすがに気付いても良いのではないかと思います。今は当時とは違い、いくらでも調べられるのですから。私のメールアドレスはwww_shionn@yahoo.co.jpです。心無いメールも届いておりますが、顕正会員としての自覚と誇り?が汚い言葉になるのでしょう。お気の毒に思います。
February 6, 2017
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長い間、ブログの更新が出来ずに失礼しました。心機一転、更新してまいります。ここ数年でいろいろなことがありました。順次更新してまいりますが、顕正会本部職員の戯言が耳に入ってきております。私たちと会ったら無間地獄に堕ちる!なんて言っちゃって、法華講に顕正会員が流れないように阻止しているようですが、ホント呆れちゃってます。このブログも見ちゃいけない!ことになっているようなので、ここは頑張って更新しないと・・・・との使命感に立って、マメに更新をさせていただきますね。直接、顕正会本部に電話を入れてお話をしても良いのですが、本部もこのブログを読まれているようなので、まずは、こちらから。顕正会からT田さんが法華講員になられました。T田さんが偽本尊を拝んで罪障を積んでいる顕正会員を救うべく連絡を取っていると、その事がすぐに顕正会本部の耳に入りました。顕正会で自称No2と思っているYナリ氏がT田氏と会い、私たちに対して、言われなき中傷を繰り返していたようですね。ふざけやがって!ふざけるな!と憎しみを込めて、吐いていらっしゃるようですが、私はあなたを知らない。あなたの特徴などを数人の方に説明をしていただいても、まったく存じ上げないのです。会話をした事もなければ見たこともない。そんな人いましたか?という感じなのです。それなのに・・・笑ご存知ですか?K男子部長の奥さんも法華講で強い信心に立たれているということを。K男子部長は奥さんに法華講では目立たないようにしてほしいと懇願されていることを。私はK男子部長の奥さんと何度もご登山し戒壇の大御本尊様にお目通りが叶っている事に幸せを感じております。ジタバタしても、もう止められないのですよ。所詮、顕正会は偽本尊を拝む邪宗、新興宗教なのですから。どれだけ時の猊下様が、浅井のために時間を作られご指南を下されていたのか、過去を学ぶべきです。幼稚園児ではないのですから、浅井の言っている事だけを信じて、真実を確かめる勇気もなく本気で広宣流布を顕正会でやる!なんて思い込んでいる姿は、あまりに幼稚で哀れとしか言いようがありません。私は顕正会員を憎んでいませんよ。あなた方がどんなに怒り狂っていても、私たちは一生成仏をかけて信心修行にはげんでおりますので。顕正会を脱会したい方、顕正会でお困りの方、メールをお待ちしております。↓ ↓ ↓ ↓ ↓紫苑 www_shionn@yahoo.co.jp
October 18, 2015
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多くの幹部達が姿を消す顕正会。当時の私も記憶にないデマを作り上げられ、顕正会の罠にはめられた1人でした。まさしく冤罪・・・・以前(かなり前)ブログにも書かせていただきましたが、区内で、事実とは異なる体験発表を当時の区員がしてしまい、その後、彼女が癌であると発表をしながら、実際は癌ではなく、浅井会長を裏切る結果になってしまった事から、上層部では大騒ぎとなり、連日彼女の取調べ?行動調査などを指示され精神病か?麻薬中毒か?など憶測の飛び交う中、私自身も追い込まれ、毎日をクタクタになりながら彼女の調査に明け暮れたあの日、自身の限界を感じ、区長交代を申し出た時の事です。浅井会長より区長という大任をいただきながら、自ら退く事がどういうことなのかと、とてつもない形相で怒りをあらわにする当時の総合女子部長と副部長。中でも総合女子部長の怒りはものすごいものでした。結局、区長職の交代は許されず、続行させられる中に、水面下で私への罪名を作りはじめていたのです。話が前後してしまいますが、この体験発表の偽装が行われる前、私は9区の区長職を一度、降りています。理由は療養のため。その時に他の区の総班長が区長として9区にきました。私は女子部幹事となり、区員からの連絡も受けるように、何かあれば区長をサポートするように・・・と言われ、本部の指示通り9区の区員の相談等を聞きながら、療養しておりました。その後半年ほどで体調が戻り、自身の体調が快復した旨を本部に報告した所、浅井会長より、次に行く区を決めるから待つように、9区ではないと思うが、新しい区で頑張るようにと言われておりました。当時の私の行き先を決めるのは浅井会長。(実際は総合女子部長?)そして総幹部会の1週間前に当時の総合女子部長より9区です!よかったですね!9区の区長として生まれ変わった気持ちで頑張るように!と言われました。その後、偽装の体験発表が行われるまでは、何事もなく区長職を務めておりました。この偽装の体験発表が行われる前に私は婚約し、、その旨を本部職員には伝えておりました。結婚が決まり、その後、嘘の体験発表という出来事があり、区長交代を申し出て、しばらくした時、K総合女子部長より本部へ呼び出され、区長降格と婦人部行きを命じられました。区長降格と婦人部への移籍のみを伝えればすむ事をK総合女子部長は、伝えるだけでは済まず、物凄い形相で責め立ててきました。K総合女子部長より、「結婚なんて、旦那に人生を半分奪われるだけ。私には人生半分取られるなんて馬鹿じゃないかと思う。本当に馬鹿らしい。子供を産めば、子供にも人生を取られる。そんな馬鹿馬鹿しい事はない。本当に愚か者。(私は出来ちゃった婚と顕正会の中で後に噂を流されましたが、結婚をしたのは平成13年12月中旬。長女の出産は平成14年11月下旬です。)私にだって、結婚の話はありました。でも、私は断ってきました。→(馬鹿連発)婦人部へ行って1からやり直しなさい。婦人部へ行けるだけでも有難いと思いなさい!婦人部へ行って、組長からなんて、哀れね。お母さんの所でやれるようにしてあげたのよ。あんたは子供だから、お母さんの下で御奉公が出来るのは有難いと思いなさい。総幹部会もビデオよ当日に参加出来ないのよ!オッホホホ・・・自分で区長を降ろしてと言った罰。浅井先生のお心にお応えしようともせず、ヤクザじゃない。ヤクザよヤクザ!責任を取る?申し訳ないと謝りなさい。声が小さい。申し訳ございませんと大きな声で謝りなさい!!私がこうして話してあげている事を有難いと思いなさい。」と何度も何度も言われ、8時間、本部会館の大会議室に監禁され、責められ続けました。本部会館を出た時には、自分自身がどういう状況になっているのかさえ、分からず、浅井センセイは知らないはずだ・・・K総合女子部長がこんなにも人間を罵倒し、笑っている人間だという事を知らないはずだ・・・浅井センセイは・・・と自分に言い聞かせながらも、涙は止まらず、泣き叫び、当時の婚約者(主人)と母に支えられ何とか生きておりました。その後、K総合女子部長より再度、呼び出され、震える中、録音機をカバンにしのばせ全てを録音し、浅井センセイに提出しようと思い会議室を訪れた所、浅井会長がその場に来て、K総合女子部長と浅井会長の冤罪を押し付ける絶妙なる連携プレーを見る事となったのでした。
January 21, 2010
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私が20代の区長時代、体調を壊した事がありました。常に37.7度という体温の中、壇上に座っていても、自分の椅子だけが物凄い勢いで谷底に落ちていくような・・・・・そんな恐怖を何ヶ月も味わっておりました。人前では平静を装う事が出来ても、一人になると自宅に帰る事すら出来ず、次第に常に汗をかき、動悸が激しくなり、活動をする事が困難になっていきました。このとき体調不良が浅井の耳に入り、すぐに女子部幹事の役職を命じられ、療養するよう言われました。K藤R子より、壊れない身体になって戻ってきなさい。もろすぎ!!との言葉付きで(笑)当時の私には主治医がいました。頑固な医者でしたが、私が顕正会幹部という状況も理解し、適切な診断を下す医者でした。もちろん医者の言う事を守らず眠らず活動を続け、自業自得と言われた事も事実ですが・・・。浅井は私に主治医がいる事を知りながら、順天堂大学病院に行く事を強く勧めてきました。「順天堂は素晴らしい病院だ。しっかり治療をするように。」と。またまた紹介状もなしで(呆)。当時の私は電車に乗る体力も自分で車を運転する気力もありませんでした。しかし、毎晩、K藤R子より確認の電話が入るのです。今日は順天堂に行ったか?と・・・行けませんでした・・と言えば浅井先生のお心が分からないのですか!だいたい、先生が病院まで紹介してくれるなんて、どこまでお心を煩わすのですか!と怒るのです。今、思えば、はぁ?と返事も出来るのですが当時は何とか行かなくては・・・と思っていたのです(毎度情けないっ!)行きました。はぁはぁぜぇぜぇ言いながら・・・順番になる前に待合室の椅子でグッタリ。何人もの看護師に声を掛けられた事は言うまでもありません。診断は・・・・・結局はどこの病院でも同じなのですよ。極度の疲労によりきちんとした指令が出せなくなり、身体がNO!と言っていると。自律神経失調症。不眠症。腎機能低下etc・・・・。しっかり栄養を取って休むことが大事との診断。私の主治医と診断結果は一緒でした。報告した際、言われました。K藤R子より。浅井先生の掛かり付けの病院を紹介してくださったのですよ!有難い!!!と。その後、池田大作も順天堂大学病院が掛かり付けの病院である事を知りました。浅井という人は池田大作に相当憧れているのです。相手は何とも思っていないのに。池田大作のようになりたかった(過去形)のです。文句を言いながら、ストーカーのように創価学会、池田大作を追いかける。(追いつかない(爆))ご宗門に対しても同じです。何故、宗門の悪口を言い放ちながら、大石寺の典礼院を真似して僧侶もいない名ばかりの納骨堂に典礼院と名前を付けたのですか?何故、腐った宗門と言い放ちながらお経本の表紙も中身も「。」を抜かしただけで真似をするのですか。そんなに宗門がお嫌いならば、経本の色もピンクとか色を変えたら良いじゃないですか。何故、同じ色や表現を使うのですか(呆)真似ばかり。浅井昭衛こそ自分自身で何一つ考えられない愚か者よ。17歳より10数年、私は浅井昭衛こそ無二の師匠と思い込み走り続けていたのです。今、道であなたを見てどう思うか?とたとえ誰かに聞かれたとしても品のない顔しているなぁ~。との感想しか出てこないでしょう。当時浅井を崇拝するかのような感情が自分自身の中にあった事を思い出す度に身の毛がよだつ思いに苦しめられた数年間を私は味わいました。浅井率いる団体、顕正会、ここに功徳はない。現役顕正会員には、全てが真似事、戯言である事実を確かめる勇気をもってほしい。自分自身では何も確認せず、浅井の言う事だけを信じる当時の私のような愚か者にはならないでほしい。最後に浅井の戯言に文証が一切ない事実を知っていただきたい。
October 13, 2009
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私は17歳のときに勧誘され顕正会員になりました。死に対して人一倍、恐怖を感じていた私は、ただ成仏させていただきたいと思い、顕正会員になり勧誘活動をしました。勧誘が1名伸びることに上長は大はしゃぎ(班長)。総班長も区長も大いに喜び、お金のない高校生の私に新しいお数珠を50個もくれました。当時は有り難いと思っていましたが、今、思えば50人、勧誘しろという事でした。自分が組長になり、組長を2名出し、班長になり、班長を1名出し、副長になり、班長を2名出し、総班長になり、総班長を1名出し、支区長補になり、総班長を2名出し、支区長になり、支区も生み出し、21歳の時に区長職と言われました。私は20歳の時に総幹部会で登壇をしています。父が癌になり、余命3ヶ月と宣告をされたものの、浅井センセイより「癌即功徳」と言われ有り難い!!!とハラを決めきる中に、癌が全て消えたという体験発表。有り難いと思ったのは当時の私と母であって、父は、少しも有り難いとハラは決められていませんでした。父は辛かったと思います。父は苦しかったと思います。どんなに臨終が近くても、自宅で1人孤独なのですから。娘である私も妻である母も、自宅に帰ることはなく、勧誘活動に明け暮れていたのです。その後父の癌は消滅し、K藤R子より事ある毎に、浅井先生のおかげです。有り難いと思いなさい!!!と言われ続けました。区長をやりなさいと言われたときも無理です。お断りします。と断っても、癌が消えたのは誰のおかげだと思っているのですか!浅井先生のおかげです!浅井先生に感謝する気持ちがあるのなら、断ることは許しません!こんな感じで最初から最後まで、K藤R子のヒステリーに振り回され、私は顕正会員をしていました。ここにしか正しい仏法はないと信じて・・・・・・・。父の癌が治ったのは、顕正会のおかげでもなければ、浅井のおかげでもありません。私が区長になって、前区長は、信心がないと降格されました。本部の仕事を任せてみたが話にならないという理由から、K藤R子は私に愚痴をこぼしておりました。少しでも気に入らないことがあれば、切りまくる。そんなK藤R子の言いなりになっているのが浅井昭衛。人事も組織内の事も全て浅井昭衛はK藤R子の言いなり。今のK藤R子には当時のような元気は微塵も残っていません。今の彼女の姿が、命かけて浅井昭衛に尽くした1人の仏弟子の姿というのであれば、そこに自分の未来を重ね合わせて、歓喜する者がいるのでしょうか。私は法華講員になりました。顕正会当時の13年間、私は下種されていなかった事を知りました。下種されていなかった13年間、私は何のために、そして何に手を合わせていたのでしょうか。考えれば切なくなるばかりです。今、偉そうにしている顕正会本部の職員や大幹部のほとんどが下種されていないのです。
February 8, 2009
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顕正会本部がまだ東京会館だった頃、週の半分は神奈川から東京会館へ車で向かっていました。帰りは終電がなくなるのも、当たり前・・・というほど帰宅時間が遅い日々を送っていたので、ときわ台で駐車場を借りることにしました。当時、ときわ台の駐車場は月極めで31500円。とっても高い金額なのですが、駐車禁止で減点、罰金よりマシ・・・ましてや仏弟子でありながら路駐なんて(笑)、と真面目に駐車場を借りておりました。私が駐車場を借りていることはアッという間に本部の耳に入り・・・・・・・ハイエナのようにせこい本部職員が、すぐに連絡をしてきました。(浅井J氏)「区長が使わないときに停めさせてほしいんすけど、使わないときは空いてんだから、 構わないっすよね?」(ママ)と。愚かな私は断る勇気もなく、どうぞ・・・というだけでした(情けないっ!)しかし、ある日、夕方16時までの約束が、17時にときわ台に着いた時も、停まっているのです。J氏の車が。。。この時は、約束が違う。やっぱりね・・と本部に電話をし、すぐに退かして下さいと申し上げました。その日は退かしてくれましたが、私が借りた駐車場なのに、いつも私が小さくなって相手は大きく出る・・・・何だか本当に不思議な世界wその後、K井M香総務?が今度は、お琴の練習期間中、ずっと停めさせてほしいと。それもキティちゃんのメモ帳1つ包んできて(笑)これも当時は私の御奉公、先輩幹部の皆さんのお役に立てるなら、有り難い!なんて時には我慢もしながら、お貸ししていましたけれど、冷静に考えれば、本部職員の皆さん、しっかりお給料をもらっているのに、かなり図に乗りすぎ。
February 5, 2009
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浅井会長は、気に入った人間に対してお数珠をばら撒く。私もいただきましたよ。開眼済み水晶付き菩提樹製のお数珠を。当時は家宝にしよう!(呆)なんて思っていましたが、速攻、大石寺に納めました。流星雨さんのブログで元S理事が、賞与としてお数珠を使っていたと書かれていましたが、これ全て浅井会長の真似なのです。元S理事は浅井会長の真似をしただけにも関わらず、それすらも許されなかったようです。本部会館をはじめ、各会館で売られている数珠は開眼されておらず、浅井会長自身が使う数珠は開眼済み。さらに顕正会員には略式勤行をさせておきながら、浅井会長自身は五座、三座の勤行をしている。浅井会長のみ特別。誰人も、浅井会長の影すら踏んではならない・・・不思議な世界。
January 31, 2009
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毎年、毎年飽きもせず、教学試験と称し、多くの会員が受験する教学試験。こちらの採点者は女子部です。適当に各区から選出された総班長達が、「極秘」といわれながら、束で答案用紙を持ち帰り、自宅で採点するのです。しかし、答案用紙はすごい量。毎年2月は顕正会の初陣、負けることは悪といわれながら、総班員と連絡を取り、勧誘の応援に付き採点までさせられる。採点する時間は真夜中。眠る間もなく、朝になれば会社へ。採点者が、地獄のような生活をしていることを浅井会長は知っている。しかし、そのお礼は、ただの葡萄ジュース1本。それを、「浅井先生のお気持ちが有り難い。もったいなくて飲めない・・」と、女子部員はそのジュースを大事にとっている。給料をもらっている本部職員が眠っている時間に、女子部員が採点に追われ眠れない事を浅井昭衛はどう思う。浅井昭衛は何も感じないか・・・・ `;:゛;`;・(゜ε゜ )ブッ
January 29, 2009
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ご無沙汰しております。気付いたら年が明けておりました(汗)K藤さんの交代やら、いろいろな動きがあったようですね。あんなにも多くの人をヒステリックに罵倒し、罠にはめ、冤罪を押し付け、ゲームの様に楽しんで大口を開けて笑っていた者とは思えない程の現在の変わり果てた姿に、こんなふうになってしまうのかと鳥肌がたちました。今でも忘れません。ある日の区長会でK藤さん、言いました。「広宣流布? そんなものしなきゃしないでしょうがないじゃない! ただ浅井先生にお応えすればいいのです!誓願に勝つ。誓願に勝てばよろしい。 その指揮をとるのが区長です。 こんなにだらしない戦いでは申し訳ない!」・・・・・・・・・・・と。分かっていたのでしょうか。広宣流布は顕正会で出来ないという事を。知っていたのでしょうか。 実は浅井さんの嘘から始まっている全てを。当時の顕正会員は広宣流布は必ず自分達が生きている間に見られると思っていました。両眼滝の如く4キロの道のりを泣いて歩くのだと。しかし、上は違うようです。全てを知っている上でのパフォーマンスなんです。浅井さんの一番近くで尽くしたK藤さんの現在の姿に、浅井率いる顕正会が大謗法団体である事を更に確信しました。もう時間の問題。活動していた頃、私にも多くの仲間がいました。共にいろいろな夢や希望をぶん投げて戦った仲間がいました。でも、その仲間達は、今の私からの連絡を喜ぶ者は多くはいません。顕正会が崩れる前に、再会したい。真実を求める強さを持ってほしい。顕正会が崩れた後でも、生きる気力をなくす前に再会したい。そんな願いを込めて紫苑というHNにしました。紫苑・・・花言葉は遠くの人を思う。顕正会の本当の姿をゆっくりですが更新していきます。
January 26, 2009
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平成9年に出現した大彗星。顕正会の中では、大変盛り上がり、浅井氏は平成9年の大彗星と命名しちゃいましたよね。あの頃、我が家では、この彗星のおかげで大変苦しい状況に母も私も身を置いていたのです。当時は21個総班を合同にしたり、単独にしながら、毎日のように座談会を行っておりました。浅井氏が言うまま、大彗星出現の意義みたいな事を感激しながらペラペラと区員にしゃべっておりました。何とかみんなが感激しないと、折伏が進まない(勧誘)。感激したら、折伏(勧誘)の予定を取り始め、予定が取れれば、ねばって入信させる。入信出来れば、区の1名となり、さらに、勧誘した側もされた側も幸せになれる。自利利他・・・と信じて、毎日座談会や折伏の応援や個人対象と、狂ったように顕正会という組織そのものが、自分の人生の全てであり、生きる場所は、ココ以外にはないと、思い込んで生活をしておりました。そんなある日の座談会で、私は父が撮影した彗星の写真を大きく引き伸ばし、カラーコピーをして、参加した方達に配りました。父は、本業ではありませんが、趣味のカメラで富士山を撮影し続け、ある協会にも所属をしているのです。父の写真はN○Kでも紹介された事があり、本業にはしておりませんが、譲ってほしいというお客様もいるので、素人ではないと家族全員が認めている腕の持ち主なのですが・・・当時、東京会館で父の写真を見た本部職員から、上に話がいき、ある日、K峰氏より我が家に電話が入りました。内容は、先日の座談会で、区員に配ったカラーコピーの大彗星の写真のネガを本部に提出しなさい、というものでした。父が、どんな思いで、眠らずに、富士山と彗星を撮影しに行ったのか、父の苦労が分かっている母と私は、どうしよう・・・・との気持ちと、更に、顕正会に入信はしているものの、いつも家で1人、母の帰りを待っている父が、顕正会に協力するはずもなく、どう断ればよいのか・・・・悩んでしまいました。私はK峰氏に、ネガは静岡の協会の方に提出をしておりますので、提出する事は出来ません。申し訳ございません。と謝罪しました。普通はこれで終わる話なのです。世間一般であれば、著作権の問題等々、あるのです。しかし、顕正会は常識のない団体なので、これでは終わりませんでした。K峰氏が浅井氏へ報告をし、さらに、提出を強要してきました。なんと、K峰しが静岡の協会にネガを取りに行くので、場所を教えなさい!との事。あの時の言い方は完全に手に入るまでは、一歩も引かず、どんな事をしても、いただくという態度そのものでした。その夜、私は父に、お父さんの大事なネガ、顕正会本部がほしがっているの。お父さんの御奉公にも必ずなる事だから、下さい・・・・・と、何の御奉公なのか、嘘ばかり並べ、父を説得してしまったのです。本部に嫌われるのが恐かったから。本部に背くと罰が出ると思ったから。何より、顕正会の中でしか、生きられないと思ったから。提出した後は、ひどいものでした。父の写真が大きく引き伸ばされ、本部の窓口で販売されるようになったのです。もちろん、顕正会専属のカメラマンもいらっしゃいましたので、その方達が撮影したヘールボップ彗星も販売しておりました。1000円だったか1500円だったか、記憶が曖昧ですが、本部職員に、頻繁に言われた事は、区長のお父さんの写真が一番売れていますよ~と・・・・。父のネガを提出させ本人の承諾もなく、全額、本部の収益となりました。そこまでして、お金がほしいですか?その後、父の写真は折伏理論解説書の改訂版にも使われております。今、顕正会本部は・・浅井氏は、私達と接触したり、会話をしたら、無間地獄に堕ちると言っているそうです。私達が、無間地獄に堕ちる大敵と言うならば、折伏理論解説書、作り直したら如何でしょう。勧誘して騙す書・・という題名にされて、作り直したら如何でしょう。顕正会・・・・お金儲けのためなら、手段を選ばない汚い団体。
September 22, 2008
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顕正会という団体は、意見する者や、疑問をぶつける者、全てを消してしまえ・・というわがまま、身勝手な団体である事は、誰もが気付き始めている事と思います。何もかも、上長にお伺いする事が怖かった当時。区員から、顕正会は間違っているのではないですか。宗門が実は正しいのではないですか。戒壇の大御本尊様にお会い出来る日は、本当に来るのですか。浅井センセイの仰る広宣流布の日付けがずれていっているのは、どうしてですか。どうして・・・どうして・・・どうして・・・・いろいろ疑問を持ってくる者への指導は ただ 一言。【疑わざるを信という。】子供にだってこんな言葉だけでは通用しない。自分なりに膨らまし、励まし・・の繰り返し。過去の日記にも書きましたが、いろいろあって、顕正会の間違いや、汚さ、愚かさ、狂い切った姿に、憤り、悲しみ、そして最後はK籐R子の罠により、興奮した浅井氏より、直接、謹慎処分を言い渡されました。冤罪の罠については、後に公開させていただきますが、当時結婚をし、大宮公園前に住んでいた私は、謹慎とは、顕正会員とは接触をしてはならないと聞いていたため、本当に苦しい日々でした。当時は朝も昼も部屋にこもり、会館が閉まる22時以降に外へ出て、深呼吸をする毎日。箱の中に入れられているような息苦しさ、自分が生きている意味すら、分からなくなった あの頃。顕正会以外に正しい団体はない・・・・広宣流布は顕正会でしか、あり得ないのだから・・・・揺るぎない事実と思いこみ、何故、罠にはめられたのか、慈悲もなき人間の姿に、本当に顕正会だけなのか・・私の頭がおかしくなってしまったのか・・・。自問自答の日々を送る中に、主人と神奈川への引っ越しを決め、後に顕正会が、とんでもない謗法団体である事が確認出来、人生の再出発をスタートさせる事の出来た私達。小さな小さな顕正会という団体。東京タワーの展望台から、下に見える小さい車や小さい人よりも、もっともっと小さい顕正会。こんな小さな団体に、異常な濃度の毒が充満している事を知っている者は、上長にこびる事の出来ない元顕正会員達。元顕正会員・・・・・浅井氏は、何歳から、何を学び、何を知り、顕正会などというビジネスを始めたのだろうか。顕正会から離れる瞬間、それは、それまでの人生を全て否定しなければならないほど、とても辛く、苦しい事。でも顕正会を離れなければ、今、間違いに気付かなければ、顕正会でいう広宣流布は、絶対にないと知った時に、同時に自分の人生が残り少なくなっていたら、絶望という言葉で表現出来ない事実が、そこにある事は明らかであり、悔いても悔い切れない人生が待っているのも確かだと、私は思います。人生ぶん投げ、顕正会に身を投じてきた事だけは、誰にも否定出来ないでしょ、と言える愚かな自分が、行く所まで行って、見つけた 真実。それは顕正会が謗法団体であるという事。浅井一族の〈衣 食 住〉のために利用されている顕正会員。もう、頑張らなくていいのですよ。もう、自分の人生を大事にしてください。今、私がこの日記を書いている瞬間も、浅井氏は通帳を眺めながら、笑っているのでしょう。
September 19, 2008
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十数年の間に、たくさんの功徳をいただいたと思い込んでいた私。たくさんの同志と共に、果たせなかった夢がある。将来の夢を語れば、上長から、御奉公が出来なくなるから、駄目だと反対され、一般事務、9時から17時までの仕事に就ける事が功徳だと・・・自分もそうさせられ、同志達にも勧めていた自分。10代のあの頃になりたかった夢を、今はもう果たす事は出来ないけれど、これから先、多くの人の夢を反対しないで生きられる自分が幸せだと思う。顕正会当時の私の功徳、それは誓願に勝つ事。毎月の誓願を大きく突破出来るのなら、それ以外の功徳はいらない・・・そんな事ばかり祈って生きていた。今、思えばアホとしか言いようがない。一緒に法華講員になった大切な友人達が、看護士の試験に合格した。看護士としてのスタートが遅れてしまった事、私が顕正会に誘いこんでしまったから、心からごめんなさい。そしてスタートラインをここから、引ける事をはっきりと教えてくれた彼女達に心から感謝しています。夢を実現する事をあきらめず、今まで出来なかった事を果たせる時をいただいた事に、今、深い喜びを感じて生きています。
January 21, 2008
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私が浅井サン、K藤総合女子部長、Y婦人部長、K副部長より大会議室に監禁され、母と2人、長時間にわたり、冤罪を押しつけられた際、浅井サンはよくトイレに立ちました。それはもう何といいますか・・お茶をガブガブ飲んではトイレ、戻ってまたお茶をガブガブ飲んではトイレ・・・。この繰り返しで、感情的に怒りながら、席を立たなければならない姿は滑稽というより他に言葉が見つかりません。よく総幹部会やら御書講義ではトイレ、我慢しているなぁと感心するほど。完全に糖尿病の症状なんですもの。顕正会員は食費を節約して勧誘活動に励まなくてはなりません。動くためにはお金が必要なのです。自分の収入だけでは足りないほど、お金が必要で糖尿病になるほど、食することは出来ないのです。分かりますか。浅井サンは糖尿病。浅井サンは現在、腹膜透析です。本部の会長室にもたくさん、置いているのです。腹膜透析は自分で出来ますからね。病気、貧乏、家庭不和・・・・病気、貧乏、家庭不和・・・・病気、貧乏、家庭不和・・・・病気ですよね……(-。-) ボソッ.貧乏・・・・・詐欺師は人のお金を取った時だけはリッチな気分になるのでしょうね。家庭不和・・・・長男の事といい、いろいろありますよね……(-。-) ボソッ. 本当に情けない。浅井サン、もう罰、出ているでしょ。無間地獄に会員を連れていく事はやめなさい!
January 7, 2008
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2001年11月27日、私はK藤R子総合女子部長に本部大会議室に呼び出されました。内容は女子部での嘘の登壇を見抜く事の出来なかった私が、役職を降りて一から信心をさせていただきたい・・と願い出た事に対して、K藤R子総合女子部長は怒り狂ったのでした。この事を日記に更新出来る理由は、年末の大掃除で、その日に書き留めたノートが出てきた事と、その後、浅井サンに呼び出され、同じく本部大会議室において、浅井サンが怒り狂う前日に浅井K衛氏に送信したFAXが出てきたため、公開出来る事になりました。今でも忘れません。【K藤総合女子部長】とっても底意地の悪い表情でした。表向き、お嬢様だった(あくまでも過去形)ように装って、オッホッホ~と笑う顔からは、想像も出来ない姿で、11月法戦、誓願達成も苦しかったでしょ。浮気したから!!!(浮気はしていません。)卑怯者!!!あんたは人生を踏み外した。○区を違う道に引っ張った。かく乱を起こそうとした。私は部長だから、あんたの正体が分かった。役職を降りるチャンスを狙っていた。成人式までは純粋だった。○○○○のほうが純粋だ!(嘘の登壇をした女子部員)卑怯者、馬鹿 連発。片意地を張っているのは生まれつき?私は27.8歳の時に悟りを得た周りの人から結婚しようという事も言われたが、御書を真剣に学び、悟りを得た。結婚は旦那や子供に人生の半分を取られる。結婚なんて馬鹿じゃないか。顕正会幹部が出来るのは天性のもの。婦人部行きを申し伝えて終わればすむものの、今後の事を思って話してあげている。有難いと思いなさい。教訓にしなさい!総幹部会当日にも参加が出来なくなって馬鹿。アホ!(当日は班長以上ですからね)お母さんに恨まれるじゃないの!(私の母も元幹部です)自分が悪かったから婦人部になったと、そう言いなさい!御奉公したければ、ここで謝りなさい!頭を下げなさい!!今後、婦人部で役職をいただく事になった時は、今日私が話した事が教訓になったと思いなさい!卑怯者!!慢心!!!!これの繰り返しでした。私が発言した言葉は、悲しいです。 申し訳ございません。 ごめんなさい。 だけでした。悲しいです・・・との言葉に対し、説教されている立場で悲しいとは何ですか!謝りなさい!頭を下げなさい!! という状況で、この日の事を母に言ってはならないと口止めをするのでした。今だったら、K藤総合女子部長さんとやらに教えてあげたい事が たくさんあります。あなたは何様ですか。なぜ、浅井サンはあなたの言う事を全て信じるのですかなぜ浅井サンはこいつは馬鹿などと言う言葉は知らん!とどこまでも、醜いほどあなたをかばうのですか?あなた達って・・・・・あなたのいう悟りって・・・・(爆)御書って、どの御書を学んだのですか?大聖人様は法統相続(子供に仏法の大事を伝えていく事)の大事を申されておりますが、結婚は子供と旦那に人生を取られるって、あなたの学んだ御書はいったい何の御書ですか?それは御書ではなくて、浅井サンが書いた折伏理論解説書&浅井サンのトーク集かなにかですか?(爆)昨年の暮れ、顕正会の元幹部を先頭に多くの方が顕正会をやめて、法華講に入信されました。本部の実体は過去も今も最低最悪です。法華講員になれば除名。法華講員と接触すれば地獄・・・ってア~タ、本部は、浅井サンは何に怯えているのですか?大聖人様の御眼を恐れる事はないのでしょうね。恐れていては、偽本尊など作れませんからね。あなた方が一番恐れているのは、顕正会員が減ってしまう事だけのようです。そして浅井サンは、病気の進行も恐れているのでしょうね。。でも・・・そのわりには、最近、辺り構わず、除名除名って、大丈夫ですか?除名にしていただくのは構わないのですけど、新聞を止めなくてもよろしいのではないでしょうか。お金を払っているのですから、私の時もそうでしたけど、それを送らずに本部で又、売ってしまうのでしょ。それって・・・二重取りですよね。罪じゃないのでしょうかね。少しは常識という事を学びましょ。浅井サンの書いた本だけを読んでいても何もなりませんから。だって浅井サン、宗門にいた時、屁理屈で反発ばかりして、学ばなかったのでしょ。御書を。今年も一人でも多くの顕正会員が顕正会をやめられますように。
January 5, 2008
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彼女の登壇が嘘であった事。彼女は始めから癌という病ではなかった事。事情聴取というのは、彼女が心の病気、すなわち精神病ゆえの嘘だったのかそうではなかったのか。何故、そのような事になってしまい、全顕正会員を騙す結果になったのか。事情を調べたり聞いたり、話をしなければならないのです。後から分かった事ですが、本部は彼女の処分を決めるのに、事情を知る必要があったのです。そのために私は、ただ使われただけです。私も人間ですので、彼女に騙された事に腹も立ちました。話を聞くうちに、同情もしました。人間ですから・・・・・・。そして、彼女が嘘をついた理由は、「みんなに注目してほしかった。みんなに見てほしかった・・・・・。」これだけでした。心の病でもなければ、何でもありませんでした。この事実を本部に伝え、私の任務は終了です。その後彼女は、本部に呼ばれ、処分を言い渡されました。(私は同席する必要はないとの事でした)処分は謹慎3年でした。理由は3年もすれば、顕正会員は、彼女の事を忘れるという事でした。完全に、おかしな団体である事をこの時、確信しました。山門入り口さんが、おっしゃっていましたが、顕正会は、心の病を救う団体ではありません。精神病と診断された方や、皮膚病の方等々は周囲への悪影響を及ぼすと判断し、会館、事務所への出入りは禁止になります。しかし精神病の方は入信しやすいので、精神科の病棟などで毎月10名以上入信させる組織があるのも事実です。心の病気であっても そうでなくても 彼女の場合は謹慎になったのでしょう。顕正会員が3年で彼女を忘れたのでしょうか・・・・忘れないと私は思います。そんな簡単な事ではないのです。顕正会の中にいる会員にとっての体験発表は・・・・・。これを機に私は責任を取る形で全ての役職を降りました。しかし役職を降りるだけでは済まず、自ら浅井センセイからいただいた役職を降りると言ったとの理由から いろいろな冤罪を押しつけられ、謹慎1年を言い渡されました。自分の事を詳しく書こうとも思いましたが、今、一瞬一瞬を幸せだと感じ、戒壇の大御本尊様にお会い出来ている自分ですので、どうでも良い事をウダウダと書く事はやめました。顕正会当時、私は多くの人を悪道に引っ張った加害者であり、17歳からの大事な時期を顕正会に奪われた被害者である事は消す事の出来ない事実。そして10数年という時を顕正会で過ごした自分が、最後に冤罪、処分されたのは顕正会に身を置いてしまった自業自得ゆえの罰であり、今となっては本部に対し、私をそして大切な主人をボロ雑巾のように切ってくれて、ありがとさんと言いたい位です。顕正会で失った物はたくさんあります。積んだ罪障を思えば、恐ろしくなります。しかし、得たものや、得た事もたくさん あるのも事実です。顕正会で傷付いていなかったら、本当の大聖人様を求められたのだろうか・・・顕正会で苦しまなかったら、今、私達は何処にいたのだろうか・・・・顕正会で行くところまで行かないと気付けなかった愚かな私達ですが、主人と出逢い、愛おしいと思う子供が2人。家族4人で大石寺に行ける事の喜びや感激を得る事が出来るのも、過去がなければ実現しなかった事も事実です。顕正会の中では私達は離婚したと凄い勢いで噂を流されましたが、まだまだ新婚さんのようですよ(笑)。ひとまず ブログの更新は、ゆっくり ゆっくり させていただきます。何か質問などがありましたら 分かる範囲でお答えさせていただきますのでよろしくお願い致します。私達夫婦も体を使って精進して参ります。
October 25, 2007
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その後、診察室内で、状況の説明から始まり、検査などなど、長い時間が過ぎ、改めて、名前を呼ばれ、彼女とK衛氏は恋人のように、一緒に診察室内に入って行きました。それからは、そんなに時間もかからず、K衛氏が形相を変え、出てきたのです。それは本当にすごい形相で、「何か ありましたか・・・」と聞いた所、怒りを抑えながら「後で・・・」と声を必死に押さえて言ってました。彼女をとにかく帰すように言われ、私は何が何だか分からないまま、彼女には、「自分で帰れるの?大丈夫? 後で連絡するからね・・。」と言い、病院の外で別れました。彼女も何かにおびえるような姿で帰って行った姿が今でも焼き付いています。彼女を帰したあと、K衛氏と2人になり、診察室内での出来事を全て、聞きました。○ まず、彼女の体内のどこにも癌など ない事。○ そして、この日に行った大学病院は、過去に彼女が○病で彼氏と一緒に通院していた事実 があった事。私は、癌がない・・・という事実に気を失いそうなほど驚き、息が止まるような思いがし、組織の仲間や顕正会全員を騙した・・・・との恐ろしさに身が縮む・・・凍り付く・・・どんな言葉でも表現出来ない恐ろしさを感じ、震えが止まらなかったのですが・・・・。K衛氏の怒りは違いました。○病で通院した彼氏と間違えられた事に憤り、怒りを抑えられていなかったのです。人を何だと思っているんだ、馬鹿も休み休み言え・・・・等々 もの凄い口調で怒っておりました。これから どうなるんだろう・・私は どう動くべきなのだろう・・みんなを騙して、体験発表までして、責任を取れる事ではない・・と免許のないK衛氏を後部座席に乗せ、大宮に送りながら、呆然と考えておりました。それから 毎日 毎日 誓願達成は 当たり前。全体を動かし指揮を執れ!と言われ班長以上の幹部と連絡を取りながら、彼女の事情聴取を連日、行い、毎日の彼女の様子、話した事等、翌朝までにFAXで提出する日々が続きました。この時、私はK衛氏の指示で動いていました。当日の状況を知っているのはK衛氏だけですし、浅井会長にもK衛氏が直接、報告をしていたので、それで良いと思っておりました。しかし、K総合女子部長という人は、どこにでも顔を出さなければ気がすまないお人。そのうち、K衛氏とのやり取りまで自分に報告してくるように言われ、K衛氏に報告している内容を自分にも送信しろ・・自分の指示にも従え・・・と言い出したのです。私は限界でした。真夜中に文章を作り、午前3時、4時に 本部へ送信。6時30分には起きて、勤行を行い、会社へ出勤。毎日 毎日 こんな事をして身がもつはずもなく、ある日、K衛氏に、「疲れました。私はどう責任を取れば良いのでしょう。教えてください」と言いました。K衛氏はK総合女子部長の事を「あの人はいつも そうなんだ」「とても煩わしい。苦しいと思うけれど心苦しさを乗り越えて頑張ってほしい・・・」と言うのみでした。そして定例報告の時K副部長に彼女の事をお詫びした所、「純粋な同志をいただけるようにならないと駄目です」と。今回、彼女が自分の組織に来たのは、私に問題があるという事・・・・純粋でないから、純粋な同志ではなかった・・・・ん~~~ 朦朧としている頭の中で、自分はいったい 何をしていたんだろう・・・自問自答する日が続き、最終的に顕正会の罠にはまっていく事になってしまうのです。続きます。( 長くて申し訳ありません><。)
October 23, 2007
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顕正会当時、癌という病で余命3ヶ月と宣告された女子を壮年部より紹介されました。もちろん総幹部会でも登壇をし、彼女の実家、九州まで勧誘(顕正会でいう折伏)に一緒に出かけ、両親や弟を入信させ、必死な日々を送っておりました。当時は、彼女の癌が消えてくれるなら・・・消えてほしい・・・と願う気持ちのみでした。この健気な彼女の姿に飛びついてきたのが浅井会長でした。新宿のある大学病院で癌細胞を消せる治療をしている所があるので そこに行かせなさい。「私が、見つけた。彼女と面接をしよう。そして直接 励まそう。。」等と言って、日曜勤行の後、会長室で面接をしてもらい? 励ましてもらい? 感動の中、有り難いねぇ~~と語りました・・・。でも・・・その時の彼女は元気がなく、あまり感激もしておらず・・・・当時の私は彼女は、入信間もない子だから、良く分からないよね・・・具合いだって悪いのだからしょうがないよね・・と思っておりました。本部のほうで病院に行く日程や、時間の打ち合わせなどが始まりました。付いて行く人は、私と克○氏。時間は彼女を私が迎えに行って、8時30分に病院のロビーで、という事に。この打ち合わせを聞いていたK藤総合女子部長は、克○氏に「起きられるのぉ?」と嫌味たっぷりに問いかけ、克○氏は無視・・・すごく嫌な空気でしたね・・・ 何だったんでしょうかね。病院に行く前日から彼女は病院には行きたくないと言い出し夜中の3時まで説得。こわい・・というのが理由でしたが、私は、浅井会長や上層部が動いてくれている・・・無理でした~なんて言えるわけない・・・と説得するのに必死でした(情けない)。当日 なんとか彼女を連れて病院に行き、克○氏と会い、誰からの紹介状も、コネもない病院の待合室で、克○氏が彼女の恋人として、診察室に入ると言いだし・・・・長い時間、待って、ようやく名前をよばれ彼女と克○氏は診察室に入っていきました。彼女の恋人として・・・。その後大変な事実が・・・・・。続きます。
October 18, 2007
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>紫苑さん>本当にお久しぶりです。>本部にはめられた元男子部幹部です(笑ご無沙汰いたしております。お元気そうで何よりです^^。びっくりしましたよぉ~^^。 こんな所でお会い出来て光栄です(笑)>ブログを立ち上げられたのを偶然拝見しましてお邪魔いたしました。ありがとうございます。ブログ開設は悩みましたが、元会員さんと大切な方々の事が主人も私も頭から離れず、出来る事から始めたいと思い立ち上げました。更新しないまま月日が経っておりますがww。>さて、交通費支給の件ですがいや~な思い出ですね~;;>毎月一定額が銀行口座に振り込まれてくるのですが、その通帳に記載されている名義人こ>そ、顕正会が手当を出していた言い訳できない証拠になってしまうんですよね。w>名義は誰になっていたか今はちょっと思い出せませんが・・・。本当に嫌な思い出ですね~~~^^;;しかし、この金額をもらっても、実際は本当に足りなかったのも事実ですよね(汗)お給料全て ほとんどの幹部は使っていましたから~。壮年部は顕正新聞社から支給されていたそうで、女子部は手渡しでしたので、みんな違うかもしれませんね。それに幹部でも全員が、もらっていたわけではないですから、どこかのサイトで言われているような事はないと思いますけど(苦笑)>しかし何年も支給されていたものを、いきなり長男のシンパでなくなった途端に全額返せっ>て言われても無理ってものですよね~>それをしつこく何度も日中仕事してる時にまで携帯に電話してきて「今月はいくら返すつも>りだ?」なんて言ってくるのは最早嫌がらせ以外の何ものでもありませんでした。>その長男も既に失脚したようで、あの人に振り回された数多くの人間を思うと、心が痛んで>きます。長男の失脚・・本当に彼は何様だったのでしょうかね。今、思い出しても格好つけてばかりで、人の心の痛みなど分かろうともしない人間でしたね。浅井氏にしてもK衛氏にしても、大幹部達は幹部をボロ雑巾のように扱い、捨てるのがお好きのようです。顕正会会長から冤罪を押しつけられた時、私はボロ雑巾なのだ・・・ボロ雑巾は、もう生きている意味はないんだ・・・と当時は本当に思いましたもの。K総合女子部長は自分の気にいらない人間、イエスマン以外は罠にはめてでも、落とす人ですから、仲の悪かったK衛氏を落としたかったでしょうし、失脚した事を心から喜んでいるのが手に取るようにわかります。元会員さん・・・HNが以前とは違いすぎて、思わず吹き出してしまいましたw
October 2, 2007
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ある程度まで 顕正会員として頑張ってしまうと、毎日 本当に大忙しです。会社員の幹部は土日を使って地方に行くわけですが九州・四国・京都・岐阜・長野等々、総班のある所には、だいただい毎月行くので、交通費も半端じゃありません。1ヶ月に2往復は飛行機に乗っていました。この動く費用、全て自分の働いたお給料から、出していくわけですが、地方によっては、自分が行くようになって、勧誘数が伸びたり、自宅拠点を作るほど、人が集まる・・・なんていう事もあるのです。こちらとしては、行くからには証拠を持って帰るとかなり気合いが入っているわけなのですが・・・。そして、あの県が伸びてきたなぁ~とか今回はすごいなぁ~と、浅井氏の耳に入るわけです。そうすると、「内緒です。極秘です。」と言いながら一部の費用を地方に通っている幹部に本部が渡すようになるのです。私は月に46.000円ほどもらっていました。これは飛行機代なので、領収書をもらって、本部に提出すると、経理をしているK井サンに思いっ切り笑われ、領収書はいらないわ~と言われました。私も会社の経理をしております。領収書、いらないのは宗教法人だから???と疑問に思いました。みなさんのお金をもらっていた私も最低なのですが、正社員で働いて、月給30万取って、自宅に5万円入れた残りの金額を全て御奉公と称した事に使っても足りない生活を送っていた顕正会時代。計算すると悲しくなるので考えないようにしています。(自業自得ですよね(≧ヘ≦ )プイッ!! )この本部から支給されるお金、ある男子部幹部においては本部の罠にはめられた仲間をかばい、反発した所、今までの支給された金、全額 返せ!とK衛氏に何度も言われ、何度か、言われるまま手渡しで返したそうです。その後、おかしい・・と思い、顕正会の口座に振り込んだ所、J衛氏より何のお金でしょう?と連絡が入る有様で、K衛氏の独断で、男子部元幹部を苦しめた事実もここに暴露させていただきます。なお、顕正会の罠については、私もはめられた経験者ですのでじっくりと更新していきたいと思っております。顕正会に騙されてはいけない。戒壇の大御本尊様に通じていない所に現顕正会員は身を置かないでほしい。
September 6, 2007
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年に1回、1万円から8万円まで、清らかな団体ゆえに上限を決めている・・と公の場では言っておりますよね。でも実際は10万以上、御供養している人もたくさん いるのです。主人も他の壮年部幹部も婦人部の元幹部も、10万の位に数字を記入しており、その後、受領書も手渡されております。ある時K籐総合女子部長は、言いました。「女子部の純粋健気に御奉公をしている総班長の事ですが、 お母さまが亡くなられ、保険金が入ってきたとの事で、 是非、広宣流布にお役に立てて欲しい・・と願い出ました ので有り難く御供養として受け取りました。」「本当に健気ですね~」と。ある区長会で勧誘数が足りない、戦いが遅れている時、K総合女子部長は半ヒス(半分ヒステリー)で言いました。「このままでは申し訳ない。浅井センセイに申し訳ない。もっとセンセイに付き切らなくて駄目です。区長が無能だから、こんなブザマな戦いしか出来ないのです。広宣流布?出来なきゃ出来ないで、しょうがないじゃない。どれだけ真剣に戦いを進めるかが大事でしょ!浅井センセイの弟子になれた事が宿縁でしょ!もう時間がない。しっかり全員を奮い立たせなさい!」と。。私、思うんです。浅井昭衛とK藤R子は、ゲームでもしているつもりなのかって。広宣流布、出来なきゃ出来ないでしょうがない?身も財もぶん投げている人達を何だと思っているのでしょうか。あなた方は分かっているのですよね。浅井サン、K藤サン・・・・顕正会には何の使命も資格も未来もない事を・・・・
September 6, 2007
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勧誘数だけが増えても駄目なのです。体験発表を組織から出さなければ、功徳がないなんておかしいじゃない!とK総合女子部長に責められます。(見た目はどうかは分かりませんが、K総合女子部長はかなりのヒステリーですからc(>ω<)ゞ イヤァ~)総幹部会前に各組織から体験発表推薦書を各部長に提出します。総幹部会で登壇が決まると、まずは本人に書いてもらいます。この時点では、うれしい気持ちもそのまま、うれしいと書かれております。作文のようなホノボノとした文章が多かったです。出来上がった原稿をもらい、区長の手直しが入ります。うれしかった・・という表現が浅井センセイ率いる顕正会員になり得たればこその功徳・・・と変わっていきます ( ̄o ̄)ほっほぉ~テンプレは、幹部の頭の中に存在しますΣ( ̄ロ ̄lll)。御本尊様の御守護により・・・よりも浅井センセイの大信力etc・・・浅井センセイを一杯書く事が女子部ではポイントになります。出来上がった原稿を手にして、よく言われるのが、こんなに凄いことではないような~・・・・。え~~~自分の原稿じゃないみたいで、読めるかなぁ~~と(汗)。そんなこんなで毎月の総幹部会が開かれていると思います。こんな事を書いている私も成人式の時には「浅井センセイにお応えできるのであれば他に望むものなど、ございません!!」と言い切っておりました(涙)今は、浅井昭衛に対し、多くの人に謗法の罪障を積ませ、その罪の深さ、重さを理解出来ない愚かな言動、行動を断じて許さないという気持ちのみです。私は過去に父親の癌が消えたという体験発表の登壇をしました。その時から癌 即 功徳という浅井氏の言葉が顕正会の中にに流れました。実はこの登壇も癌が消えたのは事実ですが、拝んでいただけではありません(苦笑)今後、このブログで健康法としてUPしていきたいと思っておりますが、足医術というものをやっていたのです。 w( ̄o ̄)w オオあの登壇も大げさに作られ、そのまま読んだ お馬鹿さんが この私です。この場をお借りし、お詫び申し上げます。
September 4, 2007
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どうして女子部の勧誘数はダントツなのか・・・。確かにすごいですよね……(-。-) ボソッ.特に裏も表もないのですが、やっている事は最悪ですΣ( ̄▽ ̄;|||。私は高校生の頃、毎週土・日は10時 14時 18時と3人ずつ予定を入れて、毎週、必ず入信勤行という偽物儀式を行っておりました。当時の班長は大喜び。そりゃそうですよね。高校生に、良い事がある!!祈りが叶う!両思いになれる!お金がかからない!お経は、毎日15分で終わる!お題目100回、早口で唱えれば2分30秒! 良いことばかり、それもタダ! なんて誘われれば、続く、続かないは別として、入信する子が多いのです。高校生の入信は、本当に簡単です(涙)顕正会の折伏最終日、朝まで夜通し、勧誘活動をします。夜中に出てくるのは・・・・若い男子&男性。電話がつながれば、ほとんど出てきます。(中にはシャンプーの香りプンプンで・・)さすがに、期待した話ではないので、怒り出す人も多いですが、なかには、入信する人も多いので、最終日当日23時に現在の入信人数をK総合女子部長へ連絡。そして23時から翌朝6時まで若い女の子達が夜通しで勧誘活動をして、区で5~6名伸ばし、翌朝、電話で報告。副部長以上の幹部は23時以降は眠る事が出来るわけですが、区長までは、一緒に行動しますので、徹夜が続きます。(総幹部会までに提出書類に追われ、班長会の原稿書きや登壇者の原稿直しなどで無駄に忙しいのです)私が総班長・支区長だった頃の区長は思いっ切り寝て朝の6時にしかつながりませんでしたが・・・・。結局、結論ですが、浅井氏の折伏理論解説書の中身を一応は話しますが、勢いと良い事を並べ、相手の気持ちを大いに盛り上げ、一気に入信勤行にもっていく・・・という感じです。相手が一生をかけて信仰するべき大切な事を教える場ではなく、浅井センセイに言われた数を達成させるために入信勤行を何が何でもしてもらうというだけに、他ならないのです。ですから、一番大切な事は人を動かす情熱だと・・・・祈っているだけじゃ 戦いは進まないから、動けと・・・日本には時間がない!!!と・・・・こんな感じででやっておりますので女子部の勧誘活動は四者でダントツなのだと思います。もちろん年配や家族に対しての勧誘の応援は、思いっ切り情が入ってしまいますので、これはこれで、また一名また一名 と増えていくわけですが・・(汗)活字にしてみて、自分のやっていた事が ドンドン惨めになってきましたが、気を取り直して、平日中心の更新になると思いますが、バシバシ、いかせていただきます。
August 31, 2007
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今日から、ブログを始めることにしました。17歳の夏から、謗法、顕正会に身をおき、21歳で数百人をまとめる幹部として、365日、休む事は悪だと教え込まれる女子部で13年活動をしておりました。振り返る事がこわくて、最高幹部達の言動、行動を思い出す事が胸を締め付けられる程あらゆる意味から苦しくて、なかなか前に進む事が出来ませんでした。しかし、主人と4歳の娘と2歳の息子、家族揃って法華講員とならせていただき、心の底から幸せを感じられる生活を送らせていただいている今、このままではいけないとの思いから、私の見てきた顕正会の実態を明かし、一人でも多くの人に、顕正会では、絶対に成仏も広宣流布も、そして、戒壇の大御本尊様へのお目通りも叶わない事を伝えさせていただきたいと思います。
August 30, 2007
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