今年も誕生月がやって来ました。といっても、特別なことは何もありません。
ネットショップからのお祝いメールや、会員登録しているパチンコ屋から粗品進呈の案内状が来るだけです。
この年になると、それが普通でしょう。
ここでわが駄句をひとつ。
水無月や冥土の旅へまた一歩
これ以上でも以下でもない誕生月です。
「相聞」
という詩です。
また立ちかへる水無月の
歎きを誰にかたるべき
沙羅のみづ枝に花さけば
かなしき人の目ぞ見ゆる
この詩に特別な感傷を覚えるのは、小生にも似たような経験が多々あったからです。詩や散文の習作を書き散らしていた若き日、恋に恋する若者でした。いまでは想像できないほど多感な青年だったのです。
が、凡人の過去をほじくり出しても、読者にはなんの興味もないでしょう。個人的な、あまりにも個人的な思い出は、自分の胸にしまっておくのが賢明です。
というわけで、今回はこの詩の背景についてちょっと触れておきます。
理知の人だった芥川にも、熱い血が流れていました。 恋愛遍歴 もいくつかあったようですが、強い倫理観の持ち主であった彼は、それをあからさまに表すことはありませんでした。常に秘めた恋であったといえます。
「相聞」の相手は、 歌人のM女史 といわれています。佐佐木信綱に師事する『心の花』の歌人であり、アイルランド文学の翻訳家でもありました。東京に生まれ、東洋英和女学校を卒業、しています。
芥川が交渉をもつた少なからぬ女性の中で最後の恋人といふべき人でした。ただこの恋は全く精神的なもの、 プラトニック・ラブ だったのです。彼女は実業家の夫人で、教養があり、品性も高く、年配も芥川よりずつと上で大きい子供もいました。
この女性に対する芥川の想いは並々ならぬものがあり、それが 「越し人」 という哀切な叙情詩にあらわれています。M女史は東京出身ですが、憚るところがあって、越路(越後)の人としたのでしょう。
あぶら火のひかりに見つつこころ悲しも
み雪ふる越路のひとの年ほぎのふみ
むらぎものわがこころ知る人の恋しも
み雪ふる越路の人はわがこころ知る
現(うつ)しみを嘆けるふみの稀になりつつ
み雪ふる越路のひとも老いむとすあわれ
(後略)
以上が「相聞」に秘められたラブ・ストーリーです。この恋愛感情が、自殺の原因であったとする 「ぼんやりとした不安」
に繋がっていたのか、それはわかりません。どんな解釈も自由ですが、永遠の謎としておいたほうがいいでしょう。
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