1
大湯温泉には夕方の4時過ぎに到着した。静かな山間にポツポツと旅館がある感じだ。町の真ん中に川が流れていて、川の向こうに一軒大きなホテルが見える。そこには道の駅もあるようだった。僕らご宿泊する予定の旅館は花海館といい何ヶ月も前から予約していた。結構な量の豪勢な夕食が出るというのが売りのようで、僕たちは到底食べきれないと思い、間食などせず我慢してここまでやってきた。あらかじめナビゲーションに旅館を目的地として入れていたので、場所はすぐにわかった。それでもわかりにくい入り口から駐車場へ入って行った。その時嫌な予感がした。旅館の建物に活気がないのだ。建物の中の電気は全て消えている。そして誰もいない。「電気消えてるね」「誰もいないね」「週末や言うのに泊まりの客がいないみたいね」「潰れたんじゃない?」「嘘やろ!」僕たちは車から降りて真っ暗なロビーへ入って行った。ドアに鍵はかかっていなかった。しかし、やはり誰もいない。電気は全て消えている「すみませ〜ん」大きな声で従業員の方を呼んでみる。しかし返事がない。もう一度、「すみませ〜ん」と声を出してカウンターにあった呼び鈴を押した。そうしたらカウンターとは反対側の通路からおばあちゃんがよたよたと近づいてきた。昼寝をしていたようで、眠たそうに「あらあら、今日はお休みですよ、料理人と従業員も3時半に帰ってもらいましたよ」という。「いえいえ、予約を入れてたはずなんですけれども」「あら、そうでしたかね。ごめんなさいね」と言って、おばあちゃんはカウンターの奥の事務所に入って行った?何やらノートをめくって予約を確認しているようだった。しばらくしてカウンターに戻って来て「おかしいわね。ごめんなさいね」と言っている。怪しい。認知症になってしまったオカンの動きに似ている。そういえば顔も何となく似ている。このおばあちゃんとは予約の時に電話で話した。その時から少し嫌な予感がしていたのだ。予約の電話をかけたのは約4ヶ月以上前出会った。その時おばあちゃんに「10月19日ですが、予約できますか?」と尋ねたら、「大丈夫ですよ。何名様ですか?」「2名です、京都から行きます」「分かりました。一泊2食付きでよろしいですか?」「はい、お願いします」一泊2食付きでお一人様13000円です」「分かりました。よろしくお願いします」「もし来なかったら罰金ですよ」「はい、分かりました」来なかったら罰金と言っていた。あの、ばあちゃんは、僕たちの予約を入れ忘れて、板前さんも従業員も今日は返してしまったようだった。「罰金はあんたや!」と心の声が叫んでいる。僕たちは思わず、「今日ここに泊まることはできますか?か」と尋ねた「あーはいはい。泊まれますよ。ごめんなさいね」と、何度も謝っている。「板前さん帰ったんだったらご飯は無理ですかね?」と聞くと、「イエイエ、なんとかしますよ」と、おばあちゃんは言っている。板前さんを家に返しているんだから、まさかこのおばあちゃんが晩御飯を作ってくれるんだろうかと心配になり、「いや、もう無理でしたら結構ですよ。どこか外に食べに行きますんで」「でも近くに料理屋ないもんで」「居酒屋とかもないですか」「ここから5キロぐらいのところに山水亭と、いうお店がありますけど」「じゃあそこに行ってみます」ということだが、とりあえず泊まれることになったので部屋に案内してもらった。館内の電気はまだついていない。「この部屋でよろしいですか」「ええ大丈夫ですよ」「他の部屋にしますか」「いえ、ここでいいですよ」他と、言われてもどんな部屋か分からないのであった。「お風呂は24時間いつでもはいれますので、お湯だけはいくらでも出てくるもんで」といいつつおばあちゃんは去っていった。「いや〜参ったな、ばあちゃんにやられたわ、罰金ですよじゃねぇっちゅうねん」「ホンマやね、びっくりしたね」部屋の窓を開けると大湯川がとうとうと流れていた。大雨が降ったらひとたまりもないような川沿いにこの旅館は建っていた。
Nov 25, 2024
閲覧総数 119
2
田沢食堂つづき先ほどまで僕らのテーブルの横でご飯を食べていた老夫婦だがおばあちゃんがラーメンを食べ残して2人とも店を出て行った。結構店は繁盛していて、僕たち中華そばの醤油と味噌を注文したが、出てくるまで結構時間がかかっていた。お水とかお茶はセルフサービスになっていて、畳の部屋の両端にちゃぶ台が置いてあり、ポットが置いてあった。結構寒かったので、湯のみに熱いお茶を入れようと思ったが、ブッシュという音が出て少し残っていたお茶が吹き出して手にかかり激アツだった。僕らより後に入ってきたじいちゃんが同じようにお茶を入れようとしたが、ポットは虚しく、ブッシュという音を立てて飛沫を撒き散らすだけだった。おじいちゃんは常連さんなのか、お店の人を捕まえて「お茶がありません」と大きな声で訴えていた。お店の人も「あら、ごめんなさいね」と言ってすぐに熱々のお茶を持ってきてくれた。そう、こうしているうちに先ほど僕たちのテーブルの横で、ラーメンを食べていた老夫婦のおばあちゃんだけがまた店に入ってきてそこら辺をうろうろしだした。そのおばあちゃんは、先ほど自分たちが座っていた座敷のテーブルの下を覗き込んで何かを探しているようだった。おばあちゃんが「この辺にカバンはありませんでしたか?」と話しかけてきたので「いや〜なかったですよ」と答えると「スミマセンね」と言って座敷から出て行きお店の人に、「カバンは忘れてませんでしたか?」と地元の言葉で尋ねていた。しかし、お店の人も、「なかったですよ」と地元の言葉で言っていた。おばあちゃんは、しばらく納得が行かないようだったがトボトボと外へ出ていった。しばらくして僕らの中華そばが運ばれて来た。僕はしょうゆ味で妻はみそ味だ。どちらもボリューム満点で500円のラーメンとは思えない。スープも美味いし麺も美味しい。文句無しに合格だ。妻のみそ味を少し食べさせてもらったが、独特のみそ味でこれまた、美味しい。隠し味に生姜が入っていたかもしれない。とにかくこのお店は満点だ。美味しい中華そばをすすっているとさっきのおばあちゃんがまた店に入って来た。紫のジャージですぐに分かった。そしてまた座敷に上がって来て「カバン忘れてませんでしたか?」と聞いてきた。「いや〜なかったですよ」と僕が答えると向かいの席に座ったてた若いお母さんが「私も見たけどなかったよ」と地元の言葉でおばあちゃんに言ってくれた。おばあちゃんは「カバンに免許証や保険証が入っるからないと困る」と言ってあちこちの机の下をのぞくが見当たらない。諦めて座敷を出ていくとまたお店の人に「カバンが落ちていませんでしたか?」と尋ねている。お客さんか多い時間帯で忙しいにもかかわらずお店の人は粘り強く「あったら連絡するから」と答えている。恐らく常連さんなのだろう。おばあちゃんは一応納得してまた店から出ていった。中華そばは結構な量でお腹一杯になった。満足した。と思っていたらまた紫ジャージのおばあちゃんが店に入って来て座敷に上がって来た。今度はおばあちゃんは「皆さんスミマセンね、ちょっと机の下を見させてもらえませんでしょうか」と宣言して全ての机の下をのぞいて行く。他のお客さんも「仕方がないなぁ」という感じでおばあちゃんが一つずつ机の下をのぞくを見守っている。おばあちゃんは机ごとのお客さんに「スミマセンお食事中に」と毎回あやまりながら全部の机を見たがカバンは見つからなかった。おばあちゃんは諦めきれない顔で座敷から出ていった。そしてまたお店の人に同じことを言っていた。僕は妻に尋ねた、「あの人認知症と違うか?」「間違いないと思うわ」妻は認知症のスペシャリストのベテラン看護師だ。「やっぱりそうか、最初からカバンなんて無かったようやしなあ」「そうやね、お店の人も認知症て分かってはるみたいやし、慣れたはるわ」「そうか・・」「おじいさんはどこへ行ったんやろな」「さあね、おじいさんも認知症て分かっているはずなんやけどなぁ」「ほんまやな」僕たちは食事を済ませて席を立ち、お会計をしようと座敷から出ようとしてたら、また先ほどの紫ジャージのおばあちゃんが店に入ってきた。そして僕らの横を通り抜け、また座敷に上がっていった「あー こりゃ、アカンわ」僕ほなぜかため息が出た。妻がお会計を済ませてくれた。500円の中華そばというだけでも安いのに消費税すら取られなかった。お店の人が「お会計1000円になります」と言った時には思わず「え、消費税はいらないんですか?」と言ってしまった。「はい」とお店の人はさらりと言った。弘前に来た時にはこのお店は外せないと心に誓ったのである。お店を出て禅林街に向かおうとしたら、先ほどのおばあちゃんの連れのおじいちゃんが、白い軽トラを歩道を塞ぐような格好で駐車していた。もうカバンが最初からなかったのは明らかで。おじいちゃんもおばあちゃんが認知症なのは承知の上のはずで、お店の人に迷惑がかかるからなどとは考えないのだろうか?僕なら「カバンは家に忘れてきたかもしれないから、一旦帰ってみようか」と、声をかけておばあちゃんを車に乗せるけどね。このじいちゃんも半分認知症なのかも知れない。なんだか切ない風景だった。でも中華そばはうまかった。田沢食堂、弘前に来たら必ず寄りたい。中華そばみそ味
Nov 21, 2024
閲覧総数 2596
3
お腹もふくれて僕たちは禅林街というところへ行くことにした。田沢食堂からすぐのとこに禅林街はあった。禅林街は数百メートルの直線道路に30件以上のお寺が、道路を挟んで連続して立っているという。全国でも変わったところだった。どんつきには長勝寺という大きなお寺がドンと立っているようだった。長勝寺に向かって直線に伸びた道路の両脇には見事にお寺が並んでいた。禅林街通りを歩いて行くと左手に栄螺(サザエ)堂という建物が建っていた。それは福島県の本場のサザエ堂よりも一回り小さかった。このサザエ堂も会津のサザエ堂と一緒で登っていく人と降りてくる人がすれ違うことなく登ったり降りたりできるということだ。こちらのサザエ堂は入ることができるのですが、事前に予約しとかなければならないようだった。僕らは予約していなかったので、外から中見るだけだったここまでレンタカーを止めてきた駐車場から歩いて来たが結構遠くて、風も冷たくここを見学した後、レンタカーまで歩いて帰るのは辛いなと内心を持っていた。「あ、タクシーが来るよ」「ほんまやね」「こんなとこにタクシー来るんや」「誰か乗ってきやったんちゃう?」「そうやけど、見てみ。お客さん乗ってへんタクシーが今向こうに行ったで」「ホンマ?」「暇なタクシーがここまで流してんのちゃう。帰りタクシーがあったら乗ってもいい?」「いいよ。あればね」僕たちは圧倒されるお寺の連続するこの道路どんつきの長勝寺までゆっくり歩いて行った。緩やかな時間が流れている。これは個人旅行ならではの贅沢さだ。長勝寺は実に古いお寺で1611年に建てられたようだ。門も素晴らしく凝った作りだ。どことなく日光東照宮を思い出させる作りになっている。お寺に入るのは無料だった。こんなところまで誰も来ないと思っていたが、タクシーを使って見学に来ている観光客がいた。タクシーの運転手が3人連れのお客さんに、このお寺の説明をしていた。ゆっくりお寺を見物してからレンタカーを停めてある駐車場へ戻ることにする。「タクシーないね」「さっきまで、1台そこに停まってたんやけどな」「どうする?」「10分待ってタクシー来なかったら歩こか」「そうしよか」と待つ事にした。すると5分もしないうちに1台のタクシーがスルスルと近づいて来た。「空車みたいで!聞いてくるわ」と僕は運転手に尋ねに行った。ラッキーなことに空車だった。「乗れるって!ラッキーやね~」急いでタクシーに乗り込んだ。タクシーは今どき珍しいミッション車だった。運転手に話しかける「いや〜助かりました。風が冷たいし。それにしてもここはお寺が、集まって珍しいとこですね」「そうなんです。ちょっと前にブラタモリも来てましたから」運転手の声はとても小さく聞き取りにくい。「えっそうなんですね」「私も、ブラタモリの機材を運ばせてもらいました」「機材ですか・・」「タモリじゃないんだ(心の声)」運転手は聞き取りにくい小声で続ける「ここは全部同じ曹洞宗(聞こえなかったので後で調べた)のお寺で藩内のお寺を藩主が全部ここに集めてしまったんです」「へぇそうなんですね」「弘前城を守るための出城のような戦いに備えて集めたようです」「なるほど、昔はお坊さんは武闘派集団でしたからね」「でも、一カ所に集めてしまったもんだから法事をするとき県内からわざわざここまで来ないといけないので大変だと、檀家の者は言ってますね」なるほどそうなのだ。タクシーで戻るとあっという間に市役所前の駐車場まで着いた。運転手さんは歩道にぐいっと乗り上げて停めてくれた。サービスしてくれているようだったが「歩道に車停めたらあかんやん」と心の声が言っている。この後は今日の宿泊先の大湯温泉へ向かうことになる。
Nov 22, 2024
閲覧総数 633
4
津軽藩ねぷた村を出て弘前城へ行くことにする。弘前城はねぷた村の目の前にある。それにしても先ほどからものすごい土砂降りの雨が続いている。弘前城の追手門近くにある市役所前の駐車場へ移動した。あまりにも雨が強いのでしばらく車内で待つことにした。「雨雲レーダーによるとあと10分ほどで雨止むみたいで」「そうみたいね」「それまで待とうか」「今一番雨キツイみたいしそうしよ」僕は時間つぶしにゲームでもしようかと思い後部座席に移動した。雨の中、車内で過ごすのは意外とリラックスできるものだ。雨に濡れない安心感と時間的に余裕があるのでノンビリするのだ。雨はきっかり10分で急に弱くなりその後ピッタリやんで雲の切れ間さえ見えてきた。「雨雲レーダーって凄いなぁ、ちゃんと当たるもんな」「まるでバック・トゥ・ザ・フューチャーのワンシーンみたいやもんやね」「未来では郵便配達だけは進化してないってドクが言ってたけど、ホンマにそのとおりや」車から降りて弘前城へ向かう。駐車場の隣りにレトロなスターバックスがあった。説明書きによると明治時代に陸軍師団長の官舎として建てられたもので和洋折衷のデザインで登録有形文化財となっているようだ。でもスタバにはほとんど行かないので当然スルーだ。駐車場から弘前城までは道路一本隔てているだけだ。道路を渡るともう弘前城の追手門だ。「立派な門やね」「ホンマに、キレイに保ってるね」門をくぐるとその門の修復作業風景のパネルが置いてあった。それによると金属部分の黒いところは漆塗りになっているという。大した物だ。城内はとても広くまるで京都の御所のようだ。桜の木が至る所に植えてある。お掘りの桜も半端じゃないほど沢山植えてある。桜の季節はさぞかし賑わうのだろう。今日は雨上がりなので人影もまばらだ。本丸まで何度も角を曲がりやっとのことでたどり着いた。弘前城の敷地に入るのは無料だが、天守閣に登るには入場券が必要だ。切符売り場の前から天守閣が元あった場所の石垣工事の様子がよく見える。弘前城の天守閣はこの石垣工事のために「曳家」という技術で城を、解体する事なく70メートルも移動したのだ。石垣の工事が終わればまたもとに位置に天守閣を戻すようだ。日本の城はかつては4万ほどあったそうだが、現在見学できるのは200ほどだそうだ。その中でも現存するオリジナルの天守閣がある城は12城だけである。弘前城はその現存12城の貴重な城なのだ。今回初めて弘前城へ訪れたわけだがこじんまりとしてはいるがなかなかいい城だ。中に入ると強靭な黒い鉄骨で内側から補強されているのがよく分かる。曳家の早回しのビデオはずっと見ていても飽きない。曳家の体験もあったようで市民が大勢で実際に城をロープで引っ張っているビデオもあった。弘前城は桜の名所なので今度訪れるなら桜の季節に来たいものだ。桜祭りがゴールデンウィークにあるらしいが到底宿は取れないだろうな。弘前城を後にして近くにある旧弘前図書館に行ってみる。ここは入場無料で見学できる。周りにはレトロな建物が他にもある。カフェに改造されているところもありいい匂いが、漂ってくる。「カフェでランチでも食べて行こうか」「カレーライスセットが1400円・・・」「僕らには高いな」「やめとこか」いつまでも僕らは貧乏なのである。元はここに天守閣があったそしてここに移動した
Nov 19, 2024
閲覧総数 791
5
旧弘前図書館を見学した後禅林街という1本の通りにお寺が30件以上、連続で立ち並んでいるというところがあるというので、行ってみることにした。図書館から1km ぐらいだというので、歩いて行くことにした。雨上がりで風も強く。少し寒かったが、スマホのナビを頼りにトボトボと歩いて行った。弘前城から前輪街までは緩やかな。登りになっているようで、歩いていると結構しんどかった。思った以上に遠く感じて、何度もスマホを見直したが、道はあっているようだった。特に何もない。街を抜けて前輪が通りの交差点までやってきた。ちょうど交差点のところに田沢食堂という看板が目に入り、そのお店に入ってみることにした。暖簾をくぐるとほぼ満席のような感じだったので、お姉さんに「2人ですけど行けますか?」と尋ねると「今すぐに席は空きますから、待っていてください」ということだった。待合席のようなとこに座っていると本当に23分で席が空いたようだった。手前にはテーブル席がいくつかあって、その後に結構広い座敷の部屋が広がっていて、そこにも多くのお客さんが来ていた。僕らは一番奥の門のテーブルに座ることができた。結構お店の回転は早いようだ。僕たちの席の隣のテーブルではじいさんとばあさんが2人で並んで座っていた。じいさんの方はもうラーメンを食べ終えたようでぼーっとしていた。ばあさんの方はまだラーメンがたくさん残っているようで、急いで食べているようだったが途中で諦めて少し残して帰って行った。何があるのかな?と僕はメニューを見て驚いた。「安いわ!ここ中華そばが500円やって味噌ラーメンも500円って書いたんで」「えー、ほんまどんなラーメンやのね」「カツカレーとかも安いで何でも安いわ。びっくりするぐらい」「そうやね。みんな何食べたんやろね?」周りのお客さんが食べている料理をチラ見する大体のお客さんはラーメンを中心にチャーハンやソバ。カレーなども良く売れているようだ肉炒め定食も人気メニューみたいだ。中華そばが定番メニューみたいで、しょうゆ、みそ、塩がある。いずれも500円という格安値段設定だ。「サヨコさんは何にする?」「中華そばにしようかと思うけど、しょうゆか、みそで悩むなぁ」「ホナ、しょうゆとみそ一つずつ頼もか」「そうやね」ということで両方注文した。
Nov 20, 2024
閲覧総数 1076