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2008年09月15日
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カテゴリ: 本に親しむ
 以下、背表紙に書かれた概要を引用

 ”情報ネットワークや市場経済圏の拡大にともなう猛烈な変化に
対して、多くの人々がストレスを感じている。格差は広がり、
自殺者も増加の一途を辿る中、自己肯定もできず、楽観的にも
なれず、スピリチュアルな世界にも逃げ込めない人たちは、
どう生きればよいのだろうか?本書では、こうした苦しみを
百年前に直視した夏目漱石とマックス・ウェーバーをヒントに、
最後まで「悩み」を手放すことなく真の強さを掴み取る生き方を
提唱する。現代を代表する政治学者の学識と経験が生んだ珠玉の


 以下、本文第三章から抜粋引用

 ”職業としての学問の中で、ウェーバーはこう言っています。
われわれはみな、自分たちは未開の社会よりはるかに進歩して
いて、アメリカの先住民などよりはるかに自分の生活について
よく知っていると思っている。しかし、それは間違いである。
われわれはみな電車の乗り方を知っていて、何の疑問も持たずに
それに乗って目的地に行くけれども、車両がどのようなメカニズムで
動いているのか知っている人などほとんどいない。しかし、未開の
社会の人間は自分たちが使っている道具について、われわれより
はるかに知悉している。したがって、主知化や合理化は、われわれが
生きるうえで自分の生活についての知識を増やしてくれている

 そして、高度に科学が進んだ医学についても、こう言っています。
 医者は手段をつくして患者の病気を治し、生命を維持することのみに
努力を傾ける。たとえその患者が苦痛からの解放を望んでいても、
患者の家族もそれを望んでいても、患者が治療代を払えない貧しい
人であっても関係ない。すなわち、科学はその行為の究極的、

 ウェーバーは、十九世紀ロシアの文豪、トルストイに非常に
注目していて、合理化の問題を考えるときにトルストイにたびたび
言及しています。
 そのトルストイの「人生論」の中にこんなエピソードが紹介されて
います。
 あるところに水車小屋で粉引きをしている男がいました。彼は自然の
恵みの中で朝から晩まで一生懸命働いていたのですが、あるとき
水車のメカニズムに興味を持ちます。そして、水車に引き込まれてきた
川の水によって動いていると理解すると、今度は川の研究に熱中して
しまい、気がついてみれば、本来の仕事である粉をひくことを忘れて
しまっていた――というものです。
 トルストイのテーゼは徹底的に「反科学」です。科学はわれわれが
何をなすべきかということについて何も教えてくれないし、教えて
くれないばかりか、人間の行為がもともと持っていた大切な意味を
どんどん奪っていくと考えました。”

 以下、第八章から抜粋引用

 ”トルストイは、「無限に進化していく文明の中で、人の死は無意味で
ある。死が無意味である以上、生もまた無意味である。」と言いました。
人が自然の摂理に即した暮らしをしているときは、有機的な輪廻の
ようなものの中で、生きるために必要なことをほぼ学んで、人生に
満足して死ぬことができます。しかし、絶え間ない発展の途上に生きて
いる人は、そのときにしか価値を持たない一時的なものしか学べず、
決して満足することなく死ぬことになります。だから、確たるものの
得られない死は意味のないただの出来事であり、無意味な死しか
与えない死もまた無意味である――というのです。”


 夏目漱石やウェーバー、トルストイにしろ、昔の人は生きるという
ことに対して、深く考えていたのだろう。だから、永遠の摂理として
今でも新鮮さを保っているのだろうと感じた。

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最終更新日  2008年09月15日 17時32分20秒
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