イタリア編


-フィレンツェから-

 ウィーンからベニスに抜け、フィレンツェに来た。
 宿探しに苦労したが、結局エクアドル人とダブルルームをシェアすることが出来てなんとか落ち着いた。
 すぐにルネッサンス美術の宝庫、ウフィッー美術館を目指したが、なんと従業員のストライキで閉館。他の国立の美術館も同様に閉鎖されたので、ホルへ(エクアドル人)はピサに向かい、僕は、スト終結を待つことにして滞在を1日延ばすことにした。
 美術館に行くかわりに、街を歩き回った。
 ルネッサンス期のメディチ家の権勢を誇示する巨大・壮麗かつ繊細・優美なドゥオモ(通称「花の教会」)に先ず圧倒された。街の真中に「丘のように」聳え立ち、大理石の白の地に夥しい量の彫刻と絵画、そしてペイヅリー模様が散りばめられていて、それらが一体となった姿が日の光の中で燦然と輝いていた。これほどまでに堅固さと華やかさが一体になっているものをこれまで見たことがない。
 僕はこの旅の前半で中東諸国の文化・文明の高さを確かめたつもりだったが、ウィーン、ベニスにも行ってここを見るとやっぱり「ヨーロッパはすごい」と言うのが正直な感想。
 アルノ川を渡って対岸の小高い丘になっているミケランジェロ広場から見るフィレンツェの街は絶景だった。川を挟んで望む町並みにはどこからでもドゥオモが見えるのだった。対岸をもう少し歩くと少し裏路になり、木々や花に覆われたなだらかな丘はいっぱいに日差しを浴びており、そこに建つ家々と合まって、どこかで見たことのある「トスカーナの風景」があった。ベニスで天気が悪かったせいもあり、ここでの太陽が僕を単純に幸福な気分にさせた。ああ、こういう環境のなかイタリア人は「今を楽しむ」ことを信条とするのかなあ。
 そう思うと急に食い気が出てきて、これまで長い旅のことを思って倹約していたのが、一挙に吹き飛んでしまった。イタリアに来て旨いものを食べないと来た甲斐がなくなる・・・。
夕方、リストランテに入って腹一杯食った。
 先ず、前菜にトマトとモッアレラチーズ。塩とオリーブとバルサミコだけで食べるのだが、トマトは水々しく酸っぱく、モッアレラチーズは厚切りのハムのように大きく、モッチリとした歯ごたえがたまらなかった。パスタのペンネ・アラビアータはプリッとアルデンテでピリッと辛いトマトとガーリックのソースで和えてあった。そして、主菜は「フィレンツェ風Tボーンステーキ」。ロースとフュレが交じり合った部分でしっかりとした歯ごたえがあった。「霜降り肉は病気の牛の肉」というのを聞いたことがあるが、同感で僕は牛肉は歯ごたえがあったほうがいい。単純に塩胡椒とオリーブで味付けしこれにたっぷりレモンをかけて食べる。300キロ以上あったがたちまち平らげてしまった。そしてティラミス。詳しい人が「イタリアのティラミスは材料のマスカルポーネの質が違うから。」と言っていたが、こんなに旨いティラミスは初めてだった。
 フィレンツェ最後の夜に、ワインでいい気持ちになって街をうろついたら、大道芸人に出くわした。広い通りを完全に埋め尽くすくらい人を集めて、盛んに喝采を浴びていた。チャップリンの様な衣装、しぐさで、風船や杖などの小道具を使って自分で芸をするというよりは、観客を参加させる。巧みに誘い込まれて大喜びしたり、真面目な顔をして芸をしたり、はたまた泣き出したりする子供たちが可愛かった。見ている人は腹の底から爆笑したり、にこやかに微笑んだりしながら、夜風が頬に心地いいこの夜の一時を心から楽しんでいた。
 チャップリンの「ライムライト」「街の灯」に出てくる、あの優しくて、切なくて、儚い音楽に浸りながら、僕は痛切なまでに「今この一時の儚い幸福」を噛みしめた。
 ルネッサンス絵画の傑作、ボッティチェリの「春」や「ビーナス誕生」を「儚い美しさ」と評する人がいるが、本当にそうだと思った。そしてメディチ家の3代目で最盛期と衰退期の狭間を経験したロレンツォ・ディ・メディチの詩を切実に感得した。


  うるわしき若さも
  とどむすべなし
  愉しみてあれ
  明日しらぬみなれば・・・

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