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先日、何気なく見ていたテレビ番組で、広島の原爆に被爆した女性で現在生きている人の語る話を知った。 その人は、爆心地からやや遠いところにいたため、即死ではなかったが、家が倒壊して火事になり、小さな娘(5~6歳くらいか?)と一緒に燃える家の中に閉じ込められた。 自分は逃げられるのだが、娘が倒れた瓦礫に足を挟まれて動けない。死に物狂いで瓦礫を取り除いて助けようとするが、全くかなわない。誰も助けに来ない。そうしている内にいよいよ火が回っていた。娘が泣き叫んでいる。「アシガイタイー! アシガイタイー!・・・」。さらに火が回ってくる。このままでは2人とも焼け死ぬ。「一緒に焼け死のうかと思いましたが、私にはそれはできなかったです。」と本人がカメラの前で語った。 娘だけが焼け死んで、母親は逃げた。戦後は広島から離れ、一生このこと悔いて、一度も広島に帰ることができなくて今に至っている。 広島でも長崎でも、同じようなエピソードはきっとあるに違いない。原爆の犠牲者の、戦争犠牲者の内のほんの一つのものだ。 「一人の死は悲劇だが、100万人の死は統計数値なのである」。 ソ連の独裁者、スターリンが語った言葉だ。 人間はいろんなことを、頭の中で、抽象化したり、整理して、世界を認識している。だが、何もわかっていないのだ。 いや、正しくこの世を認識すると、正気ではいられないのだろうか。 僕は、この生き残った母親の苦悩を思うと、人はこんな時に宗教を必要とするのだということを思った。 たとえ、その宗教が、傍から見て、少しいかがわしいところがあったとしても問題ではない。 キリスト教だったらこう説くだろうか?「人は皆、罪を抱えている。それをちゃんとわかりなさい。そして神だけがそれを許すことができる。だからただただ祈りなさい・・・」。 仏教者ならこう語るだろうか? 瀬戸内寂聴だったらこんなことを言うのだろうか?「あなたはその悲しみを忘れようとしても忘れられません。だからそれを徹底的に大事にして涙が枯れるまで泣きなさい。この試練はあなたを去りません。でも、仏様は人が耐えられないような試練をおあたえにはなりません。毎日、娘さんのことをお祈りしなさい。お菓子でも何でもその子が好きだったものをお供えしなさい。そうするとね、仏様になった娘さんが、これからのあなたを見守ってくれて、あなたを助けてくれる。そんなふうに思って見なさい・・・」。 もし、僕が、この母親のような試練を背負っていたら、上のどちらの言葉にも、心酔するだろう。 宗教を必要としていないと思っている今の自分を思うと、自分が愚かなのではないかと考えてしまう。
2006年03月14日
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僕は、サッカーと格闘技以外、スポーツをあまり熱心に観るほうではないが、トリノオリンピック女子フィギュアースケートだけは関心があった。理由は単純で、荒川静香の大ファンだったからだ。 と、いうより、大会直前まではあまり関心がなかったが、友人に、「フィギュアーは荒川さんが一番いいわよ」と言われて観てみると、確かになんとも魅力のある人で、見れば見るほど、彼女のことを知れば知るほど大ファンになっていった。 テレビのニュースで彼女が写るときは必ずその姿を見てうっとりして、街に出て週刊誌の記事があれば立ち読みして・・・・もし、写真集が出たら買うんじゃないかなあ?自分でもちょっとオカシイと思うくらいの大ファンになった。 最近、テレビに映る女の人でこんなに綺麗、美しいと思った人はいない。 何がそんなに美しいのか? 美人顔だとは思うが、完全に整った顔ではなく、顎が少ししゃくれていて、鼻も決して高くなく、癖のある顔だ。系統としては北方の中国系のような顔だ。その細い顔と、スラリとした首、細くて長い腕と、胸が小さくて細い上半身。これが姿態の優美さ、品の良さを感じさせる。 しかし、彼女の美しさは、なんと言っても精神の美しさから来るものである。 あの、24歳には思えないほどの冷静さと賢さが、いつも自然体の態度から発散している。 例えば、年下の浅田真央に、オリンピック直前の大会で敗れたりした時には、悔しさをあまり隠さなかったし、インタビューに答えて、「才能のある若い人と一緒に滑るのは、正直に言っていやですね」、というようなことを言う。率直で極自然体の態度でありながら、少しも人にいやな感じを与えない。 それから、大会前に長年指導を受けていたコーチを解任し、自分で選んだ新しい人に変えた。目的のためには、情に流されなかった。 金メダル獲得直後、一度も涙を流すようなところはなく、嬉しそうな表情はするが、やっぱり冷静だ。喜びの感情に陶酔するようなところが全くない。マスコミに引っ張り出されて、中にはくだらない質問を受けても、淡々と答える。常に誠実に正直に本音で語る。賢いので社交辞令はできるが、決してそれが過剰にならない。 本当に頭がよくて、意志が強い人だ。 彼女の美しさはアスリートの美しさだ。 アスリートの世界は、本来、美しさを競うものではなく、一定の規則、基準にそって、言ってみれば、なりふりかまわずに、勝負を競うものだ。その世界で、彼女はどうしても美しさにもこだわり。点数を落とさずに、且つ美しく見せるスピンを考案し、全く点数に数えられないイナバウアーを演技から外さなかった。 修羅場の勝負の世界で美しくあろうとする意志が、その演技の中に貫かれていて、それが見るものを感動させた。 今後の彼女は、競技スポーツとしてのスケートからは離れてゆく方針らしい。「プロ」になって、アイスショーをやるらしい。 だが、アイスショーでは、彼女は今度のオリンピックの演技ほどは輝かないと思う。「アイスショー」については詳しくは知らないが、所詮は、ディズニーのパレードや、ラスベガスのショーのようなもので、大衆向けの単なる見世物のように思う。 世界選手権や、オリンピックのように、修羅場の中で戦いながら輝くアスリートの美しさと比べれば、どうしても安っぽいものに映ってしまう。例えば、舞踊や演劇のような舞台芸術にはやはり至高の美しさを持つものはあるが、荒川には、例えば、天才的なバレリーナの持つ表現力はないと思う。目指すところが違うのだと思う。荒川はアスリートなのだ。 これから、荒川は、アイスショーでもきっと成功し、あるいはスポーツキャスターとしても活躍するかも知れない。それぞれの分野で充分に活躍できると思うし、そうあってほしいと思う。 そして、女としては今よりももっと魅力的な人になるだろう。だが、トリノでの荒川の輝きがあまりにも凄かったので、これ以上のことを想像できないのだ。(もちろん彼女の個人的な生活は別のことだが)。美とは移ろい行くもので、何と儚いのだろう。いや、儚いからこそ心に残るのだろうか。こんな大袈裟なことをくどくど考えるほど、トリノの荒川は美しかった。
2006年03月13日
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約2年ぶりに再会する。最初は、女友達に強く勧められて始めたこのブログだったが、ずっと中断していた。その友人のものや、彼女のページに出入りする人のものを見ていると、ほとんどが自分の身の回りのことを書いている。それをまねて初めて見たが、僕自身は自分の日常を書くことの才能が全くないらしくて、自分で自分の毎日の生活のことを、他人が読んで面白いようには、結局書くことができないと思い、どうしても、やや堅苦しい時事についての意見などになってしまう。そして、そのようなことを書くとどうしても、力が入って、ちょっとしたことでも調べ物をしなければならなくなり、過去2年間、非常に仕事が忙しかったせいもあって、中断していた。さて、再開するにあたっては、むしろ、自分の身近なことよりは、もっと自分で書きたい、意見を言いたいと思ったことがあるときに、堅苦しくなってもいいので、自分流で書こうと思う。
2006年03月12日
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イラクで人質として拘束された5人が全員解放されて、本当によかった。 ところで、開放されて帰ってきた人たちに対して、本人達が、下を向いて、(3人はストレス症候群の結果もあったにせよ)、彼らに何度も何度も頭を下げさせなければいけないような出迎えぶりを見ていて、無償に腹がたった。彼らに向けられる批判の趣旨は、「自己責任」で行ったのだから自業自得で、彼らは迷惑をかけたので、猛反省して、政府に詫びなければいけない、と言う事だ。 そのこと自体はもっともなことだけれども、何故、彼らの失敗ばかりを攻めて、彼らが持っていた欠けがいのない志と勇気を褒めてやることをしないのか。「自己責任」だ、「迷惑をかけた」、としたり顔で非難ばかりする人間は、実は愚かで、大事なことを理解していなくて、どちらかと言えば卑しい心の持ち主なのだ。 本人たちは、充分に自己反省している。高遠菜穂子さんが、解放直後に初めて、日本の駐イラク臨時代理大使と電話で話した時の第一声は、「この度は、大変ご迷惑をお掛けしました」というものだった。日本で自分たちに対する批判の声が上がっているのを知る由もない時にだ。彼女は、物事をちゃんと弁えているのである。同じ開放直後に、「イラクに残って活動を続けたい」と言ったことが、非難の対象になったようだが、この発言は、高遠さんが、アル・ジャジーラ(・・・カタールのニューステレビ局で、「中東のCNN」と呼ばれ、アラブ側の視点からの貴重なニュースソースになっている・・・)のインタビューに答えて、日本人ではなく、イラク人に対して語りかけた発言なのだ。あの時、高遠さんは、「いやなこともされたけれど、イラク人のことを嫌いになれない」、と涙ながらに言った。自分達を直接助けてくれたのが、イスラム聖職者協会を初めとするイラク人だった、そのことに対しての感謝の気持でいっぱいの時に言った言葉なのだ。 彼らは充分反省しているし、何よりも彼らは貴重なことをしていたし、しようとしていた。そして、これらのことが、日本にとって、大きな「国益」になっている。「国に多大な迷惑をかけた」と彼らを非難する人間はこの肝心なことをわかってないのだ。 どういう意味で、「国益」なのか。5人の内の、3人が、ライター、ジャーナリスト。2人がNGOボランティア。危険を冒して、イラクに入ったジャーナリストたちは、日本国民に貴重な情報をもたらしてくれる。既に、日本の大手新聞社や通信社、テレビ局の多くが、イラクから撤退している。(CNNなどのアメリカメディアは、人質になったらアメリカ人ということで最も危険であるにもかかわらず、イラクに留まっている。)もし、政府の避難勧告に、フリーのジャーナリスト全員が、「はい、そうですね」と従い、報道関係者がイラクから一切いなくなったらどうなるだろう。日本国民は、アメリカ政府、その他からの情報を日本政府が選別して発表する「大本営」情報と、外国メディアから提供された情報だけでしかイラクのことを知ることができなくなる。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(映像、写真ジャーナリストの協会)は、「自己責任」を理由に、被害者への批判や報道の自粛要請が高まっていることに対し、「(イラク人)被害者の側に立った報道が出来ない」、「日米政府にとって都合の悪い実態は隠れてしまう」、「ファルージャの戦闘では、600人以上のイラク市民が死んでいる。それを伝えることが無謀と言うなら、我々は仕事が出来ない」などと反論の声を上げた。危険地域から一切のジャーナリストがいなくなるような国は、文化的に劣等三流国である。又、政府に批判的なものも含め、様々な視点を持ったジャーナリズムを享受できることが、その国の豊かさであり、大きな「国益」になる。 僕は、特別な反政府主義者でも何でもない。ただ、政府の意向に沿った「国益」もあり、それを追求する政府を応援もするが、政府の意向に沿わない「国益」もあり得ると言う、極当たり前なことを言いたいだけだ。と言うより、政府が関与しない部分での、「国益」が大きい国ほど、より豊かな国とさえ言えるのではないか。人質になった人の行動を批判ばかりする人間の考えの裏には、「先ずお上が第一であり、民はそれに従属するもの」と言う思想が感じられる。やや余談めくが、もし、彼らが開放された直後に、「私たちの活動を邪魔し、拘束された原因を作ったのは、自衛隊を派遣した日本政府だ。政府は責任を取ってほしい!」、と言ったとしたら、きっと、「何を逆ギレしてるんだ!」と、今の10倍以上、袋たたきに会うだろう。もちろん、彼らはこんなことは発言しなかったが、「自衛隊派遣がなかったら拘束される理由がなかった」と言うのは、彼らの本音であり、且つ真実でもある。自衛隊派遣反対は、民主党を始め、決して極少数の意見でもないのに、なぜ「逆ギレ」と言われるのだろう?それは、そう言う人が、無意識の内に「お上が決めたことが第一」という考えに染められていることが大きな原因だと思う。僕は、「民主主義」と言う言葉を教科書的に使うことに抵抗を感じる方だが、今回のことで、日本が少なくとも、自由に満ち溢れた国ではないことがよく分かった。 話をもとに戻そう。NGOのボランティア活動がいかに多くの「国益」をもたらしていることかを述べたい。人質になった人以外でも、NGO団体が、イラク国内で、今でも人道支援で活躍している。NGOの活動は、現在の自衛隊の「人道復興支援」とは比べものにならないくらい「草の根」的で、より「顔が見える」だけに、イラク人の日本人に対する好印象を増すことに大きく貢献している。 僕は、イラクには行ったことがないが、トルコ、シリア、レバノン、イランを放浪旅行したことがあり、中東の人々の、日本人に対する、深い尊敬の念と、親しみを肌で感じたことがある。極東の、ちっぽけな島国が明治維新という、近代化に成功し、中東の人たちを侵略の脅威で悩ませ続けていたロシアとの戦争で勝つほどの国力を短期間に獲得し、さらにアメリカと戦争をして原爆を二つも落とされ、敗戦しても、又経済的に復興し、世界第2の経済大国になった日本。このことで、中東地域の人々は、驚異と賞賛の念をもって日本を見ている。しかも、日本は彼らにとって、欧米の国と違い、「収奪者」「介入者」としての「負の歴史」を持っていないことも重要である。又、戦後、日本からのイラクを含めた中東諸国に対する大規模投資に加え、自動車や電化製品など日本の優秀な技術に基づく製品や、日本人の謙虚さ、丁寧さなどは、以前から尊敬を集めていた。そしてこのように、中東諸国と良好な関係を築くことが、日本政府の、石油資源確保という、国益上の死活問題もあり、国策に沿うものでもあった。 皮肉なことに、今回の人質事件そのものが、イラク国民の日本人に対する感情を良くしたと思う。アルジャジーラや、その他のメディアを通じて、今回人質になった人達のやっていたことが、イラクやアラブ社会、さらには世界のイスラム社会に、「顔の見える」かたちで広く紹介された。高遠さんなんかは、イラク人も見捨てたような、孤児の世話を焼き、彼らから「ナオコは僕らのお母さん」とまで言われていたのだ。アラブ人は、素朴で情に脆い人たちである。これによって、「やっぱり日本人は偉い」と言う思いが広がり、イラク戦争で、アメリカ支持に回ったことによるイラク人の対日感情の悪化を防止する方向に働いたのは間違いない。人質解放の最高の功労者であるイスラム聖職者協会のアルクベイシ師は、最初の人質解放の時に、次のように発言した。「小泉首相よりも、この人たちのことを大切に思っている。これは日本国民に対する贈り物で、政府に対するものではない」。これは、日本政府にとっては面白くないかもしれないが、日本の国益になっている。つまり、政府も、国民にも親しみを持ってもらえば最高だが、政府が嫌われても、国民だけは好かれている方がいいに決まっている。 9・11の同時多発テロで、アラブ系も含む多数の罪のない人が殺されたのは、テロリスト達が、アメリカ政府とアメリカ人を区別しなかったから、彼らにアメリカ人の「顔」が見えなかったからだ。さらに言えば、人質になった人達がやっていたことは、政府の方針にそぐわない「国益」だけをもたらしたのではない。 彼らの行動は、日本政府の外交戦略を側面支援していると言える。イラク戦争に際して、日本政府は、「2つの顔」を使い分ける外交戦略を立てたと解釈できる。一つは、アメリカとの同盟関係(日米安保は軍事同盟である)を深めるために、国際社会で孤立している米国に支持者としての顔をすること。実際の軍事的支援(後方支援)よりも、世界第二の経済大国に支持をしてもらっていることの方が、政治的な意味合いにおいてアメリカにとっては重要である。そして、もう一つは、イラクの国民に向けては、「人道復興支援」に来たという顔をし、これまでの友好関係を極力維持すること。外交とは、単純なものではないので、この政府の方針の妥当性自体は、僕は理解できる。このような、外交方針を行うに際して、まさしく「人道復興支援」以外の何物でもないNGOの活動がどれだけ、政府の外交方針を助けていることか。さらに、日本政府が、将来のイラク政府と、例えば石油の利権に係わる交渉をする時にも、日本人に対する好感情があることが、大きなプラスになることは間違いない。 以上のようなことを全く理解せずに、人質の人達に非難だけを浴びせるのは、愚かな人間だ。政府が人質を批判する態度は、僕には、ヒステリックで、自己保身的に映った。本当の意味で豊かで一流の政府とは、自らに対する批判や、自らの方針外のことでも、鷹揚に受け入れる、度量の大きさを持っているものだと思う。そして、僕が今回の人質事件を通してもう一つ感じたのは、無謀さを伴った若い人の情熱を愛して、応援する気持がない人が意外に多かったということだ。冒険心を賞賛する気運がない国に、未来を拓く活力などないと思う。最近、何度かメディアでも引用された、コリン・パウエル米国国務長官のコメント。「未来を拓いてゆくためには危険を冒す人がいなければいけない。日本人は彼らの勇気ある行動を誇りに思うべきだ」。開放された人達は、先ず充分に自己反省し、批判にも謙虚に耳を傾けて、じっくりと考えた後に、もう一回り大きく成長して、決して今回批判を浴びたことで、自信や勇気をなくさないでほしい。あなたたちのような、無謀な情熱を持った人がいなくなったら、この国は本当に寂しくなる。
2004年04月21日
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新潟のM百貨店で、毎日接客している。4日前に、ある女性のお客さんに、新潟に万華鏡作りを教える所があることを紹介すると、興味を持ち、次に来る時までに、場所を調べておく約束をしていたが、今日、別の人と一緒に来た。で、プレゼント用に万華鏡を買った後、雑談をしていると、「東京にお住まいなんですね・・・いつまでいらっしゃるんですか?」。「29日までです。」と答えると、「二人で感じのいい方だなあ、って話していたんですよ」。「あ、そうですか、それはそれは、光栄です」。「よろしかったら、私たちと一度お食事でも・・・」。「あ、そうですか、夜は空いていますので、喜んで」、と受けてしまった。本当に夜は暇だし、二人ともちょっとした美人だったのでまあいいや。僕は、催事で全国を回り、何度も来店してもらったり、後でもメールをもらったりしたことはあるが、食事に誘われたのは初めてだ。新潟女も関西女に負けず、積極的なのだろうか?それにしても、彼女たちはどういう人達なのだろう。一人は30過ぎ、一人は20代後半・・・OLというよりはデパガっぽい。制服を着ていないので、M百貨店の人ではないのか。それとも、休日に私服で来ているのか。出張中の暇つぶしにちょうどいい。新潟の人と飲むのは初めてだし・・・
2004年03月24日
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昨日は、アテネオリンピックのサッカーアジア地区予選で、これ以上ないような、良いゲームをしてUAEに快勝し、見事オリンピック出場を決めた。A代表にせよ、オリンピック代表にせよ、攻撃面で、これほど、「高さ」と「速さ」を強みとするチームはなかった。平山なんて、(自身のゴールこそないが)後方からのロングボールを相手と競り合い、8割は負けない(ルーズボールも含めて)、7割は勝つ(正確さはなくてもともかく味方にわたる)、3割は、絶妙の所に、走りこんでくる味方に落とせる。自身がゴールすればなお良かったが、彼が攻撃面でいかに貢献していたか・・・もちろん、田中、大久保も絶好調だったし、阿部もよかった。ただ、もしかしたら、この6試合を通じて最高のMVPはボランチの今野ではないか。キーパーを除いて彼だけがフル出場していて、驚異的な運動量と、読みの良さによって、全試合での(試合の勝敗は兎も角)、日本の中盤支配の原動力となっていた。いわば、彼がチームの心臓だった。技術面よりも、今度よかったのは、精神力で勝てたことだ。UAEもバーレーンも決して「格下」ではなかった。山本監督が、「旨いだけでは勝てない」と言っていたが、まさしく、そういう戦いを制したのが大きかった。実は、この五輪代表の日本の命運に、今からの自分の命運をなんとなくかけていたのだ。今回の金銭トラブルについて、やはり、どうしても甘かった自分への悔恨、失いそうな金額への未練、相手への憎しみが心に沸く。まあ、この感情がないのはバカなんだから・・・彼と電話で話した。既に、彼は管財人の管理下にあるので、債権者と交渉できない立場にある。僕は、感情的な発言は一切しなかった。こちらの出方を隠す意味でも。「こちらの出方」は決まっているわけではない。僕は、破産者に関するする法律的知識は、常識的な事しか知らない。人に聞くなり、本を読むなりして勉強しないといけない。なんとなく、つらつら考えている・・・・・・管財人が入り、自宅などの担保物権の処理によって得られた金で、法的な優先順位によって債権者への支払いが行われるわけだけれど、確か、法務費用の次に優先されるのが、賃金項目である。彼に貸している金には、賃金と、商品代金請求と、貸付金が混在していて、これまで支払いを受けた金額には、明細がないため、支払い最優順位の高い賃金がどれだけあるかは特定できない。賃金部分を最大にするには、どうしたらいいのか・・・?・・・・彼の自宅の登記簿謄本を取り、彼が僕に、第二抵当権を与えることを書いた覚書の日付で既に、第二以下の担保権の記載があったら、理論上は、詐欺的行為を立証できるわけだ・・・?破産者は、法的手続きによって、債務の一部免除されるのだが、詐欺的な行為によって得た部分も、免除の対象になるのだろうか・・・・?どうせ、29日まで東京に戻れないので、それからじっくり取り組もう。それまでは、新潟のホテル住まいを楽しもう。・・・・Ineyさん心のこもった励ましの言葉、本当にありがとう。
2004年03月19日
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3月10日から山梨県の甲府に出張。15日に新潟に。ネットカフェから。250万円以上金を貸している人の会社が倒産。本人は多分自己破産・・・まだ、本人と話していない。本人から電話ほしいとの連絡あり、電話して出ても、「今この場では話せない。」とのこと。上記は、彼の会社を最近辞めた人に聞いた、その人の伝聞情報。未払い金や借金についての実印押印入り覚書や、彼の自宅を担保に取ることを記した覚書などあるが、回収は困難だと思う。自分が甘かった。自業自得だ。落ち着いて対処しよう。 ●粘り強くあきらめないこと。 ●回収できる金額と同様、不正を絶対に許さないことを大事にしよう。 ●その金はなかったと考えて、取り戻した額を「Gain」と解釈する。
2004年03月17日
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2006年ドイツワールドカップのアジア一次予選を戦っているサッカー日本代表のジーコ監督の解任を求める、サポーターによるデモが行われ、又、評論家でジーコを批判する人がいる。辛勝だったホームゲームであるオマーン戦の内容を受けてのこと。 僕は、ジーコ解任に賛成ではないが、サッカー界は健全だなと思った。 ジーコが監督に就任した時に、あるテレビ番組で、監督としての彼の資質と、日本代表について、サッカーの評論家、解説者達が論じ合う番組があり、その中で、ある人が、「長嶋さんのようになってはいけない」と言っていた。 つまり、カリスマ性のあるスターであると言う理由で、誰も批判をしなくなることがよくないということだ。 僕は、長嶋茂雄を嫌いなわけではない。 でも、彼を、一野球人ではなく、キャラクターとして使う読売巨人軍の体質が嫌いだ。又、巨人の人気に寄りかかっているプロ野球会と、長嶋茂雄を手っ取り早い視聴率稼ぎに利用するマスメディアの体質が嫌いだ。 長嶋が現役監督中、あれだけの戦力を持ちながら、何度も優勝を逃していたにもかかわらず、ファンや評論家、解説者で大っぴらに彼の監督としての資質を問題にし、批判する場面を、野村克也など一部を除いて、僕は観たことがない。 長嶋茂雄は「いい人」だ。読売巨人軍にとって、又日本の野球界にとっての自分の役割を理解して行動する。自分がテレビ画面に映ると視聴率は上がることも知って、それを意識した言動をする、「いい人」だ。 ただ、監督としての能力は、野球素人の僕の目から見ても大したことないことはよく分かるし、何よりも、僕は彼の野球人として、強烈な美学・哲学を表現しているところを見たことがない。 マスメディアも、彼の本当の姿、本来持っていた野球についての想い、心深いところの苦悩などは探ろうとせずに、彼をを「ミスター」と呼び、微笑ましい言動ばかりを捉え、安直に視聴率を稼ぐことに利用する。 そういう環境に慣らされた彼にとっては、単に「ファンを喜ばせること」、が野球哲学となってしまったようだ。 ついでに言えば、巨人の原前監督の辞め際も、カッコ悪かった。 監督一年目に見事、優勝したとは言え、2年目にあれだけの戦力を持ちながら、優勝できなかったことそれ自体は、充分解任の理由にはなるかもしれないが、彼はフロントに対して強い不満を持っていたようだ。 戦力補強について意見を無視された、とか、現場の采配にも口を挟まれた、と言う事が言われている。権限を奪われた上に、責任だけ取らされるのは、当然不満であるだろう。 だったら、フロントを批判すればいいのに、結局、辞任会見の時も、目に涙を浮かべながら「すべて私の責任です」、と「いい子」になっていた。彼だってスターであり、その発言がマスコミに取り上げられた時の影響力はかなり大きいなずで、巨人のフロントと充分に喧嘩できるはすだ。 辞任会見に同席した、渡邉恒夫読売グループ代表が、原の監督辞任後の、役職について触れ、「読売グループ内での人事問題です」と言っていた。 結局、原は、一人の自立、独立し野球人ではなく、読売グループの囲われ者のようではないか。それに比べ、(話は逸れるが)、上原(投手)はカッコよかった。契約更新に際して、球団側が嫌い、ナベツネ(渡邉恒夫)が、「代理人を連れてくるやつとは契約せん」とまで言っっていたのに、代理人契約を強行した。若いのに骨のあるやつだ。 野球会と比べれば、サッカー界はもっと活気があると思う。 冒頭のジーコ監督の解任問題もいい例だ。ジーコと言えば、世界的なスーパースターであり、「過去の栄光」の大きさは、長嶋茂雄どころではないことを、ファンや評論家、協会関係者などのサッカー界全体がよく知っている。日本代表の親善試合で、敵方の監督や、選手が、サインや記念撮影を求めたりする。 この、「サッカーの神様」(日本のメディアが命名)でも、批判の対象になるのは健全なことだ。そして、「サポーターなしでは日本代表はあり得ない」として、ジーコと一緒に、会見を開いて、サポーターからの質問に、ジーコの口から答えさせた上で、ジーコ支持を表明したサッカー協会(川淵キャプテン)対応も爽やかだ。最近よく言われる「説明責任」を果たしている。 Jリーグが発足してからこれまでのことを考えても、サッカー界は比較的、流動性があり、活気があった。 先ず、Jリーグ発足当時、多くのスター選手を擁した読売ヴェルディを、巨人のようにしようとしていた読売=ナベツネをサッカー界から追い出した。しかも、これは読売への私恨とはまったく別の形で行われた。しっかりとした理念を持ち、肝が据わっていた川淵三郎(当時Jリーグチェアマン)がやったことだ。思えば、過去、10年間、日本サッカーを発展させた功績で、彼はMVPを与えられるべきだと思う。 選手と監督の間も、緊張感があった。 1998年フランスワールドカップ出場を目指して、苦しみ抜いたアジア予選を制して、見事ワールドカップ日本初出場を実現した、岡田武監督に対しても、彼をヒーローとして、「オカチャンブーム」一色となっていた時に、「彼の功績は認めるが、本戦はもっと世界的なレベルの監督を外国から連れてくるべき」と言う意見をいう評論家がいた。 又、その岡田監督も、これまでの日本サッカーの発展に限りなく貢献し、自身でも人一倍ワールドカップに対する思い入れが強かった、カズ(三浦和良)を、最後のメンバーから外した。「勝つため」には情に流されなかった。 中田英寿も、昔、オリンピック代表監督と意見が合わずに、レギュラーから外されたこともあった。 又、中田が日本でスターになった頃、マスコミに対して、「サッカーを勉強していない、いいかげんで、出鱈目ばかり書く」と言う事で、取材拒否を含む、露骨な嫌悪感を示した。そして、彼なりの対応として、自分のHP(nakata.net)を持つことで、いい加減な記事を書くマスコミを逆に批判し、且つ、「本当のファンは大事にしたい」と言う自分の意向を見事に実現した。当時、全マスコミを敵に回すかもしれない戦いを、二十歳になるかならないか若者がやったのだ。 野球界とサッカー界のこの違いは、単なる歴史の違いによるものではないと思う。日本の野球界よりもずっと長い歴史を持つ、欧州や南米のサッカー界でも、大きな流動性や軋轢や活気がある。 野球とサッカーの競技そのものによる違いがあるのかもしれない。 サッカーは、野球と比べ、局面、局面での選手個人の判断、創造性が求められる。自分がボールを持った時に何をするか、ボールを持っていない時はどう動くかなど、監督の指示が届かない場面が、野球に比べ、遥かに多く、その結果、サッカー選手は、野球選手より、より個人の創造性を求められる。 ・・・以上はサッカーファンである僕の偏った見方かな? ただ、僕も、素人ながら野球というスポーツの面白さは最低限知っているつもりだ。 でも、「アンチ巨人」で阪神が優勝すると喜ぶという、単純なスタンスでしか野球を楽しめないのは、高校野球も含めた野球界全体の、風通しの悪さと停滞感への軽蔑があるのかもしれない。 この野球界の停滞部分と、安定成長期の体質を直せないでいる、日本社会全体の停滞部分を重ね合わせるのは図式的過ぎるだろうか?
2004年03月02日
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今日、約3ヶ月ぶりにサッカー(フットサル)をした。 前回、11月は3得点、2アシストと、はっきりとした数字上の結果が出たのにたいし、今日はたったの1アシストだったけれど、やはり充実して楽しい時間を過ごした。 10年前よりも、身体能力(スピード、持久力、ジャンプ力等)は当然衰えているても、10年前にはできなかったプレイができる。 それは頭を使うことによる。 サッカーは瞬間、瞬間に、状況判断をして、自分でプレイを創造して行くスポーツだ。体力で劣っても、経験と創意で勝れば、総合力で勝てる場合もある。 例えば、ある局面で、フィジカルな「速さ」でかなわなくても、状況判断の「早さ」により、相手より早い動き出しをすれば、結果的に、「速さ」で勝てるのだ。 僕にとって、特にファンタジックな喜びを味わうのは、得点に直接つながる「必殺のパス」を出した時だ。だから僕にとっては、自分で得点するよりこの方が楽しい。 サッカーでこういうパスは、自分がボールを受けてから、(又は受ける前に)、顔を上げて、味方と敵の位置と動き、スペースを見て、弱点を見抜いて、「ここしかない」パスコースをイメージして、そこにボールを蹴る。これを瞬時に行う。状況にもよるが、早い時は0.5秒以下の時間でこういう流れを行っている。 このような瞬時の判断は、これまでに自分で直接経験した様々な場面、又はテレビなどで観た様々な場面が無数に頭の中にパターン認識されていて、脳はその潜在野の無数のパターンの中から使用可能な類似パターンをとり出して、それを目の前の状況に合わせて修正を加えて、応用するということだと思う。 こういうファンタジックなプレイのみが楽しいのではない。 極、地味なことだが、最近発見して実につけたプレイがある。 (以下は専門的すぎるので、サッカーに詳しくない人、あるいは興味がない人は読み飛ばしてください) 相手に体を寄せられながらボールをキープする時に、腕を軽く張って、肘で相手をブロックするテクニックだ。 このことで、ボールキープの精度が確実に上がる。 自分の腕をたらしている時に比べて、肘を張っていると、自分の肩から肘の長さの約30センチ分、相手の(足の)リーチを殺せる。そして、相手が体を寄せたり、ぶつけるくる時の衝撃を腕で吸収でき、その分ボディーバランスを保ててよりしっかりとボールをキープできる。さらには、相手が体を寄せたり、ぶつけながら、ボールに足を伸ばして来る時、軽く腕で相手を押すと、軽い力で相手をふっとばせる。何故なら、相手がボールに足を伸ばす時は必ず体全体がオフ・バランスになっているため、より軽い力で相手を弾き飛ばせるということだ。按配をわきまえながらやると、7割方、このプレイで反則をとられない。 まあ、サッカーを知らない人には、よくわからないことだとは思うけれど。 まあ、こんなオッサンになっても、こんな新鮮な発見をしながら、僕はサッカーを愛し、楽しんでいる。 そして、単純に体を動かすことも快感だ。 日を浴びて風を切って走り、地べたの倒れて、泥をあび、時には喧嘩になるほど相手と体をぶつける。肉体が喜び、精神が健康であることをしみじみと感じる。 去年の夏ごろに作った、サッカーを題材にした短歌。 雲流れ風流れており草の上白球追ってピッチ駆ける時
2004年02月14日
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時間に余裕ができたので、久しぶりビデオ屋にいった。 借りてきたのは、「Pride 26」(格闘技)と、Princeのビデオクリップ。AVコーナーで、あるビデオを探したが、予想通りそれは見つからなかった。 探していたビデオとは、1月の前半に松山に出張中のホテルで有料チャンネルで観たんだけど、「心残り」があって、もう一度観たいと思っていたものだ。 僕は、AVはあまり観ない。多くのものが、リアリティーがなくて、「Turned-on」されないからだ。興味がある分野を強いてあげれば、所謂、「企画物」(ドキュメンタリーのような作品)だ。 で、松山のホテルで観たものは、1人のAV女優が、何人かのホームレスの人に、公園のトイレで口でしてあげたり、棲家を訪ねて、そこで「生中出し」をやってあげたりするものだ。 どこまでが、本当で、どこからが「ヤラセ」であるかはここでは問題にしない。僕にとって、とてもリアルに見えかたら。そして、むしょうに「Turned-on」された。 今憶えているある場面。 撮影スタッフと女の子が訪ねて行ったのは、街や公園でよく見かける、木にビニールを紐で止めて作った家だ。 「おじゃましまーす」と言ってしゃがんで入る内部は、意外にキレイで、みかん箱に布を掛けたちゃぶ台の上のガラス瓶に花が一輪あったりするのが、返って、その生活の惨めさを感じさせた。50歳前後に見えるそこの住人は、AV男優などではなく、どうみても本物のホームレスに見えた。 スタッフが、「おじさん、女の子とヤルのどのくらいぶりですか?」と聞くと、「いやー、あんまり憶えてねーけんど、3年ぶりくれーかなー」。「じゃ、その溜まりに溜まった思いをぶつけて下さい。さっそく始めましょうか」、と言ってそのまんま始まってしまう。 美人というよりは可愛い女の子だった。全く嫌な顔を見せず、本当に優しそうに、ためらいがちな男を、「どうしたい?好きなようにしていいのよ」と言って促して、絡みが始まった。 薄暗いテントの中で、疲れて汚れた男の体と交わる白い女の裸体が眩しい。小さな喘ぎ声をあげながら、男から不器用に舐められる乳首は唾液で光り、白い下腹部にモザイク越しに黒々とした茂みが浮かび上がる様が、なんとも鮮烈で、エロチックだった。 そして、男は、願ってもない至福を与えられたはずなのに、ああ、悲しいかな、最後まで果てられずに終わってしまう。そして、女はそれを、優しく慰めるのである。 僕がそれほど、このAVに反応したのは、この女が、薄幸な男に「愛」を与える女神のように見え、さらに言えば、自分がそんな惨めな立場にあって、慰められている、というな想定をしていたのだろうと思う。 数年前、ある女友達が、「あたし、浮浪者に犯されたいというような隠された願望があるみたい」、と言っていたのを思い出した。人間、この種の願望を持っているからといって、必ずしも変態ではない。 彼女も、「でも、実際にそんなことをすることはあり得ないけどね」と言っていたし、僕から見ても、彼女は、完全にノーマルな人だし、そんなことを実際にするとは思えない。 現実の世界とは別に、たしかに存在する想像力の世界では何をしてもいいし、極端に言えば「殺しても、犯しても」いいと思う。その世界と現実世界を自由に行き来できるのは、その人が豊かな心を持っていることなのだと思う。 ところで、彼女は、浮浪者に犯されることで、どういう具合に性的興奮を感じたのだろうか?①哀れな男に「愛」を与える女神になったような感覚。②(言葉は悪いが)「獣姦」の感覚。その時、この質問をしなかったが、彼女の話しぶりからすると、②のような感じだった。 もっとも、①と②は共通するものを持っている・・・こう考えるのはニヒリスティックに過ぎるだろうか。 これを、読んでくださった女性の方々。 あなたたちにも、「浮浪者と・・・」と言う秘めた願望はあるのですか?それとも、僕の友人が特別なのでしょうか?それから、僕は変態なのでしょうか?(自分ではそう思いませーん)。
2004年02月09日
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百貨店の現場に貼りつく仕事が一段落し、2月の23日まで現場での仕事がなく、少し暇ができる。明日は山梨の甲府に出張するし、大事な打合せなどは入るが、時間的には余裕があって、半ばオフでもある。 今日、夜には厳しい寒さが来たが、昼間は外を歩いていると暖かな日が照っていて、微かに春の気配を感じた。思えば、去年の今頃は、毎日が恋の熱に浮かされている日々だった。 毎日、毎日、苦しく、切なく、又甘美でもある想いに浸りきっていた。今思えば懐かしい。 去年の12月に仕事先でほんの30分程度彼女に会い、「今日会えて嬉しかった。だからいい一年だった」と言って胸を熱くしたのが一つの区切りだったように思う。そして年が明け、相変わらず来る日も来る日も百貨店で催事の仕事をする日々がと続いている。そしてまた春が来る。時が流れてゆく。 今は、淡々とした日々が過ぎてゆく。それなりに充実しているし、味気ないと感じているわけではない。仕事は毎日がそれなりに変化があり、大小、新しい展開の可能性はいくらでもあってそれなりにエキサイティングで楽しい。 恋するのはいいことだと思う。ただ去年の恋はあまりにも空想的なものだった。好き好んでそうしたわけではなく、彼女が住んでいるところが遠かったし、何よりも、あまりにもこちら側の一方的な恋心であったため、ほとんで彼女との現実的な触れ合いがなかったからだ。 こんな年になってよくもこんな青臭さい恋をしたものだと思う。それが僕を益々ナルシスティックにした。ここで思い返すのも我ながら呆れて、又恥ずかしく思い、辟易とするほどだ。 でも、全く後悔なんてしていない。 彼女に寄せた想い、してあげたことが、単なる、「キレイ事」だったとしても、それが、その時の自分にとっての現実だったのだし、僕なりに一生懸命だった。 去年は、春の予感、暖かな陽射し、桜、花冷え花散らしの雨、紫陽花、夏空、秋空、秋風などなど季節の移ろいの表情をこれまでになく全身全霊で感じた。そういうことをわざわざ自己否定する必要もあるまい。 又恋したいが、今のところ全くその気配はない。僕は、女好きだし、惚れっぽいし、気が多いほうだけれど、なかなか燃え上がるような恋をしない。別に無理に人を好きになる必要もない。
2004年02月05日
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体が疲れている。気持は元気なんだけれど。 仕事はしょうがないにしても、意識して体を休めればいいのに、夜更かししたり、飲んだりして養生しない。 確かに、最近ハードに働いている。 1月5日に松山に入り、催事の準備をして次の日から16日まで、連日9時間の立ち仕事。17日に東京に戻りオフだったのは18日だけ。ただこの日も1件打合せをこなした。19日は千葉にホテルを取って、三越の催事準備。翌20日から昨日の26日まで毎日、9時間半の立ち仕事。 広報が大成功で、朝日、読売、東京新聞で紹介されたため、来場多数で、所謂「嬉しい悲鳴」だった。最終日は、2時間位、レジ台で「承り」と「お包み」で、レジはスーパーマーケットのようだった。デパート包みがきれいに早くなることを単純に喜んだ。日中は、飯の30分を除き、時には「ションベン」も我慢しながら、働いた。 千葉三越の最終日の夜は、1時半まで、撤収作業だった。4人でやっていたが、女性を含む他の人達は電車に間に合う時間に帰り、最後の2時間は一人っきりだった。といっても、精神的には全く辛いと思わない、一人でやっていると、なんだかゆったりとしてしまい、作業が遅れる。 今日は、朝7時に起きて無人で、一部残す商品を準備し、10時半に千葉を離れ、1月21日からスタートしていた、新宿伊勢丹の現場に12時に入り8時まで接客。伊勢丹では撤去の2月3日7まで毎日接客する。 自分も「売り子」で現場に張り付いているから、体力的にハードなのだ。ただ、所謂「ニッチビジネス」である、この事業規模では、仕方がない。そして、接客は嫌いではないし。 ところで足の親指が腫れていて痛い。足の裏全体も痺れているようだ。もしかしたら安物の靴が良くないのかもしれない。 明日からは、通勤時間が短くなるので楽になる。千葉までは片道2時間掛かっていた。 2月24日か新宿の三越でやる催事の先方の女性の担当者から携帯に電話が入った。この人とは初めて話したが、声と喋り方が可愛かった。打合せで早く会って顔見たいなあ。 伊勢丹での接客中。週刊朝日の記者と会った。万華鏡の記事を書くので、協力してほしいそうだ。記事をどこかの催事とリンクさせ、宣伝に使うように持っていきたい。 淡々と、あまり色気のない生活をしている。 今は別段、不満ではない。
2004年01月27日
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一昨日から、千葉で万華鏡催事をしている。 商売というものは、本当に蓋を開けてみないとわからないもので、あまり期待していなかったものが、予想外にいい結果がでることがある。初日、今日の売上は好調。広報も成功して、朝日新聞、東京新聞に掲載された。 ただ、千葉は遠い。片道2時間、往復4時間かかる。 帰ってから、いろいろ仕事をするので、睡眠時間が少なく、電車の中でグッスリと寝ている。気持いい。 ところで、高松で万華鏡を売って、その作家についての資料をメールで色々送ってあげた人から、いろいろメールが来る。結構美人だったなあ。いやいや、もう人妻はコリゴリ。 松山で万華鏡を売り、やはり資料をメールした薬剤師の人は美人ではなかったが、なんか魅力的だったなあ。 なんか、無意味なこと考えとるなあ~。 最近、毎日「ヨシギュウ」を食っている。こんなに食うのは初めてだ。ニュースで取り上げられることが多く、何だか客も多かったようだ。あれは旨い。あの、濃すぎない、ややぼんやりした味が、優しくていいのだ。僕は、日本でのBSE騒動の時も、今回も、全く牛肉を避けていない。全く危険がないわけではないが、確率論を考えると、交通事故、列車事故で死ぬ確率の方が高いのではないのか。一昨日、台湾人の奥さんを二人抱える日本人と飲んでいて、話していたのは、「だいたい、おばさん達は、ニュースに出ると洗脳されたように反応するが、自分の旦那が外で遊んで、HIVを貰い、それを映される確率と、牛肉を食ってBSEにかかる確率を比較したことあるのだろうか・・」。 今、万華鏡をテレビ通販に載せる話をすすめている。CSだけれど。僕が出演して、売ることになる。ジャパネット高田の、あの高田さんのように、わざと訛ってしゃべろうかな~。
2004年01月21日
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昨日、松山から戻ってきた。 留守中に又、両親が合鍵を使って部屋に入って掃除をして帰ったようだ。 で、又「変なもの」が出てきたようだ。 「VERY BERY -タイプ指定の超VIP宣言。安心・納得して選んで下さい。」 ・・・要は、「デリヘル」のチラシだ。 も~、裏面をちゃんと見てほしかった。 「ホテル チェックイン松山 089-・・・・」。 メモ用紙に使っただけなのだ。 わざわざ、親に電話して 「・・・あのう、僕がいない時に、掃除に来てくれた時、あのう、デリヘルのチラシ・・あのう、デリヘルというのは、つまりデリバリー・ヘルスで、ヘルスといっても、別に肩を揉んでもらうわけではなく、あのう、電話をして、若い女の子を呼んで、本番はなしだけど、いろいろしてもらって、抜いてもらって・・「抜く」ってわかる? つまり、気持ちよくしてもらって、射精だけ、挿入せずに、やってもらって、あのう、手とか口とかで・・・最近はそれが、登録制・許可制になることによって、合法化されたんだけど・・・あのう、あれは、僕があそこに電話して、女の子にきてもらったわけではなく、郵便受けに入っていたチラシを、松山出張のホテルの名前と電話番号をメモするのに使っただけで・・・」 こんなこと、わざわざ話す気にはなれない。 どう思っているのだろう。 まあ、いいや。 明日19日は2件の打合せをして、その足で次の日から1週間の千葉での催事の準備。21日からは新宿で2週間の催事が始まる。 2月3日まで休みなしだ。 それ以降は、3月初旬までオフになっている。仕事がないと収入もないのだけれど、時には暇なのもいいか。 休んだり、企画をしたり、営業活動をしたり、読書をしたり、次の仕事について考えたり、飲み歩いたり、それから、もっと積極的・意識的に「女」を探したり・・・ と、言っているうちに、少しずつ暖かくなって又春がくるんだろうな。2月に少し暖かくなって、「もう春だ!」と思っていると、又、3月に寒さがぶり返したりして・・・
2004年01月18日
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松山にいて、今日は万華鏡催事の最終日。 仕事で時々、ネットカフェを利用していたが、日記の書き込みはほとんど全くしなかった。ネタがなかったからだ。ホテルとデパートを往復し、売り場でに7時までいる。売り上げは、たいして良くないが、絶望的なわけではない。売り場のデパガで魅力的な人がいるわけでもなく・・・何だか味気ない日々だ。 5日から8日までは、京都から連れてきた女の子がいて、毎晩飲み歩いていたが、それ以降は、7時に終わってコンビニでメシを買って缶ビールを飲みながら部屋にいる。 潤いのない生活だなあ。こんなの日記にしても面白くもなんともないよ。他の人の日記を見ると、恋に、エロに、それぞれ艶っぽく、潤いのある生活をしているようで、羨ましい。 (Reiko様の生活にも、心だけでなく、心身共に潤いが戻りますように。) 一昨日の夜、松山劇場と言う、いわゆる「大衆演劇」の劇場で、「伍代孝雄劇団」を見にいった。 僕が小学校4年生の時に亡くなったおばあちゃんが昔好きだったと聞かされていて、古き時代への一種のノスタルジーもちょっと意識したり、又、持ち前の「モノズキ根性」から行ってみた。 取り立てていうほどの感想はないが、2つだけ書いておこう。 その一。12~13歳くらいだろうか、まだ修行中のような男の子の役者の踊りが良かった。厳しい訓練で鍛えられていて、持っているものをいっぱいいっぱいに出している緊張感がある。もっともっとおばさん達が拍手をする、大人の看板役者の芸はいかにも、「ツボ」を心得ていて、彼らの「シナ」「ミエ」は、僕には、新鮮味がなく、むしろ品がなくさえ感じられる。少年の芸の方が、新鮮で、切れのある身のこなしは、舞台の空気をがピリッと引き締める。声変わり前の少年のひた向きさが心を打つ。瀬戸内寂聴が、「少年が男に代わってゆく、ほんの短い間に、神々しいような美しさを発する時がある」と言っていたが、あの子も、数年の内にそんな時を迎えるのだろうか。 その二。一人女優で艶かしい人がいた。 当然、着物を着て、白塗りの化粧が、顔から襟足とうなじまで塗らて、やや媚びるような「シナ」を見せるさまを見ていて、江戸時代までの女郎の化粧の基本であった「白塗り」がいかに色っぽかったのかを実感できた。 今晩、百貨店を片付けて、東京に帰る。 ああ、なんか潤いのない生活だなあ・・・
2004年01月16日
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松山のネットカフェから。 6日から、松山で万華鏡催事をやっている。 予想より売れない(赤字ではないが) 遠征中は接客・販売以外の仕事はしないつもりが、いろいろあって、朝も早よから6時に起きて、いろいろメールしたり資料を作ったりしている それより、昨日店で接客中に、面白い、素敵な格好をした女の人がいた。 朱色と山吹色の鮮やかな着物と羽織姿に、メタルアクセサリーをつけたソフト帽を被り、足は皮製のスニーカーを這き、耳に大き目のピアス。 一年前位前に、万華鏡以外の雑貨品で百貨店の催事を企画する仕事をしていた時に、着物を、もっと制約から自由に着こなすこと・・・例えば、ファンシー系の洋物のアクセサリーをつけたり、髪の毛をドレッド・ヘアーにしたりした格好でロック・コンサートに行くというようなことが流行しているらしいことを知った。 実際に、そんな格好をした人を見たのは初めてだったけれど、その人はとても素敵だった。 他人の目を気にするよりも、自分の価値観を強烈に持っている。僕が万華鏡についていろいろ見せたり説明したりした時のその人の反応から、洗練された美意識を持っていることがよくわかった。 「このくらいすき放題して楽しまんと・・・」「ご年配の方は顔をしかめるんですよ」、と静かに上品に話すその態度が、無理をしてツッパタ感じがまったくなく、とてもナチュラルなのだ。 女、男に限らず、こんな人はとても魅力的だと思った。
2004年01月07日
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今日から、松山に出張。 17日に東京に戻る予定。 仕事でのメールをチャックする必要があるので、ネットカフェを使い、ついでにこの日記の更新もしようと思う。 去年12月も、8日から25日までずっと高松、大阪に行っていた。「家に戻れなくて大変だねえ」、とよく言われるが、全くそう思っていない。もともと、旅好きだし、知らない土地に行くのは大好き。 そして、僕は方言が大好きだ。僕は九州の出身だが、東京に住んで20年以上になり、もはや東京人で今では東京言葉で話す。東京言葉は、いわゆる標準語であり、ニュースを読んだり、文章を書いたりするのには適するが、言葉の「土着性」は少なく、人間臭さが少ない。9月に行った鹿児島では、充分に鹿児島を味わったし、12月には、関西弁に囲まれて仕事をし、更に関西女のファンになった。 百貨店の催事の仕事は、商品(万華鏡)の搬入・陳列と、会期終了後の撤去は夜遅くまでかかって大変だが、会期中は、地方の百貨店は7時に閉店するので、それで仕事は終わり。自宅にいると、帰ってからも、いろいろ仕事をしていしまうが、何せPCがないので、ほとんど何もしないことが多い。そしてホテルが、仕事場である百貨店から、歩いて1分のような距離にあり、すごくいい。だから、7時以降は遊んでいる。この前の高松、大阪出張中も、毎日、帰りの電車を気にせずに飲みまくっていた。 さて、松山で売れるといいな。 一つの鍵は広報だ。 「松山発、四国最大規模の万華鏡展」「600円~88万円まで、200点以上の万華鏡」と言うのは、地方都市では、新聞やテレビにとって、必ずニュースバリューがあり、こちらが出した情報を百貨店の広報担当が、ちゃんとメディアに伝えれば、必ず取材に来てくれるなずだ。また、いい売上を取って、毎晩いい気分で飲みたい。
2004年01月05日
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12月末にも、友人から失恋の話を聞いたが、今日も、別の友人から恋愛トラブルの話が入り、元気づけるために連絡した。 実は、その人は、去年から僕がずっと好きだった女の人で、去年1年を通して、僕の関心事の8割を占めていた人だ。残り2割分の、うまく行き始めた仕事への関心が、僕をダメにすることから救ったのかも知れない。 始終僕の片思いで、随分惨めで、辛い思いをした後、その人のことを諦める時に、「今後も徹底的にやさしくしてあげる」と言うようなことをいい、ややきれい過ぎる諦め方をしたのだが、実際に僕はその人にずっと優しくしていると思う。 失恋後も、未練を持ちながら「友人」として接してきたが、他の男との恋愛についてのコメントなどは一切しなかった。それが、今回初めてそんなことをした。 わだかまりがないわけではないが、それを断ち切るために、そうしたのだ。 彼女はとても喜んでくれた。それでよかったと思うが、一方で、こんな風に何でも「キレイ事」にしてしまう僕という人間を、彼女は「優しくていい人」だと思っても、男として見てくれなかったのかも知れない。 ただ、一切の後悔はない、これまでも、これからも。
2004年01月04日
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最近、寝る前に顔を石鹸で洗って寝るようになった。 女の人にとっては、これは当然のことで、化粧を落として、顔を洗って寝るのが、最低限のスキンケアで、これをしないことは美容にとって最悪の事であるようだ。だが僕は、これまでは、朝のシャワーで石鹸で顔を洗う以外は、寝る前にも洗顔しなかったし、肌の手入れなど、冬も夏も全く何もしてこなかった。男はこれが普通だと思っていた。 にもかかわらず、僕は、色白で肌がきれいだ。 これまで、何度もそう言われてきたが、あまりそのことに関心がなかった。 ところが、1年位前に、ある人に、 「あなた、顔も体も舌もつるつるすべすべで、うらやましい・・・」。 こう言われて以来、何だか妙にこのことを意識するようになった。 そして、最近、じゃ、僕がまじめにスキンケアしたら、もっと、つるつる、すべすべになるのだろうか、あるいは、ちゃんとケアしたら50歳、60歳になっても肌がこのままなのだろうか、それは面白いなあ、と思い、最低のスキンケアとして、寝る前の洗顔をしてみようと思うようになった。 さすがに、冬の暖房を入れた室内の空気は極度に乾燥しており、洗顔直後は、ちょっと肌が突っ張るけど、これはこれでいいのだろうか? どなたか、僕に最低限のスキンケアについてアドバイスして下さいませんか?
2004年01月03日
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自分の部屋に戻ってきた。ああ、相変わらずキタネエなあ!!と、言いつつ「別にそれで何か困る?」と言う自分がいて、片付けに精を出さない。部屋を片付ける手っ取り早い方法は、ホームパーティーでも開いて人を呼ぶことだ。人が来る前、約3時間で、それまでの散らかり具合が嘘のように、片付く。女の子が来る時はもちろん、男が来る時でもちゃんと片付ける。時々両親が、僕の外出中に、勝手に合鍵で入って来て、「見るに見かねて」ということで、掃除をしてゆく。いい年した、オッサンなのに、何か情けないねえ~それはいいとして、時々、「変なもの」を見つけられる。「変なもの」その1 ・「一応の備え」として常備している、コン○ーム。「変なもの」その2 ・女のイヤリング・・・「探しておいて」と言われて、 「探してみたけどなかったよ」と言っていたもの。「変なもの」その3 ・AV・・・僕は、ほとんど借りない方なのに、 たまたま、厳しい僕の審美眼に叶うもをを借り てきた時に限って・・・そういうものを、掃除の後にテーブルの上に置いてゆくのだが、いつも全くコメントはなし。別に、大人なんだから、どれもどーてことないんだけどね。
2004年01月02日
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昼間はサッカー天皇杯の決勝をテレビで観て、実家に行った。 バスで40~50分位のところにある。 行っても特に、何もすることはない。 両親から、特に仕事についていろいろ聞かれるので、できるだけわかりやすく答える。 ただ、心配しそうなことは言わないようになってしまった。 万華鏡の仕事の提携先以外にも、付き合いをしている会社があって、こことの関係では、ある種の金銭トラブルを抱えていて、あまり良くない。 この件については、しっかりと自己防衛をしている。自分でもこれまで未経験だったような悪知恵も働かせて、決して負けていないから、僕自身は心配していなくて、むしろ初めての経験にしては、「俺ってこんなに意地悪にもなれるし、充分駆け引きできるのだなあ」と悦に入っているような状態だ。 でも、息子が、18年間勤めた三菱系の会社を辞め、普通のサラリーマンがあまり経験することのないような、ちょっとだけヤクザな駆け引きをしているのを知ると、多分心配するだろう。 全てこの問題を解決したきった時に、報告すれば、「我が息子もしっかりとした男に育った」と、喜んでくれるかもしれない。 ついでに言えば、恋愛のことも僕は両親に話さない。 去年、失恋で悶絶していた時も、両親の前ではオクビにも出さなかった。 両親と仲が悪いわけではないし、僕の小さい時から今まで、とても平和な家庭だった。先ずは夫婦中がとてもよく、深刻な夫婦喧嘩を一度も見たことがないし、無論それが、「仮面夫婦」などとは程遠い、お互い愛情に満ちた中だった。 ただただ「平穏」。 これが僕が育った家庭環境だった。 だから、僕も、妹も、いわゆる「思春期」「反抗期」の時も比較的、荒れることなく育って行った。 とてもいい事だと思う。 でも、退屈だ・・・・なんて言うのは、間違っているのだろうか? これについては、いつか、又もう少し書いてみよう。 今日はおしまい。
2004年01月01日
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大晦日。今年はどういう一年だったか。一口で言えば、前半は恋愛・失恋。後半は仕事の充実。その人とのことが始まったのは、去年の10月上旬のこと。その年の一月に、転職して入った仕事をやめて、6月まで海外を放浪し、手探りで新しい仕事を始めようとしている時だった。メールを開くと、サラリーマン時代の仕事の関係の人で、僕がサラリーマンを辞めたのを期に、全く連絡を取っていなかった人から、「覚えていますか? 元***の***です。アドレスはこのままかしら・・・」メールのやりとりをし、そして、彼女に会ったのが1月のこと。2日間だけだった。そして・・・・・・いや、いや、その経緯を回想しようとは思わない。もう、あれは来年のことになるのだ。過ぎ去った時間のことだ。振り返らないようにしよう。忘れがたい思い出なのだから。この前、本人に言った。「いい一年だった」、と。
2003年12月31日
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26日に大阪から帰ってきて以来、ちょこっと打合せに出たり、家で仕事したりしているが、一応はオフで、松山に出発する1月5日前までこれが続く。家にいると音楽が聴けていい。 27日には、『第九交響曲』のコンサートに行った。レニングラード歌劇場交響楽団というオーケストラの演奏だった。まあまあ楽しめたが、感動するまでは行かなかった。正直言ってオーケストラが少しヘボかった。生のコンサートは当たりはずれがあるが、これは仕方が無い。 それよりも、一緒に行ったのは、この一年、僕の「恋愛相談相手」になってくれていた人だが、彼女が、失恋したそうだ。 この,僕の4年来の友人である、彼女の生き方は激しく、魅力的だ。 大半の人は、親の手から離れて、一人立ちしてゆく過程で、安全で効率的に生きられるように、主に親が「こうしなさい」「これはしない方がいい」と教え、本人は「何故そうなのか」「本当にそうなのか」を自分自身で経験する前に、あまり考えずに、それに従い、よく言えば順調に、だがこじんまりと人生に船出する。道しるべに従っているから、リスクが少なく、無駄がないように見える。 これに対して、彼女の場合は、そういう便法をそれなりに知りつつも、それにあまり従わずに、いったんは素手で、裸で物事にぶち当たってみるというやり方を取っている。 先ずは、自分の考えや、欲望に素直に従って行動する。「危ない事」や「いけない事」もしてしまう。当然障害も大きいし、リスクもある筈だ。彼女はそれらを持ち前の「勇気」「元気」「賢さ」で乗り切って行く。そして、彼女が味わう「悲しさ」「痛み」は、本物であるからこそ、これを自分の豊かさに変えていくことができる もう一つ付け加えると、彼女は人間関係で馴れ合いをしないために、一見は冷たく、意地悪にさえ見えることがあるが、実は心温かく、擦れていない人だ。小さな嘘はつくだろう。でも、本当に人を裏切ったことはないと思う。 正直に自分を表現するあまり、人を傷つけることもあるだろう。だがそれは人を裏切ることとは違う。 秋田の自宅で同棲していた男を棄てたけれど、これは自分を偽らない正直な表現だったのだし、挙句は自分が家を飛び出して、体一つで東京に出てきた。潔い勇気じゃないか。 こういう、人だから、僕に失恋の話をするときも、僕の前で泣き崩れたり、甘えたりしない(瞬間に涙声になったのを僕は見逃さなかったが)。あまりに内面の情念が激しく、又傷つきやすい人であるために、その聡明な頭脳を持ってしても、なめらかな言葉で自分を語れないのだ。 今年の初めから、僕の失恋話では、随分世話になったので、なんとか力になってあげたかったが、当然こんな人は中途半端な慰めを拒絶する。手持ち無沙汰な感じで、「よし、じゃ今日ははお姫様にしてやるよ!」と言って、金にいとめをかけない夕食をご馳走し、電車で帰れる時間だったが、タクシーで送ってあげた。 この人のことを考えながら、最近読んだ本の中で、頭に残っていた部分を、又思い出した。 『往復随筆 人生への恋文』(石原慎太郎・瀬戸内寂聴著)より・・・・・・「『ナタナエルよ、君に情熱を教えよう。善悪を判断せずに愛すること。平和な日を送るよりは、悲痛な日を送ることだ。私は死の眠り以外の休息を願わない。私は心の中で待ち望んでいたものをことごとくこの世で表現した上で、満足して! ―あるいは絶望しきって死にたいものだ』(アンドレ・ジッド『地の糧』からの著者=石原の引用」) -中略ー 通念とか常識とか、あるいは規律といった、最大公約数的な約束なしに人間の社会は存立し得ませんが、人間の個性、いい換えれば、人間の感性や情念は往々にしてそれと抵触するし、はみ出してもしまいます。それこそが、人間が人間社会の家畜ではなしにあくまでも社会の主体者たる人間である、つまり人間としての価値に他なりません。」こういう思想を実践するのは困難で危険でもある。でも、魅力的で美しい。
2003年12月30日
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関西弁も大好き!!「オッス!メッス!キッス!セックス!」・・・この、僕が昨日、楽天広場のHPを見ていて見つけて、感激した、Une9さんの、超傑作フレーズが、関西女の魅力を全部表現している。先ず、ノリがいい。元気で快活。アケスケでエッチ。たとえ美人でも、時に「オッサン化」する。ナチュラルで、気分屋で、時に感情にまかせて理不尽な言動を取る。でも、愛嬌に溢れ、人間臭くて、愛すべき女たち。九州出身だが、20年以上、東京に住む「東京人」である僕が、関西女として知っているのは、仕事の関係で2年近くの付き合いになる京都女5人、今の仕事で関係する、大阪の「デパガ」、そして何よりも、僕の友人であるIneyさんのHPに出入りしている、数人の大阪女。彼女たちが全員大阪出身かどうかはわからないが、僕にとって、あのすばらしい大阪弁をネイティブ・ランゲージとして発する人たちは、皆、僕にとっては大阪女だ。最初に、東京の女と関西女の違いを感じたのは、仕事で、京都の人と接した時だ。彼女達が、「合コン」や「彼氏ほしい」という話をしているのを聞いていて思ったのは、東京女と比べ、京都女が、男との出会いについて、より積極的であること・・・いや、積極的であることを全く隠さないことだ。東京女は、「合コン」の時に、本当は「彼氏ほしい」「合コン行きたい」と思っていても、「人数合わせに付き合って・・・」とか、「あまり期待はしていない」などと言ってみたりする。これは、実際は僅かな違いなのだが、確かに違う。要は、関西女は気取らない。このことについては、当時、京都に2ヶ月間滞在して仕事をしてもらった、東京女(正確には「横浜女」)も、僕と同意見だった。それからつい数日前までいた大阪で、一緒に仕事をしていたデパガたち。先方の担当者は、元気で愛嬌があり、大らかだけど情が深そうで、こう言っては、本人に怒られるが、山田花子を思い出した。今回の大阪滞在で気づいたことは、大阪人は、女も男も、漫才のセンスを持っている人が多いということだ。僕ら側のスタッフ達と、デパート側の人たちで、夜、食事をした時に、酒が入るにつれ、その場の会話のやり取りが、漫才のリズムになっていった。そして、ツッコミをやるのは部下である女たちで、ボケは、大らかでやさしい上司の男たちだった。仕事柄、職場では淑やかにしている彼女達(実際に淑やかなんだけれど)だが、騒ぐ時は、湧き上がるようなエネルギーを発散する。昔、東京で会った大阪の女で、日頃はどちらかと言うとおとなしいのに、飲んだら人が変わったように大騒ぎするのを見て、「この娘は寂しがりやなんだ」と思い、可愛らしく思った。万華鏡催事2日目の就業時、その日は売上が良かったので、互いに気分がよかったが、彼女は、僕の肩をポンと叩き、「カモチャン、がんばったねえ!」と、親しげに言った。僕のほうが随分年上で、一応は、取引先の代表として来ている僕に、急に親しげな態度を取る。その日、一日一緒に、汗をかくほど一生懸命に接客したことで、仲間意識が生まれた結果のことだった。何だか僕は、すごく嬉しかった。他の人も、売場では、僕に敬語抜きで話す。この、慇懃・丁寧から、ぞんざい・親密な態度への切り替えのセンスの良さも、関西人特有なものだと思う。僕の友人であるIneyさんのHPに出入りする、大阪女たちは、もっと過激だ。Reiko52218さんのエロ専門HPの、文章の痛快で、切れのいいこと!!エロい女はいい女だと思う。ナチュラルだから。というより、それを隠さないのはいい女だと思う。もっとも、匿名性のあるサイバー空間なので、そうなのであって、もし実際にあなたたちに会ったら、実は淑女然としていて、美人、いい女なのかなあ、と勝手に想像している。関西女の皆さん!!僕の勝手な、想像で、というより妄想で作り上げた関西女のイメージ間違っていますか?一度、関西女と付き合ってみたい。僕はどちらかというと、より理屈っぽい人間なので、自分にないものに憧れるのだ。実際つきあってみると、大変で、僕がいじめられるかもしれないが。でも、僕が東京在住やから、「遠距離恋愛」になってまうやないか。なら、東京におる大阪女探せばええんかな。でも、東京におる大阪女で大阪弁を使わへん奴もおるしな・・・
2003年12月29日
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12月8日から25日まで、高松、松山、大阪に出張中で忙しかった。仕事のメールをチェックするために入った松山のネットカフェで、HPの登録だけをして、書き込みを全くしていなかった。ニックネーム"Kaleidoscope-eyes"の由来。現在、万華鏡の輸入、企画、販売を主な商売にしているので、「Kaleidoscope」で登録しようとしたが、案の定、先来者が多数で、「数字付き」になってしまう。そこで「-eyes」を加えてトライすると、そのまま登録できた。"Kaleidoscope eyes"は、ビートルズの傑作アルバム、『Sgt. Pepper’s Lonely Heart Club Band』の中の、「Lucy in the Sky with Diamond」に出てくる一節。曲名の頭文字が「LSD」であるという穿った見方もあるが、確かにサイケデリックなフィーリングに溢れた美しい曲だ。 Picture yourself in a boat on a river With tangerine trees and mamalaide skies Somebody calls you, you answer quite slowly. A girl with kaleidoscope eyes. Cellophane flowers of yellow and green Towering over your head Look for the girl with with the sun in her eyes And she!s gone Lucy in the Sky with Diamond・・・・ 川に浮かぶボートに乗っているきみを思い描いてごらん タンジェリンの木々とマーマレードの空 誰かがきみに呼びかけ、きみはゆっくりとそれに応えると そこには万華鏡の目をした少女がいる 黄色や緑のセロファンの花が きみの上にそびえている 目の中に太陽を持った少女を探すが もう、彼女はいない ルーシーはダイヤモンドといっしょに空にいる・・・・さて、「公開日記」といっても何を書けばいいのか?言わば「誰かが聞いている独り言」を書くのにはどんな文体がいいのか?・・・なんて考えずにとにかく書いてみよう。内容は、なんでもない自分の日常でもいいし、時事問題についての堅苦しい論文のようなものでもいい。思いっきりのエロ話や、ワイドショー的な芸能評論など、何でもいいじゃないか。今、頭に浮かんでいる内容は、例えば・・・ 「僕のこの一年」 「関西女大好き!!」 「十人十色のエロ」(Reiko52218さんのHPへ感想、意見) 「ナショナリズム-この甘美で危険なもの」 「場末のストリップ小屋で僕は『ビーナス誕生』を見た」それから、2002年の春に、中東、欧州を放浪した時の旅行記なんかもUPしよう。明日からでも、書き始めます。
2003年12月28日
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