こんにちわ♪

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安楽死




まず、 クロネコ から読まれるといいと思います。




ずっと前にも 『安楽死』 の話題は取り上げたことがあるんだけれども。





今回は、動物の安楽死だけにとどまらず、全てにおいて考えてみることにしようと思う。






まず、安楽死とはなんだろう?







安楽死の定義

苦しい生ないし意味のない生から患者を解放するという目的のもとに、意図的に達成された死、ないしその目的を達成するために意図的に行われる「死なせる」行為。






[註] (1) 「苦しい生ないし意味のない生」というのは、患者が「苦しい」「もはや生きる意味がない」と評価している場合を指しているのであって、決して他から生に意味があるかどうかを評価するものではない。







昔の医療器具
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これは英国の昔の医療器具。本文とは直接関係がないかもしれません・・・。





そう、『死なせる事』つまりは殺す事である。





ただ、その死ぬ側が『安楽』だから『安楽死』というと多くの人が思い込んでいるようだが、これは大きな間違いだ。





死なせられる人が、生きている側から見て、いかにも安楽そうに死んでいくように見えるから、安楽死というのが正解なのである。





安楽かどうかなんてのは、安楽死させられた者に直接聞かなきゃ、さっぱりわからないのは周知の事実なのだ。






本当は、本人はものすごく苦しいのかもしれない。







昔の医療器具と麻酔器具
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通常動物の安楽死の場合、麻酔を致死量使います。
それが苦しいか苦しくないのか、本当のところは誰も知りません。






さて、安楽死の区分には、積極的安楽死 (active euthanasia) と消極的安楽死 (passive euthanasia)がある。







オーストラリア製合法の安楽死装置
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これはオーストラリア製の合法の安楽死装置だそうな。
『安楽死』なんていっても、それは見ている側が『わっ安楽そう♪』てな感じに見えるだけで、安楽死されている側はどう感じているかさっぱりわからないのが真相だ!






まぁ、簡単に言うと積極的安楽死というのは、 殺すこと 。







消極的安楽死というのは、何もしないで、死ぬのを待っている事。





大方の場合は前者に対してはより厳しく、後者(治療しないこと?)に対しては相当許容するものである。





とくに後者の場合、『徒な延命治療はしない』と表現するならば、理屈としては大方が認めているといえよう。






でもね、ぶっちゃけ言うと。





消極的安楽死というのは、何もしないで、死ぬのを待っている事。





こちらのほうが、ある意味残酷ではないか?






そう、患者がじわりじわりと死ぬのを何もしないで待っているのだ。それは、ハイエナやハゲタカのごとく。







積極的に安楽死してやったほうが、ある意味『一思いに!』てな感じで、死ぬ側にとってはいいかもしれないけれど。






それでも、多くの場合、消極的安楽死のほうが認められる。





逆に積極的安楽死の場合は、『殺人』とされてしまう事がほとんどのような気がするのだ。






これはなぜか?







結局は、安楽死なんてのは、死ぬ側のことを考えて設定しているものではなく、生きる側がいかに楽できるか、そして倫理的にも、メンタル的にも負担がかからないかを考えているに過ぎないのだ。





こんな風に書いちゃうと、安楽死否定派のように主われが。






俺は 安楽死肯定派 です。






なぜならば、『安楽死』の対象となる状態というのは、遅かれ早かれ、少なくとも半年くらい先には〃死〃が確定しているわけだ。



『安楽死』が、苦しいか苦しくないかは知らないが。




死ぬまでの間は、口が利けるから『くるちいよぉ』なんて訴えても、安楽死否定派の人は、決して何もしないんだろうな。



鬼である



その死ぬまでの間の苦痛を柔らげてやるという意味において、俺は肯定派に立つのである。





あと半年生き長らえさせることが、その人間及び周りの者に益するということは余り考えられない。




確かに、絶対命令として何年何月何日という寿命をそのまま終える、命令に全く従順に従うということも大事だ。



しかし、本来、寿命というのは、あくまでも本人及び周りの者に益するように与えられているものなのだから、こういうようなもう半年後にはダメだという状態、傘を完全にすぼめた状態では、本人の苦痛を柔らげてやる方が、周りの者の手数を省いてやるという意味においては消極的に貢献していると思う。



だから、人道的意味でいわれる、生ある者を他動的に殺すのはいけない、というような四角四面のことではなく、肯定すべきものだと思う。



否定派の人にしても、「安楽死」という事に寄せて殺人というのが行なわれるのを恐れてのことだろう。







それでも、動物愛護者の中には『安楽死反対!』なんて人がいる。




でもそれは俺にもわかる。そして彼らに賛同できる。





動物の場合、別に病気で死にそうなので『安楽死』をするだけではなく。






飼い主の都合で、飼えなくなったから、邪魔だから、なんてそれはそれは鬼のような理由で安楽死を依頼する場合がある。


老犬で、痴呆がはじまり、世話しきれなくなったといって安楽死を依頼するケースも少なくない。




ネコの場合、保健所などで安楽死で処分されるそのほとんどは実は野良猫、しかも子猫が多い。







それでも、獣医師はやらねばならないときがあるのだ。






それは獣医師としての意思でやるわけではなく。






エゴにまみれた飼い主の要望に応じてやるのである。






俺はそんな飼い主を別に責める事はないが、ちょっとは動物の立場になって考えてみる必要があるのではないでしょうか?







安楽死においてに限らず、動物愛護をする場合においても、動物の立場になって考える必要があると思うのです。







飼い主さんにもいろんな事情があるかと思う。








ただ健康な動物を人間の都合で安楽死するということは、やはり獣医といえど、気分よろしくないという事を心にとどめて。






犬の十戒 を何度でも理解できるまで読み返して。





獣医さんにお願いしてください。





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