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ハートを開かなくしたときの封印を解除しますハートは徐々に開きつつありますちょっとずつ痛みを感じます痛みの原因が何であるか知る前に自分を癒します関係のあった人たちに感謝と癒しを送ります本当に辛い思いをさせてごめんなさいお互い一緒に光を目指しましょう輝く未来に向かって今を楽しみましょう光はいつも自分に降り注いでいます何も特別なことではなかったそれを感じるセンサーを封印してきたようだ今でも封印したがる気持ちを、癒します辛かったろうに、苦しかったろうに宇宙の大きな役目を担ってやってきた学びの星俺がやるって言ってきたのだから最後までやりきりますみんながそれを待っている心配かけてすいませんそう、否定的にならずに前向きに自分の良いところを見つけます他人の良いところを見つけます自分を守るために人を責める事はやめにします小さなこだわりは直ちに捨てて目の前に起こることすべてを肯定し愛します神我を活性化して宇宙の幸福化の為に愛の回流の通路になりたいので、ハイヤーセルフ 承認、サポートをお願いします電波障害にならぬよう、常にハートで感じながら
2009.07.30
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日曜日の昼下がり、兄ちゃんは少年野球に出かけ、私と妻は、チビちゃんを連れて東京都写真美術館に行ってきました。「世界報道写真展2009」(6月13日[土]-8月9日[日])何かに出会える。そう確信して出かけました。ガーデンプレイスの地下駐車場でベビーカーに乗せてからというものチビちゃんは眠ったままですいい子だね。そのまま眠っててちょーだいな。写真展は初めてのことでしたが、最初から最後まで圧倒されました。世界の人々の訴えてくる目日常の中での紛争、死、別れ、そして狂気。写真を撮る人の思惑が意図して映し出されるものではなく、この写真たちは、ここ日本に、今、展示されることを知っています。「何をつたえるの?」通学バスの窓から自分の母親が死んでいるのを見ている子供たち「私に何をつたえようとしているのですか?」殺人事件の横で談笑する若者たち「教えてください。」頭に爆弾の破片が埋まったままの希望という名の少女よ写真を撮られたであろう地域に光を降ろすイメージをしました。でも私はかつて、この残虐世界の住人でした。。。戦国の世では当たり前のように人を殺し、首級を誇らしげに磨いていたのでしょうか。いつの世も日常で起きることに慣れなければ生きていけません。戦いがはびこる世の中では生きていくためにハートを閉ざすことを選びます。心を閉ざさなければ生きていけない時代が存在し、世界のあちこちではまだ痛ましい現実は存在しています。戦いの学びのため、支配の学びのためにお互いに役割を演じてきた存在として感謝します 癒します 祝福します。「軽々しく言っていませんでしたか?」自分に言い聞かせることができます。いまだハートが開かず右往左往している私に、もっと強くイメージできるように見せてくださったのです。今日のこの日を感謝しよう。私のしてきたことを深く見つめるのに重要な写真展でした。チケットを譲って頂きありがとうございました。そして、写真展を後にしてエレベーターの中でようやくおっきしたチビちゃんありがとう。おかげでゆっくり見ることができました。今後、真相追求者気取りで戦いを繋げていくことは私の中で終止符を打とうと思います。
2009.07.28
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24日は皇海山の登山口まで行きましたが、雨で中止しました。とりあえず持参した昼食を食べる場所を探すことに。。。。茅葺屋根の旧鈴木家住宅で足湯につかり、受付の女性に景色のよいピクニックできそうなところはないかと尋ねてみました。薗原湖を勧められて、とりあえずそこに行くことにしました。景色は良いのですが、いま一つ暗いイメージのところでしたので、光をたくさん下ろしてくださ~~ぃ、光の柱をここに建てま~~ス!!いつもの「山頂○友会」の二人には聞こえないよう、大きな声を心の中で張り上げておりました。私は、ここからお宿までの運転手なので、ノンアルコールビールで乾杯しましたが徐々に景色がキラキラしだしたので、嬉しくなってきました。気持ちを込めてお祈りすれば大きな光が降りてきてるんだろうなぁ~。繋がるって嬉しい。見えないけど。。。農産物直売で買った朝取りレタスとメンバーが作ってきてくれたたくさんの料理でおなかが破裂しそうなほど食べて、飲んでおりました。そんな時、キュルキュルーキュルキュルーっと第一波が押し寄せてきて、ティッシュを掴んで茂みの中へと。(SAで食べた舞茸そばかな?)(もしかして、ポータルが開いたのか)その日はなんだか山にも登らないのにぐったりして、旅館の暖簾をくぐると、夜遅くまで露天風呂にひっくり返っておりました。次の日は雨が上がったので、ちろっと雨乞山に登ってみるべぇかと水だけもってハイキングしました。山頂の祠にお供えしてあったコップの水を取り替えてから、人々の願いとそれを支配してきたエネルギーの縺れを解くイメージで竜神様に感謝し、祝福し、光に帰っていただくようお祈りをしました。大変眺めの良い山頂で、赤城と榛名が望めました。帰ってきてから薗原湖を調べてみると、心霊スポットであったことを知りました。いろいろ考えて、そこに招かれたような気がしなくも無く。必然であれば尚のこと、そこに行って沢山お祈りができて良かったな~と思いました。武士の念が渦巻く沼田市でのことでした。「・・・セパレーション!」
2009.07.28
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この三次元はエネルギーの影絵みたいなもので、影絵をいくら変えようとしてみても無駄なことなんですね。このことが良くわかる出来事がありました。どうやら私はこのことを実感するためにこのツアーに参加したようです。長い間取り下げないまま放置していた呪詛や命令によって、苦しい思いをされてきた存在たちはその重い場から離れることが出来ないようです。ツアー参加者の中で、瞳のきれいな女性がいらっしゃったのですが、いつしか私に対して敵意を感じるようになりました。唯一重い波動の存在として参加している私ですから、ご迷惑をお掛けしてすまない思いはあったのですが、徐々に口を利いていただけないぐらいにお互いの関係はギクシャクしていました。二十三士温泉に到着して夜のミーティングをしているときのことでした。その方の表情は苦しそうで、声も出せないぐらいになってしまいました。てっきりその方の内面に問題があって、苦しい思いをされているのだろうと思っていました。喜楽天道さまはそのとき、戦国の世において武士は僧侶の命を脅して、相手方に呪詛を送る命令を下していたことがあるとおっしゃいました。そういえば、私は武将のエネルギーであり、その方は仏教と関わりがあったとか。ということは彼女の苦しい思いは、私に原因があったのだ!私はあわててその方に、「今まで出してきた、呪詛や命令をすべて取り下げますので、自由に楽しく生きてください。」とお祈りをしました。すると、あれほど苦しそうだった表情が少しずつ和らいできて、声を発するようになられたのです。ツアーが始まってからというもの、私のすることなすことに嫌悪感を抱き、憎しみの感情が募っておられたそうです。しかし、武将には呪詛返しの術がかけられているようで、逆に苦しむ結果になられたようです。実はそのことは私以外の参加者すべての方がエネルギーを感じておられて、お互いの気づきと学びが出来るのを待っておられたそうです。すばらしいメンバーのサポートの中、大いなる気付きを与えてくださったことに涙が止まりませんでした。呪詛を取り下げると宣言することにより、楽になられる方がいらっしゃるなら、いつもその気持ちを忘れずワークし続けたいと思いました。次の日の朝、その方と普通に会話したり笑い会ったり出来るかな?なんて心配していましたら、気楽天道さまに降りてきた歌がなんと「一年生になったら」・・・・。ずっこけました。天道さまの癒しで二十三士も一緒に一年生になったそうですけど。
2009.07.20
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私たちを乗せた車は松山自動車道から高知自動車道に入り、早明浦ダムを目指します。大豊ICを降りてた辺りで、土地のエネルギーと調和するため昼食を頂くことになりました。天道さまにリーディングをお願いして、私の昼食は嶺北牛の牛丼に決まりました。赤身のおいしいお肉でしたが、牛丼というよりもすき焼きをかけたご飯という感じでしょうか。このお店は日替わり定食もボリュームがあり、皆満足そうです。KASUMIさまがふと私に向かって、牛丼の感想を求めてこられました。「おいしかったですよ~。」と、質問の意図を考えずに答えますと、嶺北牛をこの場所で頂く意味を、帰ってから良く調べるように言われました。今では品種の改良がなされて、おいしくいただけるようになったのでしょうが、明治時代は使役を目的として飼育されていたようです。山間部の資材の運搬や農耕をして、家族同然に扱われてきた牛を食べることになったのはいつの頃からなのでしょう。ダムの湖畔に車を止めて、強い日差しの中 それぞれがワークを始めました。7月15日の早明浦ダムの貯水率は38.7%で夏に向けて徐々に数値を下げているようです。人々の生活のために水の流れを堰き止め、自然のサイクルの邪魔物としてのダムは、下流域に住む人たちにとっては命綱です。四国の水不足問題は深刻であり、長い年月のうちに人々の思いはダムの水に転写されているのでしょうか?私以外のメンバーは重いエネルギーを感じるようです。ダムに使用させていただいた自然に感謝し、癒しを送らせていただきました。たくさんの雨が降って、潤うようにもお祈りしました。次の訪問地である長宗我部元親公墓所に向かう途中、突然雲が立ち込めると大粒の雨が降り出しました。南国のスコールです。「誰かが雨乞いしたからちゃうか。」運転されている昔昔さまは大変です。しかし元親公墓所に訪れた時はすっかり雨はやんで日が差すようになっていました。兵士の塚で感謝と祝福を祈り、頭の中がグワングワンしながらその横の石段をあがりました。おね殿と滝川一益殿との参拝に元親公はなんて言っておられるのだろう。明智光秀(斉藤利三)の織田家での位置が長宗我部家の四国での立ち位置を決めるよりどころとなっていたのですから、一蓮托生の関係にあったと思います。高知のような平地の少ない領土では手柄を立てた家臣に配るべくも無く、山間部の多い四国全土を制覇するのも止むを得ない成り行きでしたのでしょうか。時代は本能寺の変へ、そして秀吉殿の四国征伐へと流れていきます。戦いや支配のテーマを学びあった同士です。調和致しましょう。同行された滝川殿は元親公が泣いておられたと言われました。最初は「どの面下げてきたか。」と言われたそうですが。私にも何か言葉を頂ければ嬉しいのですが、この地に参ってお祈りできただけでよしとしましょう。その後、車は高知市を抜けて室戸を目指します。しかし先頭車両は南国バイパスに向かうと思いきや、青柳町経由で行く道を選んだようです。ナビというのは生き物ですから、その都度ルートは定まりません。特にみかん号は毎日話しかけているうちに声まで良くなったそうですから、意識があるのかもしれません。踏み切りに差し掛かり、上り下りと一車両づつぼんやり行き過ぎるのを待っていました。すると、下り方向に向かう列車の行き先が《ごめん》となっているのです。その瞬間、シンクロの印象付けがありました。あ、元親公からのお言葉だ!ありがたや、ありがたや。ほんとに来てよかったなぁ。ありがとう、長宗我部殿。次はハートを開いて、また訪れます。
2009.07.20
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2日目の最初の訪問地は別子銅山記念館でした。住友グループの礎ともなった別子銅山の歴史と技術を伝える資料館です。大山積神社にご挨拶して、館内にお邪魔しました。去年は石見銀山と足尾銅山に行ったのですが、暗く狭い場所での作業は死と隣り合わせであり、大変辛いものであったろうと思います。展示してある道具も現代から考えればかなり力不足に感じます。通路を館内の下のほうに行くと、壁にたくさんの写真が展示してありました。昭和33年~34年頃のものですが、子供たちや大人の生き生きとした表情に辛くても豊かになり行く希望の未来が伺えます。しっかりとこの地に生きていくんだという力を感じました。しかしその後、この銅山は昭和48年に閉山となりひとつの時代に幕を下ろします。 ♪ まわるまわるよ 時代はまわる 喜び悲しみくり返し 今日は倒れた旅人たちも 生まれかわって歩き出すよ喜楽天道さまの口元から漏れ聞こえてくる「時代/中島みゆき」の歌を聴くにつれて、写真一枚一枚にフォーカスしていき、またもやウルウルしてきました。次に訪問予定地の伊予神社に向けて車は高速道路を走ります。昔昔さまの助手席に乗せていただき、車窓を流れ行く山々を見ていたら、昨日まで感じていた景色と違うことに気が付きました。明らかに、光の量が違います。木々の葉がキラキラと輝き、山々がぐっと近くに感じられます。四国を光でいっぱいにしようとしていた気持ちが伝わっている!それに答えるかのように自然は反応してくれているんだ。昔昔さまにそのことを告げると、えらい進歩したじゃないかと言ってくださいました。こんな風に自然と呼応している自分は明らかに初めての感覚でした。よーし、この調子で四国全土を光でいっぱいにしよう!!
2009.07.19
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徳島行の高速バスに、無事乗ることができました。何が起きても不思議ではない方たちとのツアーです。同じ座標軸にいるために光化しつづけていましょう。ところが早くもハプニングが。。リーディングで席を決めていただいたのですが、私の後ろに座られたメンバーの方が息が出来ないほど苦しいと、席を移られたのです。確かに後ろのほうの席はエンジンの振動が大きいのですが、息が苦しいとは?もしかして私のせい?波動が十分に上がらない私が、ハートを開いた方たちにかける迷惑は尋常ではなさそうです。それからは、いろいろ気になって明るくなるまで浅い睡眠を繰り返していました。琴平に予定より1時間も早く着いた我々は、期待していなかった朝食をとる時間ができました。金毘羅さんの参道入り口にある洋食店で、朝から気合の入ったお肉を中心とした料理をいただきました。クンビーラのエネルギーはお肉がお好きなようですね。食後、合流された昔昔さまとみかんさまの車に分乗し、四国ツアーいよいよスタートとなりました。最初の訪問地は大水上神社です。大水上神社という名の割に、小川がちょろちょろ流れてはいるものの、全体的に乾いている印象を受けます。香川県は水不足が深刻な場所ですから、ますますご神気を上げられて潤いのある土地になりますようお祈りをさせていただきました。さあ、次の白峰宮へ出発しようという段になって、車が近づく音が聞こえます。こちらの宮司さまが帰ってこられた様子です。タイミング的にギリギリですが、天道さまやひめのさまにご挨拶をされるようになっていたのでしょうか。2番根の訪問地の白峰宮の前に車を止めて歩き出しますと、KASUMIさまとのんのんさまが私に向かって「脱げ! 裸じゃ」と仰います。どうやら私には見えないのですが、兜を被って鎧を身に纏い、ガシャガシャ歩いているそうなんです。お二人にはその後ツアー中言われ続けましたが、最後まで脱げなかったようです。残念。白峰宮は第七十五代崇徳天皇の霊をお祀りしたお宮です。御祈りの後、喜楽天道さまの口元から聞き覚えのあるメロディーが聞こえてきました。この神社に必要な癒しソングが降ろされたようです。あれ、これひょっとしてペリーヌ物語の歌?小学校の時見てました、歌ってました。懐かしい~思わず一緒に歌っちゃいました。みんなの声が合わさったとき、涙があふれてきます。あ~、なんだか感動してるぅ~。うるうる。こう云うのって素晴らしいな。なんて感動していましたが。KASUMIさまやのんのんさまには、鎧兜を身にまとったおっさんが「ペリーヌものがたり」を歌って泣いているようにしか見えなかったそうです。想像すると笑えますね。
2009.07.17
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久しぶりのアップになります。お立ち寄りいただきましてありがとうございます。四国ツアーから戻りましたので、その感動をお伝えしたいと思います。そもそも参加表明したのは7月4日の光講座の帰り道のことでした。こうした決断はウジウジ悩む性質なのですが、その日は直感に任せることが出来たようです。しかし、帰りの電車に揺られるうちに(えらいこと約束してしまったな~。会社や妻になんて言おう?)それが正直な気持ちでした。その晩10時近くになってひめのさまからメールが届きました。 ・訪問希望地の名前 ・住所 ・情報 ・何故そこを訪問したいのか ・何故このツアーに参加したいのか 7月4日までに上記を報告しなければなりませんって今夜が締め切りですか?!帰ってから早速スカイプをダウンロードするのですがうまくいかないし、四国について調べる時間がないし、うだうだしていました。まあ昨日の今日だからと自分に言い訳しながら、ようやく7月5日のお昼に返信しました。正直言って「四国を光でいっぱいにしよう!」に実感が湧いて来ません。宣言文を掲示板に書き込むのにも、心がこもりません。それも遅れ遅れでやっとこさ書き込みしました。昼は眠いし、仕事もあるし、なんだかだるいなー。七夕のパワーは私の体を動けないほど虚脱させていました。その夜とうとう1回目のスカイプミーティングが始まりました。マイク付きヘッドフォンセットを買ってきて、いろいろ試してみるのですがマイクが反応しません。手元のスイッチをいくら確認してもONになっています。おかしいな?不良品かもしれない。とりあえず私だけマイクなしの参加でした。会話に加われず、聞くだけの会議で感じた事は他のメンバーは純粋に四国へ光を送ることに一生懸命でした。スカイプは波動域や意識レベルの違うものを容赦なく落すようです。7日のミーティングでは私だけ3回落ちました。いくら意識を集中しても邪念が入った時にプツンと落ちます。こんなことってあるんだろうか?どうやら私は、四国ツアーに参加さえすればいろいろなサポートを受けられて、ご利益を授かれるだろうと、狡い考えで参加表明していたことに気が付きました。人任せで、表面つらやる気を見せても上の存在たちはお見通しでした。このままではまずい意識を変えて、このツアーを牽引していくつもりで臨まなければ皆に迷惑がかかってしまう。四の五の言うより前に動くことが先決だ。自分のことよりも意識を四国に向けなければ。。その後2回目のミーティングは私が司会で行われました。今回はマイクは正常に作動します。前回ONを確認したスイッチはミュートのONだったのです。。。形式に囚われる私は、それぞれの参加者の気持ちをくみ取れる司会が出来ませんでした。どんどん声が小さくなり、落ちることを気にしながらのミーティングで、四国やメンバーに意識を向けることが出来ず、いつしか自分のことばかり考えていました。そんな重い波動を発して、メンバー全員が苦しい思いをしていたのを知るのは、12日の喜楽天道さまのセッションの時でした。ちょうど良いタイミングでセッションを申し込んでいたことは四国ツアーにどうしても行く必要があることをハイヤーセルフに告げられているようです。あとは、四国と調和し、メンバーと調和することを心掛け先に出がちな自分をいかに抑えるかにかかっているようなのでやるだけやって、あとは天に任せてみよう!
2009.07.17
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頭を空っぽにして、はじめからやり直します。気楽に重くならないよう、のんびりと。天に任せて放り投げるのも良いかな。
2009.07.04
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