天狗の日記

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2005.12.10
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 京都の塾講師が小6の生徒を刺し殺した事件で、小生が思うことは、

である。
 子供は、天使だとか、すばらしいとかいうのは、半ばうそである。
 彼らは、無邪気であるが、無慈悲である。
 素直だが、思いやりが無い。
 大人が傷つくことを平気で吐く。
 それは、仕方のないことで、彼らはそうした思いやりを学んでいる過程にある
のだし、自分の吐いた言葉の意味(それによる影響)も学んでいる過程なのだ。

の強いというべきか、そんな子はいる。

 被害者の子がそうかはわからないが・・・・・・。
 被害者は小6で、いわば思春期の入り口で、自我に目覚め、他者への批判が強
くなる時期である。
 特に力のない講師や幼児性を残した指導者の手合いなどは、見透かして馬鹿に
してくる。

 対して、加害者の大学生講師であるが、大学生の頃は、貴族意識をもち、自分
の力量よりも自負、誇りが肥大したころである。特に偏差値の高い大学に通うも
のほどその傾向は顕著である。


小学生に情け容赦もなく切り捨てられる扱いをうけたら・・・・・。


 しかし、甘ったれである。弱い。脆弱すぎる。
 ダメだしされたくらいが何だ!!

 自分の欠けているものが何なのかを知るチャンスであったのに、成長するチャ
ンスだったのに・・・。
 自分に抑圧を与えるものに対する攻撃という幼児的な解決を図ってしまった。


 漫画「ドラゴン桜」で、飢えた人に「魚を与えるか」、「魚のとりかたを教え
るか」、というのがあったが、私も指導者は「魚のとり方」を教えるべきである
と思う。
 得てして教える者は、教えることで優越感に浸り、自己満足に陥りがちである。
自分が物知りを見られたい。えらいとみられたい。あるいは、いい人と思われた
いというものである。
 そんなものは、自己満足であって、相手の為などこれっぽっちも考えていない。
 相手を本気で成長させようと思えば、もっと相手への理解が必要になるし、嫌
われる覚悟も要る。
 自分の感情などは、糞の役にも立たないものである。
 そして、真剣に相手を思い、相手に嫌われる覚悟で指導しようという者は、相
手から侮られないものなのだ。







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Last updated  2005.12.10 23:53:15
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お猿@ やっちまったなぁ! http://feti.findeath.net/4zyylyr/ ちょ…
開放感@ 最近の大学生は凄いんですね。。 竿も玉もア○ルも全部隅々まで見られてガ…
地蔵@ 驚きのショックプライスw コウちゃんがこないだ教えてくれたやつ、…
ヒゲメタボ@ クマたんと呼ばれてます(^^; 最近はこれが流行ってるって聞いたので …
ニキビ侍@ ありがとう!!!!!!! 顔見てるだけでもギンギンでミルク発射し…

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