国民と天皇と大日本帝国

国民と天皇と大日本帝国

PR

×

プロフィール

kamuy_nupe

kamuy_nupe

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

バックナンバー

2026.08
2026.07
2026.06
2026.05
2026.04

お気に入りブログ

電波帝国 MJ-12さん
帝国陸軍好きの読書… 五年現役兵さん
むうみんの脳内妄想 むうみん@ぶたぢるさん
くまのつれづれにっき 森のくまさん4877さん
2006.05.13
XML
カテゴリ: 大日本帝国興亡史
『テロとクーデター』

○1931年から1932年は

 大陸に於いては、
 満州事変・第一次上海事変・満州国建国・満州国の承認と進んでいる。

 1931年から1936年の日本では殺害事件と殺害計画が、
 3月事件・10月事件・桜田門事件・血盟団事件・5.15事件があり、
 小林多喜二事件・神兵隊事件・士官学校事件・相沢事件・2.26事件
 と続く。

○1921年から1930年までにも、


 虎の門事件・浜口雄幸首相狙撃事件

 上記のように1921年~1936年に於いて、
 昭和天皇が狙われたのは虎の門事件と桜田門事件、
 殺害・重傷を負わされた首相は原敬・浜口雄幸・犬養毅、
 2.26事件の岡田啓介首相は殺害されなかったが、運がよかっただけ。

 傾向として政党政治家と財閥関係者が殺害され、
 天皇の側近者は海軍関係者が殺害されるが西園寺公望・牧野伸顕は殺害には至らない。
 陸軍教育総監の渡辺錠太郎が2.26事件で殺害されているのは、
 前教育総監の真崎甚三郎の意志が存在した(或いは誘導した)と思える。


■5.15事件に至る事件(「ドキュメント昭和史-2」よりの概要)

●「天剣党事件より十月事件まで/警視庁」よりの概要



 1927年9月元陸軍騎兵少尉西田税は天剣党を組織する目的で村中孝次少尉など約40名に
 「天剣党および天剣党規約」を配布した。
 内容は大アジア主義を前提とした現行諸制度の改造を決行すべきを連ねていた。

○三月事件概要

 北一輝・清水行之助・大川周明等が計画する宇垣大将を中心としたクーデターに、

 浜口首相が狙撃され重態となり周囲の情勢から次期首相が宇垣になる確信ができた為
 宇垣大将は陸相の地位を利用して軍隊を動員してクーデターを行おうとしていたが、
 計画は中止された。
 (次期首相は宇垣ではなく若槻になった)

○四月兵火事件の概要

 1930年4月のロンドン会議で浜口内閣の閣僚が宮中府中の重臣等と結託し、
 加藤寛治軍令部長の上奏阻止により統帥権を干犯した。
 大岸頼好中尉が檄文(兵火)を作成し同憂の青年将校間に配布、
 青年将校はますます動揺結束した

○十月事件の概要

 動機はロンドン会議の統帥権干犯、浜口内閣以来の財政経済政策の失敗、
 政府首脳・宮中府中重臣の軍部否定の言動、軍部に対する昇給停止・減俸・軍縮など、
 腐敗堕落せる政党政治の打破、
 満蒙問題・万宝山事件・中村大尉惨殺事件・満州事変の衝撃。
 1931年9月21日の満州事変派兵の臨時閣議では幣原外相が南陸相に
 満州事変は陸軍の謀略と攻撃し、支那正規軍の鉄道爆破その他に対する捏造情報を
 具体的に論述し、元老重臣は満州事変に関する出動問題に不都合と称したと述べた等。

 1931年10月上旬頃より青年将校は昭和維新断行に傾く、
 大川周明は概要を知り警視総監(大川の高等学校時代の同期)等に不穏計画を密告し、
 政治的に利用悪用しようとする気配があった。
 関東軍青年将校と連絡を取り重大化しつつあった。
 10月14日には急進的青年将校の保護結束、将校の転地等で事件を未然に防いだ。

 「急進的青年将校の配布した檄文」
 袞竜の袖にかくれ顕栄に驕り皇威をけがし奉る君側小臣の臣たる牧野内府、
 一木宮相等重臣大官、立憲政治に名をかりて内治外交をもてあそび私人私党のため
 国家国民を政争の具に供し来たれる政治家ならびに政党、およびこれらと結託して
 国利民福を犠牲として不浄の資金を投与してこれを懐柔しあるいは操縦し
 国家を私断し来たれる財閥、興論の名においてこれを迎合し欧州流行の浮薄なる思想を
 直訳詳細し日本自ら卑侮し来たれる思想家、大新聞等、亡国不臣を掃蕩清算して
 国内改造を断行し、更に進んでその憤激を外敵掃蕩に集中し、
 昭和維新を成就せざるべからず。」


●和田日出吉「三井・三菱献金帳」(『日本評論』1936年11月号)の概要

 1932年3月から1936年までの期間の二大財閥(三井・三菱)の各種の寄付行為は
 直接・間接の寄付総額は三井が約6000万円、三菱が1500万円に達すると推定。
 その多くが軍事関係への寄付で、右翼運動家へも資金が流れた。
 反財閥下の右翼思想の中に、
 「ぼろい搾取をしているのだから吐き出すのは当然、吐き出させる権利がある」
 が充満し社会のイニシアチブを握っている、寄付行為は強要されやすく、
 財閥もまた反財閥の風当たりの防衛手段にする。


■血盟団事件

●「血盟団事件論告概要/木内曽益」(「ドキュメント昭和史-2」よりの概要)

○いわゆる血盟団事件とその社会的影響

◇井上準之助殺害
 1932年2月9日午後8時頃、小沼正は民政党の重鎮で元大蔵大臣の井上準之助を
 東京市の尋常小学校通用門内にて拳銃で射殺した。
◇団琢磨殺害
 1932年3月5日午前11時25分頃、菱沼五郎は三井合名会社理事長団琢磨を
 東京市日本橋区駿河町三井銀行大玄関前にて拳銃で射殺した。

 被告人の小沼正と菱沼五郎は同志、三月事件・十月事件に関係。

○検挙の経路ならびにその顛末

 小沼正と菱沼五郎は殺人現場で直ちに逮捕され取調べの結果、
 井上昭(井上日召)を中心とした一派による政党・財閥・特権階級の代表者の
 暗殺計画が判明し、一味を検挙した。

○本件事犯の原因動機ならびにその目的

 三月事件・十月事件に端を発し、
 支配階級・特権階級が結託し私利私欲に没頭して国策・外交を誤り、
 農民の疲弊を顧みない、
 政党・財閥・特権階級に対して非合法の直接行動により一挙革新の放火を揚げて、
 政党・財閥・特権階級と一般国民の覚醒を促し国家の革新を期する。

○本件事犯の計画内容、ならびにいわゆる5.15事件との関係

 十月事件の後を受け、井上昭が盟主となり海軍同志を加えて
 1932年2月21日の紀元節にての政党・財閥・特権階級の暗殺と国家革新の烽火を計画
 上海事変の為に海軍同志の多くが出征し計画が変更され、
 井上昭側と海軍側は分離行動をとることになった。

 第一陣は井上昭側による一人一殺の下に政党・財閥・特権階級の巨頭の暗殺。

 第二陣は海軍側が陸軍側同志と提携して集団的直接行動による暗殺を計画。

 第一陣の井上昭側による暗殺目標は、
 政界:犬養毅・床次竹二郎・鈴木喜三郎・若槻礼次郎・井上準之助・幣原喜重郎
 特権階級:西園寺公望・牧野伸顕・伊藤巳代治・徳川家達
 財界:団琢磨・池田成彬・木村久寿弥太

 武器は故海軍少佐藤井斉(当時は海軍大尉)が大連にて入手したブローニング拳銃八挺
 海軍少尉伊藤亀城が入手した同型拳銃一挺、海軍大尉鈴木四郎などから預かった二挺
 を使用する事とした。

 井上準之助・団琢磨の殺害後に同志が検挙・井上昭は出頭、
 海軍側同志は第二陣として5.15事件を決行した。

○井上昭の本件事犯に及ぼしたる思想的影響

 井上昭は国家革新には非常手段による現状打破を第一義とし、
 破壊担当者が自己の手での建設まで考える事を否定。
 井上昭は暴力的革新の担当者をもって任じ、各自捨石となり決行された。

○被告人の観たる現下の国情ならびにその心情

 政党・財閥・特権階級が結託し私利私欲を図り国利民福を顧みず腐敗堕落の極と主張。
 例証として、
 続出する疑獄事件、1931年末のドルの思惑買い、ロンドン海軍条約に関する統帥権干犯
 を挙げている。
 帝国議会は政権欲に燃ゆる堕落政治家と利権欲に渇する背徳議員の乱闘場と化し、
 かつ陰謀是れ事とし私利の為には国家の利害を無視し、
 政敵を倒すためには国家の名誉信用をも蹂躙して顧みず、
 真に国政を議するの誠意と資格とを欠く者多く、
 彼らの手に国政を委ねるのは国家の滅亡を導く。

○本件事犯と国法

 被告人等の行為が憂国の至情より出た事は認めるが、手段は不当不法で、
 国法に従い厳重処断すべきと信じる。


●井上日召の記述(「文藝春秋」1954年7月臨時増刊号よりの概要)

 井上日召が十人の暗殺実施者を決め、
 西園寺公望・牧野伸顕・団琢磨・井上準之助ら20人の殺害を計画した。

 前大蔵大臣井上準之助(1932.02.09)、三井合名会社理事長団琢磨(1932.03.05)の
 殺害は成功し、池田成彬の殺害は失敗した。
 「一人一殺」として、井上日召と其々の暗殺実施者(第一と第二の目標があった)
 以外は暗殺する目標を知らなかった。

 計画は警視庁の知る所となり井上日召は自首、血盟団の主要メンバーは逮捕された。
 井上日召は1934年に無期懲役の判決を受け入所、1940年に出所した。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006.05.13 11:25:18
コメントを書く
[大日本帝国興亡史] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: