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2011.06.05
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カテゴリ: 大日本帝国興亡史
 『鈴木貫太郎』は2.26事件時は侍従長で襲撃され一時は心臓が停止している、妻のたかは皇孫御用掛として幼少時の迪宮(昭和天皇)、秩父宮、高松宮の養育に当たっていた。
 (「鈴木貫太郎/ウィキペディア」よりの抜粋)

 小磯首相の辞表奉呈(1945年4月5日)、首相候補を選ぶ重臣会議(4月5日午後5時~)が開催された。

◇重臣会議/「木戸幸一日記(下)」(抜粋)
 鈴木:今日はどこ迄も戦争を戦いぬかねばならぬ、後継内閣の首班はその意思を有するものでなければ不適当なり

 平沼:鈴木大将に御引受け願いたく希望。
 鈴木:軍人が政治に出るのは国を亡ぼす基なり、耳も遠し御断りしたい
 東條:陸軍主体・現役者の見地から畑元帥を適当と信じる
 東條:国内が戦場とならんとする現在、陸軍がそっぽを向く虞れあり、陸軍がそっぽを向けば内閣は崩壊すべし

 岡田:大命を拝したる者に対し、そっぽを向くとは何事か、国土防衛は誰の責任か、陸海軍にあらずや
───

 1945年4月7日、鈴木貫太郎内閣(~8月17日)が発足した4月

 01日:米軍が沖縄に上陸
 05日:ソ連が日本に「日ソ中立条約」の廃棄を通告(5年間の自動延長は無くなり条約は1946年4月まで有効となる)
 07日:大和が沖縄へ向かう途中に米軍の攻撃で沈没
 28日:ムッソリーニが銃殺され愛人と共に広場に逆さ釣りにされた
 30日:ヒトラー自殺

 日独伊三国同盟での盟友のヒトラーとムッソリーニは死亡、東京への大規模空襲は3月10日から行なわれている、日本本土及び其の周辺の制空権・制海権は失われている。

 1945年6月16日の朝日新聞朝刊では『本土決戦、一億の肩に懸る 我に大陸作戦の利 挙国全戦力投入も可能』に於いて

 「・・・最後の勝負を決するのはいうまでもなく本土決戦である・・・本土戦場においては我方は敵の空海の優勢な機動性を、わが陸路兵站と国民の協力による機動性におき返る事が出来る・・・本土決戦のこの大陸作戦的利点を生かすのも殺すのも、戦場に協力すべき一億国民の必死必勝の覚悟如何に懸る・・・」



 しかし、当時朝日新聞の東京編集局長だった細川隆元は昭和33年発行の『実録朝日新聞』にて
 「この戦争は負けだよ。問題はどんな恰好の負け方をするかの負けっぷりだな」を親友の松村秀逸(大本営陸軍部報道部長)に語った事が記されている。

 無条件降伏を回避し国体護持の為に有利な講和条件を得る為の戦果は沖縄戦でも出来なかった。

 沖縄戦同様の戦いを日本本土で行なうと日本人が1500万人以上、米軍兵が100万人以上が死亡することが予想される。

 本土決戦は国体護持を前提に、(国民不在だが)、軍が負けを認めたくない面と、海軍の為に十分な体制で戦えなかった陸軍の思いがあると推測。




 重臣会議での鈴木貫太郎枢密院議長(海軍大将)の主張は「今日はどこ迄も戦争を戦いぬかねばならぬ」。

 対米戦に向かった海軍の事情。

◇第二回第二次特別座談会:日米開戦に至るまでの用兵、戦備(1946年1月22日)/「海軍戦争検討会議記録」(抜粋・概要)
・澤本頼雄(対米開戦時の海軍次官)
 近衛手記に海軍は和戦の決を首相に一任とあるが「海軍は戦えない」と言える状況にない。
 1.海軍の存在の意義を失う
 2.艦隊の指揮に影響する
 3.陸海の物資争奪、陸軍は「戦えざる海軍に物資をやる必要なし」と言うだろう
 4.統帥部としては、両軍分かれるは不可、表面のみにても、一致しなければならないの空気
 「海軍は戦えぬといってくれないか」と、陸軍よりいわれたこともある

・及川古志郎(第3次近衞内閣の海相)
 「海軍は戦えない」と言えない理由。
 1.谷口軍令部長が満州事変に反対した、理由は対米戦になる恐れがあるが、対米戦に備えるには軍備に32億を要する、日本の国力では不可能。
  東郷平八郎元帥は、以下の内容で谷口を面罵、
  「軍令部は毎年作戦計画を陛下に奉じている、いまさら対米戦をできには、陛下に嘘を申し上げたことになる。
  自分(東郷自身)も毎年計画によろしいと奏上しており、嘘を申し上げた事になる。」
 2.近衛首相に下駄をはかせられるな、は海軍にて非常に警戒していた。
  海軍は近衛に一任ではなく、近衛に陣頭に立てのつもり。





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最終更新日  2011.06.05 19:45:05
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