かんきがママになっちゃった!

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2005.09.21
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何だか、今日はおかしい。長野の事が頭から離れない。長野市で暮らした3年半の思い出が、次々と頭に浮かぶ。

かんきが初めて長野を意識したのは25歳の時。「いちこし」という呉服会社で営業推進部に籍を置き、かつ社長秘書をしていた時、長野支店の出店が決まった。
その店舗の設計ミーティングで初めて長野県の概要を知ったのだ。

その頃、いちこしは日本全国色々な場所で展示会を開催し、感触が良いところに出店するという実に大らかな出店計画をとっていた。
長野県は確かに反応が良い県であった。もともと長野県というところは絹の産地であるせいか、着物にお金を出し惜しみしない。高価な着物をポンと買う人が多い。それも普通の農家のおばちゃん達がである。
のちに実際に販売していて、その買いっぷりに驚く事になるのだが・・・。

その次の年、長野支店の社員(もともとは福岡本社で同期)と結婚の為、長野に住むことになった。
その元旦那の事は全く思い出さないのだが、住んでいた頃の出来事を今日はいやに細かく思い出すのだ。

初めて長野に向かう特急電車(当時はまだ新幹線が無かった)の中から、外の景色を見ると、りんごの実が普通に生っていて、かなり驚いた事とか。

「塀の外に出ているのは取って良いんだよ」
と言いながら、夜中盗みに行ったとか。

名物のおやきをどうしても好きになれなくて、少し齧っては駅前の鳩にやっていたとか。

権堂という飲み屋さん街で真冬の夜中、酔ってアイスバーンの道で転んでばかりいて、
「九州に帰る!!」
って大声でだだこねたとか。

白馬のジャンプ台を見に行った帰りに入ったログハウス造りのレストランでハエを払ったら、スープの中に落ちたとか。
どうでも良い事ばかり思い出している。

離婚が成立して、長野から博多に帰って来た時、かんきは何もかも無くして、それどころか莫大な借金を背負っていた。今考えると恐ろしいけど、当時は博多に帰れて嬉しい、とはしゃいでいた。
でもその状況に負けないように、自分を奮い立たせる為に色々な感情を封印していただけだったのだろうか。

じゃあ、今は長野での事を思い出しても良いくらい、幸せになれたっていうことなのかな?





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Last updated  2005.09.21 18:12:00
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はちみけ@ Re:「いちこし」同窓会(08/21) こんばんは 私も今まで自分の勤めた会社…

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