大。福。日記

大。福。日記

精神科リハビリテーション(看護)~事例~



4月リハ病棟配属になり、Aさんは同じチームの先輩が担当していました。

HCVで週1回強ミノ注射と月一回の血液検査をしているので、その看護手技を毎日確認に来ていました。「伝票できてる?」「スピッツは?」「血管はココ」第1印象はすっごい、いや!

加山雄三とブルージーンズが好きで、有楽町までコンサートにも出掛けたりする人でした。朝から整容を整えて、どこにでもいるおじさんです。5月下旬、先輩の退職により私が担当することになりました。

「あなたみたいな若い人に私を理解できません」と、バリアを張ってコミニュケーションの糸口も見つからないほどでした。まっ正面から行っても、跳ね返されるだけだな…。この時点で受け持ったのは4人。仕事も余裕があるので、倉庫から古いカルテを持ってきて夜勤時に読むようにしました。

20歳の記事。「若い看護婦にラブレターを毎日持ってくる」「母親が面会に来る。自宅には来るなと言われたようだ」27歳「結婚してくれと看護婦に執拗に懇願する」アイタタタッ。病院に宿泊して日中仕事に出る外勤というのをしていた。その後、高度経済成長期の多忙で怠薬、再発し、30代からは生活保護を受けながら、病院のレク活動をして過ごしていた。作業療法や病棟行事に積極的に参加して、選挙やコンサートなどに参加して、社会との交流もあった。

“発達課題を果たせなかった一人の男。世の中って面白いところだよ…1年でもいい、5年も地域生活すれば、その後の老年期が豊かになるだろうな”

社会資源を活用すれば、地域生活できると判断して、6月下旬、退院を目指す看護面接を実施しました。そのくだりは、「あなたは、入院する必要はないと思います。あなたは7万2千人問題の内の一人です。」看護師としての職能ギリギリの発言!?でも誰かがきっかけを作らなければ変わらないやないか!!そうしてとりあえず2年間で行き先(アパートかグループホームか)を決めて行動に移す、で、同意を得ました。

 とはいえ、強制的に進めても、再入院に直結するので、そこからはしばらく放置。すると、「僕は高脂血症、高血圧、痔、もあるし社会で無理をしたら、肝機能が悪くなってHCVから肝硬変に進行して肝臓がんになっちゃうよ。血圧測定と注射もあるからやっぱり入院していなくちゃ。君は医師じゃないんだから、退院させられないよ。」と、いうではあ~りませんか。

 それならと、家庭自己血圧測定の意義を説明して、師長さんに病棟用の電子血圧計を準備してもらい自己測定を開始しました。高脂血症には作業療法で運動を取り入れてもらい、食事も治療食の見直しを依頼、痔も外科を同伴受診して切除。高血圧も、白衣高血圧と判明。おまけに消化器内科の肝臓専門医から肝機能は良くて、強ミノは不必要と宣言してもらい、彼の身体側の言い訳を全部取り上げてみました。

 この頃から、Aさんは私にこびるようになって、ホールのテーブルを拭いたり、良い子ちゃんのところを見せます。そのときはいつも決まって「ありがとう。でも扱いは皆と一緒。変わりませんよ。」と伝えました。一方で、家族の理解も得なくてはなりませんでした。6月にたった一人の肉親である京都のお姉さんに、退院の話をしました。最初の反応は「堪忍してください。もうショックで倒れそうです。」でした。そこで、病院で退院後のフォローもすること、再入院はいつでもできることを説明しました。そのうちに、夫の介護で苦労している話をするようになり、話を聞くこと、最初の相談窓口に保健センターを利用することを勧めたり、介護保険の概要を説明したり、お姉さんへの関わりができてきました。

 後に「他人の力を借りるのも一つの能力で、全部一人でやらなければいけないわけじゃない。生き甲斐ならいいけれど、抱え込むのは能力ではない。」という私の言葉に、「弟のことを宜しくお願いします。」と同意してくれたのでした。(生意気なことを…ごめんなさい)

 11月のある日、Aさんから医師、PSWを含めた合同面接の希望がありました。「僕、退院してみたいんです。退院許可は出ますか?」うそ~!!!と正直驚きましたが、その日に退院スケジュールを立てて流れを確認しました。主治医はなんて言うのかなあ、患者さんに優しいというか、希望してるのに「本当に大丈夫?無理して退院しなくてもいいんだよ」なんていってしまうタイプ。(だから、私が鞭を打つ役回りになるのです。本当は白衣の天使☆)勢いに乗せてデイケアの体験参加や、アパート探し、福祉事務所との手続き…あっという間に精力的に取り組み始めたAさん。

 その段取りは、東京武蔵野病院のRUの手段を参考にさせていただきました。【精神科リハビリテーション・ケースブック野田文隆 寺田久子著 医学書院2800円+税】

 困ったことを誰に依頼すればいいのか、窓口を説明し、ノートに書いてもらいました。同じ事柄は2回まで説明して3回目からは「ノートを見てください」と答えませんでした。すると、デイケアで質問していて、(ちゃんと業務連絡が来るのでバレバレ)「Aさん、大丈夫だわ」と思いました。約3ヶ月かけてアパートへの退院準備をして見事に3月に退院されました。

 今はデイケア週5回・ナイトケア週3回に通い、地域生活をエンジョイされています。「受け持ちの頃、鬼ババと思ったけれど、今は感謝しています。」そう言って照れ笑いを見せてくれました。

 1月現時点で、再入院せず約11ヶ月目を迎えておられます。

 短期の休息入院はとって良いと説明しましたが、Aさんはプライドがそれを許さないようです。無理しすぎて潰れんないで欲しいと伝えると、疲れたときはデイケアの休憩室で横にさせてもらっている。正月も見たいテレビが好きなだけ見られるからアパートで過ごすとの返事。受け持った頃、Aさんに「世の中って楽しい所だよ」と思ったのが思い出されます。

 Aさんの場合、つかず放れずの伴走ができたと思います。このケースがうまく行ったのは、当初からAさんが能力が高かったことと、私が精神科看護の素人で脳外科譲りのできることは自分で!のセルフケア論の看護を展開したからではないかと思っています。

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