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この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。
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ひとまず、保護された。
しかし、次いでファリファの口から出て来た言葉はスルタンを悩ますことになる。
「ヤシン、いや、ヤシン様は、私達に関心を持ってくれました。初めは、何で助けたと怒っていらっしゃいましたが、お助けした者と話している内に、徐々に、気持ちが変わって行かれたようです。ご自分がシェイク家の人間であることは明かしませんでしたが、私達の窮状を聞く内に、シェイク家が大変苦しい状況になっていることもお判りになったようです。お助けした者が、私達が今リヤドに対して蜂起したことを話しますと、身を乗り出してお聞きになったとのことです。そして、私達の助けになりたいと仰ってくれました。思い詰めて自殺をされようとしたくらいですから、お気持ちも純真なのですね。今は、助けられた命を、アルバハの養蜂業の蜂起に捧げたいと思って頂けているとのことです。大変有り難いことです」
自殺を思い止まってくれたのは良いが、養蜂業者の蜂起に加担するというのは、アブドルアジズに弓を引くことを意味している。スルタンもアブドルアジズに弓を引いたようなものだが、正面切って対立した分けではない。アブドルアジズが、シェイク・イスマイルの息子の一人が養蜂業者の蜂起に加担したと知ったなら、烈火のように怒ることだろう。
「沙漠のたそがれ」が世界的にヒットして、間接的に自分が責められているだけでも、不愉快なのに、養蜂業者の蜂起に加担したとなれば、我慢の限界を超えることになるだろう。きっと、サウジ治安部隊を派遣して制圧に掛かるに違いない。そうなれば、ヤシンは、カラム、カシムの二の舞になる。今度こそ、アブドルアジズはシェイク家を取り潰すに違いない。
「そうか、ヤシンがあなた達に共鳴して、リヤドに歯向かうことを決めたというのか。私は、ヤシンを探しに来たのだが、父上からは、あなた達と話し合いをするよう頼まれて来た。そして、それをもとに、アブドルアジズと話し合うことにしていたのだが、ここに来て、アブドルアジズのバクシーシのことなど新たな事実も聞いた。そして、今また、ヤシンのことも聞いた。私は、まだ、アブドルアジズと話す余地はあると思ってはいるが、そのためには、あなた達の協力も必要だ。そして、今度はヤシンを含めたあなた達の協力ということになる。そのためには、一度、ヤシンとじっくりと話し合わなければならない」
スルタンは、アルミナ、カリムの急進的、過激な思想を改めようと思ったが、結局、失敗した苦い経験を持っている。アルミナは、九・一一、アメリカ同時多発テロを引き起こし、そしてカリムはアブカイク石油施設の襲撃事件などを引き起こした。
テロ行為などは、正当なイスラムの教えに反していると、説得したが、彼等は聞く耳を持たなかった。二人ともスルタンには食って掛かって来た。
分からない相手には、自分達の意志を力で示すしかない。そして、スルタンのようなやり方では、事態は一向に改善しないと非難さえした。
二人とも自分の意志を明確にしながら、この世を去って行った。自分達は正しいイスラムの道を歩んだと主張しながら。自分達の行為はやがて歴史が評価してくれると信じていた。今また、スルタンはヤシンと向き合わなければならないのか。
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