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2008.11.26
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カテゴリ: 夕張
 人口が絶頂期の10分の1以下になった夕張は、当然ながらその街の有様も大きく変った。一番の問題は、病院、市役所、ホテルなどがあった本町地区に住民が少ないことだ。現在の夕張市の中心は清水沢地区である。ここは、有名な夕張メロンの産地にも近く、千歳からの自動専用道路の入り口でもある。かっての中心地区だった本町には集合住宅が少しあるだけで住民はほんのわずかだ。、繁栄を極めた福住、高松、社光には住む人も、住宅すらない。炭鉱から観光への掛け声で作られた遊園地も、観覧車が取り壊され、朽ち果てるばかりである。
 私の思い出深い旭台も福住も、今や住宅跡地を訪れることさえ出来ない草木に埋もれている。連休などに夕張を訪れると、何も無い住宅跡地を歩き回っている同年配の方々を目にする。私や彼らが欲しいのは、観光施設ではなく、昔住んでいた炭鉱住宅などの痕跡なのだ。そこを読み違えたことが、夕張の観光地化策の最大の失敗だったと私は思う。
 次からは、福住と第二小学校につて、小学校時代の懐かしい思い出について書いていきたいと思うが、思い出しながら不定期に続けるつもりだ。





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最終更新日  2012.11.13 20:31:47
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