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2008.12.06
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カテゴリ: 夕張
 もう一つ、夕張にしかなかったのは、「人車」と呼んでいた乗り物だ。説明が難しいが、トロッコが山を登るようなもので、動力は巻き上げワイヤー。一応、運転手?がいて、乗客がほぼ乗り込むと、上に張ってある電線を鉄の棒でツンツンとたたく、すると頂上にあるモーターが回り、トロッコを引き上げるのだ。降りるときはこの逆。事故はあまり聞かなかったように思うのだが、ダイヤもなくおおらかな乗り物だった。もちろん無料だった。
 どうしてこんな乗り物があったかというと、前にも述べたように、最盛期の夕張はヤマの斜面に隙間がないほどに炭鉱住宅が建てられていた。私の住んでいた福住は、1区から7区まであり、7区となると、ちょっとした登山をしなければ家に帰れないほどだった。そこに住む住人のために作られたと思うこの乗り物も、子供にとってはかっこうの遊び場だった。やがて、上の方に住む住人も少なくなり、昭和40年代後半には廃止されたと思うが、本当になつかしい、あの時代の夕張にしかなかった乗り物だった。





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最終更新日  2012.11.16 00:48:13
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