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2014.05.08
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 相手方のご両親も、片親の私が娘に執着して、嫁にはやらぬ!などと言い出すのをかなり警戒していたようだが、自分でも不思議にそれはなかった。娘を千葉の大学に離した時に、その覚悟は出来ていたというか、しょうがないと思っていた。実は息子もそうなのだが、ここ北秋田のこの家から通える大学は限られているし、その実力も必要なので、県外に出るしか選択肢はなかった。だから、二人が行きたいというか、行ける大学に行かせるしかなかった。さすがに、最初の住み始めには、青森や千葉に行って、私なりに生活するためのお手伝いはしたが、後は、ほったらかしだった。しかも、どーしても母親目線が完全に欠如している面倒見なので、息子はあまりにも生活感のない、例えば缶詰はあるが缶切りがないというような悲惨な生活をしていたようだ。それは、今もあまり変わらないのだが。
 だから、娘も住み始めを除いては、ほったらかしで、やりたいようにやらせていたので、その結果、ここまでちゃんんとした道筋を辿ってきてくれたのだから、認めるしかないのだ。そして、今思うのは、女房が生きていたら、息子はともかく、娘を千葉へ離すのに賛成しただろうかということだ。きっと反対していたのではと思う。少なくとも、夫婦でかなりの悶着があったのではと思われてしょうがない。





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最終更新日  2014.05.08 23:49:03
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