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2015.07.07
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 左半身不随となった父は、当然のことながら退職を余儀なくされた。これからはリハビリが必要だが、私も、親戚の一人もいない札幌ではどうにもならない。ということで、我が家が決断したのは、秋田に家を建てるということだった。父の退職金で、母の出身地である鷹巣町に、家を建てることになった。私も、就職して2年目だったので、何もできず、実際の手続きは、すべて母の兄、叔父にまかせた。実家の荷物は、私が借りた公舎に運び込んだ。肝心の父はまだ、寝たきりの状態だったが、とりあえず、秋田の病院に転院させた。北海道から秋田へは、私のクルマで母と3人で移動した。転院した先は、リハビリに熱心なところで、父も頑張って、退院する頃には杖は必要だが、自分で歩けるぐらいにまでになった。家の方は、叔父が頑張ってくれて、とりあえず急ピッチで建てられた。昭和56年に退院した父と母は、そこに移り住むことができた。したがって、入院していた父はもちろんだが、付き添いの母も、病院で1年余りを、家が出来るのを待って、そこで過ごしたことになる。





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最終更新日  2015.07.08 00:10:55 コメントを書く


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