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2023.04.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類
テレビについて書いていて思い出したので、以前にも書いたのだが、もう一度「映画」について書いてみる。私が生まれた昭和30年(1955)は、北海道の炭鉱産業がピークに達していた時だった。テレビも普及する前だったので、娯楽の最高峰は「映画」だった。当時、12万人ほどの人口だった夕張市には、「大映」「東映」「東宝」「松竹」「日活」のメジャー映画の封切館が、あの狭い市内に営業していた。先行封切りの東映「網走番外地」は、もちろん満員御礼で、私ら子供は、東宝の「ゴジラ」と「若大将」に列をなすのだった。「映画」に関しては札幌よりも、へたをすれば、東京よりも、先を行くのが夕張だったかもしれない。共同浴場には、近かった大映の映画ポスターが貼られていて、「眠狂四郎」や「兵隊ヤクザ」ならまだしも渥美マリの「いそぎんちゃく」や「でんきくらげ」なんかには、うれしはずかしの小学生だった。ほんの10年ほどで、炭鉱は無くなり、市民は激減し、映画館も消滅したのだった。





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最終更新日  2023.04.19 19:13:37 コメントを書く


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