2006年07月02日
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テーマ: 戦争反対(1248)
カテゴリ: カテゴリ未分類
最近の国内のマスコミは断片的にしか伝えませんが、イラクでのアメリカ軍による蛮行はますます酷い状況になっているようです。


なお、セイブ・イラクチルドレン札幌が招く予定だったイラク人医師(女医2名)については、この間さまざまな紆余曲折があったようですが、ようやく9月頃から正式に受け入れが決まったそうです。



親愛なるみなさま

イラクでは、見せかけの政治プロセスの裏で、治安は一向に改善しないどころかむしろ悪化の一途であり、その中で多くの市民の命が奪われていることは、イラク問題に関心を寄せる皆様におかれては、様々な情報からある程度は認識されているでしょうし、深く心を痛めていることと思います。

現在激しい掃討作戦が展開されているバグダードのドーラ地区に住むPEACE ON現地スタッフのサラマッドの家族は、モスクの責任者である父親と母親を残して、弟と妹たちは皆郊外の親戚の家に避難しています。サラマッド自身はイラクへの帰国を家族に反対されていて、いまだ妻アマラと共にフランスで待機しています。「家族が心配で夜も眠れない。気が狂いそうだ。今すぐイラクに帰りたい・・・」と嘆く彼の苦しみは計り知れません。

これまで拙ブログ http://peaceonyatch.way-nifty.com/peace_on_iraq/ でも繰り返し紹介してきたように、このようにとりわけ首都バグダードの状況が最もひどいと言われてきましたが、ここ最近では南部のバスラ、サマーワ、そして中部ラマーディなど、各地での状況も日増しに悪化しています。他にも多くの友人、知人が、イラクから避難しています。

昨年個展のため来日したイラク人画家ハニ・デラ・アリさんから昨夜届いたメールによると、ラマーディ在住の彼の母親と兄弟が、あまりの状況悪化から近郊の町ヒート(ハニさんの故郷でもあります)に逃れ、酷暑のなか水も電気も不十分な避難生活を余儀なくされているそうです。




以上は今年4月から始まったラマーディにおける米軍の包囲攻撃による悲劇のほんの一端にすぎません。

他にも、これまで伝えてきたように、各地の治安悪化の要因は確かに様々です。連日報道される爆弾テロから、シーア派民兵によるスンナ派市民の拷問殺害。このように煽られた宗派対立によって、もはやイラクは内戦状態とも伝えられていますが、こうした混乱の元凶はやはり米軍による違法なイラク侵攻から始まる占領統治の失敗ではないでしょうか。

現在もラマーディやバグダードで展開されているように、「武装勢力の掃討作戦」と称した米軍中心の軍事攻撃を激化すればするほど、一般市民の犠牲も増え続け、その反動としての暴力も激化し、治安がさらに悪化していくという悪循環に陥っているのです。

当たり前のことですが、こうした混乱の犠牲はいつも私たちと同じ一般市民です。これ以上の犠牲を一人でも減らすために、私たちに今何が出来るのでしょうか。

PEACE ONも参加しているイラク支援NGOのネットワーク、イラクホープネットワークでは、高遠菜穂子さんの友人の兄の死をきっかけにして、ブッシュ米大統領宛ての「イラクにおける暴力を止めることを求める嘆願書」を、弁護士などの協力を得て準備いたしました。詳しくはHPをご覧になってください。
http://www.iraq-hope.net/


申し入れ書を読んでいただければわかりますが、今回はラマーディにおける軍事作戦の中止に焦点を絞っています。もちろんイラク全体の暴力を止めなければならないのですが、身近で具体的な事例を挙げられるところから、ひとつひとつ確実に声を届けていこうという判断です。

そこでぜひ、みなさまにも署名をお願いしたいと思います。署名は英語ですが、HPに日本語での解説も載っています。そして、多くの人にこの署名を広めてください。英語の紹介ページもありますので、 http://www.iraq-hope.net/english.htm 外国人の友人知人にも大いに広めていただければ嬉しいです。

もちろんこの署名だけで暴力が止まるほど世の中甘くないのは百も承知であります。
それでも、何もしなければやはり何も変わらないし、むしろそれは現状を支持していることと同
義だと思います。一人の声、一人の署名でも、多く集まればそこから大きな力が生まれる可能性が生まれます。たとえどんなちっぽけな可能性でも、そこに可能性がある限り、やってみる価値はあると思うのです。ちっぽけな一人一人からかき集めた税金は、やがて戦争という巨大な暴力に使われる可能性もありますし、実際は残念ながらそれが現実となってしまっていますが、その逆の方向に動かす可能性だって、私たちちっぽけな一人一人がもっているわけですから。



(追記)高遠さんが書いた嘆願の趣旨です
http://www.iraq-hope.net/

 インターネットは、私がファルージャやラマディ(バグダッド西方120キロ)の友人たちと連絡を取るための唯一残された通信手段です。ラマディの緊急事態は、今年の4月に始まっていました。水、食料、電話回線、電気などのライフラインが断絶され、狙撃兵が町中のいたる所に陣取り動くものすべてを撃っていたのです。ジャーナリストは逮捕されるか殺され、もしくは取材を許可されていません。このような状況を広く伝えなければいけない、これは私の責任だと感じるようになりました。
 今のラマディは2004年のファルージャ総攻撃のようです。

 ここで、友人たちからのメールの一部をご紹介します。
 「2006年4月9日、子ども2名が米軍の狙撃兵に撃たれて死んだ。1人は7歳の女の子で、母親と一緒にラマディの中心部にあるアルムスタファ病院に向かっている途中だった。もう1人は8歳の男の子で、外で友だちと遊んでいた」
 「2006年4月22日、米軍は、ラマディの端にあるタミームという町に住むあるイラク人一家の家に捜索に入った。捜索が終わると、米兵たちは家にいた男性3名を殺した。そして、女性1名がその事件のためにショック死した。最終的に、この捜索の後に4名の民間人が殺されたということだ」
 また、5月13日の深夜3時には友人の家が米軍とイラク軍に占拠されてしまいました。米兵たちは、友人の家族18名全員を小さくて暑い部屋に入れ、鍵をかけて閉じ込めました。米兵たちは午前11時頃までいたそうです。その間、米軍の狙撃兵たちは、2階の子ども部屋を狙撃ポイントとして使用し、壁に狙撃用の穴を開けたそうです。
 今月(6月)の12日には友人の兄が亡くなりました。交通事故で負傷し、病院に搬送途中に米軍の検問所で引き止められ、そのままそこで亡くなりました。米軍のヘリコプターが民間の車両をターゲットにしているので、道路が混雑し、結果として交通事故も非常に増えています。友人の兄はひどく出血していたにもかかわらず、米兵たちは検問所を通過することを許可しませんでした。しかし、これはめずらしいことではありません。
 このように、米軍が破壊行為を続ければ続けるほど、民衆は武器を手に取り米軍への報復に走ってしまう傾向があります。米軍は、そのような人々のことを「テロリスト」と呼びますが、実際には、彼らはもともと善良な市民なのです。私を拘束した人たちの中には、自分の小さな娘を米軍に殺されたと言って涙を流す人がいました。
 このような負の連鎖は、2003年にバグダッドが陥落した直後に米軍がファルージャの学校を占拠した時に始まっています。米軍の学校からの撤退を訴え、自由と民主主義を求めるピースウォークを行っていたファルージャの住民に向かって米軍が発砲し、12名が殺されてしまいました。なんとも皮肉で、悲しい事件でした。
 米軍はこの痛ましい暴力の連鎖を止める時に来ました。もし、ここでこのような破壊行為を止めなければ、ただただ敵を増やしていくことになるでしょう。
 私たちイラクホープネットワークは、ブッシュ米大統領宛ての「イラクにおける暴力を止めることを求める嘆願書」を準備しています。みなさまのご協力を賜われれば幸いです。

2006年6月25日

高遠菜穂子 イラクホープネットワーク






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最終更新日  2006年07月02日 15時02分49秒
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