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子供をちゃんと育てるためには、親がブレないことが必要だと思う。しかし、今は親自身がブレまくっていて、子供に芯を通すことができない。その芯が正しいか、正しくないかなんてこの際どうでもいいことで、要は“親なりの芯”を持って、それを押し通すことが大切なんだろう。
小学校の宿題で、詞を声に出して読むというのがある。親がそれを聞いて、△○◎で評価する。本日、娘が谷川俊太郎の詞を読むのを聞いて、私は「○」と判定した。しかし、娘は「◎」が欲しかったらしい。「◎」をもらうまで読み続けると言ったが、もう時間が遅かったので、「今日は○ね」と娘に言った。ところが、後で音読の評価表を確認したら、私が書いた「○」を娘が勝手に「◎」に変えていた(笑)。
そのことを夫に話したら、夫は眠っている娘をたたき起こして事情を問い詰めた。なかなか本当のことを言わない娘に対して、夫は冷静にその頬を叩いた。
娘は泣いて「ごめんなさい」と謝っていた。
夫にとって、勝手に書き直すという行為は許されないものだったのだ。
私は、こういう親の行為は間違っているとは思えない。よく、「叩いても子供は良くならない」とか言うが、確かにそのときの感情の起伏で感情的に叩くのはよくないかもしれないが、親が筋を通すために理知的に力を振るう(現実は軽くはたいただけなので、あまり痛くない)のは、間違った行為ではないのではないだろうか?
人によって許せないことは違う。我が家にとって、ウソをつく、ゴマかす行為は許されないことである。そのことを、今回の件で娘は肝に銘じたハズである。そして、私はこんな夫の考え方に賛同する。夫婦間で教育方針を統一させておくことは、子供教育する上で非常に大切なことだとも思う。
たとえば、今回、夫が娘を夜中に起こしたり、軽く頬を殴ったりすることに対して、私が娘の前で意義を唱えていたら、なんの意味もなさないことになりはしなかっただろうか。
子供を教育するためには、親自身が、自分の哲学、ポリシーを明確にしておくこと。
難しいことだが、これはなんとか実行していきたい。最近、いろいろ悩んでいて、自分の芯を通すことができなくなっていたようなので。